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ショートショート「再会」

 雨の降る肌寒い日だった。もうすぐ冬がやってくる。十月は、心が寂しくなる季節だ。
 ぼくは墓参りのために田舎に帰ってきていた。そして用事も終わり暇を持て余していると、珍しく親父がドライブに誘ってきた。
「……石見銀山に行ってみないか」
 なぜ急に石見銀山なのかは分からなかったが、とりあえず行ってみることにした。
 車中、雨が窓ガラスをノックする。ぼくはそれを眺めながら、数年前に亡くなった兄のことをぼんやりと思い出していた。ふと、親父の横顔が視界に入った。きっと、親父も同じことを考えているのだろう。なんとなくだけど、そんな気がした。
 車から降りると、高地特有の冷たさが雨に交じって肌をさす。遠くの山から鳥の鳴き声が聞こえる。木々はモヤで霞んでいる。平日のせいか、辺りは静寂。ぼくたちは傘をさしながら間歩に向かって歩き出した。
 炭鉱跡を一通り見学していると、親父が行きたいところがある、と言ったので、ぼくは頷いてついて行った。
 そこは羅漢寺というお寺だった。
「ここの石像が見たかった」
 親父は静かにつぶやいた。
 拝観料を納め、石橋を渡り、五百羅漢が納められている洞窟のなかへ。
 ――言葉が出なかった。ぼくは目の前に広がる光景に圧倒され、ただ立ちすくんだ。そこには、数百体もの小さな石像が所狭しと座っていた。……表情も全部ちがう。笑っているもの、泣いているもの、なにかを話しかけているもの、空を仰いでいるもの……。
 自分の唾を飲み込む音が聞こえた。二人の足音がコツコツと反響している。隙間から風が入りこみ、ロウソクの火がゆらりと揺れた。
 ぼくはまるであの世に来たかのような錯覚に襲われた。そのとき、親父が口を開いた。
「ここには、必ず自分と似た石像がある、と言われているそうだ」
 親父の声がぼくを現実に戻してくれた。ふいに、一つの石像と目が合った。それは笑っている石像だった。自分には全然似ていない。しかし、なぜだかその石像に呼び止められた気がした。
 その瞬間、――涙がこぼれそうなほどの懐かしさが、ぼくの胸のなかにあふれてきた。
 それは哀しみではなく、むしろあたたかい感情だった。まるで優しい夢を見ているような気分。ぼくはそっと目を閉じた。
 ……気がつくと、親父の姿がなかった。後を追いかける。雨は上がっており、親父はすでに石橋を渡っていた。なぜだか、そのときの親父の背中は、とても小さく見えた。
 後日、調べていて分かったことがある。昔、ここにお参りをすれば、亡くなった父母や近親者に会えるという噂があったそうだ。
 あのとき、親父は会えたのだろうか。そういえば、兄が亡くなったのも、ちょうど十月だったと、ふと思い出して――。


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※2017年の作品です。


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