りんごあめと花火(5)
どこから手に入れてきたのだろう、いくらしたのだろう。
青みがかったグレーの生地からはお仏壇のような古いにおいがして恥ずかしい。
鏡があるのに、私は両手を広げて自分の着ているものを観察した。
少し短かった袖から、肩のほうまで指を滑らせる。
黄色の糸で植物や、お花の刺繍がある。きれい。
これは木綿の生地で、自然な質感だしシワをきにしなくても着れる。
浴衣に気持ちがいっている私をよそに、お母さんは暗記した説明書を読むような
うろ覚えさで私に自慢をした。
「これ、いくらしたの?」
ようやく出た言葉がこれだ。
お母さんは苦笑いをし、刺繍と同じ黄色の帯をぎゅっとしめて笑った。
「そんなことは気にしないの!」
きつくしめられたせいでみぞおちのあたりが苦しく、
私は思わず咳き込んでから苦笑いをした。
お母さんは私を心配して、急いで浴衣をどこからか買ってきたのだろう、
いつも夜まで働いているのに、今日は早く帰らせてもらったのだろう、
私のために、
私が泣いたから、
私が、わがままだから、
私が。
「お母さん、ごめんなさい」
申し訳ない気持ちを口に出したと同時に、涙がこぼれてきた。
私は袖につかないよう、まくった腕で涙をぬぐった。
お母さんは何も言わず、ただ顔を近づけてやさしく微笑んでくれた。
「お母さん」
「ごめんね」
そういうと、お母さんはさらに顔を近づけてこういった、
「帯の締め方さ、わかんないからフィーリングでやっちゃった」
「ちょっと、、」
「ごめん!さ、行くよ!ダッシュ!」
そういって、浴衣と一緒に用意してくれた、お花があしらわれた、真っ赤な鼻緒の下駄を履いて外に出た。カラン、カラン。これから、花火にいけるんだ。
雨、降らないよね。
花火大会へ向かう人であふれる電車の中、
会場まで続く人の列、
耳が痛くなる大音量の雑音。
みんな、花火が楽しみなんだろうな。
汗いっぱいになった顔をぬぐい、方向もわからないまま、
お母さんに身をゆだねて道を進む。
途中にあった屋台でりんごあめを買ってもらった。
透明のビニール袋はまだ開けない。
家に帰るまでこれは食べないんだと私は誓っていた。
しばらく歩き続けていた後、
「あ!」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ひいちゃんだ。
「来れたんだ!よかった・・」
さっちゃんが、今に泣きそうなくらい心配してくれた
「あ!浴衣!」
みのりちゃんが私を指差しておどろいた。
私はどんな顔をして恥ずかしがったのだろう。
みんなを見て、私はしばらく立ちつくしていたと思う。
ふと気づく、
後ろを振り返ると、お母さんは少し離れていたところにいた。
いつもの優しい顔で、笑っていた。
言葉はない、いや、聞こえなかったのかもしれない。
手を振って、私を見送ってくれた。
無数の花火が打ちあがる。
ドン、ドン、ドンとうなるような音が響くのは、
すぐに屋台や周りの人の声でかき消された。
大きな大人たちがおしあいへしあいして進んでいく。
あのとき私はなにを思い返していたのだろう。
目にはりついた、最初に見た大きな花火の残像か、
変わらない、やさしいお母さんのあの顔か。
花火がまた上がる。
私は、手に持ったりんごあめを落とさないよう、
あたたかいぬくもりが残った、もう片方の手に握り替えた。
おわり