凪良ゆう/『流浪の月』を読んで ━ 凪良ゆうという人は小説を書いていて楽しいのだろうか。
タイトルからいきなり、余計なお世話だよという感じだけれど、先週あたりに友人とも知り合いとも言えない微妙な関係の年上の大学生に、「凪良ゆうの『流浪の月』っていう小説がいいよ」と言われて、おお、そうなのですかという感じで近所の図書館で借りて読んだ。読んだのだけれど、なんというか、煮え切らないというか、微妙な後味だった。
この凪良ゆうという人は、5年ぐらい前から文壇に出てきて、直木賞とか吉川英治新人賞の候補になったり本屋大賞も取ってる人らしく、プロフィールだけ見るとゴリゴリの大衆小説作家なのかと思うけど、この流浪の月を読む限りはエンタメという感じでもなく、それもまた微妙な感じを残すのだが、ともかく、僕も名前はうっすら聞いたことがあったのでこの機会にと読んだのだが、どうにも引っかかる点がいくつかあった。三つあげるとするならば、
①江國香織をはじめとする、固有名詞が美しい系小説への憧れ
②社会科の教科書、テレビのニュース、週刊誌等の域を出ない社会問題への問題提起
③この人はそもそも書きたいことがないのではないか、本当にこういうことが書きたいのか&小説を書いていて楽しいのか
といったことだった。
まず一つ目の江國香織をはじめとする、「固有名詞が美しい系小説への憧れ」である。
江國香織の作品を読んだことがある人ならわかると思うが、江國香織は犬一匹説明するのにも
というふうに固有名詞を使わずにはいられない。『流浪の月』にも、
というような固有名詞を多用した場面描写が登場するが、ちょっとそれが露骨すぎるのではないかと感じた。
それはやはり、自分の憧れとする作家がいて、自分もこんな小説を書きたい!というのが小説を書く人の大抵の動機だろうから、その文体を真似るのはいいのだが、それが先走りすぎていて、物語全体としてトーンのムラができているような気がした。あと、江國香織の文章は江國香織側の世界に行かないと書けない文章だとも思う。
二つ目の「社会科の教科書、テレビのニュース、週刊誌等の域を出ない社会問題への問題提起」だが、これは登場人物たちの関係性が社会的な枠組みを出ていないことが問題だと思った。
『流浪の月』という小説を簡単にまとめると、
「ニュースなんかに出てくる凄惨と言って片付けられる事件も、裏側では被害者・加害者の微妙な心の揺らぎがあって、どちらが悪と決めつけることはできないんだ」
みたいな話だと思うが、そういうふうにまとめることが可能な時点で、この題材はわざわざ小説というメディアを用いて作品をつくる必要がなくなっている。
少し古いが、綿矢りさの『蹴りたい背中』という作品がある。この作品をまとめると、
「うだつが上がらない女子高生が、ちょっとクラスで浮いていて、それによっていじめられるのかなと思ったけど別にそうはならず、同じくうだつが上がらないクラスの男子とくっつくのかと思ったけどくっつかない」
というふうになる(笑)。要するに、登場人物たちがどういう社会的な役割を与えられていて、それがどんな社会問題を表しているのかをはっきりと言葉にすることができない。ニュースや週刊誌が社会問題としてわざわざ取り上げないけど、私たちがなんとなく感じていた関係性、雰囲気。
それを捕まえることができたとき、その小説は成功したと言えるのだと思う。
だから、ニュースを見て、「誘拐犯は悪いんだ!」とか、「ロリコンきもい」と言って片付けていた非常に真面目な人たちにはこの『流浪の月』は新たな視点が開かれるバイブルになり得るだろうけど、小説はもっと大きな可能性を持っているだろうとも思う。
最後に、これは小説全体に対して感じたことなのだが、ダラダラ書きすぎていると思う。
もちろん、難解と言われる小説でこちらの理解が追いつかないとか、必要だから長く書くということもあると思う、だけどこの小説はかさ増し感が否めない。
多分、作者が書きたい内容というか文章の構成を最初に決めて、それに沿って書こうとするあまり、書いている途中で出てくるアイデアなどを拾う余裕がなくなって、最初のアイデアをなんとか肉付けしてある程度の文章量にしようと頑張っているのだと思う。だけど、それはやっていて苦しいし、何より楽しくないだろう(達成感はあるかもしれないけど)。
凪良ゆうさんという人は、すごく真面目な人なんだろうと思う。社会的な問題を取り入れた方がいいだろうかとか、こういう単語を使った方が今っぽいだろうかとかいろいろ考えてるんだと思う。
それでヒットもしたし、需要もあるから書き続けてらっしゃるんだと思うが、「書いていてわくわくした痕跡」みたいなものがあまり伝わらなかった。
もっと、「こうすべきだろうか」とか他者への憧れ、みたいなものから解放されて、凪良さんにしか書けない小説が書かれるのを心待ちにしたい。
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