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【ビブリオバトル日本一がガチで30日間本紹介してみた】1日目『ザリガニの鳴くところ』


一味違うミステリー


 まず皆さんに一つ質問です。
 ビブリオの学生大会で一番使われている本のジャンルって何かご存知ですか?

 大会を見たことのある人はお分かりかと思いますが、圧倒的人気を誇るのはミステリー小説なんです。
 やはり、探偵が名推理で犯人を突き止める。複雑なトリック、奇抜な事件にハラハラドキドキ。これがたまらない。みんなの心を掴んじゃうんですよね。

 でも、ちょっと私思うんです。
 ミステリー小説が面白いというのはわかるんだけれども、大学生にもなるとやっぱりこう感動要素も欲しくなる。読み終わった後に、なんとも言えない感動を残してくれる本が読みたくなる。
 殺人事件も、複雑なトリックも、華麗な解決シーンもいいんだけれど、もっと感動するミステリーが存在してもいいんじゃないか。本当に胸にせまるミステリー小説があって良いんじゃないか、と。

 そんなときに見つけてしまいました。
 ディーリア・オーウェンズ『ザリガニの鳴くところ』ーー未だかつてないほど魅力的な推理小説です。

画像:Hayakawa Online

『ザリガニの鳴くところ』 あらすじ


 さて、推理小説とはいえあらすじは簡単。
 とある沼地で男の遺体が発見されます。彼は地元で有名なチェイスという若者でした。
 初めはただの転落事故のように思えたのですが、何やら事故にしては不自然なところが多すぎます。ラグビー選手の彼が足を滑らすわけがない。彼がわざわざ沼地まで来る理由がない。しかも近くには彼のではない髪の毛が・・・。
 そこで警察は考えるわけですね。何者かがチェイスを殺した、と。

 さて、この本は二つの時系列が並行して話が進んでいきます。
 一方は1958年あたりから「湿地の少女」と呼ばれるカイアの幼年時代を描きます。
 そしてもう一方は1970年のチェイス転落事件から事件解決までの道のりを描きます。

 ちょっとややこしそうに見えますが、どうかご心配なく。
 シーンが切り替わるたびに「19〇〇年〇月〇日」と丁寧に示し、今どちらの時系列にいるのかを明確に示してくれるので、読みにくいということは全くありません。
 私も高校一年生の時にこの本を読んだのですが、この時系列の切り替わりにはなんの違和感も覚えませんでした。

 しかしこの「ダブル時系列」という構成、後になればなるほど面白さを増してくるんです。

ココが面白い:ダブル時系列のトリック


 そのミソとなるのが、この二つの時系列の時間の進み方・スピードが違いです。

 まずカイアの人生を追う方、これをとしましょう。
 はどんどん進んでいくんです。小さかったカイアが少女となり、自分の力で生きることを覚え、沼地の学者へと変貌してゆく。その変貌ぶりは胸に来るものがあります。
 一方で、チェイス転落事件の捜査を進めるの方は、ゆっくりと、じわじわ歩みを進めるんですね。捜査官は犯人に繋がる証拠を一つまた一つと集め、着実に事件の核心に迫ってきます。
 このスピード差が意味するものはなにか?

 それは、"必ず①は②に追いつく"ということです。

 つまり、純朴な少女だったカイアが、殺人容疑をかけられるその日まで、「何をしていたのか?」「どう生きてきたのか?」「誰と出会っていたのか?」という足取りをつぶさに描いているんです。

 ミステリー小説でよくあるのが、容疑者に何の思い入れもないというパターン。
 それもそのはず。推理小説において「容疑者を徹底して描いた本」ってなかなかないんですよね。基本的に事件がメインですから、その被害者の出で立ちや人間性が丁寧に描かれていて、それによって悲劇性を出そうとします。
 しかし、この本だけの魅力はなんと言ってもズバリ、「容疑者の人生を徹底的に描いた」という点。
 これはただの「少女の成長物語」なんかじゃありません。これは「殺人事件の容疑者の生涯を描き抜いた」ミステリーなんです。

画像:Orange County Register

他と何が違うのか?:容疑者への思い入れ


 このコンセプトが何をもたらすか?
 それは、「カイアが犯人であってほしくない」という感情です。ここで多くは語りませんが、カイアは非常に貧しい家に生まれ、家族に見捨てられながらも一人で懸命に生き抜いてきたたくましい少女です。そして誰よりも自然を愛し、動物を愛し、命を大切にしながら生きている人です。

 カイアの人生を追っているうちに、私たち読者はいつのまにか彼女が愛おしくてたまらなくなります。どうか彼女に幸せになってほしいと思ってしまいます。
 そんな中で迎えるクライマックスでは、思わず「頼むから、カイアよ。無罪であれ」との祈りが出てしまいます。読者が、容疑者にこんなにも肩入れしてしまうミステリーが未だかつてあったでしょうか。
 これは単純な推理小説でありながら、どこまでもあなたの胸を揺り動かしてくる唯一無二の作品です。

 それでは最後に一つだけ。
 本の帯に、こんなことが書いてありました。

この結末は、墓場まで持っていくと決めた。

本郷綾子(丸善丸広百貨店東松山店)

 本を閉じた時、あなたもまったく同じことを思うはずです。
 単純なミステリーのようでありながら、ゾッとするほどのどんでん返しがあなたを待ち受けています。
 『ザリガニの鳴くところ』、ぜひ読んでみてください。


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