舞台 「ドードーが落下する」 観劇レビュー 2025/01/12
公演タイトル:「ドードーが落下する」
劇場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
劇団・企画:劇団た組
作・演出:加藤拓也
出演:平原テツ、金子岳憲、秋元龍太朗、今井隆文、鈴木勝大、中山求一郎、秋乃ゆに、安川まり、諫早幸作
公演期間:1/10〜1/19(神奈川)、1/25〜1/26(大阪)、2/8〜2/9(三重)、2/15〜2/16(茨城)
上演時間:約2時間(途中休憩なし)
作品キーワード:青春、マイノリティ、シリアス
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
第67回岸田國士戯曲賞を受賞した、昨今では映画監督や海外でも活躍されている劇作家の加藤拓也さんが主宰する「劇団た組」の公演を観劇。
『ドードーが落下する』は、2022年に初演されて岸田國士戯曲賞を受賞した作品でもある。
その作品が今回大幅改訂されて再演された。
私は、初演時の『ドードーが落下する』(2022年9月)も観劇しており、加藤さんの作演出作品は『いつぞやは』(2023年9月)、『綿子はもつれる』(2023年5月)、『もはやしずか』(2022年4月)を、加藤さん演出作品は『カラカラ天気と五人の紳士』(2024年4月)、『ザ・ウェルキン』(2022年7月)を観劇したことがある。
物語は、夏目(平原テツ)というお笑い芸人を目指す男性の話し声から始まる。
夏目は友人と電話をしながら、「心」という漢字の象形文字について語っている。
賢(金子岳憲)というお笑いコンビの相方がやってくる。
賢は最近介護の仕事を始めたようである。
介護士をしながらお笑い芸人を目指した方が、生活も安定するし介護士としての経験がネタにも生きてくるかもしれないからと。
夏目は学生時代からの友人たちとカラオケボックスで楽しんでいる。
夏目は酒を飲まされ過ぎてしまい、そのまま寝てしまって友人たちに運ばれる。
しかし夏目は徐々に日常生活に支障を来たすほどに精神疾患が悪化していき...というもの。
事前に今回の上演では、初演版を大幅に改訂すると告知されていたので、果たしてどの程度改訂されているのかと期待しながら観劇に臨んだ。
ストーリーのベースとなる部分やエピソードは変わっていないのだが、演出や脚本の構成に関しては大きく変わっていて初演時とは全く違う印象を受けた。
まず、初演版では藤原季節さん演じる信也を主人公として、その主人公から見えた統合失調症の夏目を描いていたのだが、今回の再演版では主人公は夏目であり、夏目を中心としてそれ以外の登場人物を脇役として演出していた点に違いがあった。
そうすることによって、より夏目が閉塞的で周囲から孤立している印象を強める上演になっているように感じた。
ただこの観せ方は、初演版を知っている、もしくは戯曲を事前に読んでいるからこそ面白さを感じることが出来る気がして、事前に予習をせずに今回の上演を初めて観た方にとっては混乱する演出だったのではないかと感じた。
夏目が統合失調症患者で、薬も飲まず症状が悪化しているという前提を何も知らないまま、次にどんな展開が起こるのか分からないまま観ていると、ただ脈絡のない会話劇が続いていくような感じで楽しめるのかどうか疑問だった。
初演時もそうだったのだが、この作品はやけにどんよりと重たい空気感が全体的に蔓延る演出になっていて、誰かが盛り上げようとしてもどこか虚しさが残って、観客の心も物語終盤になるまでエンジンがかからず退屈してしまう感じがある。
そして今作ではその退屈さがより助長された感じがあって、ストーリーを知らない初見の観客であったらより没入感が弱くなって退屈に感じてしまうのではと思った。
舞台装置も、初演時はミニチュアのような建物やビニールプールなどのセットが素の舞台に点在するような開けた世界観だったが、再演版では下手から上手まで頑丈な壁のようなもので囲まれて閉塞感があった。
物語終盤まで来れば、この舞台装置を使って何をしたいのか分かってくるのだが、序盤の劇場のシーンだったりカラオケボックスのシーンだったり、外のシーンで同じ舞台セットで上演されていると、舞台セットがあまりにもシチュエーションと違いすぎるので、あまり物語が入ってこないのではないかと感じた。
役者陣は、まだ開幕したばかりで全体的に上手く空気感を作りきれていない感じがあった。
そもそも虚しい空気感を意図的に作り出している部分はあるように思うが、特にカラオケボックスのシーンは、まだ全体的に空気感を作り込めてない印象の方が強く出てしまっていて、観客的にも観ていてあまり乗れなかった。
この部分に関しては、上演を重ねることによってブラッシュアップされる部分のような気もするので公演期間の後半になれば仕上がってくる可能性もあるかもしれない。
総じて、私は初演版の『ドードーが落下する』の方が好みであったし、統合失調症の夏目に対して冷酷に接してしまう信也に感情移入してグサグサ心を締め付けられて印象に残った作品だったので、その分満足度は下がってしまった結果になったが、同じ演目に対して演出を全く変えて再演に挑戦する加藤さんの意志は賞賛したいし、今後のご活躍も楽しみにしている。
【鑑賞動機】
初演時に『ドードーが落下する』を観劇していたので、同じ形で再演するのなら観には来なかったかなと思った。しかし、大幅改定して上演されると聞いたのでチケットを取ることにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
夏目(平原テツ)は誰かと電話をしているかのように一人で話しながらステージ上を徘徊する。話の内容は、夏目が「心」という漢字の象形文字が男性の性器に似ているのではないかという話だった。電話越しの相手は、その話の内容に戸惑っているようで話が通じていない様子だが、夏目は必死で「心」の象形文字は形が似ていることから、男性の性器から来ていると訴えている。
賢(金子岳憲)が登場する。賢は夏目とお笑いコンビを組んでいる相方だった。賢は、お笑いを続けながら介護士として仕事を始めることにしたと夏目に告げる。介護士として働きながらお笑いを目指した方が、もちろん金銭的にも安定するし、介護士の経験がお笑いのネタにも活きてくると語る。
そこから、賢は介護士の仕事をしていてマットレスで寝たきりになっている人が頭をぶつけた事実をネタにして二人で笑い合っている。
夏目の元に芽衣子(今井隆文)がやってくる。芽衣子は夏目が何も働かずにずっと売れないお笑い芸人をやっていることに嫌味を言う。夏目は、それは自分の面白さに世間がまだ気づいていないからだと言う、早く自分を見つけてくれと。
夏目と賢と、劇場の支配人である信也(秋元龍太朗)で話している。夏目と賢の二人の笑いコンビはここでネタを披露したらしい、夏目と賢のコンビ以外にもお笑い芸人がネタを披露したようで、40人観客が入ったうちの4人が、夏目たちが呼んだ客だった。今のままだと打ち上げで売り上げはおじゃんになるレベルだった。夏目たちは、信也に前のコンビのネタが長かったなどと色々ネタに対する意見などを議論している。
そこから、一気に信也、鯖江(今井隆文)、庄田(鈴木勝大)、原(中山求一郎)、大江(秋乃ゆに)、藤野(安川まり)が登場し、カラオケボックスのシーンになる。
夏目は上半身裸になって、T.M.Revolution「HOT LIMIT」のメロディだけ流れる。しかし大江が夏目に酒を飲ませて泥酔させてしまう。そしてそのまま大江と夏目はキスをしてしまう。それを見た原は、夏目が大江とキスしたことを嫉妬したらしくやけに憤慨している。
そのまま夏目は泥酔して眠ってしまう。深夜の3時になり、原だけが帰ってしまう。そのまま朝になってみんなで蕎麦でも食べるかという流れになるが、夏目が起きないので、みんなで夏目を担いで行かないといけないねと言うのと、原はお金も払わずに先に帰ってと苦言を呈していた。
信也、庄田、鯖江たちは眠っている夏目を抱えながら夏目の家に向かって彼を運んでいく。
飲食店のホール、バイトリーダーの坂本(諫早幸作)がやってくる。アルバイトには新しく入った夏目ともう一人新人で若い沙良(秋乃ゆに)がいた。坂本はまずは自己紹介と夏目に自己紹介させる。夏目は自己紹介の中で、自分がお笑い芸人を目指していることを言う。坂本は夏目がお笑い芸人を目指していることを知って面白がり、夏目にネタをやってくれないかと頼む。夏目は小便のネタをその場で披露する。その場は白けて、坂本は終わり?それだけ?と言う感じの拍子抜けしたリアクションをする。
再び劇場で、夏目と賢と信也が話している。そこへ信也の元カノの坂口(安川まり)がやってくる。坂口は酔っ払っている状態で信也に絡んでくる。信也は別れた直後なのに、そうやって自分のいる近所にやってきてしまうのなんなのだと彼女を説教する、そういう所だぞと。そこから坂口と信也で喧嘩になってしまい、そのまま坂口は帰ってしまう。
その後、夏目の様子がいつもより変になっていた。カテゴライズの話をずっとしていて、賢も信也も夏目が何のことを話しているのか全く理解できなかった。
その後、夏目が小田急線の駅のトイレで寝ているのを発見されてSNSで拡散されてしまいネット上で騒然としていた。賢は、ネットでお笑い芸人の夏目が駅のトイレで寝ていたと話題になっていると夏目に伝える。
夏目は、飲食店のバイト先で伝票をずっと見てまごついている。そこにバイトリーダーの坂本がやってくる。何度シフトに入っても仕事を覚えない夏目に向かって坂本は叱る。お前、どうやって今まで生きてきたんだと。お前何歳だよと。それじゃあ回鍋肉冷めちゃっているだろうと、作り直せと坂本は夏目に言う。
坂本は沙良と話す。夏目は本当に使えないと。沙良は坂本に今度海に遊びに行きませんかと提案する。しかし坂本は、夏目に店を任せて海に行けないと言う。店が回るか心配すぎて、バイトリーダーだとそういうことも気になってしまうと。そしてなぜかその会話を夏目も聞いている。坂本はまた夏目に叱る。夏目は海へ遊びに行く話を聞いている場合じゃないだろうと。そこへ沙良が、夏目も海に一緒に遊びに行かないかと誘う。夏目も海に一緒に行くことになる。
夏目、坂本、沙良は着替えて海に出かける。坂本と沙良は二人で海ではしゃぐ。しかし夏目は海に行って溺れてしまい帰ってくる。夏目を助けると、夏目は意味の分からない会話を坂本と沙良にしてくる。坂本も沙良もよく分からず首を傾げている。夏目が去ると、沙良は夏目が変な人だと言うので坂本は元から変だったと答える。
夏目は自宅に帰り、芽衣子が横にいる。芽衣子は、夏目の名前で携帯電話の契約が2つなされていて請求が来ていることに激怒する。夏目はなぜ2つも携帯電話を契約しているのか知らないと言うが、芽衣子は夏目名義で契約されているのであなたのせいでしょと強い口調で言われる。
夜、夏目は外で一人で「セイコウショウ」と叫んでいる。近隣の住人から「うるさいから黙れ!」と言われ続ける。しかし夏目は、近隣の住人からそのような仕打ちを受けるのがドッキリ企画の一部だと勘違いしてしまい、そのまま「セイコウショウ」と叫び続ける。
夏目と賢の二人のシーンになる。夏目は、「セイコウショウ」と叫んでいたその後、警察に連行されたようである。そのことを話している。そして賢は実は結婚することになったと言うことを夏目に報告する。そして、結婚を機にお笑い活動をやめて介護士一本でやっていくことを決意したと夏目に言う。
夏目に関しては、実は妻の芽衣子と離婚したと言う。そして夏目は、ずっと精神疾患を抱えていたことを賢に告げ、最近は薬を飲んでいなかったから悪化してしまっていたことを言う。賢に、妻は夏目が精神疾患だったことを知っていたのかと聞くと、夏目は自分が精神疾患だったことを言っていたら芽衣子は絶対結婚してくれなかったと言う。
夏目は気の知れた友人たち(賢、信也、鯖江、庄田、原、大江、藤野)とカラオケに行く。原がずっとカラオケで歌っている間に、夏目は賢と信也と話している。夏目は信也にも自分が精神疾患を持っていること、そしてしばらく薬を飲んでいなかったが故に悪化していたことを告げる。すると信也は夏目に、その病気のことをカミングアウトしてユーチューバーに転身したらどうかと提案する。その病気をずっと隠して生活していくのも辛いと思うし、なんならカミングアウトしてしまった方が応援してくれる人もいそうだし良いのではないかと。
しかし、夏目はカミングアウトはしたくないと言う。きっと信也は精神疾患を持っていないから、その辛さを分からないのかも知れないけれどそれは出来ないと。しかし信也は執拗に夏目にカミングアウトを勧めてくるので口論になってしまう。ずっと歌っていた原もカラオケを中断して夏目の方を見る。
ここでみんなで荒井由美『ルージュの伝言』を歌う。
カラオケの帰り道、原が強引に大江について来て二人で帰っているみたいになっている。原の強い引きに大江は少し引き気味の感じである。そして原が大江の頭を撫でようとした時、大江は叫んで舞台セットから下に降りる。
大江は夏目の家に行く。どうやら原に手を出されて怖くて夏目に電話をかけたようである。夏目は、自分の家に来ちゃって良いの?と聞くと、大江は夏目は優しいから良いのだと言う、キスも一度だけしたことあるしと。
夏目は、ネタを見て欲しいと大江に相談する。夏目はネタを披露するが盛大に滑ってしまい、大江に驚かれてしまう。マジで?と。これで終わり?と。
夏目は、壁から何か音が聞こえてくるようで聞き耳を立てる。天井に吊り下げられていた蛍光灯が下に降りてくる。夏目は誰かと話している。壁からは男の人の声が二人聞こえる。夏目は、その男たちと「心」の象形文字のことについて語っている、まるで男性の性器のようではないかと。それからカテゴライズの話をする、誰がカテゴライザーだとかそういう話をしている。
夏目はタランティーノを喜ばせるネタを今からやると言い出す。二人も真似をしてと。そして心臓が止まった時になる「ピー」と言う音が鳴った後に、ハッピバースデートゥーユーと言って誕生日ケーキを持ち出してくる。夏目と、もう二人の男性は声をあげて大笑いする。
そして賢が登場して、一緒に夏目と大笑いをしている。ここで上演は終了する。
初演版と比べて、ベースとなるストーリー自体は変わっていなくても、主人公の視点が夏目だけになり、展開されるストーリーの順番が変わったり、口頭で説明して終わってしまっていたシーンが実際にシーンとして出現したりといった違いがあった。
個人的には、今作は初演を観ている、もしくは戯曲を読んでいることが前提の演劇創作になっているように感じた。おそらく初見で今作を観ても、どういうストーリー展開で進んでいくか全く予想出来ないと思うし、そもそも夏目は何者なのか全然分からないまま展開されることになるので置いていかれる感じが強くなるのではと思った。
そして、初演を観てストーリーをある程度知っている私からすると、もちろん演出の意図は汲み取れるのだが、結論初演版の方が良かったかなと思った。個人的に今作に惹かれたのは、夏目という存在に対して無自覚でいる他者に自分が感情移入できて、それによって自分が加害者意識を持ってしまう点に、今作の一番の恐ろしさでもあり醍醐味を感じたから。それが今作だと薄まっていて、ただただ惨めな夏目という存在を閉塞的に描いているようにしか見えなかった。
それに加えて、主人公を完全に夏目にして上演している割には、信也が元カノと口論するシーンが出現したりと、夏目以外の視点も若干描かれていてこれはなぜ入れた?と思ってしまった。完全に改訂しきれていない感じも否めなくて首を傾げた。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
初演版と比べてまるで別作品なのではと思うくらい舞台装置が異なり、全く異なる世界観を表現していた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ上にはくの字型に囲まれた壁が仕込まれている。壁はまるでレンガを積み上げたかのような頑丈な作りになっていて、所々に空洞があって物がおける小さいスペースがある。壁の手前側には壁に沿うようにして長椅子やソファーなどが置かれている。このソファーや長椅子が、カラオケボックスのシーンで椅子として機能したりしている。この椅子は、序盤で勝手に移動したりするなど不気味な演出が仕込まれていた。
壁自体は、大人が頑張ってよじ登れるくらいの高さになっていて、その壁のてっぺんに立つことが出来る。そしてステージの後方へ飛び降りることによって捌けることが出来る。
非常に山本貴愛さんらしい壁を使った舞台装置だなと感じた。こんなユニークな舞台セットを見たことがないし、壁の上をよじ登って向こう側へジャンプして捌けるとか見たことなかったので、まずその発想に賞賛を送りたい。そして、今作の演出はおそらく『いつぞやは』でやった演出を応用させて今作に活かしているのかなとも思った。病気を患っている患者が幻覚などを見るときに、壁に耳を当ててそこから何か聞こえてくるという演出は、『いつぞやは』でもあったので、それを今作でも活かしていた。それによって、夏目の精神疾患患者としての閉塞感をより強調させたかったのかもしれないと思った。
しかし、この舞台セットはユニークで新規性に富んでいる点では素晴らしいが、この舞台セットが果たして今作に適切だったかというと疑問が残った。まず、非常に舞台セットの主張が激しくて、役者同士の会話だけだと今どの場所でどんなシーンが繰り広げられているのか分かりにくかった。その結果、役者同士の会話の内容に没入しにくく退屈に感じやすかった気がした。上演中最初から最後まであの壁を使うのではなく、適切なタイミングで出現させて上演した方が良かったように思えた。
次に舞台照明について。
舞台照明は全体的に暗く、そこまで多くの灯体を仕込んでいない印象だった。その代わり、蛍光灯を壁のくの字型に沿うようにして天井から一直線で吊り下げられていた。
特に印象に残った照明は夜のシーンと終盤のシーン。夜のシーンは、やはり全体的に照明が暗く、夏目が一人で叫んでいる(「セイコウショウ」など)ことが多かったので、非常に夏目が不気味に見えて、その影が壁に照らされてかなり不審者のように感じたのが印象的だった。
そして終盤の二人の男性と話す夏目のシーンだが、蛍光灯が壁の中程まで降りてきて、まるで病棟のような青白い照明を発光しながら進行するシーンが印象的だった。そんな舞台照明で夏目が壁に向かって男性2人と話しているので、まさしく病棟で療養生活を送る患者が幻想を見ているかのような感覚だった。
あとは、みんなで荒井由実『ルージュの伝言』を歌うシーンの照明も好きだった。あのシーンだけカラオケも入ってポップになるのが良い。
次に舞台音響について。
音楽はカラオケのシーン以外ほとんどなく、たまにシリアスな効果音が流れる。
音楽に関しては初演版と同じで、夏目が今回は歌うことはなかったが、T.M.Revolution「HOT LIMIT」のメロディだけ流れたり、荒井由実『ルージュの伝言』は合唱まであった。『ルージュの伝言』は劇終盤に登場するので今作ではカットされたかと思っていたが、ちゃんとこのシーンが用意されていて良かったとは思った。『ルージュの伝言』好きなので。ただし、信也が夏目に対してカミングアウトした方が良いと言って口論して空気感が張り詰めてからの『ルージュの伝言』だったので、割と無理やり曲が流れた感じがあって自然ではなかったのが首を傾げるポイントだった。これだと、必然性なく『ルージュの伝言』を入れたいから入れているだけにも見えた。
効果音は素晴らしかった。夏目が一人で夜を徘徊している時に、緊迫感ある効果音が流れたりすることで空気感をうまく作っていた。
最後にその他演出について。
まず、役者が最初に壁の向こうからこちらを覗き見ていて、自分の番になったら壁を飛び降りてステージに登場する演出が新規性ありすぎて驚いた。こういうデハケもあるのかと思った。捌け口がある訳でなく、壁のこちら側と向こう側を使うという発想が面白かった。しかもこの演出にも意味があると思っていて、壁の向こう側というのはおそらく普通の人間の世界で、壁の手前側というのは夏目が見えている世界である。夏目以外は壁の向こう側からやってくるが、夏目が壁の向こうへ飛び降りることはない。ここに、夏目自身は精神疾患で自分の世界にしか閉じていない閉塞的な世界観を描いているのだなと思って考えさせられる。
あとは個人的には、海へ遊びに行くシーンは初演版の方が好きだった。初演版では海をビニールシートで表現していて遊び心を感じたが、今作では役者が水着になって浮き輪を持っているくらいだった。あと、夏目が壁から出てきた巨大なビニールシートに包まれて溺れている演出があって、ここも初演版の方が好きだった。
初演版では口頭の説明だけになってしまっているシーンを、今作では実際に一つのシーンとして上演するというスタイルも新しかった。夏目が深夜に「セイコウショウ」と叫んで近隣の住人にうるさいと叱られるも、ドッキリ企画だと思って止めなかったというエピソードを初演版で知っているからこそ、実際にそのシーンが上演されている!と楽しむことができた。
終盤のシーンで、ステージ上の長椅子やソファーに黒い小石のようなものが落ちてくる演出があった。加藤さん演出は、天井から血がぼたぼた落ちてきたりと、何か不穏なものが落ちてくる演出が多めだが、今作はそのシリーズの新手が来た。確かに血糊が落ちてくるのも違うけれど、緊迫感を出したいのならそういう演出があっているのかも知れない。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
鈴木勝大さんと諫早幸作さん以外は、初演に引き続きのキャスティングだったのだが、役者陣も年齢を重ねたので初演版を知っていると青春群像劇としては少し役者が大人過ぎるなとも感じてしまった。そして、私が観劇した回はプレビュー公演を経た開幕回でもあったので、まだ役者陣の空気感が確立していないようにも感じてしまった。実力のある俳優陣なので、この辺りは回を重ねるごとに調整されると思うが。
特に印象に残った役者について観ていく。
まずは、主人公の夏目役を演じた平原テツさん。平原さんは加藤さんの作演出作品には必ずと言って良いほど登場し、何度となく演技を拝見している。
初演版でも精神疾患を持った夏目役だったので、その時の平原さんの演技もこんな感じだったなと思いつつ、同じく『いつぞやは』(2023年9月)でも癌を患った患者で幻覚を見たりするシーンがあって、そちらとも近しい印象を持った。
平原さんがなぜ夏目役がこんなにも似合うのだろうと考えた。それはきっと平原さんの演技が持っている優しいオーラが滲み出ているからだと感じた。夏目は、そういう精神疾患を抱えてはいるものの、そのことをカミングアウトせずに生きてきた。それでも夏目の変わった性格は隠しきれない訳で、だからこそきっと夏目はずっといじられキャラで生きてきた。いつもボケてばっかりで、これで接しにくい人間だと多分誰からも相手にされない。だから愛嬌よくて優しいノリの良い人間になっていったのだと思う。そういう人柄がわかる平原さんの夏目が凄く良かった。
個人的に心動かされたのは、バイトリーダーの坂本に叱られる夏目の演技。坂本にガチで叱られて笑って誤魔化そうとする辺りが凄くグサグサと刺さった。今までは誰かが夏目の尻拭いをしてくれたんだと思う。失敗しても突っ込んでくれる友達がいて、それで笑って済ませてきた。しかし、いざ夏目は独り立ちしてバイトを始めた途端に、そういう誤魔化しが効かなくなった瞬間でもあるのだと思う。坂本のお前、何歳だ、どうやって今まで生きてきたんだの発言が非常に台詞として響いてきた。
次に、信也役を演じた秋元龍太朗さん。秋元さんは初演版にも出演されていたが、初演版では庄田役を演じており、今作では初演版で藤原季節さんが演じた信也役に抜擢されている。秋元さんの芝居も、初演版の他に劇団た組『綿子はもつれる』(2023年5月)、PARCO PRODUCE『リア王』(2024年3月)で演技を拝見している。
個人的には初演版で信也に共感できる部分が強かったので、どうしても信也の視点で物語を見ようとしてしまう。秋元さんは非常に器用に役をこなされる印象があるので、良い塩梅に信也役を演じられていて、こういう信也もありなんだなと感じながら観劇していた。
初演版では、信也と元カノの坂口でバチバチにやり合っていた印象だったが、今回の上演ではそこまでではなく、秋元さんと安川さんとなると藤原季節さんのようにはいかないよなとも思った。これはこれで二人の感じが出ていて良かった。
終盤の夏目にカミングアウトを進めちゃう感じ、藤原さんだと割と強い口調で夏目に進めて喧嘩しちゃっていたイメージだったが、秋元さんがやると喧嘩を売ったつもりないのに夏目は怒ってしまったという感じになっていた印象だった。
個人的に良かったのが、脇役だが原役を演じた中山求一郎さん。中山さんは初演版でも同じ配役だったと記憶しているが、初演版よりも段違いに素晴らしい演技だった。
はらっちというキャラクターが個人的には絶妙に好きで、今作ではそのはらっちのクズさが際立っていたように思えた。大江のことが好きで、夏目が大江とキスしてしまうと嫉妬してキレて分かりやすかったり、非常に不器用に大江にアプローチする感じが嫌らしくて好きだった。良いキャラしているな感が際立っていた。
大江のことが好きなのもそうだが、カラオケでお金出さずに帰っちゃう辺りとか、こういうクズいるよなとか思いながら見ていて親近感が湧いた。割と原は夏目と似ている面もあるし対照的な部分もあるよなと思った。どちらもどうしようもないキャラだけれど、夏目は愛されていて原は愛されていなそうだった。
最後に、大江と沙良役を演じた秋乃ゆにさん。秋乃さんも初演版に引き続き大江役と沙良役を演じていたが、圧倒的に今回の演技の方が素晴らしく感じられた印象である。
秋乃さんは今どきのリアリティある若い女性を演じるのが上手いなと思った。こんな感じの女性いそうだなと思うし、それを演技としてナチュラルに出来るのが俳優としての実力なのではないかと思う。
大江の原に対しての拒否る感じとか、沙良のアルバイト先で夏目を変な奴として見てくる感じとかリアルだなという感じがした。そして、沙良に関しては坂本と良い感じなのもリアルで良かった。上目遣いで坂本を見ながらコミュニケーション取っている感じとかも細かいが演技として良かった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは初演版も観ている私の個人的な視点を元に、今作を再演してどのように見方が変わったかについて記載する。
初演版で観て衝撃を覚えているのは、自分は割と信也視点で物語を俯瞰していて、どちらかというと夏目のキャラにいつも笑ってしまう、そんな鑑賞の仕方をしていた。
しかし、終盤まで夏目を面白い奴だなと思っていた自分が最後に気まずい思いをすることになる。それは、夏目という人物が精神疾患をずっと隠してきたことによって生きていたということ、人々に馬鹿にされながら笑われながら生きてきて、それを夏目は受け入れてきたが、自分が本当はそういうキャラでいたいのではなく、精神疾患を隠すためにそういうキャラとして存在するしかなかったことに気づいたからである。
ラストの信也と夏目の口論が非常に印象的で今でも覚えている。もちろん、信也のカミングアウトしちゃえばいいじゃないの発言はあまりにも夏目の立場に立てていないと感じてはいたものの、ずっと夏目は病気のことを仲の良い友達にも隠すことしかできなくて孤独だったことを知ったから。本当はそんなキャラでいたくないのに、そういうキャラでしか自分が存在できないから。
だからこそ、ずっとゲラゲラと夏目のことを笑ってしまっていた自分は、非常に後味の悪い感覚を抱いて劇場を後にすることになった。自分と夏目とは、どうしても踏み越えられない壁があったということ。その壁をよく知らずに、ずっと自分は夏目のことをゲラゲラと笑ってしまったことを。
再演版では、初演版を観ている人にとっては、夏目にはみんなとの間に一つの壁があるということを知っている状態から観劇はスタートするはずである。きっと今回の再演は、初めて今作を観る人向けというよりは、すでに一度初演版を観ていて再演を観にくる人に向けて創作したのだろうなというのが伝わってきた。
この上演スタイルは賛否両論あるかもしれない。私は、上演の方向性としては良いなと思ったが、改訂したことによって伝わりにくく感じた点も多々あって、総合的には初演版の方が好きだった。
ステージ上に壁を設けたことによって、ステージ上は全て夏目の世界となり主人公は夏目一人となった。初演版では信也と夏目の二人が主人公だった。
壁の外で序盤は傍観している役者たちや私たち観客は、夏目にとって壁の外側にいる人、つまり分かりあうことのできない存在である。基本的には演劇というのは、ステージと観客を繋ぐことを意識する作品作りが多いような気がする。だからこそ昨今流行っている演出手法は、役者が客席までやってきて演技したりと第四の壁を超えてくることが増えている。
しかし、今回の上演はその逆をいった演出となる。徹底的に客席とステージ上に距離感を作っている上演に思えた。当然夏目も客席にやってくることはない。基本的に背後を壁で囲まれたステージ上で夏目は演技をしている。そして、夏目と会話する時だけ他の役者は壁を超えてステージ上にやってくる。それ以外のシーンでは、壁の向こう側で見守っているか捌けているかのどちらかである。
非常に演出は革新的で新規性の高い演劇だったのだが、これは初演版をしっかり噛み砕いてかつ、再演版もこうやって一度整理しないと面白さが見えてこないので、もっと上演中に感覚的に「そういうことか!」となるような演出であると満足度は高かったかもしれない。
↓初演版
↓加藤拓也さん過去作品
↓加藤拓也さん演出作品
↓秋元龍太朗さん過去出演作品
↓今井隆文さん過去出演作品
↓秋乃ゆにさん過去出演作品
↓安川まりさん過去出演作品