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【短編小説】ひうっふぃ

1,556文字/目安3分


「読みにくいよ、これ」
 そう言って呼びかけても、姉ちゃんは答えてくれない。
「読みにくいよ、これ」
 さらに大きな声で呼びかける。
「うるさいな」
 そう言って、めんどくさそうな顔をする姉ちゃん。
「何回も言ってるじゃん」
 そう言って、姉ちゃんをにらみつける僕。
「知らないよそんなの」
 そう言って、そっぽを向く姉ちゃん。
 もうだめだ。こんなの僕だって読みたくない。僕は「もうだめだ」と言った。
 もうだめだ。わたあめを食べる。そうだ、イコウネも持って行こう。それなら友達に会うのにもいいし、邪魔にもならない。
 そっぽを向いたままの姉ちゃんを置いて、とっとと家を出た。

「出た、イコウネ。それ本当にいいよね」
 友人は早速わたあめを食べながら、羨ましそうに言った。
 僕は得意げに、わたあめを食べる。
「でもこれ、読みにくいんだよ」
「知らないよそんなの。いいなぁ」
 そう言って、羨ましそうにする友人。
 僕は不思議で仕方なかった。なんでそんなにわたあめを食べているんだろう。友人のわたあめなんて、ただ甘いだけなのに。
「そういえば、今週のあれは読んだ?」
 友人は今さらそんなことを聞いてくる。
「だからあれは読みにくいんだよって言ってるじゃん」
「うるさいな」
「えぇ」
 なんだよ、もう。友人の考えていることも全然読めない。
「あれ?」
 僕は言った。
 友人はわたあめを食べる。
 僕は聞く。
「名前なんだっけ?」
「何の?」
 そう言う友人に向け、指を差して答える。
「いやいや。友人だよ」
「そうだっけ」
「友人って書いて、ゆうと」
「そうだった」
 人のことを指差しちゃいけないんだった。

 わたあめはふわふわしているから乗れば気持ちよく飛んでいけるけど、甘い砂糖でべたべたになっちゃうのが欠点だ。
 今日、本当はさなえちゃんと一緒に出かける日なのだ。
 見下ろすと、友人が羨ましそうにこっちを見ながらわたあめを食べていた。ただ甘いだけだから飛べないんだ。
 さなえちゃんとは、向こうの丘の、大きな木の上で待ち合わせ。
 少し早く着いたけど、待っている時間も悪くない。僕はわたあめからの景色を楽しむことにした。
 木には思った以上に鳥が止まっている。すずめと、すずめっぽい大きめの鳥と、すずめよりずっと大きい鳥。名前は分からないけど、このすずめっぽい大きい鳥は知っている。わたあめが大好物なのだ。幸いにもわたあめはふわふわしているから気付かれにくい。それでも危ないから、集合したらすぐに離れよう。
 そうやっているうちに、さなえちゃんがやって来た。さなえちゃんのわたあめは、遠くからでも誰のものよりふわふわしているのが分かる。少しふらふらしていて危なっかしい。甘さが足りないからまだうまく飛べないようだ。さなえちゃんはあわあわしていた。
「ごめん、待った?」
 そう言うさなえちゃんは、本当にかわいい。
「待ってないよ。わたあめが食べられちゃう前に早く行こう」
 僕のわたあめとさなえちゃんのわたあめを合わせて、一つのわたあめにする。僕はさなえちゃんのことがもっと好きになった。
「出た、イコウネ。それ本当にいいよね」
 さなえちゃんはびっくりしたような顔で言った。
 僕は言う。
「でもこれ、読みにくいんだよ」
「読みにくいよねぇ」
 さもなんでもないかのように言うさなえちゃん。やっぱり。さなえちゃんだけは分かってくれる。
 僕は正直に話した。
「でもね。自信がないんだ」
「自信がなくてもいいじゃん。だって君のイコウネなんだから。行こう! 憩いの場へ!」
 さなえちゃんは面白くないことを楽しそうに言う。これだ。だからさなえちゃんのことが好きなんだ。

 僕が笑うとさなえちゃんも笑う。

 鳥はわたあめを食べ始める。わたあめは好きでも甘いのが苦手みたいで、目を回して落ちていった。

 二人で一緒に笑った。



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