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「いい会社」への投資がいい未来をつくるわけ

最近になって、3月20日は、国連で決議された「国際幸福の日」だと知った。幸福であることを世界共通の目標として国の政策に反映するための日らしい。国際的な研究機関である「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が例年この日に発表する「世界幸福度報告書」によると、日本は137カ国中47位で、経済的に豊かな国の中では最低水準とのこと。米ギャラップ社が公表する「グローバル就業環境調査」によると、日本の従業員の中で仕事に対して満足感を得ている人の割合はわずか5%で、調査対象の145カ国の中で最低の結果になっている。

なぜこのような残念な結果になっているのだろうか。



なぜ日本の未来に希望を感じない人が多いのか


僕は、長年投資に関わる仕事をする中で、会社と投資、会社と金融との相互関係が、こうした状況を生み出してきたと感じています。一言でいえば、経済や社会の中核を担う会社やそれを支える金融が、人の“生きがい”や“働きがい”をつくってこれなかったのです。

日本では、1990年に不動産・金融バブルが崩壊して以降、金融機関は10年以上にわたって不良債権処理に追われ、存続をかけて合併を繰り返すなど、金融機能はマヒし続けました。新たな産業を喚起するような積極的な投資や融資、長期的な目線で事業を育成していくというお金の流れ、それを実践できる金融人財を育成することが長期間にわたってできませんでした。その点は、今の金融業界にもいまだに当てはまると感じています。

会社経営においては、バブル崩壊以降の景気悪化の過程で、部門ごとの収益採算など能率性と効率性を優先した部分最適化が進み、短期的な利益を重視した成果主義が積極的に取り入れられるようになりました。社員のリストラが増える中で非正規雇用化が進み、取引先に対してはコストカットの要請が強まりました。その結果、会社内や取引先との信頼関係は劣化していきました。

大きな時代変化の中で、組織横断的に、さらには個社の枠を超えて新たな価値を創造しなくてはならない時に、会社が取った方法は逆効果でした。当時、1980年代までに大成功を収めた名門大企業を訪問すると、役付きの人が多い割には意思決定が遅く、危機感や挑戦意欲がない社内の雰囲気に包まれていたことをよく覚えています。失われた20年を経て、2010年頃から徐々に変化を感じ始めていますが、会社の存在目的を深く掘り下げ、多様性や闊達さ、主体性や協働性を兼ね備えた組織文化をつくるのに随分と時間を費やしています。

この30年間、先進諸国の雇用者の実質報酬額が150%近く伸びる(名目報酬額は200%~300%上昇)中で、日本の同報酬額はほぼ横ばいです。この状況は、冒頭の調査結果と無縁ではないでしょう。そして、賃金や働く意欲が低迷する状況は、所得格差、教育格差、少子化などの社会課題にもつながります。米国のように経済をけん引する大手企業の顔ぶれがこの20年でガラリと入れ替わるまでいかないにしても、日本では、産業構造を動かすほどのイノベーションが起きにくいことにも影響を与えているでしょう。

会社は、日本の経済、社会の中核を担う約6000万人の雇用者に強い影響を与えています。もちろん国の政策も重要ですが、会社が、雇用者の生きがいや働きがいをいかに喚起できるかが、いい社会をつくり、いい未来をつくる上で重要な鍵をにぎります。そして、投資を含めた金融が、そうしたことを後押しする力になれるか否かも重要なポイントとなるでしょう。投資は会社に影響を与え、会社はそこで働く人や社会、さらには社会の中に暮らす多くの人に影響を与えます。

投資は、ただお金を増やすだけに留まらない、いい社会、いい未来をつくる力でもあると考える理由がそこにあります。そして、鎌倉投信も「お金を増やすだけに留まらない、いい社会をつくる力」でありたいと考え続けてきました。

そもそも会社は何のために存在するか

社会と未来をよりよくしていくためには、「いい会社」の存在、さらには「いい会社」が増えていくことが不可欠です。投資もそのことに対して重要な役割を担っています。

お金をいかに効率的に増やすか、という世界に長く身を置いた中で、僕に「いい会社」とは何か、を教えてくれたのが、鎌倉投信を設立した当時、法政大学大学院で教鞭をとっていた坂本光司先生でした。坂本先生は、「会社の存在目的は何か」「経営者の役割とは何か」「真の働き方改革とは何か」「教育とは何か」などを探求しながら、国内外の8000社にのぼる会社の現場に足しげく通い、あるべき会社の姿を観察し続け、あるべき経営の姿を世に問い、あるべき会社の姿を模索する経営者に寄り添ってこられました。僕は、このような実学に根ざした経営学者に会ったことはありません。坂本先生は、70歳を超えた今でも「人を大切にする経営学会」会長の立場で同様の活動を続けられており、その情熱が衰えることは全くありません。

坂本先生が法政大学を退官される際の最終講義は、経営者に向けたこの厳しい言葉から始まりました。

「会社とは何か、企業とはどういう業か、わからない経営者が多すぎる。このことが、多くの人々を不幸にしている。会社経営の最大目的・使命は『関係する人々の永遠の幸せの追求・実現』であって、業績はその経営目的を正しく果たすための手段にすぎない。このことを肝に銘じて誠実な経営をし続けない限り、会社の未来はない。」

どんな行動にも目的と手段と結果があります。そして、その中で最も大切なことは目的であって、仮に手段(やり方)が上手くいって結果が出たとしても、目的なき結果によって、関わる人の幸福が長く続くことはありません。たまに日本を代表する大手会社の幹部の方々を前に講話をする機会があります。そうした時に、皆さん大変有能で事業戦略などには詳しいのですが、「皆様は誰のために何のために業績を高めなければならないと考えるか。」「あなた自身は、一人の人間として、会社の事業を通じて何を成し遂げたいと思っているか。」と問うと、意外に明確な回答は却ってきません。目的なき手段の中で悩み苦しむ優秀な企業人がとても多いことを感じます。

「本来、会社が果たすべき社会的責任は何か」を考えるとき、究極的には次の二つではないでしょうか。

第一に、価値あるモノやサービスを供給することによって社会に貢献すること。社会とは、社員、社員の家族、顧客、取引先、地域、地球環境、株主の総和である。

第二に、会社の活動を通じて、人と人、人と社会を結び付けることによって個人の成長と、社会への貢献につなげる機会を提供すること。

です。

会社の存在目的は、利益を上げることでも株価を上げることでもありません。「会社に関る全ての人の幸福の追求」にあります。利益は、事業存続のための、社会に貢献するための手段であって目的ではありません。一言でいえば、会社の活動に関る人の総和ともいえる社会が幸福になるために会社は存在すると考えています。取り分け社会的影響力の大きな大会社や上場会社は、その責任を担う主役でしょう。

世の中に完璧な会社は存在しません。しかし、この二つの責任を果たすことに本気に向き合おうと努力している会社こそが社会を豊かにする「いい会社」であり、未来を託したい会社だと考えています。そして、そうした会社は増えつつあると感じています。

「いい会社」とはどんな会社か

「いい会社」への投資がいい社会をつくるとすれば、「いい会社」とはどのような会社をいうのでしょうか。鎌倉投信は、創業してからずっと「いい会社」とは何かを問い続け、観つづけてきました。その中で、会社が「いい会社」として「会社に関る全ての人の幸福の追求」を目指す上で大切な経営要素が三つあると考えています。

一、 会社の事業を担う社員を大切にしているかどうか
二、 誰と共に社会に価値を提供しようとしているか
三、 他者にはない独自の強み、差別性があるかどうか
です。

それを鎌倉投信では、分かりやすく「人」「共生」「匠」の三要素と表現しています。

「人」とは、人財を生かせる会社かどうかです。最近普通に使われるようになった「ダイバーシティー・アンド・インクルージョン」や「パーパス経営」もこれに内包されますが、社員個人の尊重、企業文化、経営姿勢などから醸し出される会社の雰囲気の中に、会社の存在目的である「ありたい姿」、言葉を替えると「吾社はなに屋」かが明確であるかどうかが大切です。

次に、「共生」とは、多くの人と共に持続的な社会をつくっていくという視点から、顧客、取引先、地域社会、自然環境などとよい関係を築いているか否かです。そこには、個社を超えた他者との共感力、競争力の高さがあります。

さらに、「匠」は、それを「どのように実現するか」という観点から、商品・サービスの優位性や独自性、市場性や収益性、変化への対応力や革新性に強みを有するかどうかです。

それら「人」「共生」「匠」は、相互に深く関係するもので切り離すことはできません。そして、会社の本気度は、相互の繋がりを深くし、深ければ深いほど会社の発展性と持続力は高まり、より社会に影響力を持ち続けます。これが「いい会社」が持つ資質です。

しかし、こうした「いい会社」が増えていることを実感しつつも、投資を通じて「いい会社」を応援したり、増やすことは簡単ではありません。お金を増やすことが共通目的化しやすい金融市場の構造があるからです。

お金を増やすことが共通目的化しやすい金融市場の構造

金融市場は、投資家からすると、お金を増やすための取引の市場です。その代表的な市場が、毎日ニュースで流れる株式市場です。投資家は株価の値上がりを期待して株式に投資をし、会社の経営者は事業を通じて株式価値を高め、多くの経営者はそれに応じた報酬を得ます。株式市場にお金が流れ、取引量や市場規模が膨らめば膨らむほど銀行や証券会社の利益も増えます。その銀行や証券会社の多くもまた、投資家から株価を上げることを期待される上場会社です。こうして、株価が上がることや配当を多く出すこと、つまり株主に多くの利益を還元することは、全ての市場参加者の経済的利害を合致させます。

もとより会社の存在目的は、株価を上げることなどではありません。会社の存在目的は、会社に関る全ての人の幸福を探求することにあることは先に述べました。会社の利益も株価もその結果にすぎません。しかし、人の幸福、豊かな社会というあいまいなものに多くの市場参加者の共通利益を見出すことは難しく、どうしても分かりやすい数字、中でも「株価」は、多くの人にとって何より分かりやすい共通の尺度となってしまいます。

この経済的な動機付けを理屈の上で正当化した考え方が、「会社は株主のものであり、会社の経営者は、会社のオーナーである株主の利益を一番に考えるべきである。」とする株主資本主義の考え方です。この思想は、1990年代後半から欧米を中心に広まりましたが、投資マネーが膨らみ、投資で利益を得ようとする機運が強まってきたことと無縁ではないでしょう。

この考え方の帰結が、2001年に起きた米国大手エネルギー会社エンロン社と米国大手通信会社ワールドコム社の巨額不正会計による立て続けの倒産でした。この裏で経営者は多額の報酬を得て、大手監査法人も不正会計に手を貸していたというから呆れるほかありません。後の調査で、こうしたことを助長した背景として、あらかじめ決められた価格で一定の期間内に自社の株式を購入することができるストックオプションが短期的に株価を上げることを誘引したこと、経営者、金融機関、投資家といった市場関係者の癒着の構造などが指摘されました。これも、お金を増やすことを共通目的化した金融市場の構造の一つの表れといえるのではないでしょうか。

最近では、2019年の米経済団体ビジネス・ラウンドテーブルで「米国の経済界は、株主に対する長期的な利益の提供だけでなく、社員や地域社会などすべての利害関係者に対して貢献する責任がある」とする声明が発表されたり、翌年2020年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で当フォーラムの創設者クラウス・シュワブ会長が「ステークホルダー資本主義の概念に具体的な意味を持たせたい」と語ったりしたことなどから、さすがに株価を上げることを最優先に考える経営者は少なくなってきたと感じます。世界の経済をけん引するトップリーダー達が、今になってこのようなあたりまえのことをやっと言葉にしたか、という思いも正直ありますが、会社経営の潮目が変わったことは間違いないでしょう。しかしその一方で、市場参加者にとって株価を上げることは最大公約数であることに揺ぎはありません。会社経営に対して強い発言力を持つ年金基金の多くは、「利益の増大」「企業価値の向上」を受託者責任の柱に掲げ、お金をいかに増やすかという意識を強く持ち続けていますし、個人を含め多くの投資家も同様です。

そのこと自体が悪いわけではありませんが、会社が株価を上げようとする背景に、例えば、社員の雇用機会の喪失、下請け企業への度重なるコストカット要請、ブランド価値を守るための大量廃棄、大量の農薬使用による土壌の荒廃、生産現場での不当な労働、日本の上場会社でもしばしば起きる隠ぺいや不正など、社会を劣化させる要因があるとしたら、それらを許容できないでしょう。上場会社の中でもそうしたことをおこなう会社はまだまだ多く存在します。

こうした中では、たとえ株価が上がったとしても、投資したお金が、いい社会、いい未来に向けて生かされていることにはならないでしょう。何かの犠牲の上に成り立つ投資のリターンの中に、いい社会、いい未来をつくる力はありません。会社が、自社のみの利益追求を超えて本気で社会や世界をよくしようと目的をもった経営に舵を切り始めたときに、投資もそれを後押しする存在でありたいと考えています。それこそが「利益の増大」「企業価値の向上」を共に目指す投資家の真の姿ではないでしょうか。

長文にお付き合いいただきありがとうございました。次回、鎌倉投信が考える「いい会社」を少し掘り下げたいと思います。


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