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マザコンなんだと思ってた

10代の頃、母の後をずっとつきまっとっていた。
母に抱きついて匂いを嗅ぐと安心できた(変態)
そんな自分は、マザコンなんだなあなんて思ってたしそれがわたしの普通だった




だけど、母がある時、鬱になった。




そしてそんな母に最初は同情し同調し、慰め、寄り添い、励ましていたが、年単位で続くその現実にわたしも心と体を壊してしまい
関係がどんどん崩れていった。



あの頃は(今はだいぶ落ち着いた)
毎日死にたいと私に訴え助けを求めてきて
こちらの時間ややってることはフル無視。
自分の意見だけを押し付けてくる
大きな声で急に叫んだり
一緒に死のうと首を締められたりもした。



 そんな母を見るうちにわたしの母への思いがガラリと変わった。

匂いがそもそも嫌いになり近づきたくもなかった。
話して欲しくなかったし
なんならさっさと…とさえ思ったこともあった。



あれ?私あんなに好きだったのになあ、



そんなふうに考えてたんだけど、ふと思った。



わたし、嫌いだったんだわ。笑



許せなかったんだ母のこと。



いつも自分勝手でわたしを振り回し
自分が気に食わないと暴力をふるい、無視して存在を消し、言いなりになると分かれば餌を与える、そんな毒親のような母に怒っていたし恨んでいた。
好き、どころか恨みが反転したものだったに違いない。
ただ小さい頃は それ しか生き抜く術がなかった。

ただ、言うことを聞いて、ただ好きな振りをして
ただ同調する、
そしたら母の機嫌は良かったし、わたしは、なんとなく毎日を切り抜けられた。


楽しいとか楽しくないとかではない
ただ、その日、何事もなく生きられるか、それだけだった。



スキなフリをしてしっぽを振り、気に入られて欲しいものを得る




それしか小さな無力の私には生き残る術は無いと考えたんだろうと思う。





だから相手に力がないとみなした今に本心が爆発したのかもしれない。


 ずっとずっとずーーっと胸の奥にあった怒りや悲しみ、憤り、寂しさ、それがここに来て爆発したんだ。



本当は嫌いだった
本当は恨んでた
母親だなんて思えてなかった



私が死にたいと言ったとき、話を聞いてもくれなかったくせに
自分はわたしにそれを求めるの?
わたしが泣き叫んだ時、ただ逃げたくせに
自分は受け止めてと言うの?



なんで?は?なんで?ムカつく


わたしにはしてくれんかったことを自分はしてもらって当たり前なん?    
  いや、無理無理! 
 
勝手なこと言ってんなよクソババア。



許せない許せない許せない




なんでわたしだけがしてあげなあかんの


あんたのせいって離された手を
なんで私は繋がないといけないの?
   

おかしくない?


 ゆるせない、ズルい、なんなん。


 きらい。

 
鬱だから、なんて。笑わせないで。
確かにみんなは仕方ないって言う。
仕方ないと、どこかでは私も思う。
でも、納得は、できない!

って、思ってるな〜 っていう俯瞰(   ᐕ)




正直、ずるいなーって
そうやって逃げるんだーって。







わたし逃げたかったんだ。



でも逃げ道をくれなかった母に怒ってたんだ


いつも通せんぼして逃げさせてくれなかった母に怒ってるんだな、



ま、怒るわな、



親なら逃げ道作れよって笑





助けろよって




ああ…助けて欲しかったんだわたし。
ただ、手を差し伸べてほしかったんだ

安心を与えて欲しかった、母親なら。()

大丈夫だよって。

期待しすぎか。笑


母親なんだから、産んでくれたんだから、
そういわれるけど、今はきっと無理だな。
心が拒否するもん、
無理っていってるし。


じゃあいっか。
わたしがそうゆうならそれでいっか。
うんうん。


私は母親が嫌いです、むしずが走る時期は終わったけど
やっぱり今は無理かな。

じゃあいっか、まいっか、それでいっか。


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