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りんごあめと花火(4)
さっちゃんの残念そうな声が頭から離れない。
申し訳ない気持ちや、残念な気持ち。お母さんにきついことをいってしまった後悔。
頭がもやもやしていて気持ちが悪い。
ぐるぐるした世界を振り払うかのように、ベランダへ出た。
外は曇っていて、白とも灰ともいえない雲がもやっと流れている。
青い空はこの雲に隠れているんだろうな、と、見えない青空を想像することで、
私は、この日の空のような気持ちを紛らわせようとしていたのかもしれない。
しばらく雲を眺めていたが、風もなく、重たくて生臭い空気を浴びていると
汗がでてきてしまい、部屋に戻った。
お昼過ぎ、今日は何もする気になれず、さっきしまった布団を取り出して広げ、
そして飛び込んで目を閉じた。
眠れ、眠れ、忘れろ。
眠れ、眠れない、けど、忘れたい。
呪文を唱え続けていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
重い体をようやく起こし、時計を見ると夕方になっていた。
キッチンへと向かう途中、おもむろに外を見ると、
空を覆っていた雲は薄いシーツのような色になり、青い空に向かって泳いでいた。
晴れたんだ。
ベランダに出てみる。雲は煙のようにぼやっと浮かんでいて、
遠くにほんの少しだけ、オレンジ色が見えている。
近くで子どもの声が聞こえる。
なんだかうれしそうに、雨は降らないかと何度もお母さんらしき人に聞いている。
姿は見えないけれど、カラン、カラン。
下駄の音がその子の気持ちと同じようだ。これから花火にいくんだな。
眠ったことで落ち着いたのか、頭のもやもやはなくなった。
さあ、夕食の準備をしよう。そう思って部屋に戻ると、
そこには、いつもはいないはずのお母さんが、ぜえぜえと体で息をしながら立っていた。
「お母さん?どうしたの?」
「はあ、、はあ、、」
「お母さん?」
「きょ、きょうさ、、、ああだめ、まずは水ちょうだい」
肩で呼吸をしていたお母さんは、まるで砂漠のオアシスにすがるような歩みで、
キッチンへと導かれていく。
あぜんとしている私をよそに、水を一気に飲み干したお母さんは、
正気に返ったと思ったらすぐに私の手をとって言った。
-花火を見にいこう。
戸惑う私を気にせず、お母さんは私の両肩に手をかけた。
急いでいるのか、いつもより動きが素早いし、
こんな時間に帰ってくることも異常だし、
花火にいくなんていわれることもよくわからない。
今の状況を理解することができず、
私は壁際に追い詰められた動物か、いたずらをしてしかられているクラスの男子のように、
身動きすることも、お母さんに話しかけることもできず、
ただ、お母さんのなすがままに身をゆだねた。
お母さんの手は汗でびっしょりだったけど、昨日と同じ。あたたかい。
「はい、どうぞ」
ぽんと両肩をたたかれ、鏡の前に立たされ、自分の姿を見たときになって、
ようやく私の時計の針が動いたような気がする。
浴衣だ。