ショートショート「未来離婚」

　ある男性が、居酒屋で見知らぬ女性に唐突にこう言われた。
「いや、もういいんです。あなたのことを愛した私が悪いのです。あなたほど立派な人は確かにいません。でも、私はもうついていけないのです。あなたは確かに素晴らしい人です。二十代の内に一千万円も貯金なされて、さぞ素晴らしいお人だとは十分に分かっております。一千万円、あなたはどこぞの誰とも分からない人にまでそれを自慢していました。……でも、ごめんなさい。私、妊娠しているんです。あなたの子です。だから、だからこそ、私はあなたを憎むのです。恨むのです。この絶望を生まれてくる子にまで、背負わせるつもりなのですか？　いいえ、勘弁なりません。あなたは私を洗脳しました。『立場は平等ではない』『お前はクズだ』『お前の親は最低だ』『誰の金で暮らしているんだ』『お前の意見は聞いていない』と。果たしてそうでしょうか。あなた、そんなに高給取りではないでしょう？　二人合わせてやっとなのに、もっと稼いでから言ったらどう？　意見は聞かないって言うけど、私はもうずっと何も言っていないわ。あなたの人生の中心にある『貯金額』と『世間体』を私に押し付けないでくれませんか？　ええ、何度だって言います。あなたは立派です、世間では。あなたは素敵です、世間では。あなたは魅力的です、世間では。でも、それが私の人生を迫害する理由になるとでも思っているのですか？　ああ、憎い。殺したいほど、あなたが憎い」
　ある男性は面を食らった。それもそのはず、この男性と女性は今日初めて会ったのだ。
「あのすみませんが、私はあなたの旦那ではないのですが……」
　するとその女性、突然男の胸元を掴むと、低い声で囁いた。
「ええそうよ。……今のところは」

　ある女性が、バーで見知らぬ男性に唐突にこう言われた。
「おい、お前、こんなところで何をしている。ええっ？　一体だれが養っていると思っているんだ。お前は家で家事だけをしておけばいいんだよ！　この売女め！　俺は一千万円を貯めたというのに、お前はなんだ。ロクに働きもせずに文句ばかり言いやがって。世間の主婦を見てみろ。誰もわがままなんか言っちゃいない。お前だけだ。お小遣いだって多すぎるぐらいだ。俺の金を使いやがって。お前の両親だってそうだ。借金背負ってきやがって、全部俺に払わす気だろ？　いいか、何度でも言ってやる。俺とお前の立場は平等ではない。お前はクズだ。お前の親は最低だ。誰の金で暮らしているんだ。お前の意見は聞いていない。全く、俺の信仰する宗教にも入らないクズの癖に酒なんか飲んでんじゃねえ！　黙って俺のいうことを聞いてりゃいいんだよ！」
　ある女性は面を食らった。それもそのはず、この女性と男性は今日初めて会ったのだ。
「あのすみませんが、私はあなたの妻ではないのですが……」
　するとその男性、突然女の胸元を掴むと、低い声で囁いた。
「ああそうさ。……今のところは」

　ある男女が法廷にて、裁判官にこう言われた。
「判決を下す。いま、二人に課した過去での行為による派生したパラレルワールドの結果が届いた。二人はその後、結婚していないことをここに認める」
「ああくそ！　なんで変わるんだ！」
「ざあまみなさい。それがあなたの罰よ」
「啖呵が早すぎたのか」
「後悔しても、遅いわよ」
　法廷に木槌の音が響き渡る。
「静粛に。判決、よってここに離婚を認める。なお、財産の三分の二と親権は母親に帰する。養育費は子が二十歳になるまで。以上、閉廷」



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※2016年の作品です。

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