「初めての人生の歩き方」(有原ときみとぼくの日記)第15房:写真の断捨離、思い出の拾得
朝六時に目を覚ました。電話。有原くんは喘ぐようにスマホを取る。
「おはよう」
彼女の声。そうだ、忘れていた。昨日起こして欲しいと頼んでいたのだ。
「……うん、おはよう、うん、……ありがとう、そしてごめん」
二度寝。
有原くんは六年前ぐらいに精神を患ってからずっと睡眠薬を飲んでいた。約五年ぐらい。その間に有原くんは立派な睡眠薬依存に陥っていた。飲まないと眠れない。眠れそうだけどとりあえず飲む。そんな毎日。脳みそフラフラ。電気信号乱れまくり。しかも酒と併用していたので記憶も飛びまくり。たまに見る幻覚に怯えてしばらく酒を控えるけど、また繰り返し。
あの頃は毎日が白かった。
そんな睡眠薬を昨年辞めた。
そして最近また復活。
「これはまずいぞ」
と、思ってはいるんだけどなかなかやめられない。
原因はストレス。
有原くんはいま心理学を学んでいる。心理学を学ぶということは自己と対面することだ。見たくない自分、認めたくない自分、忘れたい自分、消したい自分、殺したい自分……。
ストレスはいつだって自分。
だから有原くんは変わろうとしている。もがいている。人との接し方、話し方、聞き方、髪型、服装、姿勢、思考、生活リズム、アルバイト、引っ越し、メガネ、などなど思いつくこと全部。
ーー淡い変身願望。
さらにいま通っている講座は毎回同じ教室で同じメンバーなのだ。有原くんはすでに色々とやらかしているので、みんなから嫌われていると思っている。
でもいい。そこも乗り越えよう。一度嫌われたらどうなるか見届けようじゃないか。
過度のストレスはいい意味での逆風だ。
帆を掲げて荒波を越えていく。
でも、胃が痛い。
久しぶりだ。
☆ ☆ ☆
もちろん、すべては有原くんの妄想だ。
現に今日だってわざわざ仲間が「ドリーム・ヘルパー・セレモニー」というのをしてくれたのだ。それなのに大遅刻をかましてしまう間抜けぶり。
謝っても謝りきれない。
それなのになにも出来ない。
だからこれからやっていく。
本当にありがとう、仲間。
☆ ☆ ☆
追い打ちをかけるように心理学で見たくない自分を散々見せつけられ、あまりにも辛くて意識が飛びそうになった。
これはあれだ。
十年前ぐらいに友達の結婚式にて、余興でバンドをやることになり、過度の緊張からか本番前に新郎新婦のいい感じのところで倒れた以来の感覚だ。
もしかしたら、有原くんのストレス耐性は皆無なのかもしれない。
うん、逆にチャンス!
耐性がないのならつければいい。
表が無理なら裏でもいい。
地下にだって世界は広がっている。
☆ ☆ ☆
有原くんは今日、写真の断捨離をした。もうずっと何か月もやりたかったことだ。約二日かけてすべての写真に目を通し、そしていらないものを捨てていった。
主に風景。思い出はあるけど、もうこれはいらない。残ったのは主に人。それだけは捨てられなかった。
過去に映っている自分。
なんだ、楽しそうに笑っているじゃないか。
きっと見たくなかったんだと思う。
過去を楽しくすると、いま病気で逃げるのが辛くなるから。
過去からずっと不幸という肩書きは人を傷つける。
もうそんなアイデンティティはいらない。
だから有原くんはようやく写真の断捨離ができたんだと思う。
でも寂しい。
当時の友達とは、いま全然連絡すらできていないから。
あのときの笑顔はウソじゃなかった。
だからこそ余計に悲しみが押し寄せる。
「久しぶり。また昔みたいに遊ぼうぜ」
既読にならないメッセージを見つめながら、これからどんな写真を撮っていくのか、そんなことをぼんやりと想像している。
ちなみに捨てた写真は約2000枚。
そこまで好きだったらカメラの道もあり得るかも……。
そんな妄想もまた楽しい。
その後ずっと書きたかった「やりたいこと・やりたくないことリスト」を作成。
少し見えてきた気がしたよ、自分。
ある人にメッセージを送信。繋がれ、自分。
初めての人生、思い出よりもいま、現在、この瞬間を大切にしたい。有原くんは今日も少しずつ、着実にどこかに向かって歩いている。
どこに辿り着けるのか、どんな道を歩いていくのか。
有原くんは今夜も夢を見る。
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