【第10回】美人を決めるのは文化か本能か(2)
なかなか反例が見当たらない
〔前回の続き〕
たしかに世界中どこの国でも、役者やモデルなど、それぞれの人種や民族ごとの美しさ・格好良さを代表している人たちの顔は、輪郭も、目や鼻や口の形・大きさや位置関係も、だいたいその集団内での平均的な範囲におさまっているように思える(各パーツが大き過ぎず小さ過ぎず、位置が離れ過ぎず近過ぎずというように)。その上で完全な平均値からはわずかに外れていることが、彼らの顔に個性をもたらしているように思える。
以下のサイトを見ていただきたい。
『美しさの多様性』というタイトルのとおり、美の基準は地域や文化によって多様なのだと言いたいらしい(36番と41番のコロンビアの女性は同一人物だと思われる)。しかし私にはほぼ全員が美人に見える。個人的には数人だけ「それほどでも… 」と思う人もいるにはいるが、、。肌の色や髪型や服装はそれぞれ違うものの、顔立ちは等しく美しいように思える。
もし顔の美しさの基準が文化によって完全にバラバラであるのなら、日本のローカルな基準に染まっているはずの私が見て、ほぼ全員が美人に思えることなどあり得ないはずである。
このサイトは作成者の意図に反して、魅力的な顔の基準がいかに「多様ではないか」を示してしまっているように思える。
※女性の顔の場合、平均的な顔立ちにある特徴が加わることで、より魅力度が高くなることがわかっている。これについては第12回でとりあげる。
平均顔はなぜ魅力的か
美しい顔や格好いい顔というのはめったに見かけないからこそ目を引くわけで、平均顔が魅力的に見えるというのは意外に思われる。しかし、各種の実験でこの傾向が見られる以上、これは真実なのだろう。この理由として主に二つの説明がなされている。
一つは、平均的な顔は左右対称になることから導き出される説である。顔の左右対称性は発達過程で寄生虫などの感染にさらされると低下し、突然変異や近親婚など遺伝的な問題でも低下するという。逆に言うと、顔が左右対称であるということは発達過程で健康に育ち遺伝的にも問題がないことを示しており、そうした顔を配偶相手として好ましく感じる感覚が進化してきたのではないかという説である〈1〉〈2〉。
もう一つは、平均的であることそのものが環境によく適応していることを示すからだ、というものである〈3〉〈4〉。
人間の体のあらゆる部位は進化の過程で生存に最適な大きさや比率に調節されてきたはずである。身長について言えば、人種や時代によって開きはあるものの、ほとんどの大人の身長は150cmから185cmくらいの間に落ち着いている。これはヒトが進化してきた環境ではこの幅におさまるくらいの高さが適正であったことによるものと考えれる。
もっと大きかったら、転んだ時に大怪我をしやすかったり、体を維持するのに必要な食料を得るのが難しかっただろう。もっと小さかったら、大型動物の狩猟に苦戦しただろうし、肉食動物に狙われやすかっただろう〈3〉。
比率についても、例えば肩から指先までの長さは通常ふとももの中央あたりまでであり、この比率はどんな体格の人でも同じなのだそうだ〈5〉。これはおそらく二足で歩いたり走ったり何かの作業をしたり、遠くへ物を投げたりする際にバランスをとりやすい比率なのだろう。
平均的であることが環境に最も適応していることを示すのなら、人間の脳は、特に配偶者選択において平均的で過不足のない身体を持つ人を好むよう進化してきた可能性が高い。ゆえに、顔立ちに関してもより平均的な造作に惹かれるのではないか、というのがこの説である。
二つの説はおそらく両方とも正しいように思われるが、要因としてどちらが大きいのだろうか。誰でも簡単に確かめられる方法がある。自分の顔が写った写真の真ん中に鏡を置いて完璧な左右対称顔を作ってみればよい。
より平均的であることよりも、より左右対称であることの方が顔の魅力として重要ならば、その顔は漏れなく美人、もしくはイケメンに見えるはずだが、そう思える人はあまり多くないだろう。ということは、前者の要因、つまり平均的な顔立ちであることの方が魅力的な顔の条件としてより重要なのだと考えられる〈6〉。
魅力的な体形とは
見た目の美しさには顔の他にもう一つ、体形という要素がある。しかし、どういった体形の女性を魅力的と見なすかは文化によってかなり異なり、顔の魅力ほどには普遍性が見いだしにくい。
体重について言えば、スリムであることを良しとする文化もあれば、豊満であることを良しとする文化もある。欧米や日本では平均的な体形やスリムな体形が好まれる傾向があるが、南太平洋の島々や中東の一部の地域、オーストラリアのアボリジニなどでは、太った体形が富裕さや健康の象徴とされ好まれるという〈7〉〈8〉。
多くの文化では、男性は女性の大きく張りのある胸に惹かれるが、スーダンのアザンデ族やウガンダのガンダ族など少数の文化では長く垂れ下がった乳房の方が魅力的だとされているそうだ〈9〉。乳房の大きさと母乳の分泌量には関係がないので、機能的な観点からは大きな胸を好む理由は特にない。
腰のくびれを好むのは世界共通?
ただ、(体格がスリムであろうと豊満であろうと)くびれたウエストを好む傾向だけはほぼ全ての文化で見られるという〈10〉。
心理学者のデヴェンドラ・シンは、1920年代から現代までのミス・アメリカや雑誌『プレイボーイ』のグラビアを飾ってきた女性のプロポーションを年代別に検討したところ、体重は時代とともに軽くなってきているが、ヒップに対するウエストの比率(Waist-Hip Ratio 以下「WHR」と表記)は常に一定であることを発見した。
そこで彼は、水着姿の女性のイラストを男性に見せて、その魅力度を評定してもらう実験を行った。3通りの体重(約41㎏、約54㎏、約68㎏ ※もともとはポンド表記)に4通りのWHR(0.7、0.8、0.9、1.0)を組み合わせた12パターンのイラストを作成し、18歳から22歳の男性106人に魅力度を順位づけしてもらったのである。最も人気があったのは標準体重である54㎏かつWHR 0.7のイラストで、41㎏と68㎏の体重群でもWHR 0.7が最も好まれたという(1993年発表)〈11〉。
さらにシンは、古代エジプトやインド、ギリシャ、アフリカ、ルネッサンス以降の西欧など、様々な文化で作成された工芸品や芸術作品に現れた女性のWHRを計測したところ、どれも0.7だったと報告しており、この比率が好まれるのは世界共通であるとしている〈11〉〈12〉。
女性は思春期以降、尻と太ももの上部に脂肪がつき腰がくびれた体形になるが、中年以降になると腹部にも脂肪がつき、くびれはそれほど目立たなくなる。くびれたウエストは女性が性的成熟に達しており、かつ年齢が若く、しかも今現在妊娠していないということを示す正直な(ごまかしようのない)シグナルであり、男性はそこに性的魅力を見出す感覚を発達させてきたのではないかと考えられている〈13〉。
やはり文化によって違うのか?
これには異論もある。いくつかの文化圏ではウエストがくびれていない方が魅力的とされており、くびれを重視するのは西洋特有の文化ではないか、というのである。
この連載の主要参考文献『進化と人間行動』(2000年刊行)では、タンザニアの狩猟採集民ハッザ族やペルーのマツィゲンガ族ではむしろ腰回りが太い方が魅力的だと思われている、という報告が紹介されている。
また、著者の長谷川自身が1980年代にタンザニアに滞在していたころ、現地の人々は腰がくびれた女性よりも明らかに太った女性を好んでいたという。そのため長谷川は、腰のくびれが通文化的に好まれるという説には慎重な立場をとっている〈13〉。
ところが、より新しい本『美人の正体』(2013年刊行)では、2005年に発表されたマーロウらの文字通り「別の角度」からの研究が紹介されており、実はハッザの人々もくびれを重視しているようだ。
それまでの実験では女性を正面から見たイラストを使っていたが、マーロウらは横から見てWHRが0.55から0.75までのイラストを作成し、その魅力度を評定してもらう実験を行った。横から見て0.55だと尻が突き出した感じになり0.75だと尻が平らな感じに見える。
この実験の結果、アメリカ人は0.65、ハッザの男性は0.6のイラストを最も魅力的だと認知したという。つまり横から見た場合、ハッザの男性はアメリカ人以上に腰のくびれを重視していたのである〈14〉。
2010年にはさらに決定的な実験結果が報告されている。カレマンズらはWHR 0.7と0.84のマネキン人形を作成し、生まれつき目の見えない人々(視覚的な文化に全く影響を受けていない人々)にタッチさせて魅力度を評定してもらう実験を行った。結果、やはり前者の方が魅力度が高いと評価されたという〈14〉。
太ってる方がモテる国もあるが…
だが、どう考えてもくびれが重視されていない文化もある。アフリカ北西部にある国、モーリタニアである。WHOが定めた「体格指数」ではこの国の女性は「肥満」の前の「太り過ぎ」に分類され、男性の7割が太った女性を好むという調査結果もある〈15〉。写真や映像を見ると、多くの女性たちは胴回りにもしっかり肉がついている。
となると、やはり体形の好みは文化によって作られるものであり、くびれたウエストへの選好は西洋基準のローカルなものでしかないのだろうか?
しかしである。仮に世界に100の文化があるとして、そのうち95の文化でウエストのくびれた女性が好まれており、残りの5の文化で胴回りに肉がついた女性が好まれているとしよう。
この場合、前者の方こそがヒトが一般的・生得的に持つ美意識であり、後者の方がむしろ「文化的に作られた美意識」であると考える方が、理にかなっているのではないだろうか。
もちろん実際に後者の文化の割合が何%なのか、本当に少数派なのかは詳しく検証してみないとわからない。私にはそこまでの時間も能力もないので確定的なことは言えないが、今のところ私はこの考えである。
さて、太った女性がモテると聞くと大らかな感じがするが、モーリタニアの実態は全く異なる。前回引用した高橋昌一郎の記事を見た方はおわかりだろうが、この国には「ガバージュ」と呼ばれる、娘を無理やり太らせる習慣があり、毎日何リットルもラクダの乳を飲ませる、1日何食も高カロリーの食事を食べさせる、食欲を増進する薬を服用させるなど、あの手この手で年頃の少女を太らせるという。
本人たちも皆が皆これを嫌がっているというわけでもなく、憧れの体形に近づくためにすすんで大量飲食をする少女も多いようだ。無理に体重を増やして死亡するケースもあり、この習慣を撲滅する運動も起こっている〈15〉〈16〉。
欧米や日本では女性の過度な痩せ願望が問題になっているが、目指す体形は真逆であれ、モーリタニアの女性も似たような強迫観念にとらわれているのである。理想美への執着が病的なところにまで達してしまうのは西洋文化に限られたことではないようだ。
注
〈1〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.81
〈2〉越智啓太『美人の正体 —外見的魅力をめぐる心理学—』実務教育出版(kindle版)、2013、第4章-02
〈3〉前掲『進化心理学入門』p.80
〈4〉前掲『美人の正体』第4章-01
〈5〉『人体の比率を覚えれば人物イラストが上手になる! アタリの取り方講座』いちあっぷ、2016.9.30
https://ichi-up.net/2016/132#top
〈6〉前掲『美人の正体』第4章-02
〈7〉デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい —ヒトの性行動の進化—』狩野秀之訳、草思社、2000、p.98
〈8〉『アフリカにある砂漠の国がトップ!?調査レポート「太った女性を褒め称える国トップ10」が公開!』Africa Quest.com、2016.11.25
https://afri-quest.com/archives/8750
〈9〉前掲『女と男のだましあい』p.98
〈10〉前掲書、p.99
〈11〉前掲『美人の正体』第6章-01
〈12〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.240
〈13〉前掲『進化と人間行動』p.239-242
〈14〉前掲『美人の正体』第6章-01
※このマーロウという人は以下のナショナルジオグラフィックの記事に出てくる人類学者フランク・マーロウだと思われる。(この記事が出た2009年の時点で)ハッザ族を過去15年間調査してきたそうだ。
・『ハッザ族 太古の暮らしを守る』ナショナルジオグラフィック、2009年12月号
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0912/feature05/_04.shtml
〈15〉『娘に牛乳をがぶ飲みさせ「太ることは女になること」…飲食拒否すると体罰』読売新聞オンライン、2017.9.15
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170914-OYTET50026/
〈16〉『太っていることが美と富の象徴とされる国 モーリタニアの今昔物語』終活・生活・再生日記「夢幻」、2017.9.14
https://kifinal99.hatenablog.com/entry/2017/09/14/101949