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適応障害vs能天気なわたし①

目にとめてくださりありがとうございます!
思考は現実化するなら実験してみよう!
働かなくても楽しく豊かに暮らす世界へパラダイムシフト
唯一無二のユイムニです

三連休が終わりましたがご機嫌いかがでしょうか
わたしは数年前に適応障害で脱サラしてから
基本的には毎日が日曜日の生活を楽しんでいます

今日から何回かに分けて、適応障害のことを書こうと思います

まずは適応障害発症から休職に至るまでについて書こうと思います
長くなりますが最後には適応障害を経験して気づいたこと
メンタルクリニックについてなどをまとめて書こうと思いますので
もしかしたら私、適応障害かも?と思っている方のお役に立てれば幸いです

わたしはほんの数年前までザ・安定志向で
老後のために毎日生きているようなものでした
1度だけ転職をしましたが
その際にも自分がやりたい仕事ではなく

・できれば終身雇用の文化があり
・年を取っても働けるように座り仕事で
・ひとり身でも食べていけるくらいのお給料が確保できること

これらを条件に探し
大学職員の座をゲットして国家資格を取得し
これで安泰!と思っていました
ミドサーの転職ながら年収も上がり
婚活はうまくいかなかったけれど
その代わりにマンションを買って
海外旅行や英会話、着付けやジム、おいしいものめぐりなど
仕事もプライベートも充実!
とっても楽しい日々を送っていました

わたしは大学時代に得たたくさんの気づきから
楽観的で能天気でいつも希望を見て生きる性格になっており
職場でもムードメーカーと言われるくらい
いつも笑顔で楽しく仕事をし
仕事はやりがいがあり成績もよかったので
職場で笑えなくなったときには
すぐに異変に気が付きました

適応障害の発症

ある年の4月から仕事の担当替えがあり
それがきっかけで適応障害を発症することになります

わたしの仕事は就職支援だったのですが
ある専門職から全く違う業界の専門職への担当替えだったので
それまでの経験や知識や人脈が全く通用しなくなってしまったのです
担当する人数もほぼ倍になり
会議のやり方や資料の内容もがらりと変わりました

仕事ががらりと変わることなんて何度も経験していましたし
経験も知識も人脈もちゃんと身に付くことは分かっていましたが
学生にとっては就職活動は今年しかないので
不慣れな自分が担当することで
不利益が生じてしまってはいけないというプレッシャーがありました

今思えばそんなにできなかったわけではなかったのですが
自分の培ってきたスタイルで仕事ができず
数字が思うようにあげられなかったことに対して
必要以上に自分を責めていたように思います

そしてうまくいっていたときには笑って流せていた
上司の理解の無さや職場の特異な文化に耐えられなくなっていきました

自分の席で笑えなくなってからも
学生との面談はそれまでと変わらずすることができましたし
仕事を離れるととても元気で
相変わらず趣味も充実していたので
担当が変わったくらいで病むなんて甘えていると自分を責めて
とにかく慣れるまではと必死でした

自分の心のままならなさに驚く

いくら明るい性格とはいえ
落ち込んだり悩んだり泣いたりすることは何度もありましたが
朝礼中に上司に対するいら立ちが抑えられなくなったり
仕事中にロッカールームに入って泣いたり
朝、職場に近づくと過呼吸になりかけたり
駅の改札を出てから職場に一歩も進めなくなったり
会議中に急に涙が止まらなくなることがあって
これはおかしいと思うようになりました

仕事を離れて元気になると
自分のことを俯瞰して見れるようになるのですが
自分の心のままならなさには
ただただ驚きました

はじめてのメンタルクリニック

会議中に涙が止まらなくなったことをきっかけに
耳なじみのあったメンタルクリニックに出向きました

わたしが通ったメンタルクリニックは規模が大きく
初診では医師の診察の前に臨床心理士の方との面談がありました
「この程度でクリニックに来て甘えてると思われるんじゃないか」
「普段は元気なのに・・・さぼっていると思われないかな」

自分の症状について説明をしたあと
受診をするにあたり上記のような不安を抱えていることも正直に話しました

すると、おそらく適応障害ですねと言った後に
「普段は元気な内に来て正解」
「我慢していたら食べられない眠れないといった鬱に進行してしまう」
「甘えてる・さぼってると思う真面目な人こそ適応障害になってしまう」

よく今来ましたねと言ってもらった瞬間に涙がぼろぼろこぼれて
普段はごはんもいっぱい食べるし、元気なんですぅぅ~と大泣きしてしまったのを覚えています

自分がさぼっているわけでも甘えているわけでもないこと、
ままならない心の問題を抱えていることをわかってもらえて
ただただうれしく安心しました

急な休職

メンタルクリニックに行くにあたり
わたしは心がおかしいことを診てもらいたいとしか考えておらず
薬は飲みたくないと思っているくらいで
休職なんて大げさなことになるなんて考えもしていませんでした

なので医師の診察で
可能なら明日からでも休職を、仕事を続けたいなら薬を飲むこと
そう言われたときには、へ?という感じでした

その月の就職イベントの主担当で準備もまだできていないし
次の週には学校全体が1週間の夏休みになるときだったので
夏休み中に心が治るかもしれないし
翌月からではだめですか?と聞きましたが
あなたの性格ならきっと休み中も
イベントのことをあれこれ考えてストレスをかけると言われると
確かにおっしゃる通りで・・・

診断書は休職日が決まってから出すと聞き
とりあえず次の日に人事に相談すると伝え
薬も半量にしたものを何回分か出してもらい帰宅しました

薬の効果

その日は会議だったので
ドキドキしながらも処方された薬を飲みました
プラセボ効果もあったかもしれませんが
薬を飲んでしばらくすると
「あれ~次何するんだっけ~考えられな~い」みたいな気持ちになり
これは飲み続けたら
安きに流れる弱いわたしはきっと依存してしまう!と思い
これを飲まないと仕事ができないなら
もう休職しようという意思がかたまりました

また人事部に相談したところ
医師の診断書が出たらそれに従うほかないとのことだったので
医師の言葉を思い出し週明けから休職させてもらうことにしました

同僚の反応

急に休職することになったので
お世話になった人たちへの挨拶もほぼできず
誰かがわたしの席で仕事ができるように座席の整理をしました

同僚はわたしの異変に気付いていたので
いろいろ思うところもあったと思いますが
ゆっくり休むように温かく送り出してくれました

この時の自分の無責任さについては
この後ずっと自分を責めることになります

組織ですから一人抜けても誰かが補填できるのですが
これは他のことにも言えますが
どんなときも自分が一番自分を責めることが
心にとって本当に良くないことでもあります

とっても長くなりましたが
以上が適応障害発症から休職に至るまでの流れでした

次回は休職中の過ごし方と退職に至った話を書きたいと思います

最後に

適応障害を経験して気づいたこと
・心はままならないことを知った

 心がこんなにままもならないものだということを体感できたことは
 したくてできるわけではない得難い経験をすることができたと考えています

・心に不調を感じたら早めにクリニックへ行くのが良い
 普段は元気で食べられる、眠れる、遊べるといった状態でも
 仕事中の心の状態を見てあげてください
 放置して、食べられない、眠れないにならないように…

・メンタルクリニックは混んでいる
 わたしが通ったクリニックだけでなく
 割とどこのクリニックも予約で一杯のようなので
 電話連絡をしてから受診されることをおススメします

・薬はマジで効く
 人にもよりますが薬の服用は医師とよく相談されるのが良いと思います

・仕事への自信がついた
 適応障害真っ盛りでも面談はできたことから
 自分がどんな状態でも人の話を聞いて寄り添い
 その人がより良い方へ導くことができるんだと自信を持てました
 実はわたしは集客はしていないのですが
 占いやカウンセリング・コーチングの仕事をたまにしており
 この時の経験がかなり役に立っています

めちゃくちゃ長くなってしまいました…
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

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