めくるめく狂乱の半生に迫る|鑑賞:『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
はじめに
9月20日に公開の「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」を観た感想を公開します。
※様々な記事でその概要が書かれているので、この記事での概要紹介は割愛し、いくつかの要素に分けて断片的な感想を記します。
※公式ページ
https://jg-movie.com
幼少期から膨らみ続けた心の内圧
映画の前半で家族との関係性について語られるが、それは決して良好なものではなく、ゲイを打ち明けられる状況ではなかったことなど、葛藤に満ちたものだった。
「口に出すことさえ憚られるようなことさえ、両親から向けられることがあった」とガリアーノは回想する。インタビュー中の声の微妙な行間や沈黙は、当時の厳しい状況を反映するかのように感じた。
そのように精神の内部で膨れ上がった圧力が、反作用として結果的な創造に大きな影響を及ぼしたとも取れるのではないかと思う。映画の後半でフロイトの「成功は神経症の所産である」(略)という一節が引用されていることとも重なる内容に見える。
ターニングポイントの1994年Fallコレクション
資金のなかったガリアーノに対し、アメリカ版『VOGUE』誌の編集長アナ・ウィンターと、エディターのアンドレ・レオン・タリーが支援を申し出ることによって結実した伝説のコレクションのエピソードも作中に登場する。ショーだけではなく、それに至るまでの臨場感のある資金繰りの過程や特別招聘されたモデルが当時抱いていた想いも語られた。
※参考:該当するコレクションの動画が「Fashion Channel」にあったが、映画の画角とは異なるものだったと記憶している。
https://youtu.be/5knowzI48Xo?si=smvdLAaK1uF2gBuG
ショーが始まるやいなや、確かな存在感を放つルックが次々に現れる。シックな黒基調に妖しい紫のドレスに原色のレッド、ブルー、イエローの髪飾り。ハイコントラストな色調のルックの数々は、目の眩むような強い感情が奔出しているようだ。
威容を湛えてなまめくドレスの色沢に惚れ惚れとさせられる。
和の着想を西洋の豪奢なエレガンスに融和させた妙技のルックの数々は、〝品威〟と形容するにふさわしい輝きを放っていた。
VOGUEのエディターのアンドレが「業界の絶滅危惧種」と叫び、必死にその原石を守ろうとしたのも納得の、恐ろしく鋭利な天分を発揮した秋冬コレクションとなった。
その翌1995年に、ガリアーノはジバンシィのデザイナーに就任することになる。
参考:FALL 1994 READY-TO-WEAR
インタビュー中のガリアーノの語り口
ガリアーノの生の声も作品を味わう上で大切な要素だ。
危険な輝きを帯びた目や野生的な声の抑揚から、回想される情景がありありと伝わってくる。まるで、体験していないはずの記憶がこちらにも流れ込んでくるかのような肉薄とした臨場感だった。
初期からスキャンダルを起こすまでの豪放磊落な姿態と、現在の数段落ち着いた彼の姿の対照も見どころだと思う。壮健さを具えた眼窩の陰や沈痛な眼差しからは、彼の回心の反映や、時間によって心の尖りが洗われた様子も感じとることができた。
「物語」を刻印するガリアーノ
作品の中では、ガリアーノがショーに備えるシーンも折に触れて映し出される。ショーでは「夜遊び帰り」のシチュエーションを意識させたり、「処女の心」をモデルに浸透させようと指南したりするなど、ナラティブ(物語性)も含めて、息を吹き込むような方法で作品世界を形作っているのがユニークなところだ。
作中の人物が「ガリアーノはデザイナーというより芸術家だよ」と口にしていたのも頷ける。幼い頃から「逃走」をキーワードにイメージの内面世界を膨らませてきたガリアーノ。創造世界で煌びやかに膨らんだエクスタシーが結実し、それをモデルにも憑依させるという試みに繋がったのだろう。
尽きることなき貪欲な好奇心
かつてガリアーノのショーを歩いたモデルのインタビューからは「ガリアーノの中には小さな男の子が住んでいて、学びを切望している」という一節もあった。確かにアトリエ制作や異国でのリサーチの様子を見ていても、のめり込むようなワイルド輝きを放つ目をしていたのが印象的だった。
深淵に迫る回想シーン
心身を滅ぼすほどに仕事をしていた時のエピソードや、人種差別に関わるスキャンダルで奈落の底に突き落とされた時の、半ば断裂すらしてしまった記憶を語るシーンは、言語を絶したおぞましさがあった。
絶望の底を貫いてしまった先のことは、正常な記憶として残存しないのかもしれない。深淵さえ覗かせる、我々にも直接に突き刺さるかのような記憶の肉薄は、ある意味ではこの作品の骨頂であると共に、「キャンセルカルチャー」(*1 )に端を発して制作された本作にとっての真髄なのかもしれない。
*1参考:「容認されない言動を行った」とみなされた個人が「社会正義」を理由に法律に基づかない形で排斥・追放されたり解雇されたりする文化的現象。
Appendix:MBTIの機能で見たガリアーノの傾向
MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)の機能から、ガリアーノの認知機能的優位性を分析した。本筋ではなく、補足的な内容として添えておく。
(モデルのインタビューにおいて、「ガリアーノは次々に閃きますが、その裏側の背景は気に留めず、ほとんど表面的なものです。」という一節があった。
これはMBTIの理論で言うとNe(外向直観)がTi(内向思考)あるいはNi(内向直観)より優勢であることが仮説として立てられる。
作中でもブレーキがかかることなく、際限なく外向直観を働かせていたことから、主機能はNeと見て間違いないようにに思う。
更には、歯に絹着せぬ物言いや傲然とした佇まいから見ても、第二機能が(心の感度が高い)Fi(内向感情)とは考えにくい。よってNe主機能かつTiのENTPであるように映った。
終わりに
ジョン・ガリアーノという一人の天才デザイナーの栄枯盛衰を辿りながら、クリエイティブディレクターの制作プロセスはもちろん、押しかかる責任やプレッシャー、創造と経済的採算の切迫したジレンマまで、リアリティ溢れる局面を目の当たりにすることができた。
それは単に通史的なものとは一線を画し、単調なエピソードを聴いているというよりは、私たちにありありと迫ってくるスポットライトの連続に立ち会っているかのような作品体験だった。
ガリアーノのめくるめく半生はドラスティックな波のようで、ゆえに私たちを飽きさせることのない刺激的な引力を有しているのだと感じた。
ファッションに関心がある方はもちろん、業界のリアルな裏側、あるいは反ユダヤ問題やキャンセルカルチャーについての実情に迫りたい方にも、もちろんおすすめの作品だったと思う。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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