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【書評】『個別最適な学びと協働的な学び』

子どものための新しい学校づくり

本書『個別最適な学びと協働的な学び』(奈須正裕)は、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実について、山形県天童市立天童中部小学校の実践を手がかりに論じています。天童中部小学校では、子どもたちが自立的に学び進める三種類の学習、「自学・自習」「マイプラン学習」「フリースタイルプロジェクト」に取り組んでいます。これらの実践を通して、教師主導の一斉指導から、子どもたち一人ひとりの学びを大切にする新しい学校教育のあり方が示されています。

子どもの学ぶ力を信じる

本書の特徴は、すべての子どもは生まれながらにして有能な学び手だという子ども観に立っていることです。子どもは学ぼうとしているし、学ぶ力をもっています。また、子どもたちは一人ひとり違っていて、その違いがよりよく学び育つ基盤となるべきだと著者は主張しています。

このような子ども観の背景には、近代学校への批判があります。近代学校は、富国強兵・殖産興業という目的のもとに誕生し、軍隊と工場をモデルとしていました。そこでは、子どもたちの多様性は無視され、画一的な教育が行われてきました。本書は、このような近代学校の限界を指摘し、新しい学校教育のあり方を提案しています。

三つの学習スタイル

天童中部小学校で実践されている三つの学習スタイルは、それぞれに特徴があります。

「自学・自習」は、子どもたちだけで進める授業です。教師が出張や他のクラスの研究授業などで教室を留守にする時に本領を発揮します。先生がいない時でも、子どもたちは自分たちで授業を進めることができます。これは、子どもたちが毎日の授業を通して各教科等の授業の基本的な流れを帰納的に学び取っているからです。

興味深いのは、概して授業が早く進むことです。子どもたちがする授業は単刀直入で、落語のまくらのような導入など一切やりません。子どもたちがどんな授業を望んでいるのかを思い知らされますし、振り返りの時間が十分に取れている様子を見るにつけ、普段の授業がいかに冗長で無駄が多いかを反省させられます。

「マイプラン学習」は、単元内自由進度学習とも呼ばれ、一単元分の学習時間をまるごと子ども一人ひとりに委ね、各自が自分に最適だと考える学習計画を立案し、自らの判断と責任で自由に学んでいきます。学習のてびきと呼ばれるカードが配られ、それを参考に子どもたちは学習を進めていきます。

「マイプラン学習」の特徴の一つは、複数教科同時進行ということです。子どもたちは与えられた時間を自由に使って創意工夫に富んだ学びを計画・実施しますが、さらに二教科の同時進行とすることで、自由度も二倍に広がります。また、理科の実験や観察が典型ですが、進度がまちまちになることで、特定の時間に器具や装置を使って学習する子どもの数が大幅に減り、限られた数の器具や装置でも十分に間に合うという運営上の利点もあります。

「フリースタイルプロジェクト」は、「マイプラン学習」をもう一歩進め、学習方法のみならず学習内容までも子どもに委ねる取り組みです。子どもたちは自分の興味・関心に沿って自由に学習テーマを決め、学習の内容・方法・場所等を自分で計画を立てて学習していきます。

「フリースタイルプロジェクト」では、子どもたちの関心は実に多岐にわたります。バスケットボールのシュート練習、楽器の練習、プログラミング、絵画制作など、それぞれが自分の興味・関心に従って活動を選択し、取り組んでいます。注目すべきは、これらの活動が単なる趣味的な活動ではなく、教科の学びと深く結びついていることです。

環境による教育の重要性

これらの学習を支えているのが、環境による教育という考え方です。子どもは適切な環境と出合いさえすれば、自ら進んで環境に関わり、その相互作用の中で自ら学びを進め、深めていく存在です。そのため、教師の仕事としては、直接的に教えるという従来のあり方に加え、学習環境を整えることにより間接的に学びを促し支援するというもう一つのあり方が重要になってきます。

学習環境整備の具体的な方法として、本書では以下のような点が指摘されています。まず、子どもたちが自立的に学び進めるには、これまで教師が口頭で指示し説明してきた内容を、文字情報の形で事前にすべてまとめて提供し、学習期間中、いつでも子どもが自由にアクセスできるようにする必要があります。

また、多様な学習材の収集や開発も重要です。子ども一人ひとりの「学び方の得意」や興味・関心に応じるには、可能な限りの情報や物品を豊富に準備し提供することが望まれます。結果的に、たった一人しか使わなかったとしても構いません。むしろ、その子にはその学習材が必要だったわけで、それを準備していたことは大きな意味があります。

ICTの活用

一人一台端末の整備により、これらの学習はより充実したものになっています。子どもたちは必要に応じて情報を検索したり、学習成果を記録・共有したりすることができます。また、授業支援クラウドを活用することで、教師は子どもたちの学びの様子をリアルタイムで把握し、適切な支援を行うことができます。

特に注目すべきは、ICTが情報伝達の授業を不要にする可能性を持っていることです。たとえば、教科書の内容に関する基本的な理解は、動画教材などを活用することで、個別に効率よく行うことができます。そうすることで、教室での授業時間を、より深い学びのために使うことができるようになります。

新しい教師の専門性

このような学習では、教師の役割も大きく変化します。教師は直接的な指導者としてだけでなく、子どもの学びを支援する環境デザイナーとしての役割も求められています。また、一人ひとりの子どもを丁寧に見取り、その子の今に即した的確な支援を行うことも重要です。

天童中部小学校の教師たちは「理解」と「覚悟」という二つの言葉を大切にしています。「理解」とは、子どもと内容に関する深い理解のことです。「覚悟」とは、教師の敷いたレールに乗せるのではなく、子どもたちの学びの文脈に沿って授業を展開する決意のことです。

特に重要なのは、教科等の本質を押さえることです。各教科には固有の「見方・考え方」があり、それを子どもたちに確実に身につけさせることが教師の重要な仕事です。しかし、それは単なる知識の伝達ではなく、子どもたちが自ら考え、発見していくプロセスを支援することが大切です。

また、教科教育と生活教育の「知の総合化」も重要な課題です。教科で学んだことを生活の中で活かし、また生活の中での経験を教科の学習に活かすという双方向の学びが求められています。

課題と展望

本書は、これからの学校教育のあり方を考える上で重要な示唆を与えていますが、いくつかの課題も残されています。

一つは、評価の問題です。子どもたち一人ひとりが異なる学びを進めていく中で、どのように評価を行うのかという課題があります。本書では、学習過程を丁寧に見取り、個々の子どもの成長を捉えることの重要性が指摘されていますが、具体的な評価方法については更なる検討が必要でしょう。

また、教師の研修や支援体制の整備も課題です。新しい教育のあり方を実現するためには、教師自身の専門性の向上が不可欠です。特に、環境による教育を実践するためには、豊かな学習環境をデザインする力が求められます。

さらに、学校全体としての取り組みも重要です。個々の教師の努力だけでなく、学校全体として新しい教育のあり方を共有し、実践していく必要があります。そのためには、教師同士の学び合いや支援体制の整備が不可欠です。

おわりに

本書は、これからの学校教育のあり方を示す重要な一冊です。子どもたちが自立的に学び進める姿を通して、新しい教育の可能性が示されています。また、それを支える教師の専門性についても深い洞察が提供されています。

特に重要なのは、本書が単なる理想論ではなく、実際の学校での実践に基づいているということです。天童中部小学校の実践は、新しい教育のあり方が決して夢物語ではなく、現実の学校で実現可能であることを示しています。

本書は、教育関係者はもちろん、教育に関心のある方々にも広く読んでいただきたい一冊です。子どもたちの学ぶ力を信じ、それを支える教育のあり方を考えるための貴重な手がかりとなるでしょう。


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