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【書評】『才能の正体』
才能とは何か、その本質に迫る一冊
「自分には才能がない」「もともと才能に恵まれている人はいいな」- そんな言葉を口にしたことのある人は多いのではないでしょうか。塾講師として1300人以上の生徒の学習指導に携わってきた著者の坪田信貴氏は、そんな思い込みに異を唱えます。
才能は誰にでもある - これが本書の根幹を成すメッセージです。坪田氏は、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(通称『ビリギャル』)の著者として知られていますが、本書では塾経営者としての経験も踏まえながら、才能の本質について深く掘り下げています。
「才能」という言葉の真意を探る
著者はまず「才能」という言葉の意味を丁寧に紐解いていきます。辞書的な定義では「生まれつきの能力」とされることが多い才能ですが、著者はこれを「能力の飛び出た部分」と捉え直します。「才」という漢字自体が「草木の芽」を意味することからも、才能とは何かが突出した状態を指すと説明します。
そして重要なのは、この「突出」は生まれついての固定的なものではなく、努力によって育てることができるという点です。著者は、「できる人」と言われる人々の共通点として、「その人に合った動機付けがあり、正しいやり方を選んで、コツコツと努力を積み重ねている」ことを挙げています。
「技」から「術」へ - 能力向上の本質
本書で特に興味深いのは、能力向上における「技」と「術」の区別です。「技」は単なる模倣や反復練習によって身につけるもの、「術」はその奥にある本質的な理解を指します。著者は武道の世界を例に挙げ、一般の道場生は「技」の練習から始めて長い時間をかけて「術」を会得していくのに対し、後継者候補は早い段階で「術」を教え込まれると説明します。
この考え方は学習にも応用できます。例えば数学の二次式の展開を単なる公式として暗記するのが「技」だとすれば、それが図形的にどういう意味を持つのかを理解するのが「術」となります。「術」を理解することで、より深い学びが可能になるというわけです。
フィードバックの重要性
著者は能力向上において、適切なフィードバックの重要性を強調しています。特に注目すべきは「中立的なフィードバック」の概念です。「これができていない」という否定的な指摘ではなく、事実のみを伝えることで、相手が自ら気づき、改善する余地を作り出すというアプローチです。
例えば「姿勢が悪い」と叱るのではなく、「背筋が曲がっているね」と客観的な事実を伝えるだけで、多くの場合、相手は自然と姿勢を正すようになるといいます。この方法は、教育現場だけでなく、ビジネスにおける人材育成にも応用可能です。
チーム作りと才能の開花
本書の後半では、個人の才能を活かしたチーム作りについても詳しく述べられています。著者は、同質的なメンバーよりも、それぞれが異なる「尖り」を持つ人材で構成されたチームの方が強いと主張します。
その例として著者自身の塾運営を挙げ、一般的な採用基準では評価されにくい個性的な人材を積極的に採用し、その独自の才能を伸ばしていった経験を紹介しています。ここでのポイントは、個々の「尖り」を潰すのではなく、むしろそれを伸ばすことで組織全体の力を高めていくという考え方です。
エディソンから学ぶ才能論
本書では、発明王エジソンの言葉も引用されています。「私は失敗などしていない。うまく行かない方法を1万通り見つけただけだ」という有名な言葉を引き合いに出し、失敗を恐れず、常に新しい挑戦を続けることの重要性を説いています。
著者は、エジソンのもう一つの言葉「生まれつきの能力は、おまけみたいなもの」も紹介し、真の才能とは、努力によって築き上げられるものだと強調します。
新しい視点を提示する意欲作
本書の特徴は、「才能」という捉えどころのない概念を、具体的な事例や実践的なアプローチを通じて分かりやすく解説している点にあります。著者の経験に基づく豊富な実例と、それを裏付ける理論的な説明のバランスが絶妙です。
特に印象的なのは、著者が繰り返し強調する「可能性」への信念です。誰もが持っている才能の芽を、いかに見出し、育てていくか。その具体的な方法論が示されていることは、本書の大きな価値といえるでしょう。
ただし、本書は単なる成功哲学や自己啓発本ではありません。むしろ、社会や教育の在り方に一石を投じる問題提起の書として読むことができます。「才能がある/ない」という二分法的な考え方が、いかに個人や社会の可能性を制限しているかを指摘し、新たな視点を提示しているのです。
結論として、本書は教育者、ビジネスパーソン、親、そして「自分には才能がない」と思い込んでいる全ての人に読んでほしい一冊です。才能の本質を理解することは、自身の可能性を広げるだけでなく、他者の才能を引き出す上でも重要な示唆を与えてくれるはずです。