僕にとって「場をつくる」とは何なのか。
場づくり研究所「Fo-LABファシリテーション講座」なるものを受講し、場づくりやファシリテーションを勉強させていただいた。Fo-LABについての詳しい説明は省くので、気になる人はこちらの記事を読んで欲しい。
先週その最終回があり、全9回の講座が終了した。運営の方々、参加者のみんな、お疲れ様でした。いい学びの場をありがとうございました。今後も関わっていきたい人たちがたくさんです。
全9回を終えて感じていることや、場づくりに対して考えていることを書いてみようと思う。記念すべき初めてのnote。
受講のきっかけ、最近の問い
去年の5月からお世話になっているNPOカタリバでの活動で、多くの高校生と対話をし、そのための研修にも参加した。その研修を作ったり実施したりもした。いわゆる「場づくり」に関わる機会がたくさんあり、そんな中で僕は「どうしたらうまく場をつくれるのか」という問いを持った。どんな発信をしたら自分のつくりたい場をつくることができるのか。どうしたら言いたいことが伝わるのだろうか。先輩みたいにファシリテーションが上手になりたい。そんなことを考えながら活動していた記憶がある。
「どうしたらうまく場をつくれるのか」という問いは今も変わらず持っている。しかし、いろいろ考えていく中で、その問いの前に向き合う必要のある問いがふたつ生まれた。
・そもそも場/場づくりとは何なのか?
・自分はどんな場をつくりたいのか?
ここ半年くらい、このふたつの問いが自分の中で大きなテーマになっている。
と言いつつ、頭の中でぐるぐる考えるだけでインプットは全然できていなかった。そんなときにFacebookで偶然Fo-LABを見つけたので、これも何かの縁だろうと思い受講を始めた。結果としてこのふたつの問いが深まったので、とても良い機会だった。
場=関係性、場づくり=関係づくり
まずは「そもそも場/場づくりとは何か?」という問いから考えていきたい。思うに、場とは人と人との関係性のことだ。人が集まり、出会い、関係が生まれるものが場であると考えている。そこに身体性が伴うかどうかは問題ではなく、オンラインであろうと場は生まれ得る。完全オンラインでFo-LABが行われたことが何よりの証拠だ。オフラインでないと場が生まれないのだとしたら、Fo-LABは行われなかっただろう。
あくまで僕の認識だが、場という概念は、「空間」「場所」「コミュニティ」などの言葉とは異なると思っている。「空間」とは単に物質的な空間を指していて、それ以外の要素は含まれていない。「場所」とは空間に何らかの意味が付与されたもので、公園やカフェ、ホテルとかはこれにあたる。「コミュニティ」は人の関係が断続的に続いているようなイメージだ。これらとは違い、関係性に焦点を当てたものが「場」だと思っている。
そして、関係性は行為に先行しない。関係性によって行為が生まれるのではなく、行為の積み重ねによって関係性が構築される。仲が良いから一緒に遊びに行くのではなくて、一緒に遊びに行くから仲が良いのである。場も同様に、行為の積み重ねによって構築されている。気まずい場があるから発言を躊躇うのではなくて、発言を躊躇うことが場の気まずさを促進させている。
場づくりとは、行為によって積極的に関係性を作っていくことだ。「失敗を受け入れられる場」をつくりたかったら自ら失敗を恐れず積極的にコミュニケーションを取る。「心理的安全性の高い場」をつくりたかったら仕草や声のトーンに気を使ったり自己開示をしたりする。場のために行為を選択することが場づくりなんだと思う。
どんな場を、どうつくるか
自分なりに場や場づくりを定義できたところで、残りのふたつの問いを考えていきたい。
「自分はどんな場をつくりたいのか?」
「どうしたらうまく場をつくれるのか?」
僕は対話と学びが生まれる場をつくりたい。人と関わり、背景を共有し合う場。知りたいややりたいを探究し、深めていく場。根底に繋がりがあり、心理的に安全で、深めるための問いはあっても否定は存在しない場。そんな場をつくっていきたいと思っている。
これは最近気づいたことだが、対話と学びは手段ではなく目的なんだと思う。「社会にどんな価値を届けたいか」とか、「ビジョンは何か」とか聞かれるお年頃だけど、結局のところ生きる目的は「対話と学び」に尽きるんじゃないか。人との関係性の中で対話と学びを味わいながら生きていくことが間違いなく僕を豊かにすると思うし、そんな人生を自分で作っていきたいと強く思う。自分の人生の豊かさのために、対話と学びが生まれる場(関係性)をつくっていくこと。これが僕の場づくりである。
そして、「どうしたらうまく場をつくれるのか?」という問いを考える上で、自分の特性を理解することは欠かせないように思う。自分の外見や声は相手にどんな印象を与えるか。どんなコミュニケーションの取り方が得意か。場にいるときの自分の心はどんな状態か。深く理解し、どうしたら理想の場につなげられるのかを考える。実践して振り返る。これを繰り返すということが、「どうしたら場をうまくつくれるのか」という問いへの答えだと思う。
もっと詳しく書きたい気持ちはあるけれど、講座の具体的な内容がかなり絡んできてしまうので、ここではやめておこうと思う。まだ振り返りができていない部分も多いので、壁打ちに付き合ってくれる人を募集中。というか僕に実践の場をください。いや、実践の場をつくろうと思う。
これからやりたいこと
つくりたい場のイメージが湧いて、これからやりたいことも結構見えてきた。「対話と学び」というテーマにアプローチしていく上で、問題はどのフィールドで場をつくるのかということだ。このテーマと親和性が高く、自分のつくりたい場が求められている、もしくはこれから必要になってくるフィールドを見極める必要があると思う。
現時点でやりたいことはふたつある。ひとつは教育。対話と学びは年齢に関係なく必要なものだと思う。だからこそ、教育でその価値を届けることが重要だと思っている。特に10代へのアプローチ。いかに中高生に対話と学びを届けるか、そういう想いでカタリバで活動しているし、教育はこれからもアプローチし続けたいフィールドだ。
もうひとつは、場所づくり。カフェなのか書店なのか公園なのかホテルなのかゲストハウスなのかコワーキングなのかはわからない。人が集い、出会い、混じり合う。そこに学びや新しさとの出会いがある。そんな場所をつくりたい。どうすればもっと具体的な絵を描けるようになるのだろうか。どうすればそれを実現する力を身につけることができるのだろうか。そんな観点でキャリアを選びたいと思っている。
ただただ感謝である
Fo-LABに限らず、僕の行動パターンはいつも同じだ。何気ない興味をもとに行動し、問いが生まれ、深まり、また行動する。その先々で人と出会い、新しいものをもらう。今回はFo-LABがきっかけでこのnoteを書いているけれど、Fo-LAB以外にもいろんな人や場所との出会いがあるから今の自分がいる。シンプルに感謝だなあ、といつも思う。本当にありがとうございます。
講座の振り返りをしようと思ったら今年の振り返りっぽくなったな。まあいっか。
余談
場(関係性)とは、人と人との間だけにあるものではないように思う。場を何かと何かの関係として捉えると、その「何か」はより大きな視点で捉えることができる。
というのも、バイトの休憩中に「場」について考えていたとき、SANUのことが頭に浮かんだのだ。SANUはpoint 0に入居している企業で、”Live with Nature”、つまり自然との共生を掲げている。
ここでいう「自然との共生」とは、自然と人間との関係をつくることなのではないだろうか。つまり、自然と人間との接点となるところに「場」をつくるということ。これもまたひとつの「場づくり」として捉えることができる。
そう考えると、最近よく聞く「分断」や「脱資本主義」などのテーマを考えるときに、「場づくり」はひとつの重要なキーワードになるのではないだろうか。このあたりはまだまだ粗いし知識も乏しいので、もうちょい考えたい。来年の大きなテーマになりそうな予感がしている。