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【第23回】女性は数学が苦手? 興味の性差(1)

とにかく少ない理系女子 


 今回からしばらくは本筋から外れることになる。この連載は主に性的な領域においての男女差をテーマとしているのだが、それ以外の領域での性差についても思うところがあるので、この機会に書いてみたい。

 世の中には男女比がどちらかに偏っている分野がたくさんある。大学の専攻はその典型的な例である。日本の(短期大学を除く)大学進学率は平成29年度のデータで男子が55.9%・女子が49.1%であり男女でそれほど大きな差はない〈1〉。
     
 にもかかわらず、一般に工学部や理学部といった理系の学部は男子が圧倒的に多く、外国語学部や文学部といった典型的な文系の学部は女子が多い。同じ文系でも経済学部や法学部は男子が6~7割、商学部や社会学部などは男女半々くらいだという。医療系では医学部は男子の割合が高い一方、看護学部は女子が圧倒的に多く、薬学部も女子が多数派である〈2〉。
 参照元は個人が作成したサイトであり公式なものではないのだが、日本の大学に関して言えばだいたい正確な記述だと思う(海外では状況が違う国もあるのだが、それについては次回とりあげる)。

 こうした偏りには問題がある、ということになっている。といっても、外国語学部や看護学部に男子が少ないことはそれほど問題にはされず、問題視されるのはもっぱら理工系の学部に女子が少ないことの方である。
 
 そして、このことがメディアでとりあげられるとき、その理由は「『○○は男の仕事で、○○は女の仕事』という思い込みがあるからだ」とか「『女性は数学や論理的思考が苦手』という無意識の偏見があるからだ」といった文化的・社会的な要因で説明されるのが常である。「理系の分野で活躍する女性が少なく、身近にロールモデルがいないから理系の道に進む女性が増えないのだ」といった「鶏が先か卵が先か」みたいな話もあったりする。

女性は理数系が苦手?

 こうした説明をする人たちは「理数系科目の能力に性差はない、あるとしてもわずかな差なのだ」と主張することが多い。よく持ち出されるのはOECD加盟国を中心として実施される「学習到達度調査(PISA)」のデータである。この調査では各国の15歳の生徒を対象に3年ごとに読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野の習熟度が測られている。

 2015年の調査結果を見ると、「読解力」はOECDの平均で男性が479点・女性が506点ではっきりと女性が高く(全ての参加国で女性の方が得点が高い)、「数学的リテラシー」の平均は男性が494点・女性が486点で男性の方が高いが大きくは違わない。「科学的リテラシー」については男性の平均が495点・女性の平均は491点で差はほぼないと言ってよい〈3〉〈4〉。

 全体の平均を見る限り、たしかに理数系において女性が大きく劣っているようには思えない。国ごとのデータは2012年調査時のものしか拾えなかったのだが、数学的リテラシーは、ルクセンブルクやチリのように男子の方が約25点も高い国がある一方、スウェーデンやフィンランド、アイスランドなど女子の方が点数が高い国もわずかながらある〈5〉。
 こうしたデータをもとに「むしろ女子の方が点数が高い国もある。だからこれは元々の能力差ではなく社会環境による差なのだ」と、よく主張されるように思う。

 ただ、この「理数系の(平均的な)能力にもともとの性差があるのか」問題については色んな研究者が色んな調査や実験をやっていて、「有意に差がある」という見解もあれば「ない」という見解もある。ここではどちらとも断定せずにおこう。

なぜか誰も触れない「関心領域の性差」

 いずれにしろ、この問題について識者が語るのを見るたびに不思議に思うのだが、なぜ「能力の性差」ばかりが問題にされるのだろうか。真に問われるべきは「関心領域の性差」なのではないだろうか。
 
 私が考える限り、理工系の学部や業界に女性が少ない要因として、大きく分けて4つの可能性があげられると思う。

① 人々の間に「女性は数学や物理学に向いていない」「科学者やエンジニアは男性の仕事だ」といった思い込み(いわゆる「ジェンダーバイアス」や「アンコンシャス・バイアス」)があり女性が参入しにくい
② これらの学会や業界では、女性が活躍することを快く思わない文化や、指導的な立場に就くことを阻む文化(いわゆる「ガラスの天井」)がある
③ 平均的に言って女性は理工系分野に必要とされる能力が男性より低い
④ そもそも理工系分野に強い興味を持つ女性の絶対数が男性より少ない

 前述のとおり、① ~ ③ の可能性についてはいつも多くが語られる( ① と ② に関しては是正が呼びかけられ、③ に関しては否定されるのが通常である)。一方、④ の可能性についてはほとんど言及されない。「ほとんど」というか「一切」言及されることがないと言ってもいいと思う。まるで考えてはいけないことになっているかのようである。

一番の理由は「単に分母が少ないから」では

 しかし、むしろ ④ こそが最大の要因ではないだろうか。当たり前だが人は普通、ある分野に一定以上の興味や関心がある場合に、それを深く勉強したいと思ったり、職業にしたいと思うのである。

 そして、それを職業にした人の中でも飛び抜けて高い意欲を持つ人(の一部)が飛び抜けて大きな成果をあげることができる、というのが世の中の道理であろう。それが「好きで好きでたまらない」からこそ寝食を忘れて没頭できるし、苦労も乗り越えられるし、同業者の中でトップに立つことができるのだ。

 ある分野の第一人者でありながら、「熱意はないが能力だけはある」という人物像など考えられるだろうか。「研究への熱意が薄いノーベル賞の受賞者」とか「映画への熱意が薄いアカデミー監督賞の受賞者」とか「野球への熱意が薄いメジャーリーガー」などいるわけがない。

 仮に数学や物理学や機械工学において男女の平均的な能力に全く差がないのだとしても、また ① と ② の問題が完全に解消されたとしても、もともと数学や物理学や機械工学に夢中になる女性の絶対数が男性と比べて少ないのであれば、その道に進む女性は変わらず少数派のままであろう。

 また、その中でも並外れて高い意欲と能力を持つ女性はもっと少ないはずであり、そうした分野で世界的に有名(例えばノーベル物理学賞やフィールズ賞の受賞者など)になる女性も変わらず超少数派のままであろう。個々の女性たちの自由な進路選択の結果としてそうした偏りが生じるのなら、それ自体は悪いことではない。

 「理工系に女性が少ない理由」について、メディアで発言したり書いたりする人たちの多くは研究者やジャーナリストなど頭のいい人たちである。彼らが私でさえ思いつく ④ の可能性に考えが及んでいないはずがない。
 
 だとすると「それを言っちゃうとおしまいだから」とか「日本ではまだ ① と ② の問題が十分には解消されておらず、今はそれを言う段階ではないから」ということで、あえて触れないようにしているのかもしれない。そうはいっても、こうした「より根本的な性差」について検討するそぶりすら見せないのは、(第1回で社会学者の山田昌弘についても書いたように)「真理(あるいは真実)の探究」を職業とする人の姿勢としてどうなのだろうか。
〈次回に続く〉



〈1〉「男女共同参画白書(概要版) 平成30年版」内閣府 男女共同参画局
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/gaiyou/html/honpen/b1_s05.html
〈2〉「女子が多い大学の学部学科ランキング 男女比はこんなに違う!」田舎ハック、2018.1.28
http://hukugyobaka.com/josiooigakubu-5899.html
〈3〉「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2015年調査の結果」内閣府 男女共同参画局
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r01/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-12.html
〈4〉「OECD 生徒の学習到達度調査 ~ 2015 年調査国際結果の要約~」文部科学省 国立教育政策研究所
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2015/03_result.pdf
〈5〉「世界・数学平均点の男女差ランキング」世界ランキング 国際統計格付センター
http://top10.sakura.ne.jp/OECD-PISA-T1C-DIFF.html#:~:text=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%BB%E6%95%B0%E5%AD%A6%E5%B9%B3%E5%9D%87%E7%82%B9%E3%81%AE%E7%94%B7%E5%A5%B3%E5%B7%AE%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&text=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%AD%A6%E5%B9%B3%E5%9D%87%E7%82%B9,%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%2D6.23%E7%82%B9%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

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