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【書評】『次代の学びをつくる知恵とワザ』
教育界で大きな変化が起きています。2017年版学習指導要領の導入により、日本の学校教育は大きな転換期を迎えています。本書は、上智大学教授の奈須正裕氏が、この転換の本質と実践への示唆を平易な言葉で解説した一冊です。
コンピテンシーという新しい視点
従来の学校教育では、教科の知識や技能をどれだけ身につけたかが重視されてきました。しかし本書によれば、そうした「コンテンツ・ベース」の教育では、実社会で必要とされる力を十分に育てることができません。
そこで注目されているのが「コンピテンシー・ベース」という考え方です。コンピテンシーとは、知識や技能を実際の場面で活用する総合的な力を指します。著者は、心理学者マクレランドの研究を引用しながら、テストの成績だけでなく、異文化に対する感受性や他者への前向きな期待、社会関係を把握する力といった要素が、実社会での成功により強く関係していることを指摘しています。
学びの本質を見つめ直す
本書の特徴は、こうした新しい教育の方向性を、子どもの学びの本質から説き起こしている点にあります。著者によれば、子どもは本来、環境に主体的に関わり、そこから学ぼうとする存在です。しかし従来の学校教育は、そうした子どもの自然な学びの力を活かしきれていませんでした。
著者は、子どもがすでに持っている知識や経験を活かし、実社会の文脈に即した「オーセンティック(本物)」な学習活動を組み立てることの重要性を説きます。たとえば算数の授業では、スーパーでの買い物という実際の場面を題材に、「単位量あたりの大きさ」という概念を学ばせる実践例が紹介されています。
教科の本質を捉え直す
各教科の指導においても、新しい視点が必要だと著者は指摘します。それは「見方・考え方」という概念です。たとえば理科では、自然現象を科学的な方法で探究する見方・考え方を、国語では言葉による見方・考え方を育てることが重要になります。
著者は、こうした教科固有の見方・考え方を意識した指導が、教科の本質的な理解につながると主張します。さらに、教科を超えた汎用的な力の育成にもつながっていくと述べています。
評価の在り方を見直す
新しい教育では、評価の在り方も変わってきます。著者は、知識や技能の量を測るだけでなく、それらを活用する力や、学びに向かう態度も含めて評価することの重要性を説きます。
特に注目すべきは「マインドセット」という考え方です。これは、能力は努力によって伸びるという「成長的マインドセット」と、能力は生まれつき決まっているという「固定的マインドセット」を対比した概念です。著者は、評価を通じて成長的マインドセットを育てることの重要性を指摘しています。
カリキュラム・マネジメントの重要性
本書の後半では、学校全体のカリキュラムをどう構想するかという課題が論じられています。著者は、個々の教科の枠を超えて、学校教育全体で育てたい力を明確にし、それに向けて教育活動を組み立てていく「カリキュラム・マネジメント」の重要性を強調します。
また、新しい内容を次々と追加するだけでなく、真に必要な内容を精選していく必要性も指摘しています。これは「カリキュラム・オーバーロード」と呼ばれる問題であり、80年以上前から指摘されている教育界の課題だと著者は述べています。
実践に活かせる示唆に富む一冊
本書の特徴は、理論的な説明と具体的な実践例をバランスよく織り交ぜている点です。たとえば、「主体的・対話的で深い学び」という新しい学習観について、具体的な授業場面に即して解説しており、読者は実践のイメージを具体的に描くことができます。
また、著者の語り口は平易でありながら、教育実践の本質的な課題に迫るものとなっています。特に、子どもの学びの姿を丁寧に描き出しながら、そこから教育の在り方を考えていく姿勢は、教育実践者に多くの示唆を与えるでしょう。
新しい教育の方向性を理解する手引きとして
2017年版学習指導要領の導入により、学校教育は大きな変化の時期を迎えています。本書は、その変化の本質を理解し、実践の方向性を考えるための優れた手引きとなっています。
著者は、この変化を単なる指導方法の改善としてではなく、学校教育の本質的な転換として捉えています。それは、知識の習得を超えて、実社会で活用できる総合的な力を育てる教育への転換です。
本書は、そうした転換の意義を、子どもの学びの本質や各教科の特質に即して丁寧に解き明かしています。教育実践に関わる全ての人に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。