第6回 『問いからはじめる社会運動論』をどう読む?②方法論
————:こうしてみると、この本の構造がすごく奥行きを持っていることがわかりますね。
原田:じつは、私がこの本を読んでいて一番「使えるな」と思ったのが、(3)の調査方法と研究方法のところなんです。私自身、社会調査の方法論の授業を担当することが多くて、社会調査の方法や研究方法に関する本を集めたことがあるんですけど、そういう授業でもこの本はすごく使えると思います。なので、方法論のところだけ、すこし詳しくみていきますね。
まず、最初の鈴木さんの雑誌記事の分析。社会調査の教科書だとドキュメント分析と呼ばれることもありますけど、学生が一番取りかかりやすい調査だと私個人は思っているんですね。オンラインでできることも多いし、新聞などのデータベースが入っている図書館に行けばできることが多いわけです。インタビューや参与観察など出かけて人と会うことにハードルが高いと感じる学生にとっても、記事分析はけっこう使えると思います。他方で、記事分析をどうやるのかを教える教科書はあんまりなかった。以前に、牧野智和さんが『最強の社会調査入門』に書かれた章がすごくいいと思ったんですけど、それに連なるというか。どうやってこの雑誌を選んで、たとえば件数を表にしてまとめあげて、それをどう分析するのか。こういったことが書かれた教科書って質的調査の教科書でもそんなになかったので、こうした雑誌記事の分析の方法論としても、これは社会運動研究にかぎらず、女性誌でもなんでも、雑誌を社会学的に分析するときにすごく参考になると思いました。
小杉さんの生活史、ライフヒストリーも、社会調査のなかですごく大事な調査方法であり、ある意味ではハードルが高いところかもしれません。あるひとの人生の出来事をずっと聞く、という作業を進めるなかで、小杉さん自身がどういうかたちで対象者の方、東大闘争の参加者に出会って、どういう話を聞いていったのか。聞き取りの依頼から始まって、どういうエピソードを聞いたのかということがすごく詳しく書かれています。誰かの人生を聞く、ライフヒストリー、生活史という調査の醍醐味や方法論を書かれているのがこの章になるわけですけど、これもまた社会運動研究にかぎらず、それこそ戦争体験などの研究で使える調査方法です。
次に濱西さんの「声明」とかウェブサイトの分析、これも学生にとってはやりやすい。いま学生にレポートを書きなさいというと、たいていみんなウェブ上でいろんな情報を集めてしまって、なかなか図書館に行ってくれない。これはどの大学でも一緒だと思うんですが、他方でオンラインが発達したからこそ、いろんな資料が手に入るわけで、その調べ方が具体的に書かれています。あともう1つは、前に出た話題にもつながりますけど、トゥレーヌのいっけん難解な理論をどう現場の分析に応用するのかが書かれていて、これも参考になると思いました。
中根さんの章の参与観察も、社会調査の授業では、必ず紹介されるような方法ですね。引用された『ストリート・コーナー・ソサエティ』をはじめ、参与観察ってまさに試行錯誤の連続だと思うんです。私自身も避難者支援をテーマにした研究では、参与観察をしているんですが、いろいろな失敗や出会いがあるなかで、特定の団体や運動にここまでコミットしているのはすごいことですし、おもしろかったです。中根さんが、組合員の方からユニオンのプラカードを頭にのせられて、そこでかれらのメンバーになったような感じがした、という記述がありましたよね。まさにそういうことだと思うんですけど、いかに調査対象と関係性を築くのか、というエピソードも書かれていて、参与観察がどのようなものか、学生に伝わるのではないかと思いました。
青木さんの章はフィールドワーク、都市社会学とか地域社会学、環境社会学全般に応用できる、特定の地域での広い意味でのフィールドワークということになると思います。しかもそれを海外でやる特有の難しさがあったと思うんですけれども。私のイメージだと、青木さんはドイツ語ペラペラで、すんなりフィールドワークをされている方みたいなイメージだったんですが、なるほど最初はこんな感じで、電話で突撃アポを取って、そこから道が拓かれていって、その方のお宅に泊めてもらって、こういう資料を見つけて……という。国内でも自分の行ったことない地域のフィールドワーク、たとえば東京から北海道に行くとか、大阪から沖縄に行くとか、どんなかたちでもいいんですが、自分が今まで縁のなかった地域でフィールドワークすることのおもしろさを伝える意味ですごく応用できることだと思っています。学部生にとっては、海外の調査はとてもハードルが高いと思うんですが、住んだことのない、行ったことのない土地でもこういったフィールドワークができるんだよ、という意味で勇気づけられると思います。
そして第6章のビッグデータのところ。まさに現在進行形で一番新しい議論ですね。これだけビッグデータが溢れている社会のなかで、ビッグデータも社会学の調査に使えるんだ、ということを示してくれたわけで、学生ももちろんそうですが、こういうデータが大学で手に入ったらこういう研究ができるんだ、という面でいえば、たとえば都市交通とか観光、データ分析を使ういろいろな研究に応用できるんじゃないかと、期待させられる内容でした。
こうして全体をとおすと、(1)、(2)、(3)の軸でそれぞれ読みどころがあるわけですが、特に社会調査関係の授業を担当する目線としては、(3)の部分はぜひほかの領域に興味を持つ学生や教える側の教員にも、活用してほしいと思います。
(以下、第7回につづく)