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短編小説【除雪ロボット】
原稿用紙20枚
《あらすじ》
昔は人が除雪をしていた。でも、今は除雪ロボットが除雪をする。それが当たり前だと思っていた僕は、ある雪の日に、苦しんでいるロボットと遭遇する。ロボットでも、除雪をするのは辛いらしい。ロボットなのに……不満が募る僕は、ロボットを恨めしく思うが……
『除雪ロボット』
昔は人の手で除雪をしていた。それを学校の授業で教わった。今はロボットが除雪をしている。たくさんのロボットが稼動しているから、雪が積もる場所は少なくなった。町中の雪景色も、ほとんど見ることはない。情緒がなくなったと言う人もいるけど、雪は生活を不便にする。雪がなくなって、僕は大歓迎だ。
友達の菊沢から借りたゲームに熱中しすぎて、寝るのが遅くなった。「明日は大雪の予報だから早く寝なさい。道にも積もるかもしれないわよ」という母の言葉は、うわの空で聞いていた。そういえば、担任の山下先生が「子供のころ、大雪だと学校が休みになった」と話していたけど、信じられなかった。ため息が出るほど、うらやましい。宿題が終わっていないから、学校に行くのは億劫だ。そうだ、ロボットが壊れて中学校が雪に埋もれたら休校になるかも。雪がなくなって大歓迎なんて思ったけど、撤回だね。
部屋の窓からカーテンをずらして外を見ると、雪はまだ降っていないのに、たくさんのロボットがもう動いていた。ロボットなんか壊れちゃえ。心の中でつぶやいて、布団の中に入った。
雪が強く降っているらしい。布団にくるまって寝ているから、外の様子はわからない。母がしびれを切らして、「悠斗、いいかげんに起きないと遅刻するわよ。今日は自転車だと危ないから歩いて行きなさい」と、甲高い声で言ったから、飛び起きた。
ロボットは壊れるはずもなく、やはり僕は中学校に行かなければならない。ロボットがうらやましい。何を言われても平然としているし、悩みもなさそうだし、同じことだけすればいいし。何も考えてなさそうだし、気楽だね。愚痴をこぼしながら洗面所で顔を洗っても、眠気は覚めない。寝ぼけまなこをこすりながらリビングに向かうと、テレビの音が耳に入ってきた。
「大寒波の影響で、夜明けから断続的に雪が降っていますね。それでも、昔に比べれば積雪は少ないでしょうか」
「ええ、確かに。道路状況はいくぶん悪くなるでしょうが、ロボットを追加投入しているので、問題ないでしょう。しかし、これ以上雪が強まると危ないかもしれません。ロボットの処理能力を超えてしまう恐れがあります」
「我々がロボットに頼りすぎて、雪を忘れてしまったというのも心配ですね」
テレビの専門家たちが、朝から深刻そうな顔つきで話している。母も「いやだわ」と不安そうにしている。替えもいるだろうし、ロボットはそんなやわじゃないと思うけどね。ご飯を口に運びながら、僕は悠長にテレビ画面を眺めていた。
「ちょっと、ご飯食べてるひまないじゃない」
テレビに夢中だった母がはっとして、僕に家を出るようせきたてた。
「自転車で行くから、いつもの時間に出れば間に合うよ」
「自転車は危ないわよ」
「大丈夫だよ、ロボットがいるから」
母は「もう勝手にしなさい」と言わんばかりにため息をついたが、僕は構わずご飯を食べ続けた。ロボットが壊れて学校が休みになるのを、まだ諦めていなかったけど、最後に残った目玉焼きを口に含むと、観念した。
家から外に出ると、何体ものロボットが駆けずりまわり、口を開けて雪を食べていた。空から落ちてくる雪を、吸いこむように食べるロボット。あるロボットは、道から雪をかっさらうように食べていた。
それだから、道はいつもと変わらなかった。雪の影響は少しもなかった。やっぱりね、僕はしたり顔でそう思うと、自転車を勢いよくこいだ。今日は雪が強く降っている。でも、雪なんて関係ない。いつも通り、風に乗れば遅刻しない。自信に満ちた僕の顔を横殴りになった雪がかすめ、一瞬、視界がくもると、道をはいつくばっていたロボットに気づかず、急ブレーキをかけた。
「危ない」
僕は思わず声が出て、自転車を止めた。雪に夢中なのか、ロボットは一心不乱に動いている。無視されたようで、腹が立った。でも、腕時計の時刻を見れば、怒っているひまはなかった。
自転車をこぎ始めると、また別のロボットとぶつかりそうになった。今度は僕の前で、ロボットはぴたりと止まった。
「危ないです。気をつけて」
気をつけるのは、ロボットのほうだ。僕の邪魔ばかりして。急いでいる僕を見て、避けようと思わないのか。ロボットだから、除雪だけしてればいいのだろう。僕は頭に血が上った。雪に夢中のロボットに向かって、
「そんなに雪が好きで、うらやましいね」
と言いはなって、道を急いだ。横目で見たロボットは何も言わずに立ちつくしていた。空を見上げているロボットの口は、開いていなかった。僕の皮肉を理解できたのか、いや、声をかけられて驚いたのだろう。
雪の降る量が多いのか、道はうっすらと白くなってきた。いつもよりロボットの数も少ない気がする。それとも、テレビの言葉が頭をよぎる、ロボットの処理能力を超えているのか。
無情にも空から落ちる雪を見上げた、その瞬間、前を走っていたロボットが勢いよく転がったことに気づかず、慌てて急ブレーキをかけた。でも、間に合わなかった。自転車の前輪がロボットにぶつかってしまった。
「ちょっと。何してんの」
「処理します」
ロボットはうつ伏せになったまま、起き上がろうとしない。
「処理します」
壊れてしまったのか、同じ言葉を繰り返すだけだ。
「困ったロボットだな」
倒れたロボットを尻目に、僕は自転車を押した。吐く息は白く、牡丹雪に包まれた。
予定は狂ってきた。遅刻するかもしれない。うしろを振りかえると、ロボットはうつ伏せのままだった。背中には雪が積もり、白くなっていた。本当に壊れたのか。ロボットの腕は小刻みに震えて、まもなく止まった。あんなにも雪に執着していたロボットが、雪に埋もれていく。
「助けてください」
ロボットの声なのか。でも、空耳だろう。除雪ロボットが、除雪できないから助けを求めるなんて、あるだろうか。僕は前を向いて、自転車にまたがった。
明らかにロボットの働きが鈍い。除雪が進んでいない。そのせいで、自転車が滑りそうになり、こぐのを諦めた。僕は、うらめしくロボットを見た。
「もっとたくさん食べてよ。除雪ロボットなんだから、雪を減らしなよ」
「食べすぎました」
僕の声に反応したのか、ロボットが話した。確かにそう聞こえた。ロボットは、ぼそぼそとまだ言葉を発している。
「もう食べられません。お腹が痛いです」
でも、ロボットは大きく口を開けて雪を食べていた。道に積もった雪も吸いとっている。
「もっと食べなよ」
ロボットのせいで、時間を消費した。自転車を押して急ぎ足で行くと、風雪にのってロボットの声も聞こえた。
「お腹を壊します」
急いでいる僕は、気にかけなかった。だってロボットがお腹を壊すことなんてないだろうから。
駅に向かうバス停には、多くの大人たちが並んでいた。僕が横をすり抜けようとしたとき、バスはちょうど停留所の前に停まった。扉が開くと、大勢のロボットが降りてきた。追加投入のロボットかもしれない。
「除雪ロボットをばかにしないように」
すれ違ったロボットがそう言ったように聞こえて、うしろを振りかえった。ロボットたちは蜘蛛の子を散らすように行ってしまった。バスの車内から漏れた生暖かい風が僕の背中をなでた。
突然、ビービーと警告音が鳴り響いた。僕はびっくりして飛び上がり、音が聞こえるほうに目を向けた。
音はバスの車内から聞こえた。どうやらロボットが音を鳴らしているらしい。よく見ると、ロボットはうつ伏せになって倒れ、背中から白い蒸気を吹き出していた。
「大丈夫ですか」
乗客の誰かがロボットに駆けよった。車内は騒然としている。
「ほら、君も手伝って」
車外で様子をうかがっていた僕も、大人に声をかけられた。手伝うって何をと思ったけど、言葉が出る前に、介抱している大人たちの荷物を両手に持たされた。
「完了していません」
うわ言のようにロボットはつぶやいている。
「運転手さん、ロボットが苦しそうです」
誰かが大きな声をあげた。運転手は、慌ただしく無線で連絡をしていた。周りの大人たちは心配そうに見つめている。
僕は困惑した。まるで人間を介抱しているみたいだ。倒れたのは、ロボットだ。そのままにして発車すればいいのに。もう学校に遅刻することは間違いない。僕は頭を抱えた。
「救急車を呼びましょうか」
誰かがまじめにそう言った。でも、異を唱える声は聞こえない。だから、僕は逆に心配になってきた。相手は人間じゃなくて、ロボットなのに。正気だろうか。まさか本当にロボットを救急車で病院に連れていくのか。車内の異常に張りつめた空気が、僕に恐怖を与えた。
立ちすくむ僕の足を、誰かがつかんできた。最初は子供かと思ったけど、違った。ロボットだった。散って行ったはずなのに、戻ってきたのか。足をつかみながら、僕の顔をじっと見ている。
「彼はもう治らないですか。解体されるのですか。除雪できないと、我々は必要ないですか」
ロボットの視線が僕の顔に刺さる。ロボットの顔には表情がないのに、どこか困っているような気さえする。目は暗く、力がないように見えた。でも、ロボットに人間みたいな表情できるわけない。
「そんなの分かんないよ」
ロボットの顔を直視できなかった。だんだんと僕の足をつかむ力が強くなってきた。周りの大人たちは、倒れたロボットに目が行き、誰も僕たちに気づいていない。
「必要とされないのは怖いです」
「わかったから、離してよ」
僕の両手はふさがっていたから、足でロボットの腕を、力いっぱいに払いのけた。ロボットの手は、ようやく足から離れていった。つかまれていた足の太ももには、生暖かい感触が残った。
了解ですという言葉が運転手の無線から聞こえると、車内は平穏な空気を取り戻した。
「ロボットはこのまま乗せて、営業所に持ち帰ります。皆さん、ご安心ください。所には技術者がおりますので、直すことができます。それでは、まもなくバスは発車します」
助かった。僕は両手の荷物を大人に預けて、一目散にバスを降りた。道には雪が積もり、歩くとしゃりという音がした。悪路でも、生きた心地が足元から伝わった。
バスに目を向けると、僕の足をつかんでいたロボットが窓の奥に見えた。こちらをじっと見ているから、目が合った。頭だけ僕に向いている。すぐに目をそらし、バスの音が聞こえなくなるまで、僕は顔を伏せていた。
救急車のサイレンが遠くから、やがて近づいてきたのが聞こえた。もちろん、バスの車内で救急車を呼んだ人はいなかった。倒れたロボットがその後どうなったか、僕にはわからない。
通学路をとぼとぼ歩く僕の視界に中学校が入ると、雪は粉雪に変わっていた。除雪ロボットに問題がなかったのか、中学校の周りには、ほとんど雪が積もっていなかった。自分がどこか遠い国から来たような錯覚さえした。
学校の正門に立つ大人を見て、ほっとした。担任の山下先生だ。髪の毛に寝癖があって、眉間にしわを寄せている。口を固く結んで、腰に手をあてて、僕を見つけるやいなや、天を仰いでいる。間違いなく怒っている。でも、なぜだかうれしかった。僕はにやついてしまった。
「吉川。遅刻なのに、おかしいか。それに、今日は大雪の予報だったぞ。自転車なんか乗って危ないじゃないか」
やはり山下先生は怒っていた。いつもの先生の口調を聞いたら、またにやついてしまいそうだったから、必死にこらえた。
「自転車にはほとんど乗れなかったです」
「だろうな。だから、時間に余裕を持って家を出なさいと、昨日の帰り際にも言ったぞ」
「それでも、遅刻したと思います。遅刻はロボットのせいだからです」
「吉川。何を言ってるんだ。ロボットのおかげで、ほら周りを見ろ、雪はほとんど積もってないぞ」
「そうなんですけど。僕の通学路にはおかしなロボットがいて、そのせいで遅れたんです」
「そんなことあるか。吉川がなんか悪いことでもしたんじゃないか」
山下先生は目を丸くしている。話すと長くなるので、「いやあ」と適当に返事をして、教室に向かった。朝礼もすでに終わって、一時間目の社会の授業が始まっていた。
「吉川さん、寝坊ですか。ゲームのやり過ぎですかね」
隣の席の菊沢が、にやにやしながら、からかってきた。
「いやいや、ロボットのせいで遅刻したんだって」
小声ながらも、僕は語気を強めた。
「まさかあ。吉川がちょっかいでも出したんだろ」
菊沢がのけぞって、ないないと言わんばかりに手を横に振った。
「山下先生と同じこと言ってるし。僕は何もしてないって。どんだけロボットを信用してんだか」
思わず、僕の声が大きくなった。
「吉川君。もう授業に集中しなさい」
案の定、先生に叱られた。社会の授業はまるで身に入らなかった。いや、午前中の授業はずっとそうだった。
昼休みに入ると、菊沢に今朝の出来事をまくしたてた。菊沢は、「ロボットが助けを求めたり、自分の心配するかあ」と言いながら、笑っていた。
「まあ救急車は大げさにしてもさ。でも、いたわる気持ちって大事だよな。同情されると、ロボットもうれしいんじゃないか」
菊沢が神妙そうな顔つきで、うなずいた。
「ロボットに感情なんてあるのかよ。まるで人間みたいじゃないか。ロボットなら、ロボットらしくしてほしいけどね」
僕は納得がいかなかった。ロボットをいたわれば、ロボットはやる気を出すのか。今朝も、ロボットに「がんばって」とでも言えば、遅刻しないですんだのか。
「落ち着けよ、吉川。ほら、異常気象でさ、ロボットも変わっちゃったのかもよ」
菊沢はへらへらしている。
「なんだよ、それ。もうゲーム返さないからな」
「なんでゲームの話が出てくんだよ。まあまあ、怒るなよ。人間と同じように働いているんだから、人間と同じように接してやれよ。ロボットにも感謝してさ、一緒に仲良くだよ。なんてな」
菊沢は一人で大笑いしていた。
僕は、お昼の給食を口に運びながら、ぼんやりと外を眺めた。雪はちらちらと舞うくらいだったけど、いくつものロボットがせわしなく動いていた。粉をまいているようで、融雪剤なのかもしれない。見た目や言動はロボットでも、人間と同じように働いている。もしかしたら、人間以上にまじめなのかも。窓を開けると、頭を冷やすような冷気が通りぬけ、粉雪が踊っていた。
「おいおい、寒いのに開けるやつがいるかよ」
しかめっつらをした菊沢が声をあげる。
「ちゃんと謝っとけよ」
「誰に」
「ロボットだよ。吉川が悪いんだからさ」
菊沢は腹を抱えている。窓は開けたままにして、僕は教室を出た。菊沢よりもロボットのほうがまじめに違いない。
夕方、学校を出たら、雪はもう降っていなかった。積雪はなく、今朝の雪が幻のようだった。
役目を終えたのか、もうロボットの姿を見ることはできなかった。僕は自転車に乗ると、力いっぱいにこいだ。家の周りだったら、まだロボットがいるかもしれない。家路を急いだ。
自宅に近づくと、予想通り、ロボットたちの姿が見えた。今朝と比べると数は少ないけど、慌しく動いていた。僕の自転車とぶつかったロボットや、「もっと食べなよ」とせかしたロボットは、どのロボットだろうか。どれも姿形が同じように見えて、区別がつかなかった。それに、なんて声をかければいいのか。菊沢の言う通り、ごめんねと謝るべきか。悩んでいると、一体のロボットが近づいてきた。僕は、ロボットを呼び止めた。声に反応したロボットが立ち止まる。
「あ、あのさ、今日はぶつかってごめんね。助けられなくてごめんね。変なことも言っちゃって、ごめんなさい。君たちは必要な存在だからね」
僕の口からは、今日のことが一つの固まりとなって全部出てきた。このロボットに言っても通じるかどうかなんて、関係なかった。
ロボットは顔を上げ、僕の顔を見るとにこりとしたようだった。
「大丈夫です。問題ありません」
はきはきとした言葉でそう言うと、ロボットは勢いよく離れていった。ロボットの足取りは、うれしそうに見えた。
僕のもやもやとした気持ちも晴れてきたようで、こっちまでうれしくなってきた。別のロボットとすれ違うと、僕は迷いなく声をかけた。
「いつも除雪してくれて、ありがとう」
なんだかこそばゆくて、恥ずかしくなってきた。ロボットの顔を見たら、心なしか笑顔だった。
「うれしいです。がんばります」
ロボットに驚く様子はなかった。ロボットも褒められるとうれしいのだろうか。
ロボットのうしろ姿は、はしゃいだ子供のようで、小刻みに動いていた。小躍りしながら、僕の視界からロボットは消えた。
盛んに降っていた牡丹雪に包まれた、今朝の寒々とした空気は、まだ余韻を残していた。けど、それ以上に、温もりが身体に伝わる柔らかな空気が漂う夕方だった。
雪はもう消え失せた。そこの角を右に曲がれば、家はもうまもなくだったけど、僕はちょっと寄り道をして帰ろうと思った。空気を味わうように、ゆっくりと歩いた。
家に帰ったら宿題をやって、今日は早く寝よう。安心したのか、眠くなってきた。西の空が、茜色に染まっていた。
(おわり)
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