異国の父の味、イカの墨煮込みと金色のライス
「パリのレストラン」と聞くと、なんとなくどこも敷居が高いイメージがあるけれど、必ずしもそうとはかぎらない。
もちろん、某タイヤ会社の格付けスターがついているリュクスなレストランがそこかしこにひしめいているのは確か。でも、スターなんてついていなくたって、私のちょっとわがままな胃袋をつかんでやまないレストランはたくさんある。
私の最愛レストラン
私が2013年から4年間、エンゲル係数ぶっとびな生活を送っていたのは、noteを始めた頃にいちごとフェタの記事で語った。
気にいるととにかく何度もリピートする癖がある私。そんな私が、4年間でおそらくどこのレストランよりもたくさん訪れたのが、パリ15区、UNESCOの本部前にあったChez Eusebio(シェ・エウセビオ)というスペイン料理屋さんだ。
フランスに駐在員として赴任して2週間くらいのときに一度連れてきてもらって以来、バカンスの時期をのぞいて少なくとも週1は必ず訪れていた。
店名「エウセビオの家」というだけあって、オーナーとしていつも迎えてくれるのが、エウセビオ。この方。
21時くらいになると、店内の丸テーブルにてエウセビオ一家のディナータイムが始まったりする超・アットホームなお店なわけだが、そんな雰囲気も含めて大好きだった。
このお店のいいところ、あげればキリがない。なかでも特筆すべきは、一人一皿が当たり前なフランスのレストランと違って、大皿のシェアが大いに歓迎とされているところだ。しかも圧倒的ボリューム、そして圧倒的にリーズナブル。
日本人の同年代女子を集めて十人くらいでご飯したときは、お酒を飲むのが数名だったこともあり、お腹いっぱい食べてもなんとひとり10ユーロ以下というパリではありえない衝撃的なお会計だった。日本でもありえないだろう。
エウセビオの美味しいごはんたち
肝心の料理については、言わずもがな。とっても美味しい。気取らない大皿料理で、妙にハマってしまう。基本的に味が濃いから、これがまたどれもビールや赤ワインにぴったりだった。
ここで私の大好きなエウセビオごはんたちを。よだれがこぼれないように、心してご覧ください。
通いすぎたため、メニューは暗記。今でも上からもれなく言える。エウセビオも、私があまりに通いまくるので、だんだんと心を許してくれて、食事中に日本人からの予約電話がかかってくると、ユイちょっと出てくれと頼まれることもしょっちゅうあった。
大人数でいったほうが色々楽しめてお得なので、同じ会社の駐在員の方々やパリのお友達に推薦し、広報大使なみに人を引き連れていった。その結果、みんな好きになってくれてリピートしてくれて、エウセビオにくるとしょっちゅう知り合いがいる状態になった。
2013年に通い始めたころは質素だった内装も、テレビがついたり、大きなテーブルが入ってどんどんお店が綺麗になっていって、駐在の先輩からは冗談で「ユイちゃんの財布のおかげじゃない?」なんて言われたりした。実際かなり自分でも通ったし、人も相当数連れて行ったので、波及効果はかなりのものだと自負がある。
「美食同源」な、イカ墨
こんな大好きなエウセビオの食堂で、イカを愛してやまない私がいくと必ず頼む定番が、「Calamars à l'encre avec son riz」(イカの墨煮込みとライス)だった。
この狂おしく美しい漆黒。
こちらを、付け合わせの黄色いサフランライスとともにいただく。
イカ墨特有のあのうまみの中に、ちょっとフルーティな香りもしつつピリッとスパイシーな要素もあり、もうやめられないとまらない。ごはんは必ずおかわりが入り、私自身に限らず、知り合いにイカ墨中毒者を何人うみだしたことだろう。
なんてこの頃の私はいいながら、胃が黒くなったって気にしないわ!と足繁くイカ墨を食べていた。実際、この頃の私の胃は本気で黒くなっていたと思う。
ここまでで既にエウセビオ愛がダダ漏れまくっているが、好きすぎて、パリを離れてからも旅行で渡仏する際、いつも日本のお土産とともにイカ墨を食べに訪れていた。その度に、「いつユイは戻ってくるんだ?」って言ってくれたエウセビオ。彼の存在は私にとって、パリ左岸の父だった。
今回意を決して移住するにあたっての楽しみのひとつが、そんな父エウセビオのイカ墨を定期的に食べられることだったのは、想像に難くないだろう。
渡仏してきたはいいものの
昨年の10月に渡仏後、早速エウセビオのお店に電話をしてみるも、一向につながらない。ん?まだバカンス中なのかな?と思っていたが、3週間経ってもまだつながらない。
現在の家から徒歩でいけてしまう距離なので、愛犬のお散歩がてらお店を見に行ってみることにした。
「工事中につきクローズ」との貼り紙が。中は見えないけど、確かに工事中のように見えた。「また内装を変えるのかしら?」なんて軽く考えながら、お店をあとにした。
それから約3週間後。あれは確か、小雨の降る11月中旬の夕刻のこと。
近所のお散歩ルートにある不動産屋の貼り紙を、手持ち無沙汰な信号待ち中に眺めていたら、見覚えのある内装が。
なんと、売りに出されているではないか。
一瞬目を疑ったけれど、どう見てもこれは私の食堂、エウセビオのお店。
あまりの衝撃に、バゲットを買うのをすっかり忘れて放心状態で自宅に戻ったのを覚えている。
どこに行ってしまったのだろう、エウセビオ。
祖国(スペインのカタルーニャ地方)に帰ってしまったのだろうか。
せっかく戻ってきたのに、私・・・。
大好きなレストランがいつの間にかなくなってしまう悲しみを、痛いほど思い知ったのであった。
悲しみの、果てに
そんなわけで、もうあの大好きなエウセビオの味を気軽に楽しむことはできなくなってしまったのだけど、先日、ちょっと長めのお散歩でかつてのエウセビオのお店の前を通ったら、猛烈に懐かしさがこみ上げてきた。
あれだけ食べたから、私自身の舌が覚えている。
ちなみにOtto氏ももれなく常連で、あそこのイカ墨の美味しさは知っているし、大好物。
エウセビオの味を思い出しながら、自分で作ってみることにした。
まずはじめたのが、イカ墨探索。近所の大型スーパーはもとより、スペイン系食材屋もイタリア系食材屋もまわったけれど、みつからない。
まあここは、困ったときの高級よろずや、ボン・マルシェのエピスリー館へ。さすがの品揃えで、ようやく見つけることができた。
これと、イカソーメンの自由研究でもお世話になった小ぶりなイカを仕入れて、舌の記憶を頼りにイカ墨ジャーニーに出かけることとしよう。
エウセビオのイカ墨に関する考察
あのスパイシーさとかすかなフルーティさをどう出すかについて。
スパイシーさは、以前Otto氏生誕祭で作ったバスク風鶏の煮込みがヒントになりそうだ。あのときはチョリソーを使ったけど、スパイシーさが似ている気がする。イカ墨のパスタソースにもよくベーコンなどを入れたりするし、きっと合うはずだ。
タイミングがいいことに、ちょうど前日、バカンスで南の美しい山間地帯で田舎暮らしを満喫してきたパリの友人Hとランチをしたとき、お土産にめちゃくちゃ美味しい地元のチョリソーをいただいていた。まるでイカ墨を作るのを予期していたかのように。即採用決定。
そしてかすかなフルーティさ。そういえばエウセビオの奥さんがよく家族の丸テーブルでりんご剥いてたな、と思い出した。自家製サングリアに入れるためと思っていたけど、もしかしたらイカ墨にも入れている可能性大。入れてみちゃおう。
ということで、イカ以外の材料はこちらでいくことにした。
イカ墨ジャーニー、スタート
まずは、イカの下処理を。小さいので簡単。胴体から足を外して、背骨をとり、内蔵を別にとって、ゲソの部分からは目と口ばしをとって、よく洗っておく。
イカ愛好家仲間の@チョコチップクッキーさんが、イカの胴体にいろいろと詰め込んでこれまた美味しそうな洋風イカ料理を作っていたけれど、私はイカにさわっているとどうしても何かを詰めたくなる。もはや病気の域だ。
さて、棄てるかどうか迷う内蔵部分については、愛読書『檀流クッキング』の「イカのスペイン風」で著者の檀一雄先生が、「魚屋からは必ず「そのまま」と念押しして買ってきて、肝も墨も一緒にぶった切るがよい」とおっしゃっていた。Otto氏が見たら卒倒しそうだけど、どうせ黒くてわかんないから、全部いれちゃえ。
大きめのフライパンにたっぷりめのオリーブオイルとみじん切りにしたにんにく、鷹の爪を入れてじっくりと炒める。
香りが立ってきたら、みじん切りにしたエシャロットを加えてさらに炒める。
火が通ってきたら、細かく切ったチョリソーをいれる。
少し炒めたら、イカ様の、おなーりー。
ああ・・・これは多分、ワインを入れた・・・んだと思う。
少し煮込むとこんな感じ。
トマトペーストと小さく切ったトマトを入れて、様子見で水も入れ、蓋をしてさらに煮込む。
5分くらい煮込むとこんな感じ。
イカ墨ペーストの登場。4gのパウチを2つ使用。
黒くなってまいりました!
全体にイカ墨が行き渡ったら、すりおろしたリンゴを加えてさらに煮込む。
味を整えて、イカの墨煮込みの完成。
付け合わせのライスは、さらさらな方が合うので、バスマティライスを使用。サフランはお高いので、ターメリックで代用。フランス語では、curcuma(キュルキュマ)という可愛らしいお名前。
鍋にさっと洗ったお米と同量の水を入れ、バターを15gくらいいれて、小さじ1くらいのターメリックを加える。中火にかけ、沸騰したら蓋をして弱火で10〜12分炊く。
炊き上がったらそのまま15分くらい蒸らして、金色ライスのできあがり。
エウセビオ風に大皿に盛り付けて(いつもか)、緑がたりないからパセリをターメリックライスの上に散らしてみた。
¡Buen provecho!
Bon appétit(召し上がれ)のスペイン語のようだ。ブエンプロヴェッチョ。
味が濃いので、グリーンサラダもご一緒に。
カレーのようにしていただく。
あああああ。この味。懐かしのイカ墨だ!!
Otto氏も、これはマジでエウセビオの味に似ている、と。
ふたりして黙々といただき、2合炊いたご飯もあっという間に半分以上なくなってしまった。
ああ父エウセビオ、この投稿を見てほしい。意味がわからないだろうけど。娘はパリに戻ってきてあなたのことを思い出しながら、イカ墨を作っていますよと。