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【書評】『やりすぎ教育-商品化する子どもたち』
子どもたちが生きづらさを抱える社会の構造を読み解く
「不登校」「引きこもり」「自殺」―。日本の子どもたちの深刻な状況を表す言葉です。なぜ、これほど多くの子どもたちが苦しんでいるのでしょうか。著者の武田信子氏は、その根本的な原因を「エデュケーショナル・マルトリートメント(教育による不適切な扱い)」という概念で説明します。
子どもを「商品」として扱う社会
本書の核心は、日本社会が子どもたちを「商品」として扱っているという指摘です。子どもたちは親や教師から、より「高い価値」を持つ人材として育てられることを求められます。学力、運動能力、対人関係能力など、あらゆる面で「より優れた商品」となることを期待されるのです。
その背景には、親たちの将来への不安があります。少子高齢化が進み、経済的な見通しが不透明な社会で、子どもたちがより良い人生を送れるよう、競争に勝ち抜く力をつけさせたいという思いが、過度な教育へと向かわせています。
しかし、そのような「商品化」の圧力は、子どもたちの健全な発達を阻害します。著者は、乳幼児期からの子どもの発達過程を詳しく解説しながら, 今の教育がいかに子どもたちの自然な成長を歪めているかを明らかにしています。
遊びの重要性と剥奪される機会
本書で特に印象的なのは、「遊び」の重要性についての指摘です。遊びは単なる気晴らしではなく、子どもの発達に不可欠な活動です。自主性、創造性、対人関係能力など、人間として必要な力の多くは遊びを通じて育まれます。
しかし今日、子どもたちの遊ぶ機会は著しく制限されています。時間的な制約、場所の不足、大人の過度な管理など、様々な要因によって自由な遊びが奪われています。その代わりに、習い事やプログラム化された活動が増え、子どもたちは常に「何かの目的のため」に活動することを強いられているのです。
教育における格差の問題
著者は、教育格差の問題にも鋭いメスを入れています。経済的な余裕のある家庭は、子どもに高価な教育機会を与えることができます。一方で、そうでない家庭の子どもたちは、機会を制限されます。この格差は、遊び場や体験活動の機会にまで及んでいます。
しかし著者は、単純な「教育投資」の議論には与しません。むしろ、すべての子どもたちが安心して育つことのできる社会の実現を訴えかけます。そのためには、個人の努力や家庭の責任に帰結させるのではなく、社会全体で子どもたちを支える仕組みが必要だと主張します。
変革への具体的な提言
本書の価値は、問題の指摘だけでなく、具体的な解決策を示している点にもあります。著者は、子どもの権利についての理解を深めること、複数の大人が協力して子育てを行うこと、教師教育の改革、専門職の養成など、様々な角度からの提言を行っています。
特に注目すべきは、受験制度の改革や、生涯学習としての教育という視点です。現在の競争的な教育システムを見直し、それぞれの子どもが自分のペースで学べる環境を整える必要性を説いています。
社会全体で考えるべき課題
本書は、子育てや教育に関わる人々だけでなく、社会全体で考えるべき問題を提起しています。子どもたちの自殺や不登校の増加は、私たちの社会のあり方そのものを問い直すシグナルではないでしょうか。
著者は、一人一人の子どもの存在そのものに価値があり、その子らしく生きていけることが大切だと訴えます。そのためには、大人たちが「商品化」の価値観から脱却し、子どもたちの健やかな育ちを支える環境を作る必要があります。
結びに代えて
本書は、現代日本の教育が抱える本質的な問題に真正面から向き合い、その解決の方向性を示した重要な著作です。専門的な内容を含みながらも、わかりやすい言葉で書かれており、教育関係者はもちろん、子どもの育ちに関心を持つすべての人々に読んでほしい一冊です。
著者が提起する「エデュケーショナル・マルトリートメント」という概念は、私たちが無意識のうちに行っている教育的な不適切な扱いを見直す視点を与えてくれます。子どもたちが本来持っている成長する力を信じ、それを支える社会を作っていくための示唆に富んだ内容となっています。