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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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2018年8月の記事一覧

長編小説『becase』 44

長編小説『becase』 44

 半分しか食べる事のできなかった食パンをゴミ箱に放り投げ、マグカップに残っていたほとんどのコーヒーを排水口の中に流した。一口しか食べていない目玉焼きは半熟の黄身が割れ、真っ白だったお皿を黄色く染めていた。黄色く染まったお皿はそのテーブルに置いたままにして、私は自分でもいつ習得したのか分からなくなってしまった早着替えを済ませ、さっさと家を出た。あまりにも眩しい太陽に嫌みを感じながら、いつも通りの決ま

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長編小説『becase』 43

長編小説『becase』 43

 熱いシャワーを浴びたい。ふと、そう思った。一日の疲れで汗がべっとりとついた体や、こんなよく分からない状況を、高い温度のお湯で今すぐ一気に流してしまいたいって強く思った。
「あの……」
私はまた口を開いた。それこそさっきよりもっと無意識の中で発せられた言葉のように感じる。
「……はい?」
彼は随分と間抜けな声を出したけど、その目だけは何か強い意志を感じられる。
「帰ってください。じゃなきゃ警察に…

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長編小説『becase』 42

長編小説『becase』 42

「何が、違うの」
彼に問いかけたというよりは、独り言に近かったと思う。私の口から漏れたその言葉は、ただ純粋に何が違うのかを私自身が理解したいと思ったからであって、その答えが彼の言葉であろうと、たまたまそこを通った通行人の言葉であろうとどうでもよかった。ただ私がそれを理解したいだけだった。
 私の言葉を聞いた彼は、私の事を真っ直ぐに見つめていた。確かにまだ薄気味悪さは残っている。でも最初に家の前で見

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長編小説『becase』 41

長編小説『becase』 41

「いや……!」
彼が私の方へ手を伸ばした瞬間に、なんとか声が漏れた。そしてそれと同時に私の手は彼の頬を叩いていた。
「……気持ち悪い!」
私は大声でそう言って、逃げようと後ろを向いた。
「いや……違う!」
逃げ出した私を彼が追いかける。
「いや……違わないんだけど!」
意味不明な言葉を並べて、それでも尚彼が追いかける事をやめる事はないし、私も逃げる事をやめない。
 階段を駆け下りて、マンションから

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長編小説『becase』 40

長編小説『becase』 40

 その男性、つまり彼と再開したのはその数時間後で、私が一日の仕事で感じた疲労を肩に背負い込んで自宅のマンションにやっとの思いで戻ってきた時だった。時間は八時くらいだっただろうか。私はいつも通りに自分の部屋番号の書かれているポストを開け、必要なもの、とりあえず家に持ち帰るもの、集合ポストの下に置かれているゴミ箱に捨てる物を選別し終え、乗り馴れたエレベーターに乗り、三階で降りる。そして十五メートル程歩

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長編小説『becase』 39

長編小説『becase』 39

「あの、何か御用ですか?」
その言葉を聞いて、皆は少し安心したようで、それぞれの仕事を再開した。彼に向けられていた視線はその一言で随分と減ったのではないだろうか。
「あ……いえ」
彼はただそう言っただけだった。少しオフィスを眺めるようにして、先ほど降りたばかりのエレベーターにまた向き合い、矢印が下を向いているボタンを押した。
 そんな彼の態度に私を含めたそこにいた皆はまた疑いの眼差しを向け、その眼

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長編小説『becase』 38

長編小説『becase』 38

 だから、四階に着きドアが開いた瞬間に私より先にまず彼がその階に降りた事に驚いた。私の配属しているこのフロアは経理関係のフロアで外部の人が訪れる事なんて滅多になかったし、そもそも人を受け入れるようにできていないのだ。最初私は彼が降りる階を間違えているのだろうと思い、先に彼が降りた後にボタンに目をやってみたけど、四階以外にボタンが光っていない。つまり彼は元々この階に行こうとしていたという事になる。た

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長編小説『becase』 37

長編小説『becase』 37

 エレベーターが一階に着き、私が乗り込むとその中には私一人きりで、そんな事は滅多にないんだけど、でも、ごくたまに起こる出来事でもあった。私は自分の仕事場のある四階のボタンを押し、閉めるボタンを押すとゆっくりとドアが閉まり始めた。あともうちょっとで閉まる、と思った時に、その閉まりかけたドアの小さな隙間に白く、か細げな腕が挟まれ、その反動でドアはまたゆっくりと開いた。私が少し驚き、開ききったドアの向こ

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長編小説『becase』 36

長編小説『becase』 36

 私は彼と出会ったときの事を思い出すのが好きじゃない。彼との出会い自体はもちろん素敵なものであって、こうして今突然消えてしまった彼を必死になって探している自分もいる。でも、彼との一番最初の出会いは良いものじゃなかった。良いものではないというか、私が初めて持った彼に対する印象が異常なまでに悪いものなのだ。
 当時、今から五年前程になろうか。その時に私が勤めていた印刷会社で、私はエレベーターを待ってい

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長編小説『becase』 35

長編小説『becase』 35

「それでな、あいつは、だから離れる事になってしまったのかもしれませんって言ったんだよ」

「……それで?」
核を遠回しに話すでんぱちの話し方にはまだいらついていたけれど、彼の話す言葉の一つ一つを逃してしまわないように、私はその遠回しな話に付き合った。

「今もこの辺りに住んでいるのか?って聞いたら、友達の家にいさせてもらってますって……」

「友達……」
彼の友達を私の記憶の中で辿ってみた。でもい

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長編小説『becase』 34

長編小説『becase』 34

「いや、焦るなよ……」
そう言ってでんぱちの随分と勿体ぶる態度にまた腹が立つ。ただ場所を言えばいいだけなのだ、そんな前置きなんていらないから、ただその場所の単語だけを並べればいいだけなのに。

「だから、どこなのって聞いてるのよ!」

「昨日、俺があの店で彼に会ったって言ったろ?」
場所を言えばそれで終わる会話なのに、でんぱちは昨日の話を始めた。早く場所を言ってしまえという気持ちを持っているはずな

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長編小説『becase』 33

長編小説『becase』 33

「彼を私と一緒に探してくれる。そういう事ですか?」

「そうだ!」
と言って大きく頷いた。体ごと頷いているような程、大きな頷き方だった。

「結構です」
私はそうきっぱりと言い放ち、でんぱちを置いて歩き出した。

「おいおい!」
と後ろから私の背中を嗄れ声が叩く。

「ちょっと、待てって!」

「別にあなたに探してもらわなくてもいいです」
でんぱちを見ずにそう言った。

「探すって言ってんだろう」

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