【映画】「名も無い日」/仲の良い兄弟も永遠でない…だから会話をしよう
あなたに兄弟はいますか?
仲の良い兄弟、仲の悪い兄弟、どちらとも言えない兄弟…家族の形が様々であると同様に、兄弟の形も様々です。
今回取り上げる映画は永瀬正敏主演『名も無い日』。三人兄弟を軸にした物語で、3人はどこにでもいるような仲良し兄弟。だけど、それぞれの進む道が違うように、人生も大きく違いが出てしまいました。
本作の監督である日比遊一さんの実体験をもとにした物語で、作品の持つメッセージとともに、兄弟や家族の在り方という部分に大変感銘を受けました。個人的には2021年公開映画では年間ベスト級に心に響いた作品です。
①『名も無い日』/作品紹介(あらすじ)
名古屋市熱田区に生まれ育った自由奔放な長男の達也(永瀬正敏)は、ニューヨークで暮らして25年。自身の夢を追い、写真家として多忙な毎日を過ごしていた。
ある日突然、次男・章人(オダギリジョー)の訃報に名古屋へ戻る。自ら破滅へ向かってゆく生活を選んだ弟に、いったい何が起きたのか。圧倒的な現実にシャッターを切ることができない達也。三男(金子ノブアキ)も現実を受け取められずにいた。
「何がアッくんをあんな風にしたんだろう?どう考えてもわからん。」
「本人もわからんかったかもしれん。ずっとそばに、おったるべきだった。」
達也はカメラを手に過去の記憶を探るように名古屋を巡り、家族や周りの人々の想いを手繰りはじめる。(映画『名も無い日』公式サイトより)
まず物語の中心は2人。長男でカメラマンの達也です。彼は高校卒業と同時にニューヨークへ渡り、25年間海外でさまざまな被写体と対峙していました。
日比遊一監督も長年ニューヨークで写真家として活躍していたバックグラウンドがあり、間違いなく「日比監督=達也」といえるでしょう。
そして、もう1人は次男の章人。海外でカメラマンとして活躍する自慢の兄がいながら、彼自身は東大卒、大手製薬企業への就職も決まり、順風満帆に見えました。
三兄弟の真ん中で、とにかく優しい章人。だけど、なんで死んでしまったのかーその理由は作品の中では謎のまま終わります。
章人が何が苦しくて、何が耐えられなくて、この世を去ったのかーそれは章人にしかわかりません。この章人は日比監督の亡くなった実の弟と同名です。
三男は隆史ですが、日比監督の一番下の弟はテレビドラマのプロデューサーで、名前は日比崇裕といいます。
次男の章人だけが名前を同じ役柄として配役しています。つまり、本作は亡くなった日比章人さんに対するレクイエム(鎮魂歌)であり、弟の死に向き合う覚悟となったわけです。
▼映画『名も無い日』公式サイトはこちら。
②『名も無い日』/監督とメインキャストの紹介
作品の解説に入る前に、監督とメインキャストを簡単に紹介します。
◆日比遊一(監督)
愛知県名古屋市出身の写真家兼映画監督。もともとは20歳で渡米してから、ニューヨークを拠点に写真家として活躍していました。
映画監督としては、2014年制作、2017年日本公開の『ブルー・バタフライ』で監督デビューし、2016年には高倉健を題材にしたドキュメンタリー『健さん』を発表しモントリオール世界映画祭ワールド・ドキュメンタリー部門最優秀作品賞を受賞しています。
2019年には樹木希林企画で浅田美代子主演の『エリカ38』も世界から評価され、ロンドン・イーストアジア映画祭2019で審査員特別賞を受賞しました。
監督の仕事としてはキャスティングを一番大切にしているとインタビューに答えていることもあり、今回は永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキという実際の兄弟と言われても違和感ない3人を見事キャスティングしました。
ちなみに今回の『名も無い日』は90%以上が事実の通りとのことで、撮影の途中でも涙が抑えられないこともあったそう。かなりの覚悟を持って撮影・制作に取り組んだのが感じられます。
◆永瀬正敏(小野達也役)
1965年生まれ、宮崎県出身のベテラン俳優。
鬼才ジム・ジャームッシュ監督の『パターソン(2016年)』に旅する詩人役で出演するなど、海外でも活躍を見せます。実は1989年の『ミステリー・トレイン』でもジャームッシュ作品に出演しており、若手の頃から注目を集めています。
永瀬正敏の偉業としては、前述の『パターソン』と河瀬直美監督の『あん(2015年)』、『光(2017年)』とカンヌ国際映画祭に3年連続で選出された初のアジア人俳優となったことでしょうか。
本作出演までオダギリジョーとは深い共演はなかったらしく、本作がきっかけかは定かではありませんが、オダギリジョー監督作品『ある船頭の話(2019年)』に出演するなどの縁も続いているようです。
◆オダギリジョー(小野章人役)
1976年生まれ、岡山県出身。私は世代的に『仮面ライダークウガ』での主演が印象強く、正確にはデビュー作ではありませんが、彼のブレイクのきっかけとなった作品というのは間違いないでしょう。
犬童一心監督の『メゾン・ド・ヒミコ(2005年)』でゲイの役を演じ、西川美和監督の『ゆれる(2006年)』では本作同様、兄弟の関係を色濃く導き出した作品で好演を見せてくれました。
本作の日比監督は俳優の演技に対して、もっと抑えめにと演出することが多いそうですが、ことオダギリジョーに関しては「もう少しオーバーに」と指示する場面も多かったそう。やはり章人という役に対する思い入れが違ったのが伺えます。
監督がこれだけの想いを持って撮影に臨んでいることもあり、オダギリジョー自身かなりのプレッシャーがあったのではないでしょうか。
◆金子ノブアキ(小野隆史役)
1981年生まれ、東京都出身の俳優で、ミュージシャンとしても活躍しています。
10代の頃から俳優活動をしており、テレビドラマ『金田一少年の事件簿:秘宝島殺人事件』などの話題作にも出演していました。ドラマの活躍が印象強く、フジテレビの月9で山下智久のライバル役として『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』でバスケ選手役としても活躍していました。まぁこの役に関しては色々と思うことがあるのですが…。
映画では蜷川実花監督『Diner ダイナー』など、特にチンピラ役の印象が強いのですが、本作では彼の存在感の強さがある意味嬉しいサプライズでした。
三兄弟の中でもメインはあくまで長男と次男。ただし、彼らの潤滑油的な存在で、唯一結婚しているというパーソナルな部分も物語に強い影響力を与えてくれました。
◆真木よう子(小野真希役)
1982年生まれ、千葉県出身。グラマラスなスタイルが魅力的な彼女ですが、映画・ドラマと大活躍しています。
『ゆれる』ではオダギリジョーとも共演しており、山路ふみ子映画賞新人賞を受賞しています。大森立嗣監督『さよなら渓谷(2013年)』では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、是枝裕和監督『そして父になる(2013年)』では最優秀助演女優賞をダブル受賞するなど、名実ともに名女優の仲間入り。
個人的には滑舌の悪さが気になることもあるのですが、ハマるときはめちゃくちゃ良い演技をする女優という印象を持っています。本作では天真爛漫で義理の兄である達也にも分け隔てなく接し、夫の隆史をそばで優しく支える、なくてはならない存在でした。
③三兄弟ー仲の良さは「永遠」であることとは比例しない
私が本作で強く感じたのは、達也、章人、隆史がとても仲の良い兄弟だったということ。
前述した通り、章人が亡くなった理由はわかりません。
達也のセリフ「なあ、命日はいつになるんだ?」は、年齢にかかわらず”孤独死”という社会問題の大きな盲点であり、無情な現実であることを突きつけられた瞬間でした。
孤独死で発見まで長い時間が経過していた場合、警察の司法解剖などがあったとしても、死亡時期が明確でないため「推定死亡日」というのが設定されるそうです。
人生を全うすることがいかに幸せか。それを強く感じさせてくれる本作。
ただ、それ以上に感じたのが、誰にも先のことはわからないということ。どんなに仲の良い兄弟でも、同じ時間をずっと共有しているわけではありません。兄弟でなくとも親子でも同様でしょう。
だからこそ、本作では章人が何に悩み、何に苦しみ亡くなっていったのか。親しかった2人の兄弟ですら想像することしかできません。
「話せる時はきちんと話をしよう」
それが綺麗事ではなく、映像からとてつもなく大事なことだと教えられました。
日比遊一監督にとっては私小説的な作品ではありますが、弟の章人が亡くなった後、彼と腰を据えて対話できていなかった後悔もあってか、「自分がいかにわがままに生きてきたかへの戒め」として手紙を綴っています。パンフレットに日比監督のそのままの文字で掲載されており、とても胸が苦しくなります。
だけども、「あの頃に戻りたい」という想いも強く伝わってきて、少し弟とじゃれ合うような文面もあり、仲良く一緒に過ごしていたあの頃に回帰していたんだろうなと想像させられました。
④カメラマンの達也がシャッターを切るということ
回想のシーンで章人が「兄ちゃんはどこでも撮影をするよね」という風な問いかけをするシーンがありました。セリフは違ったかもしれませんが、これに近いことを言っており、章人が亡くなって地元に帰ってきた達也は一切シャッターを切ることができません。
カメラマンという職業、常日頃から身につけているカメラ。反射的に被写体に向けてカメラを構えますが、シャッターを押せません。
先ほど紹介した手紙の想いの部分と重なりますが、自分勝手にわがままに生きてきた結果、章人は無残にも亡くなったのだと後悔の念に駆られているのです。
だからこそ、自分のわがままで日銭を稼ぐアイテムとなっているカメラを使うことに対する恐れがあったのだと考察できます。
達也自身が章人の死と向き合うことができたとき、怒涛のようにシャッターを押すようになります。本作におけるクライマックスが画として非常に力があり、食い入るように見てしまいました。
大切な人が亡くなること。亡くなってしまえばもう戻ってくることはありません。だからこそ生きているうちにできるだけ会話をするべきだし、亡くなってしまってからも残された人たちは生きていかなければなりません。
もしこれから本作を観るという方には、達也がどのようにして自分の気持ちと折り合いをつけて行ったのか、そこをポイントとして観てもらうと良いかと思います。
⑤説明不足な描写が目立つが、それが本作の一番の”味付け”
本作にあまりにも感銘を受けた私でしたが、それから各種レビューサイトでいろいろな人の感想を読ませていただきました。
中でも特に気になったのが「あまりにも説明不足すぎて意味がわからない」というもの。
一つは日比遊一監督がカメラマン出身監督ということもあり、映像で魅せるという点があったと思います。
ただ、もう一つ重要なのは、誰にもわからない”章人の死”という問題です。
達也や章人の最低限のバックグラウンドは明かされていきますが、基本的にはセリフで説明するのでなく、画で見せるというのが印象強いです。
章人が何に苦しんでいるのか、実家(おそらく通夜とか?)で友人も集めて飲みながら会話しているシーン。すべては語らずとも、章人は何か居心地の悪さを見せています。
達也たちの父の妹である稲葉家の存在もまったくバックボーンが語られません。年の離れた達也と分け隔てなくタメ口で喋りかける奈々(岡崎紗絵)は、姪っ子に当たりますが、確か劇中できちんと彼女と達也たちの関係性を明言するシーンはありません。
だけども、映像を、彼らの会話を見聞きしていれば自ずと関係性はわかってきます。
あとは、達也の同級生の八木(中野英雄)や直子(大久保佳代子)、そして明美(今井美樹)らも、彼らには彼らの生活があり、苦労していることが映像で見せられます。ただ、詳しくは語られません。
だけど、その曖昧さが心地よく、それでいて人間たちが同じ世界にいながらも時間を共有し、必ずしも場所を共有しているわけではないのがわかります。
真希が達也に耳打ちしているシーン。ここも鑑賞者には真希が何を言っているのかは知らされることはありません。ただし、映画全編を見ていれば、きっとそういうことなのだろうと感じ取ることができます。
私にとっても特に印象的で大好きなシーンでした。未来を予感させる素晴らしい締めくくりだったといえるでしょう。
⑥まとめ
本作を撮影してから、実際に編集するまでも日比監督は8ヶ月の期間をあけたといいます。
もちろん商業映画として最初からスポンサーがついていたわけではないという自由度があったからというのもありますが、作品と距離を取り、冷静に取捨選択ができるように、そしてきちんと作品と向かい合えるように徹底して心を整えたと考えられます。
あまりにも公開規模が小さく、興行的には厳しいものがありそうですが、私は冒頭に書いたように兄弟がいるような人にこそ、観ていただきたい作品だと思っています。
また、今回ネタバレにもなるような解説をしていますが、本作では細かいネタバレは作品の面白さを半減させることはありません。むしろどのように感じ取るのか、という人によって感想が変わりそうな作品であるということから、いろんな方の感想を読んでみたいなと思わせられました。
今回もお読みいただけた方々、ありがとうございました。
最後にFilmarksのレビューを貼り付けておきます。