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【書評】『新版 子供と付き合う法則』

向山洋一氏による教育実践の名著

本書は、教育実践家として知られる向山洋一氏が、教師と子供との関係性について論じた実践的著作です。1980年代から90年代にかけて、日本の教育界に大きな影響を与えた「教育技術の法則化運動」を主導した著者が、教室での具体的な実践事例を交えながら、教師と子供との望ましい関係づくりについて語っています。

子供との出会いから始まる信頼関係

本書の特徴は、教師と子供との関係を「技術」ではなく、「原理・原則」として捉えている点です。著者は冒頭で、東京学芸大学附属世田谷小学校での教育実習時代のエピソードを紹介しています。指導教官から「子供を惹きつけることにおいては一番だ」と評価された経験を語りながら、子供との付き合い方には「技術」では語れない部分があると指摘します。

具体的には、「正直」「公平」「相手を尊重する」といった基本的な姿勢の重要性を説きながら、それらを具体的な場面でどのように実践するかについて、豊富な実例を挙げて解説しています。

失敗を成功に転換する教師の技

著者は、子供との関係づくりで特に重要なのは「失敗の場面」での対応だと説きます。理科の授業での実践例を挙げながら、子供が「失敗した」と思い込んでいる場面を「成功」として捉え直す具体的な方法を示しています。

例えば、磁石の実験で予想と異なる結果が出た時、それを「失敗」とせず、新たな発見として評価する場面が印象的です。著者は「失敗の場面を成功の場面と捉え、はげますことができること、これは教師と子供のつきあいの大切な要点である」と述べています。

権威と権力の違いを知る

本書で特に注目すべき点は、教室での「権威」と「権力」の違いについての指摘です。著者は、新任教師によくある「怒鳴る」「力で押さえつける」といった対応を「権力による支配」として批判し、それは長続きしないと警告しています。

代わりに提案されているのは、知的な活動を通じた「権威」の確立です。将棋で子供たちと対戦し、王一枚で勝利するエピソードなどは、そうした「権威」の確立方法を具体的に示す好例となっています。

教師の弱さを活かす視点

興味深いのは、著者が教師の「弱さ」にも教育的価値を見出している点です。水泳が不得意だった自身の経験を例に挙げ、その弱さゆえに水泳の指導に特別な熱意を持って取り組めたと語っています。

「教師は何か得意なものを持った方がいい」という一般的な見解に加えて、「教師は何か弱さがあった方がいい」という逆説的な主張を展開している点は、本書の独自性を示すものと言えるでしょう。

知的興奮を生む授業づくり

著者は、子供との関係づくりの核心に「授業」があると考えています。「昼と夜の長さ」の授業実践を例に挙げながら、子供が知的興奮を覚えるような授業の重要性を説いています。

特に印象的なのは、「頭を疲れるくらい使う」ことを子供が喜ぶという指摘です。安易に答えを与えるのではなく、考える過程自体に価値を見出す授業づくりの重要性を説いています。

チャレンジ精神を育む実践

本書の後半では、著者が提唱した「子どもチャレンジランキング」の実践が詳しく紹介されています。これは、子供たちの遊び心を刺激しながら、挑戦する精神を育むための取り組みです。

著者は、この活動を通じて「遊び」の教育的価値を再評価し、学校教育の中に正当に位置付けようとしています。競争の要素を含みながらも、すべての子供が参加できる工夫が随所に見られる点が特徴的です。

別れの場面に見る教師の姿勢

本書の終盤では、卒業や別れの場面での教師の在り方について考察されています。特に印象的なのは、教え子からの相談に対する著者の返信です。高校生になった教え子の悩みに対して、「小学校の教師」としての立場を明確にしながら、人生の先輩として助言する姿勢が示されています。

おわりに

本書は、単なる教室運営のハウツー本ではありません。教師と子供との関係づくりの本質を、具体的な実践例を通して探究した良書と言えます。特に、「技術」では語れない部分にこだわりながら、それでもなお実践可能な「原理・原則」を示そうとする著者の姿勢は、教育実践に携わる全ての人々に示唆を与えるものとなっています。

40年近く前に書かれた本書ですが、その本質的な指摘は現代の教育現場にも十分に通用するものです。教師と子供との関係づくりに悩む教育者にとって、本書は確かな指針となることでしょう。


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