事業承継に伴うリブランドの全プロセス 〜 メルチャリがチャリチャリになるまで 〜
2020年4月。「チャリチャリ」は「メルチャリ」からサービスブランド名を変更しました。
これはその裏側、事業承継からリブランディングまでの全プロセスです。
プロダクトオーナー・ブランドマネージャーとして携わったyuiyktよりお届けします。
リアル×テックなプロダクトのブランディングに興味のあるデザイナー、事業承継・事業譲渡のプロセスを経験するリーダー、シェアモビリティの事業に興味のあるビジネスパーソンを主な読者として想定しています。
メルチャリの2年間
メルチャリは、メルカリグループから2018年2月にリリースされたサービスです。
ダジャレ…そう決して真面目ではない名前を冠にしてはいましたが、チームは”移動”の未来を見据え、愚直にミッションとビジョンに向き合い続けていました。
世界や全国に一気に拡大できるプラットフォームと異なり、サービスの認知も浸透も地域に限定されます。
あー、名前は聞いたことあるよ
まだやってるの?あれ
全国区に届かない悔しさに日々歯を食いしばりつつも、少しずつ積み重ねた施策が功を奏し、福岡市でお客さまに受け入れていただいていることを嬉しく感じていました。
そんな矢先。サービス拡大期に訪れた、ブランド名変更。
サービスブランド名の変更、よく見聞きしますよね。経営事情によるものは日本国内ですと「ラクマ(旧 フリル)」「inゼリー(旧 ウイダーinゼリー)」などが挙げられるでしょうか。
事業承継はその事業が成長するために最善の道を選択した結果。でも、直接的なお客さまメリットはない、経営事情による判断です。
プロダクトを作り続けてきた人間としては、正直とても複雑。だって、2年間コツコツ積み上げてきた認知が強制リセットになるのです。
不安のなかでプロジェクトはスタートしました。
リブランドの結果
変わったのはサービスブランド名とロゴ。そしてサービスに活用されていたあらゆるクリエイティブたちです。
メルチャリから、チャリチャリへ。マークとブランドカラーは引き継がれています。
1. 組織と事業をつくりなおす
ここからは、そのプロセスを時系列でお伝えしていきます。
遡ること約8ヶ月前の2019年8月、事業のあり方を”変更しない”前提で事業譲渡は行われました。事業自体は順調に成長しており、さらなる拡大を目指すフェーズであったためです。
ブランド名を変更することは、この時点で決定していました。
運営主体はneuet株式会社。ニュート、と読みます。
■ 事業のコアを再定義する
まずは、既に定義されていた事業の根幹を、新経営陣と深く話しながら再定義していきました。
- ミッション・ビジョンの再確認
- Value Proposition Mapを用いた、お客さまとプロダクト価値の再定義
- 戦略とPLの再策定
- ロードマップの再策定
- 社名の決定
事業譲渡後のPMI(Post Merger Integration)プロセスにおいては、経営・業務・文化のそれぞれを統合する必要があります。
PMIプロセスにおける統合内容
- 経営 : ミッションや戦略、予算管理や人事評価など
- 業務 : 業務プロセス、システム、オフィスなど
- 文化 : 大切にする考え方、コミュニケーションスタイルなど
リブランドにあたっては「経営」面の統合を推進することで、次のステップへ進めるかと思われました。が…!その過程で「文化」としての大きな課題が顕在化しました。
ふたつの組織の意思決定プロセスやコミュニケーション方法が全く異なるものだったのです。同じ言葉を使いながら、内容や信念の異なることを考える二者とは厄介なもの…。その違いが、言葉尻からは課題として認識できない場合もあります。
トップ(経営者)が変わるということは、根幹が変わるということ。
その状態でお客さまに届ける価値を変えないためには、むしろ水面下では大きくやり方を変える必要があったのです。
このためコミュニケーションスタイルを変え、ひとつずつの意思決定の背景や考え方を理解し合います。
neuet が大切にする考え・行動
- オープンであること
- 情報格差でビジネスをしない
- WHYを伝えること
- 意思決定や考えの背景を伝える
- 信じること
- Think Globally, Act Locally
- 大胆に、不確実性の高い未来について考え続ける
- 現場で起こっている小さな事実に向き合い続ける
このプロセスに長い時間をかけながら、Missionを始めとした事業の根幹を再定義していきました。
2. プロジェクトの始動
組織づくりに(予想以上に)大きく時間を割いたため、実際にリブランドプロジェクトは、3ヶ月未満程度の期間でリリースにまで持っていくこととなります。
■ リブランドのゴールを決める
まずはリブランドにあたり、何を変え、何を保つのかを定義。
事業の方針自体は大きく変わりませんが、日本全国に認知のある「メルカリ」ブランドのもとを離れることはチャンスでもあります。それぞれの地域により密着した存在として信頼を築いてこうと考えました。
■ KPIを設定する
プロジェクトとしてのKPIは、新ブランドリリース後1ヶ月における、ライド数の月次成長率に決定。
ブランドとして短期的な指標を追うことは本質的ではありません。ただし今回は、レピュテーションリスクと同時に、リブランドに伴う各アセット(自転車やアプリなど)の差替えがボトルネックとなって成長率が鈍化もしくは減少するリスクがありました。
このため携わる各チームが一丸となって目指すことのできる数値を設定。
■ 変更対象を整理する
主な変更対象は4点。これらをどのように変えていくのか、ブランドの方向性をもとに議論していくこととなります。
- サービスブランド名
- ブランドカラー
- ブランドロゴ
- コミュニケーション
※ 本noteでは、コミュニケーションについては割愛します。
3. パーソナリティを再定義する
まずは再定義したミッションや戦略をもとに、ブランドのあるべき姿を再定義していきます。
既にある「メルチャリ」についても、リリース以来2年間をかけてどんなパーソナリティを構築してきたのか改めて言語化しました。
最終的にパーソナリティは、33の言葉に。
旧名「メルチャリ」は「メルカリ」をもじって生まれた名前ですが、ここには私たちが新しい公共交通を担うにあたり、ありたい姿が反映されています。
- 耳なじみ、口なじみがよいこと
- 肩肘張らず、毎日気軽に使えること
ちょっとダサくて、バカにされちゃうくらいがよい。これは、新ブランド名においても大切な要件となりました。
4. ブランド名をきめる
続いてミッションやブランドパーソナリティをもとに、ブランド名を検討します。
ブランド名は、最終的にはブランドオーナーが意思決定しますが、プロセスではチームが一同に集まってアイデア出しのミーティングなども行いました。
アイデア出しの目的
- メンバーが感じているブランドに対する意識や質感を理解する
- メンバーそれぞれのブランドへの理解・意識を高める
- ブランド名のアイデアを集める
無数に出したアイデアのなかで、ブランドの方向性に合致するものへと候補を絞っていきます。
候補がでてから確定までのプロセス
- サービス上でのPros/Cons確認
- 旧名と置換してみたときに、課題はあるか?
- 経営層とのディスカッション
- ミッション・ビジョンや戦略と一致するか?
- 関わるあらゆるステークホルダーとコミュニケーションが可能か?
- 商標の確認
- English Speaker への、発音の確認
- 日本語以外を話すかたでも、問題なく音読できるか?
「Charichari(チャリチャリ)」が候補にあがってから決定までには、少し期間を設けてシミュレーションすることにより、課題を把握しました。
課題
- 英語での表記「Charichari」が長いこと
- 可読性が低い
- ロゴタイプとして成立しづらい可能性
- オノマトペとして「チャリチャリ」が既に一般的であること
- 固有名詞化しにくい
- SNSなどで浸透しづらい可能性
そのうえで、改めてブランドのあるべき姿や戦略を見据えて最良であると確信でき、また課題について「回避」よりも「克服」を選択するべきであると考えられたため、ブランド名を「Charichari(チャリチャリ)」へと決定しました。
■ 社内への浸透
ブランドは浸透しなければ無意味も同然。まずは社内から、慣れ親しんだ「メルチャリ」を離れ「チャリチャリ」が自然と発せられる状態をつくります。
主な社内浸透施策
- ロールプレイングの機会を設定。2人1組で「チャリチャリの事業紹介」をし合い、声に何度も出してもらう
- 新ブランド名についてのポエムを投稿。メンバーに読んでもらう
- 社内コミュニケーションでの旧名の利用を禁止
- 各拠点にエヴァンジェリストを設置。浸透をチェックしてもらう
- Slack Custom Emojiを作成。気軽な存在にする
このフェーズはコロナによるWFHの期間と重なってしまいました。非対面で社内の習慣を変えるって、難しい…。
効果的だったのは、発言量の多いメンバーがいちはやく切り替えミーティングやチャット、資料で多用してくれたこと。これにより慣れないメンバーも自分ごと化でき、徐々に浸透させることができました。
5. ブランドカラーを決める
ブランドカラーについては、赤を保ち、カラーコードを変えないことに。背景は以下のとおりです。
ブランドカラー決定の背景
- 街なかでの認知に優れた色である
- 街なかで「自転車を探す」行為がUXに含まれるサービスであるため、視認性の高さは重要
- パーソナリティと一致している
- 「親しみやすい」「楽しい」といった保つべきパーソナリティと、カラーイメージにズレがない
- ブランド名と同時に変更すると、ブランド認知力を損なうリスクが大きい
- サービスの印象に大きく寄与する要素であり、拡大フェーズにあるサービスにとって認知の低下は避けたい
6. ロゴを決める
■ 方向性を決める
ロゴタイプは、いくつかの既存フォントを用いた打ち文字を制作したあと、ブランドパーソナリティのなかから、一本の軸をつくり壁にマッピング。
これをチームで眺め、付箋で意見を出してもらいました。
メンバーからは、視認性などの基本的なものから、好き嫌いといった感覚的なものまで、様々な角度でのフィードバックが集まります。
私たちは、公共交通の一端を担うパブリックな存在である一方で、個の移動を支える極めてパーソナルな存在であるという両端な特性を持ちます。
この繊細なバランスをロゴタイプにどう内包させるか、各メンバーの感覚と言葉を汲み取り検討していきました。
方向性としては、親しみやすさや愛らしさを担保するために、先頭だけ大文字にするパターンに。一方で、交通標識に描かれる道のようなフラットな印象をつくるため、文字の太さを全体的に均一にみえるよう調整していくことにしました。
■ 調整する
先頭の「C」は、自転車のタイヤ、また「持続的な」「まわる」「巡る」といったパーソナリティを体現するために、打ち文字の楕円形から正円へ。
「r」も道のようなシェイプにするため肩を失くしています。
また「a」は一階建ての場合「o」に見えてしまうという懸念があり二階建てを採用。
■ 車体に載せて確認
私たちのようなインターネット上とオフラインの両方をインターフェースとするサービスでは、ロゴの掲出先が多岐にわたります。
主なロゴの掲出先
- ハード
- 車体
- スマートロック
- 駐輪ツール
- デジタル
- アプリ
- ウェブサイト
- ペーパー
- 駐輪ポート内の掲示物
- 案内リーフレット
このため微調整をするごとに、ウェブやアプリ上だけではなく、車体にカッティングシートを貼っては剥がして確認。ほんの少しの丸みの差で、視認性や印象が大きく変わります。
こちらは、最終案より少し小さいもの。
夜な夜なカッティングシートで工作します。
これから登場予定の電動自転車にも試着。
ロゴ自体の縦横比も、デジタル・ペーパーの両者で扱いやすいものとなるよう意識し、文字間や余白、バランスを調整していきました。
■ ロゴパターンをつくる
細かい調整と往復しつつ、ロゴタイプとロゴマークの組み合わせを検討します。
ロゴマークは、メルチャリのリリース以来利用しているものをそのまま継続させることにしました。これはブランドカラー同様、マークとしてこれからもブランドを背負うのに問題ないデザインであると判断したためです。
ただし、ロゴタイプとのバランスを考慮して、これまでよりも少しだけラインを太くしました。
最終的なロゴがこちら。
車体のデザインも確定。
7. 制作物の準備
ロゴが確定したら、いよいよ各制作物へ反映していきます。
アプリやウェブには写真素材が必要になるため、急ピッチで撮影を進めます。
撮影からRAWデータの編集、サービスへの反映までは、約1週間。エンジニアに協力してもらい急ピッチで実装します。
この時点で社内に対して、まずは最低限のブランドガイドラインを提供しました。
■ 車体のデザインを刷新する
最も難航したのは、車体デザインのアップデートです。
販売されている自転車では、実はロゴをつける位置が個体によってバラバラ、ということはよくあるそう。しかしシェアサイクルでは、同じデザインの車体が横一列に並ぶ光景がよく見られるため、個体差が目立つとサービスとしての信頼感などの毀損につながる恐れがあります。このため実装方法や手順を細かく決め、車体の設計・整備を行うチームが丁寧に実装しました。
また私たちは既に運営をしているサービスであるため、デザインを変更する自転車は街なかにあります。オペレーションを管轄するCS(カントリー・サクセス)チームが、これらをもれなく回収し、デザインを変更して街なかに戻すことに。
8. リリースと浸透
2020年4月1日。1週間の告知を経て、街なかに新しい自転車を配備。またアプリやウェブページのリリースを行いました。
■ 結果
おかげさまで今回のリブランディング後、ライド数はさらに成長し過去最高を更新しています。
リブランド後、残念ながら同時期に発生した新型コロナウイルスの影響で、新ブランド浸透のための施策のほとんどはお蔵入りすることとなりましたが、再定義したミッション・ビジョンをもとに、コロナの状況においてチャリチャリにできることをひとつずつ積み重ねています。
ブランドは長い時間をかけて少しずつ築かれる信用であり、短期的な数値に囚われてはいけません。それでも、まずは変更前と変わらずご利用いただけていることを嬉しく思っています。
一方、一部で旧ブランド名が使われているシーンがあるのも事実。この課題に対しては、今後継続的にあらゆるお客さまとの接点において「チャリチャリ」を使っていただけるように施策を積み重ねていきます。
これからチャリチャリは、新たな地域へ展開します。地域ごとのライフスタイルや課題に向き合い、適切に価値をお届けできるように準備しています。
次は街なかでお会いしましょう!赤い自転車を見つけたら、それはたぶんチャリチャリ。お気軽にご利用ください :)
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