舞台 「あつい胸さわぎ」 観劇レビュー 2022/08/10
公演タイトル:「あつい胸さわぎ」
劇場:ザ・スズナリ
劇団・企画:iaku
作・演出:横山拓也
出演:平山咲彩、枝元萌、田中亨、橋爪未萠里、瓜生和成
公演期間:8/4〜8/14(東京)、8/18〜8/22(大阪)
上演時間:約120分
作品キーワード:ヒューマンドラマ、親子、会話劇、泣ける
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
演劇業界の芥川賞とも呼ばれる岸田國士戯曲賞にもノミネートされたことがある、横山拓也さんが主宰する演劇ユニット「iaku」を観劇。
iakuの舞台作品は、2021年4月に上演の「逢いにいくの、雨だけど」、2021年10・11月に上演の「フタマツヅキ」に続き3度目の観劇。
今作は来年(2023年)初旬に、吉田美月喜さん、常盤貴子さんをキャストに迎えて映画として劇場公開予定であり、舞台作品としては、2019年9月にこまばアゴラ劇場で初演され非常に評判が良かった作品だったため、再演と聞いて観劇することにした。
物語は、関西の田舎に暮らす大学1年生の娘の武藤千夏(平山咲彩)と地元の繊維工場で働く母の武藤昭子(枝元萌)の親子を中心に展開される。
武藤家は父親とは離婚している母子家庭であり、母の昭子は女手ひとつで娘の千夏を育て上げ、千夏の小説家になりたいという希望に答えて地元の芸術大学に入学させた。
千夏は今まで一度も彼氏が出来たことのない年頃の女の子で、母の昭子はそんな千夏を心配していた。
しかし、千夏は大学で幼馴染の川柳光輝(田中亨)と久々に同級生となったことで再会し、千夏は彼に恋愛感情を抱くようになる。
一方母の昭子は、職場の繊維工場に新しく赴任してきた木村基晴(瓜生和成)という独身の男性に想いを寄せ、20年ぶりの恋心の芽生えに戸惑う。
そんな中千夏の身に突然悲劇が起こるという物語。
横山さんが関西出身ということもあり、全編関西弁で田舎町で展開される会話が非常にテンポよく面白くてリアルで、登場人物一人一人から滲み出てくる人情深さを感じられて、とても心動かされた。
関西出身の方でないと絶対に書けない脚本と、人々の温もりを感じられる会話のやり取りに120分間釘付けだった。
そしてラストの千夏、昭子の親子の会話に号泣させられた。
客席からもラストはすすり泣きが絶えなかった。
朝ドラを想起させられるくらい、主人公の千夏の純粋さに魅了された。
今抱いている感情を正直に小説に落とし込む感じが非常にピュアで初々しかった。
そして田舎にいそうな、とてもお節介だけれど誰よりも娘のことを思っている昭子の愛情深さに、会話を聞いているだけで心がじんわりと温まってくる。
登場人物たちが発する言葉には、相手に対してストレートな愛情表現は決して含まれていなかったりするのだけれど、その裏にある気持ちや彼らの表情から愛情が読み取れてじんわりさせられる演劇作品は、iaku作品らしくて非常に好きだった。
「逢いにいくの、雨だけど」「フタマツヅキ」は、決して号泣とまではいかないのだけれど、観終わったあとに心がじんわりと温かくなる感じがあるが、今作に関してはラストのくだりがピアノとヴァイオリンの音楽も相まって号泣させられ感情を掻き乱される、個人的にはiakuの作品の中で一番好きだった。
劇場公開される映画と合わせて多くの方にオススメしたい作品。
【鑑賞動機】
iakuの舞台作品は過去に2度観劇していて、どちらも非常に好みで面白かったのでまた観劇したいと思っていた。
今作は、2019年に初演された時に好評を博していたので、その再演と聞いて非常に楽しみにしていた。また、2023年初頭には映画公開も控えているということも観劇の決めてだった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
武藤千夏(平山咲彩)は、明日は大学の入学式だというのにご飯もろくに食べず家にいた。一緒に暮らしている母の武藤昭子(枝元萌)からは、そんな体たらくな娘の生活を叱咤する。
一方で昭子は、千夏が進学する芸術大学で、千夏の幼馴染であり近所に住んでいる川柳光輝と再び同じ学校に通うことになることを話題に上げる。昭子は千夏に彼と一緒に入学式に行くように促すが、年頃の千夏はきっぱりと嫌だと言う。昭子は18歳になっても彼氏が出来たことがない千夏に困っているようだった。
夏になる。
近所で千夏は久しぶりに川柳光輝(田中亨)と再会する。千夏は自分が小説家になりたいという夢を叶えたいと、芸術大学の文芸学科に進学したことを伝える。一方で川柳は舞台俳優を目指していて、舞台芸術学科に進学していることを告げる。川柳は次に出演する舞台の絶賛稽古中でそのチラシを千夏に渡す。そして舞台で使う小道具をこれから買うのだと言いその場を去る。
昭子は、マスモリ繊維工場の社員として長らく働いていた。
昭子の職場には20代の若い女性の花内透子(橋爪未萠里)が社員としていた。花内は年が近い千夏とも仲良くしているようであった。昭子は花内に、千夏がなかなか彼氏が出来ることもなく、なれもしない小説家になりたいと芸大に通っていることに困っていて、面倒をみて欲しいと懇願する。
花内も春にネットで知り合った男性と破局していて、恋愛は上手く行っていないと言う。
そこへ、最近東京から赴任してきた課長である木村基晴(瓜生和成)がやってくる。どうやら木村は昭子と年は同じくらいらしいが独身らしく、なぜ東京から関西へ赴任してきたかは分かっていなかった。
木村は仕事の関係でサーカスのチケットを5枚もらったので、一緒にどうかと昭子に誘ってくる。5枚もあるので花内も誘ったり、娘の千夏にも聞いてみると昭子は答える。
木村が去った後、花内と昭子は彼が昭子に好意があるのではないかと噂する。
昭子は近所でばったり川柳と遭遇する。
昭子と川柳は久々に再会したことで挨拶を交わし、昭子が職場でサーカスのチケットをもらったから一緒に観に行かないかと川柳を誘う。川柳は承諾する。
花内と千夏は2人で喫茶店らしき場所でお茶をする。
千夏は初恋経験を元に小説を書くよう大学の授業の課題が出されていて困っていると話す。自分は初恋をしたことがなくて、恋というものに対して疎遠だったから。そして母である昭子も、自分の胸がいつの間にか大きくなっていることも気づかず、ブラジャーを買ってくれなかったことを打ち明ける。中学生くらいになって男性から見られているような感覚を受けて不思議に思って、異性を意識するようになったと言う。
千夏はそんな想いを打ち明けて花内はどうかと尋ねると、花内は真逆で早く大人の女性になりたいと思っていたと言う。
花内は千夏に初恋の話を聞かせてと言い、千夏は幼稚園の頃の話をしようとするが、花内に今好きな人はいないのかと聞かれる。千夏は、いない訳ではないと答える。
武藤家の自宅で、昭子は千夏にサーカスのチケットの話をし、川柳も誘ったと伝える。千夏はなんで勝手にと怒り出す。
一方、散らかった千夏の部屋から健康診断の結果を見つけ出す。健康診断の結果を見てみると、千夏の胸に何か異常があったらしく病院で受診するよう書かれていた。
昭子は急いで明日病院へ行くことにし、娘の身に何かあったらどうしようと涙する。千夏はポジティブで、まだ何か病気が見つかった訳ではないからと言う。
明くる日、病院での受診を終えて千夏は学校へ向かい、昭子は職場へ向かおうとする。しかし昭子は娘の身になにかあったらと心配で堪らなかった。
昭子は職場でひとり項垂れていた。そこへ木村がやってきて話しかける。木村はいつもと違って様子のおかしい昭子を見て、自分が何か良くないことを昭子に言ってしまったのではないかと狼狽えていた。
そこへ花内もやってきて、様子のおかしい感じを見て、やはり木村が何か昭子に言ってしまったのではないかとソワソワしていた。
昭子は夢中で、木村は関係ないと訂正する。
そこから、なぜ木村は東京から関西へやってきたのかについての話になる。木村は東京の職場で倒れた若い女性に対して応急処置を行おうとした。研修を受けたばかりだったので、ここぞとばかりにその研修で教わった通りに女性を応急処置しようとした。ところが、その応急処置の仕方が悪かったのか、後で女性に訴えられてしまう。理由は、木村がその女性のブラジャーのホックをはずしたからだった。
それを聞いて昭子は、たしかにホックを外すのは...というリアクションをする。
結局あとで女性に訴えられた木村は、起訴された女性と裁判で争うこともなく関西へ赴任することにしたと言う。昭子は、関西に赴任せずに戦えば良かったのにと、その木村の境遇を憐れむ。
5人でサーカスを観に行く日になった。
千夏、川柳、昭子、木村、花内はサーカスを楽しむ。途中休憩の時間になる。武藤親子は2人でトイレに行ってしまう。残された3人は気まずい雰囲気になる。木村はなんとかその場を盛り上げようと、先ほどのサーカスのことについて川柳に話しかけようとする。
しかし木村の元に仕事関連の連絡が入り席を外す。花内と川柳は2人きりになり、なんで一番残してはいけない3人だけ残していくのかと言って盛り上がる。
3人が戻ってきて、木村の話に急遽仕事で対応しなければならないことが起きたということで、木村、花内、昭子は途中で帰って仕事をすることになる。サーカスの続きは、千夏と川柳の2人で観ることになる。
サーカスの帰り道。
千夏と川柳は2人で一緒に帰る。千夏はこの後夕ご飯を一緒に食べようと川柳を誘うが、川柳はお金がないと言ってそのまま別れることになる。
その後、川柳は花内に電話を入れる。川柳は花内にお金がないからご飯をおごってくれと頼み込む。花内は仕方なく川柳と夕飯を食べご馳走する。
その後、デザートを食べに行きたいとさらに川柳は花内を誘ってデザートを食べに行く。花内は桃の糖度の高さを堪能して欲しかったが、川柳はレーズンが美味しかったと言う。花内は川柳の大人の女性の扱いの悪さを叱るが、さらに川柳は花内をホテルに誘おうとする。花内は最初は断るがそれでもめげずに懇願してくる川柳。花内は川柳に気持ち良くする姿を見られたくないと言うが、結局花内は折れて2人でタクシーに乗る。
武藤家の自宅、どうやら検査の結果が分かったようだった。
千夏は泣きそうなくらい不安な気持ちでいっぱいだった。昭子は冷静で、お金のことは気にせず一番良い治療をしようと千夏に言う。
千夏は自分で書き続けている小説を声に出して読む。
自分の目の前に現れた男性ワニが好きになって胸は膨らんだ。しかし、突然その胸は何者かによって掻き乱されてしまったと。その大きく膨らんだ胸は取られてしまうのではないかという不安からだった。
昭子は職場で、課長の木村に対して相談があると、千夏の胸に乳がんが見つかったことを伝える。
幸いなことに、乳がんはまだ小さい段階で転移などはしていないのだと言う。木村はそれは良かったですねという。
その様子を花内は見てしまい、千夏が乳がんになっていたことを知ってしまう。
花内は川柳に、この前の出来事はなかったことにして誰にも決して言わないでほしいと忠告する。
もう電話もして来ないでと伝える。川柳はキョトンとした様子で、振られてしまったと思う。
昭子の職場では、昭子が木村にこの前昭子と木村が千夏の乳がんのことで相談されて2人で話していたことを周囲の人からも見られていたと聞き、昭子なら恋愛なんて勘違いされませんよと失礼なことを言ってしまい、昭子は傷つく。木村には落ち度はなかったのかもしれないが、昭子はその木村の言葉を聞いてその場を去ってしまう。
それを見ていた花内も、木村に対して何か言いたかったが、自分も人のことは言えず「クソ」と呟く。
川柳が外でひとり座っているところを、千夏が通りかかる。
千夏は川柳に稽古に行かないのか?と聞かれたが、待ち人がいるからと答える。
しかし川柳は、千夏と会ったことによって急にやはり稽古に行くとその場を去ろうとする。そして、川柳は実は告白した女性がいて振られたことを伝える。その人からはもう連絡するなと。
千夏はショックを受ける。病気になって胸が取られてしまうのではないかと恐怖する中で、さらに川柳からもそんな言葉をかけられ、胸はその男性ワニによってもさらに掻き乱されてしまったと小説に書く。
千夏は胸の中をぐしゃぐしゃにされて泣きながら家に帰る。そして昭子にどうせ自分の胸は手術によって全部摘出されちゃうのでしょ?と言う。千夏は昭子に対して、自分が女性として見てくれてないんじゃないかという辛さを吐露する。
昭子も泣きながら娘の千夏を抱きしめる。昭子はシングルマザーとして仕事をしながら大切に育ててみた娘なのだと嗚咽しながら語る。ここで物語は終了。
18歳という若さで幼馴染への恋心で胸が膨らむ千夏、しかし乳がんの発覚と好きな男の子から振られてしまったという事実による急な胸の膨らみの収縮、乳がんと失恋という胸を象徴する2つの事象がメタファーのように描かれていて、それが女性の象徴でもあるからとても心締め付けられる。そして男性である横山さんは、よくぞこんな若き女性の気持ちを脚本に書けるなと尊敬した。
人間関係の行き違いがまた辛くもどかしい。何も知らないで軽い気持ちで花内をホテルに誘う川柳、周囲の状況を全部把握しているからこそ辛い状況に立たされる花内、そして親子の思いやりの行き違い。こういうボタンが互い違いになった人間関係描写と、そのもどかしさを描くのが横山さんは非常に上手い。今作でもその上手さが光っていた。
そして木村は木村で、不器用だけれど彼だって彼なりに必死で生きている。それが伝わるからこそ面白かったし、心動かされた。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
iakuの世界観らしく、シンプルな白いテーブルと椅子、そして落ち着きのある黒地に白のライン模様が垂れ下がる。それに加えて、ピアノとヴァイオリンの音楽と役者たちの心温まる関西弁の掛け合いと人情深い言動と表情。舞台空間を観ているだけでなぜか涙が出てきそうな、そんな心温まる世界観・演出をじっくりと堪能できた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出についてみていく。
まずは舞台装置から。
ステージ上には、円形の白い台が2つ重なるように存在していて階段上になっている。上に重なっている白い台ほど半径は小さくなっている。その上には、円柱の白い椅子が2つ置かれている。この椅子は、花内と千夏の喫茶店でのお茶会で使用されたり、千夏と昭子の武藤家の自宅としても利用されていた。
ステージ背後には、この円形の白いステージを囲うかのように、縦に天井から白いラインのようなものが沢山垂れ下がっていた。
全体的に「逢いにいくの、雨だけど」の舞台空間に近く、黒字に白のシンプルで落ち着きのある舞台空間だった。
次に舞台照明。
基本的には白地の照明が全体的に照らされていた。しかし、大きく照明演出が加わって印象に残ったのは以下の2つ。
1つ目は、千夏が自分の川柳への恋心を小説にして読み上げるシーンで、舞台中央の円柱椅子が2つ置かれているエリアにだけ白いスポットが当てられ、そこに千夏がいて恋にときめきながら小説を読み上げる姿が非常に印象的であり、朝ドラの如くピュアな演出で好きだった。
もう一つはサーカスのシーン。全体的に紫がかった照明がじんわり照らされていて、エンターテイメントを楽しんでいる様子が伝わってくる照明演出が好きだった。
次に舞台音響。
今作はiaku作品の中でも音響に関してはかなりベタな音楽が多かった。けどそれは褒め言葉であり、そんなベタな音楽があるからこそさらに観客の感情を掻き立ててくれて、iaku作品の中でも最も心動かされる作品に仕上がっているのだと思う。
特にラストのピアノとヴァイオリンの音楽は、千夏と昭子の感動的な会話のやり取りもあるので本当に観客を泣かせにかかる演出だった。あれは自然と涙が出てきてしまう。非常に心打たれる素敵な音楽チョイスだった。
千夏の独白、つまり自分の恋愛体験から執筆している小説の読み上げのシーンでの、朝ドラのような明るい感じの曲も好きだった。千夏が川柳に夢中になっていく様を上手く体現する選曲になっていたように思える。好きだった。
また、サーカスのシーンのあの盛り上がっている感じの音響も好きだった。照明演出とも合わせてお気に入りの演出だった。
その他演出について。
これは脚本という観点で言えることなのかもしれないが、iaku作品に登場する会話は直接ストーリー展開に関係はないけれど、話を聞いていて面白い会話が多い気がする。例えば、花内と川柳の2人の夜のシーンで、干支が全部言えたらOKみたいなくだりで、川柳は午(うま)が出てこなくてヒントを出したらそこからは素早く言えてしまう展開が面白かったり、昭子が勤めるマスモリ繊維での、昭子と花内と木村の会話で、みんなでパンを昼食にしていたことをギャグにするくだりがあったりと、何気ない会話に潜む面白さを引き出すのが上手いなと思う。
あとは、特にラストの展開で顕著になってくるのだが、観客は当然全部のシーンを知っているので、どの登場人物が今どういった状況なのかを全て把握しているが、登場人物たちは、お互いのことを部分的にしか理解していない。例えば、千夏は川柳が花内に振られたことを知らないし、昭子の木村に対する想いは知らない。一方で川柳は千夏が乳がんであることを知らない。だから、観客からしてみれば劇中で展開されているシチュエーションがいかに残酷なものなのかを痛感させられるのだけれど、登場人物たちはそのシチュエーションがいかに残酷なものなのかは分からないので非常にもどかしくなるのがiakuの脚本の醍醐味でもあるような気がする。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
キャストは全員で5人しかおらず、主人公の武藤千夏役の平山咲彩さん以外は全員初演時と同じ役者が起用されている。役者全員が役にしっかりと馴染んでいて、そして関西弁によるやり取りも非常にテンポが良くて素晴らしかった。
5人しかキャストがいないので、全員について触れることにする。
まずは主人公の武藤千夏役を演じた平山咲彩さん。平山さんの演技を拝見するのは初めて。
朝ドラのヒロインに抜擢しても良いくらい、ピュアな年頃の女性役に魅了された。
最初のシーンでは、母の昭子に叱られながら家の中でウダウダしている腐女子?的な感じが本当に上手くて、こんな女子大生いそうと思わせるくらいリアリティがあって好きだった。
しかし、久しぶりに川柳に出会ってから彼女は一変するのがよく分かる。花内に好きな人はいないの?と聞かれて、いないことはないけれどと恥ずかしそうにする感じ、小説を書きながら川柳への恋心に自分でも気が付き始めてどんどん彼に夢中になって高ぶっていく感じが本当に観ていて初々しくて心躍らされた。自分に初めて好きな人が出来たときのときめきを蘇らせてくれて、とても観ている観客まで心をピュアにしてくれる感じが本当に素晴らしかった。
またサーカスを川柳と一緒に楽しむ感じ、嬉しさが堪えきれず笑みがこぼれてしまう感じ、本当に可愛らしくて好きな表情だった。あんな自然に恋愛感情に興奮する様子を演技で形作れるものなんだと感嘆した。
そこから乳がんであることが発覚し、不安と恐怖に包まれて涙ぐむ様子が本当に居た堪れない。さらに大好きだった川柳には不意に振られてしまう。18歳という若き女性に降り注ぐ不幸の数々、本当に観ていて辛いというところまではいかないのだが、可哀想だという感情がこみ上げてきて泣けてくる。素晴らしい演技とキャラクター設定に拍手したい。
次に武藤千夏の母の武藤昭子役を演じた枝元萌さん。枝元さんは舞台や映画、ドラマなど多方面で活躍されており、「ハイリンド」という演劇ユニットを立ち上げている。演技拝見は今回が初めて。
序盤、昭子役の枝元さんが登場した途端に、うちのオカンやん!と心の中で叫びそうになった。そのくらい田舎によくいそうなお節介ではあるのだけれど、愛情溢れるリアルな母親像がそこにはあった。枝元さんが作り出すあの表情、スズナリという小劇場だからこそ近くであの表情を堪能出来る。
序盤のシーンの、千夏に近所の川柳と一緒に入学式行きなさいよと言う感じ、本当にセンス抜群で好きだった。
また木村との掛け合いもよい、20年もシングルマザーとして娘を育て上げるのに必死だったお母さん、突然木村という男性が登場して興味を持ち始める。恋愛なんて暫くしていないから分からなくなっちゃったと自分の感情に言い訳する感じも印象に残る。自分とは年齢も性別も違うので、あまりどういう感情になるものなのか想像は出来ないけれど、新たな一歩を踏み出そうとする感じに、ちょっとぎこちなく感じるけれど応援したくなる姿勢がそこにはあった。
ラストの千夏を思うシーンは号泣ものだった。自分が娘にどう思われているかよく分かっていなかった節もあると思う。自分が思う以上に千夏は色々なものを感じ、苦しんできた。それを改めて知って、そして優しく千夏の胸をギュッと後ろから抱きしめる姿は涙なしでは観られなかった。
川柳光輝役を演じた田中亨さんも良かった。劇中では「こうちゃん」と呼ばれていた。田中さんはワタナベエンターテイメント所属のイケメン俳優、演技拝見は初めて。
最初は、雰囲気が爽やかでクールで何事も卒なくこなすイケメンだったので男性である私は嫉妬してしまうキャラクターだったのだが、花内と2人で会うあたりのシーンから川柳というキャラクターの評価はガタ落ちだった。
お金がないことを言い訳にあんなに花内に媚び売って、本当に「大人の女性を舐め過ぎ!」って思った。花内も同じ台詞を発していて本当にその通りと腹が立ってきた。経済力もあって大人の女性は男子大学生にとって憧れるのも分かるが、いくら何でもやり過ぎだろと思ってしまった。そう思った途端、この川柳に対する嫉妬する気持ちは皆無になった。
そんな演技をしっかりこなせる田中さんは見事だった。
花内透子役を演じた橋爪未萠里さんは、iakuの作品には必ずと言って良いほど出演している、iakuといったらこの女優といった方。「逢いにいくの、雨だけど」「フタマツヅキ」で私も演技を拝見している。
今作に登場する花内役を演じる橋爪さんは、iakuの今まで観てきたどんな作品よりもセクシーで色っぽくてタイプな女性だった。
たしかに凄く大人な女性らしくて、衣装などもブランドものを使っていそうなくらい美容・ファッションに意識の向いている、千夏とは正反対の女性像。彼氏をとっかえひっかえしてそうな様子も窺える。
千夏と喫茶店でお茶をしていた時の、千夏のお姉さん的な立場で恋愛相談に乗ってくれる感じも好きだった。千夏とはまた性格が正反対なのが凄く良いのだが、凄くもどかしい。
しかし、川柳にあそこまでしてやられてしまうのはちょっと情けないぞ!とも思った。あんな年下の小僧の誘いに結局乗ってしまい、それ故に色々とまずい方向に突き進んでしまう。そこが花内の弱点でもあり人間としての魅力にも映るのだが。川柳の誘いをきっぱりと断りきれない所に、彼女の不完全さが垣間見えて「何してやられているの!」と突っ込みたくなる気持ちもありつつ、そういう弱点があるからこそ好きになれるキャラクターでもあった。
本当に橋爪さんはiaku作品で一番素敵で色っぽい演技をされていた。
最後に、課長の木村基晴役を演じた劇団「小松台東」所属の瓜生和成さん。瓜生さんは小松台東の本公演である「デンギョー!」「シャンドレ」で演技を拝見している。
瓜生さんが演じる課長木村も本当にどこかにいそうでリアルだった。口を不必要にパクパクさせながら、喋り方もゆっくりでねっとりしている。判断力も鈍そうでそこまで仕事もできそうでない感じ、さらに人間関係の構築も上手そうではない感じがしっかりと伝わってくる。そして真面目そうな感じは、身なりなどからも窺える。だからこそ、東京で応急処置をしようとして女性のブラのホックを外してしまったり、昭子を傷つけるような言葉をかけてしまうことを頷ける。
あの口下手な感じ、本当に演技として素晴らしいと感じた。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
今作は脚本を手掛けた横山拓也さんが関西出身の方だからこそ創作することが出来る、田舎の関西弁たっぷりな演劇作品だと思った。
役者たちが紡ぎ出す関西弁のやり取り、何の気なしな言葉でもそこには面白さが詰まっていて、決して飽きさせることのないストーリー展開に、横山さんの劇作家としての実力を感じられる。
一番驚くべきことは、横山さんが男性であるにも関わらず、ここまで女性視点の親子の物語を描けたのはなぜなのだろうか、というかなぜ書きたいと思ったのだろうか。アフタートークで、横山さんが今度今作を映画化される時の映画監督であるまつむらしんごさんに質問はあるかと尋ねていたが、私だったら真っ先にその疑問について尋ねてみたいところである。
ここでは、そんな娘の武藤千夏の抱いた「あつい胸さわぎ」について男性なりに考察していこうと思う。
「胸」は女性にとって最も大事な体の一部である。性感帯でもある。女性は体の発育と共に胸が膨らんでいく。花内と千夏の会話のやり取りからの想像でしかないのだが、きっと女性は早く大人の女性になりたいとませている人と、恋愛というものにそこまで興味がなく体の発育によって自分の性を自覚していく2パターンがあるのかなと思う。
千夏の場合は後者で、中学生になって胸が膨らみ始めて男性から見られ始めるようになって、ようやく性というものを意識したのかなと解釈している。母からはブラジャーを買ってもらえず、自分はそもそも周囲からも女性として思われていないと判断していたのかなとも思う。
きっと千夏にとって「胸」は、彼女を女性たらしめてくれる大事な体だったのだと思う。だから「胸」に対して特別な思いが彼女の中にはあったのだと思う。女性なら誰しもがそうだろうと思う人もいるかもしれないが、千夏にとっては女性の中でも、「胸」が膨らむことで女性である自覚を抱くようになった訳であり、ブラジャーを買ってくれなかった母を今でも恨んでいるくらいなので、きっと他の女性以上に強い思い入れがあるのではないかと私は感じ取った。
少なくとも花内はそこまで胸に対して強い感情はなさそう(ブラジャーを買ってくれなかったことを千夏が話した場面でもピンと来てなさそうだった)だったのと、千夏は大学の課題となっている小説執筆で、乳がんが発覚する以前から「胸」にフォーカスした内容を書いていたからである。
しかし、そんな千夏にとって大事な「胸」は危機を迎える。乳がんの発覚である。乳がんの手術は最悪の場合、乳房全摘といって乳房を全て摘出することにもなる。
以前女子プロレスラーの北斗晶さんが、乳がんが見つかったことによって乳房全摘するという事態になったことが世間を賑わせたことは私も覚えている。女性にとって乳房全摘はどのくらい精神的にも肉体的にもダメージを与えるものなのだろうか。男性である私が想像しただけでも痛々しく辛く感じられるので、女性であれば尚更のことであろう。
そして千夏の場合は、特に自分が女性であると自覚させてくれた大事な体の一部である。もちろん、乳房全摘が決定した訳ではないけれど、母が以前ブラジャーを買ってくれなかったこと、それから一番良い治療を受けようと言う言葉が、余計に千夏の胸に恐怖を与えて「乳房全摘」という手段が頭によぎったに違いない。
母は自分を大人の女性だと思っていないのかもしれないという思い込み、乳がんの発覚、そして自分の胸を高鳴らせてくれた恋愛対象だった川柳に振られたこと、これらが一気に18歳という若い女性に押し寄せる。想像しただけで涙が出てきてしまう。
しかし、それを最後に母の昭子が優しく千夏の胸を抱きしめる姿が本当に素敵に感じられた。もちろん、昭子は千夏を女性でないなんて思っていないし、彼女にとって胸がいかに大事な体の一部かも分かっているから、それを安心させてあげられる姿が本当に優しくて涙が出た。
きっと今作は男性と女性で全く違う観方のされる作品だと思っている。この千夏に対して女性がどう感情移入してどんな感想を抱くのか聞いてみたいところである。きっと私とはまた違った感想があるのではないかと思う。
また、今作の客席にはビニール袋に公演のリーフレットや他公演のチラシが入っていたのだが、その中に乳がん検診を啓発するチラシも織り込まれていた。今作を観たからこそ響くメッセージだと思う。きっと女性は今作を観て、「乳がん検診をしっかり受けよう」と思うに違いないと思う。
2023年初旬には、まつむらしんごさんが監督を務めて吉田美月喜さんと常盤貴子さんをキャストに迎えて映画化もされる。
演劇作品ももちろんだが、映画の方も多くの人に鑑賞して欲しい素晴らしい作品だったなと改めて振り返って感じられる。
↓iaku過去作品
↓瓜生和成さん過去出演作品