てんぐさは遠い夏のお姉さんの思い出
少々ずるいかもしれないが、ところてんにまつわる思い出を「てんぐさ」を借りて書こうと思う。
初島という場所で夏を過ごした時のことを「イカ」の回でも書いたが、その時になんだか不思議な出会いがあった。
家族で海で泳いだ帰りのことである。海を上がってすぐの道で、ふと呼び止められた。
「すみません、夏の自由研究をしているのですが、皆さんで味見してってくれませんか?」
自由研究と味見という言葉はなかなか結びつき難く、なんのことかと足を止めた。
聞けばそのお姉さんは初島が地元で、家族の手伝いでテングサを取っている。より美味しいところてんを作ろうとしていて、そのときの自由研究をしていたのだそうだ。テングサの配合の異なるA,B,C三種類のところてんを一口分ずつ用意してくれており、どれが一番美味しいかをリサーチしていた。
どれどれ、と頂いてみる。タレなどは特になく、ところてんをそのまんま食べ比べるのはなかなかなかった。不思議なもので15年近く経った今もなんとなく覚えているのだが、Aは植物の感じのする香りが強く、Bは歯応えがあり、Cはとろりと柔らかかった。
そのとき私はCを選んだが、両親は迷わずBが美味しいと言った。というよりどれも実はとても美味しくて、お姉さんのところてん愛と料理の腕、ずっとそこに立っていろんな人に調査をお願いする熱にたいそう感動したものだった。
今だったら、どの味を選ぶかな、と思う。というのも、実はところてんはあまり得意じゃなかったのだ。なぜ好き好んでご飯の時間でもないのにしょっぱくて酸っぱいものを食べないといけないんだろうとさえ思ったので敬遠していたが、今はところてん、好きなのである。暑いと塩分が美味しいと経験的に体が覚えてきたからだろうか。それに今はただ柔らかいだけよりも歯ごたえのあるものが好きだし、もしかしたらBを好きと答えるかもしれないな、とも思う。
旅先の偶発的な出会いというのは不思議で、大概ものすごく素敵な思い出をくれるのにその後二度と会えないことが多い。その旅ではホテルのプールで知り合った子と今も年賀状を交換したりもする仲になったりしたが、それは極めて稀な例だろう。
なので私はところてんを見ると今も、ひとり海辺の道沿いでいくつものところてんを持って立っていた素敵なお姉さんの夏休みに思いを馳せる。お姉さん、結局どのところてんが一番人気でしたか。素敵な夏の思い出をありがとうございます。
ところてん、大好き。