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舞台 「アリはフリスクを食べない2024」 観劇レビュー 2024/11/16


写真引用元:やしゃご 公式X(旧Twitter)


写真引用元:やしゃご 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「アリはフリスクを食べない2024」
劇場:劇場MOMO
劇団・企画:やしゃご
作・演出:伊藤毅
出演:海老根理、辻響平、佐藤あかり、椎名慧都、小島颯太、石橋亜希子、井上みなみ、緑川史絵、佐藤滋、尾﨑宇内、藤谷みき、岡野康弘
公演期間:11/14〜11/24(東京)
上演時間:約2時間10分(途中休憩なし)
作品キーワード:会話劇、家族、ヒューマンドラマ、マイノリティ、きょうだい児、考えさせらえる、シリアス
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆


劇団青年団に所属する俳優の伊藤毅さんが主宰する演劇ユニット「やしゃご」(旧:「青年団リンクやしゃご」)の公演を観劇。
「やしゃご」の作風は、平田オリザさんの提唱する現代口語演劇を元に、伊藤さん自身の兄が障がい者であったことから、きょうだいに障がいを持つ「きょうだい児」に焦点を当てた演劇作品が多い印象である。
私は「やしゃご」の演劇作品を観るのは2度目だが、今作も前回拝見した『きゃんと、すたんどみー、なう。』(2022年7月)も「きょうだい児」の苦悩を扱った作品となっている。
今回上演された『アリはフリスクを食べない2024』は、2014年に「やしゃご」の前身である「伊藤企画」の旗揚げ公演として初演され、2019年にも再演されており今回で3度目の上演となる。

物語は、都内郊外の2DKに住む知的障がいを持った兄の城田智幸(辻響平)と弟の城田歩(海老根理)の兄弟を中心に描かれる。
智幸と友人の西ゆかり(石橋亜希子)が智幸の自宅で二人でいる。
二人はしりとりをして楽しそうに遊んでいる。
智幸は弟の歩と同じ工場で働き始めたようである。
そこへ、弟の歩と歩の彼女の芹舞子(椎名慧都)がやってくる。
部屋で歩と舞子の二人になる。明日は歩が仕事休みなのでホテルに二人で出かけよう、智幸は仕事だしという話をしている。
しかし舞子は、両親から知的障がいを持つ兄のいる歩との結婚は反対されていて...という話である。

『きゃんと、すたんどみー、なう。』を拝見した時にも感じたのだが、本当に伊藤さんが描く「きょうだい児」として生きる日常の苦悩にリアリティがあって驚かされた。
ここまでの細かい描写は、「きょうだい児」としての経験がないと描けないだろうと思いつつ、そういった苦悩を演劇として落とし込むことで多くの観客にも追体験させることに上演の意義が凄くあると感じた。
誰だって知的障がい者を差別したいとは思わない。
それは先天的に生まれ持ってしまったものであって、障がいを持ってしまった人が悪い訳ではない。
しかし、いざ家族に障がい者がいたり、障がいを持った人と血縁関係になると決まった時に、どうしても差別することになってしまう。
そんな心理描写が舞子や歩から伝わってきて胸を打たれた。
今作は、「きょうだい児」を扱った作品であると同時に、家族ということについても考えさせる普遍的なヒューマンドラマだと感じた。
家族になるということは、運命共同体のようなもので様々な宿命を受け入れることだということを突きつけられた。
登場人物たちの劇中の台詞が刺さった。

また、出演者たちの演技力の高さには本当に驚かされた。
特に、知的障がい者の智幸役を演じた辻響平さんと、同じく知的障がい者の常田加奈子役の井上みなみさんの演技力に驚かされた。
「やしゃご」の作品には、いつもこうやって知的障がい者の役が登場するのだが、作品ごとに知的障がい者役をやっている俳優が違うので尚更驚かされる。
もちろん俳優たちが持つどんな役でも熟せてしまう演技力の高さもあるのだと思うが、ここまで知的障がい者の役の解像度を上げて演じ切れてしまうのは、伊藤さん自身の演出家としての腕もあるのだと思う。
伊藤さんはきっと障がいを持った方を沢山見てきていると思うので、その経験から演出に繋げているのだと思うが、一体どんな稽古をしているのだろうと気になってしまうくらいに惹きつけられるものがあった。

さらに知的障がい者の視点で今作を観ると、彼らにも他の人間と同じように人を愛したり家を持ったりしたいのに、それが出来ない苦悩があるのだなと思い色々考えさせられた。
今作を観劇していると、どうしても歩や舞子といった障がいを持っていない立場の人間にどうしても焦点がいってしまって感情移入して辛くなるが、そもそも家を建てたり好きな人と結婚する権利さえ与えられないような状況下に智幸や加奈子はいるのだなということも訴えかけられていて考えさせられた。

舞台空間は、「やしゃご」がそもそも青年団から派生しているというのがあるのと、上演された劇場MOMOが90席のキャパシティであることから、まるで今はなきこまばアゴラ劇場(以下アゴラ)で観劇している感覚に陥って良い時間を過ごせた。
2019年には今作はアゴラでも上演されていて、非常にアゴラと相性の良い作品だよなと思いながら観劇していた。

小劇場でとんでもなく不条理で胸が苦しくなる状況を喰らった感覚で精神的に疲れる作品だと思うが、「きょうだい児」の苦悩とは何なのかを追体験出来る貴重な傑作だと思うので多くの人に届いて欲しい。

写真引用元:ステージナタリー やしゃご「アリはフリスクを食べない 2024」より。(写真:坂内太)




【鑑賞動機】

以前『きゃんと、すたんどみー、なう。』を観劇して、「きょうだい児」の苦悩に触れることが出来たのと同時に、知的障がい者を演じる俳優たちの演技力に強く惹きつけられて印象に残った。今作は、そんな「やしゃご」の代表作ということで観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ピアノの音楽と共に暗転した後に明転する。都内郊外の2DKで城田兄弟の住まいである。知的障がいを持つ城田智幸(辻響平)はゴーグルをかけてゲームをしている。その横には智幸の友人の西ゆかり(石橋亜希子)がいる。西はスマホを見ながら、また近所で物騒な事件があったみたいだと話している。智幸はぶっきらぼうな返事しかしない。
智幸と西はしりとりをしながら楽しく遊んでいる。その後、智幸の好きなドラえもんの話をしたりしている。また、智幸は何やら緩衝材の一種と思われる黒い四角い物体の話をしたりする。西は苑子とについてよく知らず会話が噛み合っていないようである。
智幸は弟の城田歩と同じ工場で働いている。山本という人は好きでないけれど、社長には優しくしてもらっているようである。

そこへ城田歩(海老根理)と歩の彼女の芹舞子(椎名慧都)がやってくる。西は帰宅し、智幸も自分の部屋へ行ってしまう。歩と舞子の二人になる。
明日は歩が仕事休みだからどこか行こうと舞子は提案する。本当は明日は智幸も休みのはずだったのだが智幸は出勤したいと言うのだった。それは歩の話では、智幸が好意を抱いている加奈子が出勤する日のようだからである。
舞子は、歩と舞子の二人だけなのならホテルに行こうと提案する。そしてそのまま二人はベッドで抱き合う。

ある日の夜。飲み会帰りの一向が城田の住まいにやってくる。智幸の職場の社長の桜田かおる(佐藤あかり)、歩、同じ職場で工場の事務を仕切る仲村千春(小島颯太)が手に缶ビールの入った袋を持ってやってくる。どうやら智幸が歩の勤める工場で働き始めることになって、その歓迎会的な飲み会の後のようである。みんなお酒が入っていて、特に社長は酔っ払っているようだった。
三人は缶ビールを開けながら、智幸の給料のことについて話たりしている。歩としては会社の経営が難しい中智幸を受け入れて感謝しかないと言っているが、智幸の給料のことについては気にかけているようである。
そこへ、酒で酔っ払った歩の同僚の寺田茂(尾﨑宇内)と三上(佐藤滋)という男性が入ってきた。寺田は酔っ払って歩の家に行こうと思ったのに303号室に間違って行ってしまって、そこに住んでいる三上を連れてきたようである。二人ともお酒を持ってきている。
そんな感じで5人でガヤガヤと騒いだ後、寺田と三上と歩は外へ出ていく。社長と仲村だけになる。社長も夫を亡くした後で色々と抱えているものもあるらしく仲村に迫ってくる。仲村は必死でダメだと抵抗する。
そこへ智幸が部屋から出てくる。社長と仲村は驚いてイチャイチャを止める。智幸はどうやら台所へ薬を飲みに来たようだが、薬を飲まずに捨ててしまう。仲村も社長も城田の家を去る。
そこへ今度は三上が一人で城田の家へ侵入してくる。台所の換気扇のプラグを取り替えたりと怪しいことをしている。そのまま城田の家のテーブルでウイスキーを開けて飲み始める。そこへ智幸が部屋から出てくる。智幸は三上が勝手に上がり込んで酒を飲んでいてもお構いなしのようだった。

ある日の夕方、歩と西が二人で話している。どうやら先日智幸が職場でてんかんで倒れたようである。西は職場に智幸がいるタイミングで良かったと話している。誰も周囲に人がいない時だと大変だったと。そして智幸が倒れた原因は、智幸が薬を暫く飲んでいなかったからだと言う。前はしっかり薬を飲んでいたのに、どうして急に飲まなくなってしまったのだと西と歩は話している。
智幸が自分の部屋から出てくる。智幸はしばらく仕事を休んでいるようだった。来週には智幸の誕生日だし、それまでには回復して欲しいねなど話している。そこへ歩の彼女の舞子もやってくる。色々買い物して具材を買ってきたから食べようと。西は帰っていく。
城田の家に、歩、舞子、智幸の三人になる。台所に智幸と歩が立っている。歩は智幸に言う。歩と舞子がここで暮らし始めたら、智幸は施設に入ってくれと。舞子は、今智幸にここで言うのはやめてと歩を止める。しかし歩は、勢いよく立て続けに智幸にここから出ていって施設に行くように強く言う。

暗転して、智幸の誕生日会の直前になる。寺田と社長、そして智幸の職場で両思いの常田加奈子(井上みなみ)と、智幸が入居していたグループホーム職員の林保(岡野康弘)が智幸の誕生日会の準備をしている。加奈子は智幸に会えるのを楽しみにしていてハイテンションである。みんなで壁に輪飾りを飾っている。林は一人で面白いことをしていた。加奈子は、風船にレモン汁をかけるとどうなるかみたいなことを言っていて、周囲の人がポカンとしていた。寺田は智幸の誕生日のプレゼントとしてドラえもんぬいぐるみを用意していたようだった。
そこへ加奈子の母親の常田咲江(藤谷みき)もやってくる。そしていよいよチャイムの音がして、智幸たちが家に帰ってきたみたいなので、みんなで誕生日ケーキを持って智幸の部屋の方へと隠れる。林が残って家の明かりを消す。
智幸、歩、舞子、西が家の中に入ってくる。辺りは真っ暗だけれど、智幸の部屋の方から社長、加奈子、咲江と一緒にケーキもやってきて智幸の誕生日を祝う。そして智幸にケーキの蝋燭の明かりを消してもらってhappy birthdayを言う。明るくなる。
ケーキが登場したので、みんなでケーキを切って食べようという流れになる。加奈子の母の咲江は、なんて温かい人たちなのだろうとつくづく感動している様子だった。
智幸の部屋からクラシック音楽が流れていて、智幸はドビュッシーと言うが、これはモーツァルトだと言う。
みんながケーキを食べ始めた時に、智幸に誕生日プレゼントだと大きめのプレゼント箱を渡す。智幸はプレゼント箱を開ける。中にはシルバニアファミリーのようなおもちゃのお家が入っていた。加奈子が非常にそのお家を欲しがっているが、加奈子も誕生日の時にプレゼント買ってあげるねと約束する。
智幸はおもちゃのお家ではなく、レオパレスみたいな本物のお家が欲しかったらしく、あまりおもちゃには興味を示さずに落ち込んで自分の部屋に行ってしまう。

智幸がいなくなった途端に、歩はみんなの前で自分と舞子がこの家に住むことになって、智幸は施設に入ってもらうことになったと告げる。社長たちは驚いてどうしてそんな選択をと驚く。社長は、舞子はつい最近この家にやってきた立場なのに、智幸を追い出すこと自体おかしいと反論する。
しかし舞子は激怒し、そもそもこんな家自体がおかしいと言い始める。両親には智幸と一緒に暮らすことに反対されているんだと。だから智幸には施設に入ってもらって、歩と二人でここで暮らすのだと言う。
そこから舞子・歩と社長たちで取っ組み合いになる。歩は、どれだけ智幸のことで我慢してきたか、もう限界だと言う。両親が亡くなって、どれだけ智幸のことを面倒見てきたことかと。
その時加奈子の母である咲江が口を挟む。仕方ないんですよと。神様は凄く意地悪で平等には私たちを扱ってくれないんだと。受け入れるしかないのだと咲江は言う。
そのまま咲江は続けて、咲江自身実は癌を患っていると言う。加奈子は「ガーン」と楽しそうに言って咲江に抱きついてくる。そういう事情も受け入れるしかないのだと。それまで加奈子を見守るしかないと。
加奈子は急に智幸とセックスをしたいと言い出す。ダメだと咲江は強く言う。加奈子はどうしてもしたいと駄々をこねて智幸がいる部屋へと行ってしまう。それを強制的に止める咲江、加奈子の泣き叫び声が聞こえる。咲江は泣き喚く加奈子を引っ張り出して智幸の家から出ていく。
それに続いて、社長や林、西たちも出ていく。

部屋に歩と舞子だけが残る。そこへ玄関のチャイムが鳴り、陽気な寺田と女性(緑川史絵)が入ってくる。女性は手にYouTuberがよく持っているような自撮り棒の小型のものを持っている。
寺田と女性は、この歩と舞子がいる所でYouTubeの実況配信を始める。風船にレモン汁をかけると風船が割れるかという実験である。女性はスマホで動画を撮りながら、寺田は風船にレモン汁をかけ続けている。
その光景に対して舞子がキレる。早くここから出て行ってと。そして二人に向かってケーキを投げつけてくる。女性はなんなんだこの女という顔をしながら寺田と一緒に部屋を去っていく。
再び舞子と歩の二人きりになる。歩は舞子に語る。小学生の時、友達と一緒に下校していて、その時兄に絡まれたことがあった。みんなヘラヘラ兄のことを笑っていて、歩は自分の兄であることを言えなかった。友達に、誰?知っているの?と聞かれても知らない人と答えてしまったと言う。
しかし舞子は、そのことは前も聞いたよと言ってくれる。歩はちょっとタバコ吸ってくると言って家から出ようとする。舞子はタバコ?と聞き返す。歩は、舞子に言っていなかったなと言いながら去ってしまう。舞子は一人で自分のお腹をさする。

暗転して朝になる。部屋の智幸の誕生日会の飾りつけはそのままになっている。部屋には歩と西がいる。西は歩に出生前診断をしないのかと言われる。歩はしないと答える。そのまま歩は出ていく。
部屋から智幸が現れる。智幸は誕生日会の飾りつけを剥がそうとする。西にはそこはやらなきくても大丈夫だよと言われる。
ドビュッシーが流れている。智幸と西で二人でしりとりを始める。しかし智幸はしりとりを「リボン」と言って「ん」で終わらせてしまう。西はこのまま智幸と結婚しちゃう?と言うが、智幸はやだと断る。智幸はゲームを始める。ゲームは一人しか出来なくて西は退屈そうである。ここで上演は終了する。

伊藤毅さんの戯曲らしくて強度があって心に強く突き刺さった。社長たちは同じ職場に知的障がい者がいるとはいえ、家族に智幸や加奈子がいる訳ではない。だから、知的障がいを持った人に対してそんな差別的な態度を取るなんてと思っているかもしれないが、実際家族に持ったら違うんじゃないかということも考えて欲しいと観ていて感じた。
だからこそ歩の苦悩や舞子の意志にずっと共感していた。もちろん多くの人は、友達だったり街中で見かけた知的障がい者にだったら優しく接するはずである。しかし家族となると運命を共にしなければならない。そこは大きく違うよなと思いながら観ていた。
智幸のレオパレスが欲しいと言う発言や、シルバニアファミリーの家に落ち込む感じ、加奈子の智幸とセックスしたいと言う発言から、知的障がい者たちにももちろん個人差はあると思うけれど、普遍的な人間の欲求が備わっている。それが障がいのために叶えさせてもらえないという辛さがあるのだなと見ていて感じた。
いくつか脚本の中で疑問に思った部分もあるので、残りは考察パートに記載しようと思う。

写真引用元:ステージナタリー やしゃご「アリはフリスクを食べない 2024」より。(写真:坂内太)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

「やしゃご」がそもそも青年団から派生した演劇ユニットというのもあって、『きゃんと、すたんどみー、なう。』以上に現代口語演劇を感じたし、小劇場であったから尚更アゴラで観劇している錯覚に陥った。そのくらい澄み渡って上質な会話劇に感じられた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には城田家の2DKのアパートがそのまま具象舞台として仕込まれていた。下手側には台所があって流しと冷蔵庫がある。その頭上には換気扇があって三上がコンセントを入れ替えた場所である。その奥には玄関やトイレに通じる扉がある。
ステージ中央にはダイニングテーブルがあって、その周囲に複数の椅子が置かれている。このダイニングテーブルでケーキが切られて振る舞われたり、智幸の歓迎会の後にみんなで缶ビールを開けたりしていた。
上手側はリビングになっている。ベッドが奥に置かれていて、手前側にはテレビが置かれている。ちゃぶ台のような小さいテーブルもあって、三上はここで一人でウイスキーを飲んだりしていた。ベッドは、序盤に舞子と歩がイチャイチャしたり、社長と仲村がキスをしようとしたりするベッドである。
その奥には智幸の部屋とされる場所へ向かうための扉と通路があった。扉を開けると上手側に伸びる廊下になっていた。
具象舞台なので、絶対この場所は城田家のアパートであろうと思いつつ、智幸の歓迎会の後のシーンでは普通に智幸の会社の人たちが沢山登場するので、城田家のアパート以外の場所の設定ではないかと疑うなど若干混乱した。しかし、会話を追っていくと城田家のアパートだなと確信できたので良かった。具象舞台でなかったら場所はどこだろう?とさらに混乱していたかもしれない。
あとは、『きゃんと、すたんどみー、なう。』を観劇した時も思ったのだが、「やしゃご」の舞台セットの作り込み方は非常に良いよなと思う。割と新しめの作りで全体的に小綺麗なのが特徴で好きだった。再現度が高くて、キッチンも冷蔵庫もみんな本当に使われている感じがあったし、特に扉の向こうと通路の構造も好きだった。

次に舞台照明について。
派手な舞台照明はないけれど、ちゃんと時間帯が照明の変化によって分かるのが非常に良いなと思った。日中の照明、夜の時間の照明、夕方の時間の照明、朝の時間の照明と全ての時間帯が登場するが、説明がなくてもしっかりと伝わってきた。
特に夕方の照明は好きだった。ベッドとテレビのあるリビングに向かって夕日が差し込む感じが凄く好きだった。その夕日が、その後のことを暗示しているようにも感じた。

次に舞台音響について。
ピアノの音楽が至るシーンで流れるのが良かった。もちろん暗転や場転のタイミングで流れる音楽も効果的だったが、智幸の部屋から音楽が聞こえてくるのが好きだった。特にクラシック音楽が多くてモーツァルトが流れたり、ラストでは智幸が勘違いしたドビュッシーの『アラベスク』が流れているのも良かった。
その他に、チャイムの音や遠くで聞こえてくるアパートの階段を駆け上ってく音とか絶妙な効果音も入っていて印象に残った。

最後にその他演出について。
今作は比較的性的な描写も多かったなと感じた。ベッドの上で舞子と歩が抱きしめあったり、社長と仲村も抱き合っていた。「やしゃご」の作品はまだ『きゃんと、すたんどみー、なう。』と2作品しか観ていないけれど、割とどちらの作品もそういった性的描写が多いような気がした。そして知的障がい者同士の恋愛も描くことで、より普通の人間と知的障がい者の人間を対比的に描いているからこそ残酷に感じるものがあった。
また、終盤は必ずお互いに大声を出し合ってカオスな展開になる山場が作られるんだなと感じた。個人的には結構甲高い声で喋るシーンが長めにあるので若干のキツさを感じたが、テーマ的にもこの方が心にグッと刺さるのかもしれないと感じた。
「きょうだい児」を扱う物語というのは、別に演劇で上演する必要はなくて映画でも十分成立するのではと途中まで思いながら観ていたが、役者同士の取っ組み合いや甲高い声量による熱量を感じられるからという意味以外にも意義があるなと感じた。それこそ現代口語演劇を上手く活用している所かなと思っていて、日常を描く際にどうしても同時発話は重要なエッセンスになると思っていて、それを劇中で表現することで演劇でしか表現できないものを描きつつ、知的障がい者が日常にいる環境というのはこういうものだというリアリティに説得力を持たせているのかもしれないと感じた。

写真引用元:ステージナタリー やしゃご「アリはフリスクを食べない 2024」より。(写真:坂内太)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

青年団、俳優座に所属する俳優を中心とした出演者陣で、知的障がい者役を演じた辻響平さん、井上みなみさんを中心にどの役者も演技が素晴らしかった。アゴラで現代口語演劇を観ているかのような錯覚を覚えたのも、役者たちの演技の素晴らしさもあってだと思う。
特に素晴らしかった役者さんを何人かピックアップする。

まずは、知的障がい者役の城田智幸役を演じた「かわいいコンビニ店員飯田さん」所属の辻響平さん。辻さんの演技は、ムシラセ『ナイトーシンジュク・トラップホール』(2024年7月)、やしゃご『きゃんと、すたんどみー、なう。』(2022年7月)と2度拝見している。
辻さんは『きゃんと、すたんどみー、なう。』にも出演されていたが、その時は知的障がい者役ではなく研究者的な立ち位置の役を演じていたので、今作で初めて辻さんの知的障がい者の演技を拝見したが、本当に身振りや話し方までらしくて驚いた。こんな再現度で演技が出来てしまうのは、辻さんの演技力の高さと伊藤さんの演出力があってこそなんじゃないかと思う。他団体でここまでの再現度は追求出来ないのではないか。
話し方も口を小さく開けながら早口で喋る感じとか、そういった方々を細かく観察していないと表現出来ない点も演技に反映していて素晴らしかった。
また、直接的に言葉にはしていないけれど、智幸だって好きな人と一緒に二人で暮らしたいという願望が垣間見られて凄く切なくなってくる。それを直接的に表現することは障がいを持っている以上出来ないけれど、感情としては他の人間と同じように、人を好きになって結婚して幸せに暮らしたいのだというのが伝わってきて胸が苦しくなった。
そんな心情までも伝わってくる辻さんの智幸の演技は素晴らしかった。

次に、同じく知的障がい者の常田加奈子役を演じた「青年団」所属の井上みなみさん。井上さんの演技は、青年団『S高原から』(2024年4月)、果報プロデュース『あゆみ』(2022年10月)、やしゃご『きゃんと、すたんどみー、なう。』(2022年7月)、青年団『東京ノート』(2020年2月)と4度拝見している。
井上みなみさんも辻さんと同様で、知的障がい者の役としては初めて拝見したのだが、本当にその再現度が高くて井上さんの演技力も伊藤さんの演出力も素晴らしいなと思う。
知的障がい者ということで、精神年齢が凄く幼いからこそどうしようもない愛おしさを感じる。どうか不幸せにはなって欲しくないと思ってしまう。だからこそ、母の咲江が癌を患っているという言葉を聞いた時、背筋が凍るような思いをした。それに対して加奈子が「ガーン」と楽しそうに言う姿にも絶望を感じた。ことの深刻さを分かっていない、分かることが不可能な加奈子と、母が癌によって今のように加奈子の面倒を見れなくなってしまった時のことを考えたら、本当に胸が痛くなった。
そして智幸と同じように、やはり加奈子も智幸と一緒にいたいんだな好きなんだなと言うのが伝わってきてグッとくる。智幸と比較すると、加奈子の方が自分の感情に正直でストレートに伝えてくる感じがある。「セックスする」とはっきり言っていたし。精神年齢は幼くても、普通の人間と同じように恋愛感情は年相応に芽生えて、そのギャップに非常にストレスを感じているんじゃないかと思う。
そんな苦しい感じがストレートに伝わってきて観ていて苦しかった。

智幸の弟である城田歩役を演じた海老根理さんも素晴らしかった。海老根さんもやしゃご『きゃんと、すたんどみー、なう。』で演技を拝見している。
なんと言っても終盤の智幸の誕生日で、自分がずっと我慢してきたことを大声でぶちまける演技に圧倒された。割と歩に対しては感情移入しやすいと思う。両親が亡くなってしまって、弟である歩がずっと智幸を支えてきた。智幸のせいで自分の人生も翻弄される、そんなのはもう懲り懲りだったと思う。歩が勤める工場は知的障がい者の就労には理解があって、社長の桜田は率先して智幸を雇い入れてくれた。智幸に癲癇が起きても、職場の人が支えてくれた、はたから見たら非常に良い職場に感じるかもしれない。しかし、もしかしたら歩にとっては、知的障がい者には理解を示して対応しないといけないという同調圧力みたいなものに疲れてしまっていたのかもしれない。職場の人たちは職場でしか智幸と会わないので、まだ他人として優しく接することが出来るのかもしれないが、歩にとっては家族である。常に日常生活に歩がいる。それを嫌がったら社会的にも批判されるからグッと我慢していたのだと思う。
しかし舞子との結婚になって舞子の家族に受け入れてもらえず、よりその感情に火がついたのだと思う。本当に「きょうだい児」という立場を考えさせられる役柄だと感じた。そしてそんな感情を掻き立てる名演技をした海老根さんは素晴らしかった。

芹舞子役を演じた「俳優座」の椎名慧都さんの演技も素晴らしかった。椎名さんの演技は初めて拝見する。
知的障がい者とは無縁そうな家庭で生まれ育った女性という感じがあって、今作ではそんな所から色々考えさせられた。だからこそ舞子の両親は知的障がい者に対して理解がないのだと思う。むしろ親戚にそんな人を迎え入れるなみたいな姿勢が強いのだと思う。
考察パートでも触れるが、最後舞子と歩の間に生まれてくる子供についての描写もある。歩の小学校時代に兄の智幸のことを知らない人扱いしたことを舞子には何度も話している。歩は家族だからというだけで、知的障がいを持つ兄の智幸の面倒をずっと見続けてきた。それを放置したら社会的にも批判されるから辛くてもずっと我慢してきた。その捌け口と理解者がきっと舞子だったのだろうなと想像できる。舞子はきっと、そんな孤独な歩にとっての一番の理解者だったのではないかと思う。
しかし、舞子は歩がタバコを吸っていたことは知らなかった。歩がタバコを吸いに行くときに、え?というリアクションを取った後に自分のお腹をさする描写が印象的だった。タバコは妊娠に害を与えるものである。産まれくる子供に何かあったらどうしようと未来を案ずる姿に見えて感情を揺さぶられた。タバコがきっかけでこの二人の関係に亀裂が入ってしまうのかなとか、そんなことを思った。
さらに、一番ラストのシーンで歩が出生前診断を受けないと言い張っているのもモヤモヤした。産まれてくる子供に何があるかわからない、知的障がい者を持つ家庭は知的障がい者が産まれてくる可能性が高いというのもある。歩はきっと産まれてくる子供に障がいがあると分かったら、舞子の両親からは結婚をより反対されてしまうから怖くて出来ないのだと思う。
しかし舞子は非常に産まれてくる子供のことが心配なのだなと思っていて、そこで夫婦間に温度差を感じてしまってモヤモヤするラストに感じた。

写真引用元:ステージナタリー やしゃご「アリはフリスクを食べない 2024」より。(写真:坂内太)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは今作の戯曲の考察を12人の登場人物たちにフォーカスを当てて考察していく。

まずは知的障がい者の城田智幸にフォーカスを当てる。智幸を見ていると、自分は知的障がいを持っていて他の人とは違って特別だけれども、他のみんなと同じように生きていきたいというものを感じる。
誕生日プレゼントでシルバニアファミリーみたいなおもちゃのお家をもらったとき、明らかに彼は傷ついた様子だった。きっと言葉には表せないけれど、自分を子供扱いして欲しくないし、他のみんなと同じように好きな人と結婚して一緒に暮らしたいのだと思う。歩に舞子という婚約者が出来たのだから尚更である。
私は身の回りに知的障がい者がいないので、身近にそう言った人がいるとそういう言動に走るのだと色々考えさせられた。尚更、智幸のような存在を傷つけないためにもどう周囲の人間は対応したら良いのかということについて考えさせられた。

弟の城田歩については色々と感情移入させられた。両親も早くに亡くなってしまって、ずっと智幸の面倒を見てきた。きっと智幸の元を早く離れたいという気持ちはずっとあって我慢していたと思う。「きょうだい児」でなければ、自分はどんなに幸せな人生を送れたのかとかずっと考えていたと思う。しかし、社会的に智幸を放置することは許されない。そんな苦痛をずっと抱え込んできたと思う。
そんな中で、唯一の理解者は舞子だったに違いない。歩は、智幸のことを無視してしまったこととか舞子に話していた。その苦悩をずっと抱えていたけれど罪悪感があって誰にも話せなかった。そんな自分をきっと舞子は許してくれていたと思うから。
歩にとって舞子との生活は、今の生活からの逃亡に近いのかもしれない。もう智幸の面倒を見るのはうんざりで、舞子と一緒に幸せで普通の家庭を築きたいのだと思う。だから、舞子のような普通の家庭に育った人を好きになるのだと思う。
しかし、知的障がい者を親戚に持った家系は、再び知的障がい者を産んでしまう可能性が高い。歩もそれを知っていて、出生前診断をやる勇気がないのだと思う。逃れようとしても逃れられない運命をそこに感じる。
伊藤さん自身も「きょうだい児」で、きっと歩を自分と重ねて描いたのかななんて思うと、そこに作品の深みを感じる。

芹舞子は、一般的な家庭に育って産まれ、こんな城田家のような家庭に嫁いでしまうことになった。もしかしたら舞子は、あまり親戚に知的障がい者がいるということが何を意味するのか知らなかったのかもしれない。いざ妊娠してしまって両親に挨拶に行ったら、結婚を反対され智幸と一緒に住むなと言われてしまった。他人として知的障がい者に接するのと親戚になるとでは感覚は違うというのを感じさせられる。
舞子は、あの智幸の誕生日会を経て何を思ったのだろうか。何がなんでも結婚したら歩と一緒に住んで智幸を施設に預けてひと段落としたかったのかもしれないが、そうはいかないということを痛感したのかもしれない。そして産まれてくる子供に何も障がいがなければ良いが、そんな不安を案じる姿が印象的だった。

西ゆかりは、城田兄弟と幼馴染でよく城田家に来ていた。個人的に思ったのだが、西自身も智幸や加奈子ほどではないが、どこかに知的障がいを抱えているのではないかと思った。普通の成人女性だったら、幼馴染でも智幸のことを相手にしないような気がする。智幸に惹かれて一緒にしりとりをして楽しめるということは、どこかに発達障害があるのではと思ってしまった。
そんな西には智幸は惹かれない。智幸だって一人の人間で、自分の好きな人と家庭を築きたいのだと思う。

桜田かおるは、城田兄弟が勤める工場の社長で知的障がい者にかなりの理解がある。最近夫を亡くしたようで寂しさを感じている部分もあるから仲村にくっついてきたりする。
桜田自身は、そんな知的障がい者にも就労の機会を与えていることに仕事の意義を見出していそうである。だからこそ、歩や舞子のような知的障がい者を手放すような態度が許せなかった。しかし、職場に知的障がい者がいるのと家族にいるのとでは訳が違うよなと思う。もちろん職場でそういう人々を受け入れるのは凄いと思う。それすら出来ない会社は多いと思う。しかし、だからってその価値観を押し付けるのも違うよなと歩との対立を見ていて思った。

仲村千春は、城田兄弟の勤める工場を仕切っているが、桜田と同じく知的障がい者の就労に理解はあると思う。しかし、給料などを調整する立場として色々板挟みになる立場で大変だろうなと思う。

寺田茂は、いつも酔っ払ってばかりでイベントが好きで調子の良いことしかしないので、逆に苛立ちを覚える。間違って違うアパート部屋に行ってしまうし、誕生日会のあの修羅場の後にあのテンションで乗り込んでくるし。悪気はないけれど喝を入れたくなる。舞子がケーキをぶん投げるシーンにグッときた。

林保は、吃音症を抱えていそうでうまくものを言えない印象で、この人も知的障がい者なのかなと思ったが、グループホームの職員だった。林が最後に放った言葉が印象的で誰が悪い訳でもないんだよなと思う。

常田加奈子は、智幸のことが好きであることが滲み出ていて愛おしい。だからこそ智幸と結ばれることがない光景を見ていると胸が痛くなる。それはまるで、結ばれぬラブストーリーを見ているかのようだった。

そして母の常田咲江は自分自身が癌にかかってしまって、娘の加奈子の面倒を見れる期間がそこまで多くないという事実があるのが辛い。きっと咲江も加奈子の母として色々なことを我慢してきて苦労していると思う。仕方ないのですよ、それが運命なのだから、神様は決してみんなに平等に幸せを与える訳ではないという言葉が非常に胸を突きつけられる。ずっとこの宿命を背負ってきた人の言葉だなと思う。そう割り切って加奈子を支えてきたのだと思う。
しかし加奈子が智幸とセックスさせる訳にはいかなかった。もし妊娠してしまったら大変なことになってしまう。咲江自身の命も危ういというのにとても面倒を見切れない。加奈子にとってそれは強く望むことなのかもしれないけれど、決してそうさせる訳にはいかない。なかなか辛いシチュエーションだった。

最後に、303号室に住む三上と女性がなぜ登場したのか謎のままだった。彼らは果たして今作にどういった意味を持つかよくわからなかった。
まず三上は言動についてもよくわからない。勝手に城田家の家に上がり込んで、換気扇のコンセントを取り替えたり、ウイスキーをまるで自分の自宅のように飲み始めたり。知的障がい者がいるからここの家には隙だらけでやりたい放題と思っているということだろうか。三上はネット転売で食べているらしく定職に就いていない。非常に怪しい役だったが、いまいち本シナリオとの関連が分からなかった。
女性に関してもよく分からなかった。ユーチューバーはいつも呑気で、人が苦労している場を空気も読めず入ってきてくだらないことをする存在だと批判したいのだろうか。普通に観客として観ていたらユーチューバーの存在は目障りだが、そういった描写を入れる意味はよく分からなかった。

「やしゃご」の伊藤さんの作品を観劇するたびに、色々と勉強にもなるし、リアリティを持って不条理を描いてくるので、そんな世界もあるのだなとか思ってしまう。きっとこの作品を観ただけで、今後の社会の見え方が違ってくるような気がする。

写真引用元:ステージナタリー やしゃご「アリはフリスクを食べない 2024」より。(写真:坂内太)


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