舞台 「愛に関するいくつかの断片」 観劇レビュー 2022/05/01
公演タイトル:「愛に関するいくつかの断片」
劇場:アトリエヘリコプター
劇団・企画:五反田団
作・演出:前田司郎
出演:浅井浩介、鮎川桃果、岩瀬亮、西出結、宮部純子、柳英里紗
公演期間:4/25〜5/5(東京)
上演時間:約95分
作品キーワード:恋愛群像劇、サスペンス、愛、親子、夫婦
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
「ジ、エクストリーム、スキヤキ」など映画監督としても活躍されている前田司郎さんが主宰する演劇ユニット「五反田団」の新作公演を観劇。
五反田団の公演は、2020年9月に上演された「いきしたい」以来約1年半ぶり2度目の観劇。
今作は本来であれば2020年4月に上演されるはずの予定であったが、緊急事態宣言の発令によって約2年越しの延期を経て上演されることとなった。
物語は、「愛」とは何か、「恋」から「愛」へはどうしたら芽生えるのかといった男女の人間関係をテーマにした恋愛群像劇×サスペンスの話。
鈴木(西出結)は自分の娘である"アイ"が失踪してしまったことで、彼女が働いていた職場の上司にあたる淳美(宮部純子)に事情を尋ねる。
そこから淳美の元で働いていた加奈(鮎川桃果)や夏子(柳英里紗)が登場し、ドロドロと複雑な恋愛関係が浮き彫りになっていく。
個人的に久しぶりにこういったエモい系の恋愛群像劇を観劇したので非常に楽しませて頂いた。
サスペンスではあるものの要所要所で笑いを誘われるシーンが沢山登場して客席から何度も笑いが起きていた。
前回私が観劇した「いきしたい」とは作風が異なり、上野友之さん主宰の「劇団競泳水着」の作風に近い。
しかししっかりとサスペンス要素もあって、決して怖いシーンがある訳ではないのだが、"アイ"が失踪するという事件に対して物語が進行していくうちに、徐々に彼女の周りで何が起こっていたのか人間関係含めて明らかになっていく展開がサスペンスで面白かった。
また失踪した彼女の名前の"アイ"と「愛」が上手く掛けられている点も非常に今作ではキーになっていて、色々と考えさせられた。
舞台上にはいくつかの机やらテーブルやらが置かれていて、それぞれで場転をあまり挟まずにシーンを連続的に上演するスタイルだった。
こちらも「劇団競泳水着」を想起させる演出手法だと思った。
そしてなんといっても女性キャストが皆魅力的に感じられた。
台詞や仕草を含めて非常にリアリティがあって人間臭いキャラクター設定となっていて面白かった。
そして人間って面倒くさいなと終始感じさせられる。
恋愛の物語なので尚更そういったエモさ、人間臭さが浮き立つのかもしれない。
五反田団は同じ演劇ユニットの中でも様々な作風があるのだと色々と発見のあった観劇体験だった。
正直前回観劇した「いきしたい」より今作の方が好きだった。
恋愛群像劇が好きな方ならぜひおすすめしたい舞台作品。
【鑑賞動機】
五反田団を前回観劇した時は、抽象劇といった感じで非常に難しく感じられ、物語を咀嚼するのに随分頭を使った記憶があった。そしてそれが自分の好みだったかというと微妙な所だったので、今作の観劇も実は躊躇していた。
しかし、前田さんの新作公演であるしCorich舞台芸術!のYouTubeチャンネルである「オオイリ!」でも紹介があったので観劇することにした。予約後にTwitterの公演の感想を拝見していると、どうやら恋愛群像劇で評判も非常に良かったので、直前のタイミングで楽しみになって観劇することにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
憲治(浅井浩介)は恋人の加奈(鮎川桃果)から、自分以外の女性と寝たことについて追及されていた。憲治は夏子とその女性の3人で飲むことになって、流れでそのまま終電を逃してその女性と一夜を過ごすことになったのだと言う。加奈は鋭い口調で憲治を質問攻めにしていた。
そのことを加奈は友人の夏子(柳英里紗)に相談した。夏子は最近の憲治は様子が変だと同調していた。
加奈と夏子は同じ職場で働く者同士で、その上司に淳美(宮部純子)という女性がいた。淳美は今の夫と結婚して随分長い間結婚生活を送っているようであった。加奈は淳美に、どうしたら末永く結婚相手と円満に暮らせるのかと尋ねると、淳美は今の夫とは出会った時のようなときめきはないけれど、離れてしまうのは嫌だみたいな、まるでずっと飼い続けいている金魚みたいな存在なのだと言う。それが「恋」から「愛」に変わったということなのかもしれないと付け加える淳美。
憲治は友人の森田(岩瀬亮)と飲む。憲治はこの前一緒に一夜を過ごした女性から相談を持ちかけられたことを森田に話す。その相談とは、その女性には親友がいて、その親友が既婚者とずっと浮気をしていたのだけれど、最近違う男性を好きになってしまったので、どうやって今の既婚者男性と縁を切って好きになった男性にアプローチをしたら良いかという内容だった。その女性曰く、その好きになってしまった男性は、非常に大人っぽくて包容感のある男性なんだとか。
その話を聞いた森田は、どんだけ登場人物多いんだとつぶやき、もしかしたらその女性は、親友がそんな相談をしていると話してきているが、実はそれはその女性自身が抱えている悩みであり、その好きになってしまった男性というのは憲治のことなんじゃないかと推測する。
淳美の元に一人の女性が訪ねてきていた。その女性は鈴木(西出結)といい、娘の"アイ"が失踪というか行方不明になってしまったので心当たりないかと言う。"アイ"は淳美の元で働いていた女性である。淳美は"アイ"ならこの前仕事を辞めていったが、その後の行方は知らないと言う。
鈴木は、"アイ"は決して失踪をするような人間じゃないと言っていて、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと疑っている様子である。
加奈は今度憲治が帰宅したら、自分自身との今後の関係をどうしていきたいのかけりをつけようと決意した。早速憲治が帰宅し、加奈は今後の自分との関係をどうしていきたいかと単刀直入に尋ねる。きっと加奈は、憲治の口から「別れよう」と言われることも覚悟していたと思われる。
しかし憲治の回答は、「自分でもよく分からない」だった。加奈が理由を聞くと、憲治は自分は父親がロクでなしだったため、親からの愛を知らない人間だったため、こうしてダメな人間になってしまったのだが、その女性と出会った時に、自分と同じようなオーラを感じた、というよりもどうやら自分以上に愛が足りていないように感じて、ある種自分よりも強い奴と遭遇してしまったといった尊敬の心から彼女に惹かれたのだと言った。
加奈は憲治が結論を出すまで一歩も引かずしゃべるまいとしていた。憲治もそこから無言だった。どちらかが口を開いたら負けのようなムードになってしまい2時間が過ぎた。加奈はこんな時は涙を浮かべて憲治に訴えようと心の中で思ったが、こんな時に限って涙が浮かばなかった。なんとか最近一番辛かった時のことを思い出して、分かるか分からないか程度の涙が出た気がした。しかし、憲治は眠たそうにしていてムカついた。加奈はトイレに行きたくなった。しかしその場を離れる訳にはいかなかった。
ようやく憲治が何か言いかけたので、「たんま」といった身振りをした加奈は一瞬トイレに向かった。
トイレの中で一人籠もる加奈は、なぜか無性に怖くなってきた。そして寂しくなった。その時、トイレの扉をノックする音が聞こえた。憲治だった。憲治がきっと心配しにやってきて「大丈夫」と気にかけてくれているんだと加奈は思った。加奈は嬉しくなったが、いや待てよ、もしかしたら自分も用を足したいから早く出てくれかもしれないと思うと非常に腹が立ってきた。
絶対にトイレから出るまいと動かなかった加奈は、やがて憲治はトイレを離れて家を出て行った音を確認した。憲治が家を出ていったと知った途端に加奈は急に寂しくなり、そしてそのままおいおい泣き崩れた。
そんな一部始終を加奈は職場で淳美と夏子に話した。
その後加奈は暫く淳美の職場に来なかった。この前バイトが一人辞めたので人手不足だと言うのに、失恋で仕事を休むなんてと淳美は呆れてしまう。
夏子は加奈の様子を伺いに加奈の家にお邪魔した。加奈は家でうだうだ無気力状態だった。加奈は引っ越そうかと悩んでいた。そこで夏子は一緒に暮らそうと提案する。夏子も丁度賃貸の更新が間近で、今の住まいが夏暑くて冬寒い最悪の環境なので引っ越したいのだとか。そして2人で憲治をボコボコにしに行こうと約束する。
憲治は森田の家に行く。森田の家には夏子もいた。憲治は森田と夏子は付き合っているのかと尋ねる。森田はそうだと答えるが、夏子は「え?」というリアクションをして食い違う。
憲治は加奈と別れた後のことについて話し始める。その前話した女性は、森田の推測通りあの相談は自分のことを指しており、その最近好きになった良い男性というのは憲治のことだった。その女性の名前は"アイ"というのだけれど、どうやらそれまで付き合っていた既婚者の男性から脅迫を受けているようなのである。
その脅迫とは、"アイ"の携帯に変な画像を送りつけているらしく、憲治は森田にそれを見せるとこれはヤバイと言う。
淳美は鈴木に語る。"アイ"が付き合っていた既婚者の男性というのは"コミヤ"という男性だと言う。その"コミヤ"という男性がそこまで"アイ"に対して脅迫してくるということは、その男性にとって"アイ"という女性の存在が、ただのアソビ目的の存在でなかったんじゃないかと言う。
その後憲治は"アイ"とも別れることになって地元に帰ることになった。頼りない父親と一緒に住んでいる母親が可哀想になったからだと言う。"アイ"を地元には連れて行くことはしなかった(もうちょっと理由があった気がするが覚えておらず)。
しかし、加奈は憲治ともう一度やり直すことになり、憲治の地元へ向かうことになった。
夏子は加奈が憲治の地元へついて行こうとするのを止めようとする。夏子は、加奈がたとえこのまま憲治についていっても決して幸せにならないと告げる。しかし加奈は気持ちは変わらず、やっぱり憲治のことが好きなのでついて行くのだと。
そして2人の会話から憲治が森田の家に泊まりに来ていた時、うっかり夏子が憲治とやっていたことが発覚する。それは加奈の逆鱗に触れた。加奈は夏子の行動が信じられないと言って怒ってそのまま行ってしまう。
森田は夏子に面と向かって結婚前提で付き合って欲しいと言う。夏子は動揺する。夏子は結婚とか無理だと言う。結婚というのは、お互いのパワーバランスが絶妙に保たれて初めて成立するもので、どちらかが弱かったり強かったりするとすぐに崩れてしまうので、無理だと言う。
淳美は鈴木に、"アイが"付き合っていたという既婚者の"コミヤ"というのは、実は淳美の夫なのだと言う。鈴木はその事実を受け入れられなかった。鈴木は"アイ"は決して他人のパートナーを奪うようなことはしない人間だと言う。しかし淳美は、人間というのは分からないものなのだと言う。鈴木から見えている"アイ"というのは娘という面でしか見えていない。決して恋人としての"アイ"の側面は見られていないと言う。
「愛」というのはなんとも脆いものなのかと淳美は言う。長い時間をかけて育ててきた「愛」は崩れる時は一瞬なのだと。
夏子とアイ(西出結)は2人で電車に乗っていた。夏子は爪のネイルの話をアイにする。品川駅に電車は停車する。そこで"アイ"は降りていってしまう。夏子はここはまだ渋谷じゃないよと言うが、なぜか"アイ"は品川に降りてそのまま行方をくらましてしまう。ここで上演は終了する。
登場人物は森田を除いて全員ヤバい奴だなと思いながら観劇していた。"アイ"という失踪してしまう女性を中心に、憲治と加奈の関係や、夏子と森田の関係性、そして鈴木と淳美、そしてキャストとしては登場しないが"コミヤ"の関係性が徐々にストーリーを追うごとに明らかになっていくあたりにサスペンスを感じられるし、次の展開は?と先が気になってくる仕掛けがあって面白かった。
サスペンスの真相とはちょっと逸れるけれど、憲治と加奈のあのもどかしい関係性、凄く面倒くさい関係性は見ていて人間臭くて非常に面白かった。加奈というキャラクターになぜか好感が持ててしまうのが面白い。
ストーリーの展開の仕方も、別の場所で起きているシーンを、例えば淳美と加奈・夏子の会話と、憲治と加奈のやり取りを同時進行で上手く工夫させながら描写するのが非常に素晴らしいと感じた。
「愛」と"アイ"の掛け合わせや、人間関係とその描写されなかった余白部分の考察については、考察パートでしっかりと触れようと思う。
とにかく物語は恋愛群像劇なのだけれど、しっかりサスペンスとしても面白い脚本となっていた。伏線回収もよく出来ていて素晴らしかった。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
今作が上演されたアトリエヘリコプターは、客席80名程度の非常に小さい劇場であり、舞台と客席との距離も非常に近く観やすかった。非常にアットホームな空間が広がる舞台美術で落ち着きがあって全体的に好きだった。
舞台音響はラストシーンで山手線の品川駅アナウンスの音声があったくらいなので、舞台装置、舞台照明、その他演出の順にみていく。
まずは舞台装置から。
舞台上には4つのエリアが存在していて、それぞれにインテリアが置かれていてシーンごとに異なるエリアで上演されるような仕組みになっている。
舞台下手手前側には、テーブルと2つの椅子が向かい合わせで置かれている。このうちの下手側に置かれている椅子に、基本的には鈴木が座っていた。またその手前にも小さなスペースが存在していて、そこでは加奈が憲治の地元へ向かう時に夏子が引き止めるシーンが上演されたり、森田が夏子に向かって告白するシーンが行われる。その一番下手側には、何やらダンボールが沢山積まれていて、特に劇中で使用する訳ではないのだが、一部そのから鈴木がプラモデルを取り出すシーンに使われるくらいだった。
そのテーブルと2つの椅子の奥には、2人がけのソファーが置かれていた。基本的にはその下手側の方に淳美がずっと腰掛けていた。もう1つのスペースには夏子や加奈が腰掛けて淳美の職場でのシーンが展開された。
上手手前側には、小さなちゃぶ台とクッションなどが置かれたリビング空間があって、主に憲治と加奈の家として使われ2人のシーンが展開される。加奈が憲治に対して"アイ"との関係について言及し、これからどうしていくか追い詰めるシーンもここで行われていた。
その奥、つまり上手側奥には、白いハコウマのようなものが2つ置かれていて、そこでは憲治と森田が2人で会話するシーン(憲治が"アイ"から相談されたことについて話すシーン)が上演された。また、一番最初のシーンで、憲治と加奈の2人が憲治が他の女性と一夜過ごしたことについて追及するシーンもここで行われた。
このような形で、舞台上は4つのエリアを上手く使い分けながら物語を進行させていたが、途中で2つのエリアの上演を同時進行させながら、かと言って同時発話的に上演するのではなく、一方のシーンが止まってもう一方のシーンが上演され、今度はその逆になってもう一方のエリアの方が上演されという演出が効果的だった。その2つのシーンで、加奈が両方に登場しながら演じるというシチュエーションも、非常に映画的で面白かったし、今作では非常に効果的な上演方法だと思った。
次に舞台照明について。
特に派手な照明が使われるシーンがあった訳ではない。先述したように舞台上が4つのエリアに分かれているので、ある1つのエリアで上演されている時は、他の3つのエリアでの照明が消えているといった感じで、スポットライト的な使われ方をしていた印象。
個人的に好きだったのは、舞台上にインテリアとしての照明器具も沢山置かれていて、そちらも1つの舞台照明として使われていたのがアットホームな舞台空間という感じがあって素敵だった。
最後にその他演出について。
まず衣装についてだが、途中で役者が衣装を着替えているのだが、春服から夏服になる感じが時間の経過を上手く描写しているなと感じた。それにこういった恋愛群像劇は、特に女性陣が薄着になることによってより色気みたいなものも掻き立てられて凄くエモく感じられる辺りも個人的には好きだった。
それと、鈴木とアイが同じ役者(西出結さん)が演じていらっしゃるという演出も良かった。観客に一瞬、この場面での西出さんはどっちなんだろうと考えさせながら、会話を聞きながら判断していく感じが特にラストでは必要で作品に没入できた。またラストで、アイのスカートが真っ赤というのも凄く似合っていた。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
キャストは男女6人しか出演していないが、どの方も非常にナチュラルな演技でそして女性陣は特に色っぽくてエモかった。
特筆したいキャストに絞ってみていく。
まずは加奈役を演じた鮎川桃果さん。鮎川さんはCMやドラマ、映画など映像作品にも多数出演されており、「仮面ライダーフォーゼ」やNetflixドラマ「今際の国のアリス」などに出演されている。舞台作品にも出演されているが、私は鮎川さんの演技拝見が今作が初めてとなる。
一番色気があってエモさを感じた鮎川さんの演技だったが、私はこの加奈というキャラクターの癖に非常に興味をそそられた。本当は憲治のことが好きなくせに、無駄にプライドが高いからいつも損してばかりいる所が凄く好感が持てたからである。例えば、個人的に一番お気に入りのシーンだったのが、加奈が憲治と2時間黙り続ける対決みたいなのをやってて、その沈黙を憲治が破った時に加奈がトイレに入る下りが好きだった。その前からあった涙の下りも好きだったけれど。凄くタイミングが悪くて損をしていて、でも結果的に憲治のことが好きだから振り回されてしまう。仕事を休んでしまうほど引きずってしまう加奈が、個人的には結構好きだった。
あとは演技でいうと、ちょっとここからはフェチみたいな文言になってしまうが、鮎川さんの髪を掻き分ける仕草とかをちょいちょい入れてくる感じも演技として良かった。凄くナチュラルだった。
次に加奈の恋人である憲治役を演じた浅井浩介さん。浅井さんもドラマ・映画と映像方面でも活躍されていて、映画では今泉力哉監督の「his」で拝見したことがある。また、舞台では五反田団の「いきしたい」でも拝見している。
憲治のクズっぷりは本当にキャラクターとして好きだった。こういった恋愛群像劇にはこういうクソな男性って絶対出てくると思うけれど、今作の憲治は本当にいい味を持ったクズだった。
まず何事も優柔不断で、そして素直に自分の非を認めない辺りがクズだなと思って観ていた。例えば、加奈に今後どうしていきたいかと聞かれて「分からない」と答えたり、"アイ"のことが純粋に好きだとも言わない。そのくせ親のことを心配して"アイ"を置いて地元に帰ってしまったり。非常に自分の中の芯みたいなものを全く感じられなくて、だからこそクソな男としてキャラクター的に好きになれた気がする。
浅井さんの演技もそういった味をしっかり出していらっしゃって良かった。
次に、夏子役を演じた柳英里紗さん。柳さんも映画・ドラマと映像作品でも活躍されていて、舞台での演技拝見は今回が初めて。
この夏子という女性も非常に色気があってエモかった。非常に加奈のことを気遣ってくれる友達思いな性格がとても演技にも反映されていて結構好きになれたキャラクターだった。声に気持ちがこもっている感じが好きだった。優しさが常に感じられた。
しかし、この夏子も終盤に差し掛かると結構ヤバイ奴だったことが発覚する。ヤバイ奴だったというか、結婚出来ない性格というか。もしかしたら、淳美の夫婦事情を知ってしまったから自分は結婚なんて出来ないと思ってしまったのかもしれない。束の間の「恋」を楽しむことは出来ても、それを永続して「愛」に変えることは出来ないと思ってしまったのかもしれない。その結果、かなりまともそうに見える森田でさえも、結婚を迫られて拒否ってしまったのだろう。
淳美役を演じた宮部純子さんも良かった。
宮部さんの演技も初めて拝見したが、あの毒々しい年配の女性オーラが凄く良い。"アイ"に対して嫌がらせをしていたのはきっとこの淳美だと思うが、あのオーラからすると相当執念深い仕返しをされていたんじゃないかと怖くなる。
この物語はサスペンスといっても、事件が解決する訳でも犯人が逮捕される訳でもない。きっとこの淳美が事件の真相を握っていたのだが、決して罰せられる訳ではない。長年時間をかけて育てて来た「愛」を台無しにされた怒りというものが、未だ彼女の胸の内に横たわっている感じがするから、結局事件も解決していないし怖くなってくる要因である。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
先述した通り、五反田団の舞台作品は「いきしたい」がかなり抽象的に難しかったので多少敬遠していた部分もあったが、今作を観劇して非常に自分の趣味嗜好にハマったのでお気に入りの演劇ユニットの1つになった気がする。
何より非常に精巧に練られた脚本があって、そこに恋愛群像劇とサスペンスを上手く盛り込んで見事な伏線回収を果たすので素晴らしい。物語を反芻すればするほど、この脚本の深みが増していきリピート観劇してもっとこの作品に対する理解を深めたいくらいに感じた。ここまでリピートしたかったと感じさせてくれる観劇体験もなかなかない。さすがは岸田國士戯曲賞を受賞している脚本家前田さんだけある。
脚本も非常に素晴らしい上に、演劇ならではのエモさを感じさせる演出もあっぱれだった。役者の観せ方、シーンの観せ方も非常に上手かった。
さてここでは、「愛に関するいくつかの断片」というタイトルについての考察を、それぞれの登場人物に対する個人的な解釈からしていこうと思う。
「恋」と「愛」の違い。これは恋愛をしたことがある人なら誰しもが何となく感じたことがあることだと思う。「恋」というのは、平たく言ってしまえば一目惚れみたいな束の間の異性へのときめきみたいなイメージだと思う。一方で「愛」というのは、男女が長い時間をかけて関係性を築いていくことで形成されるもの、それは今作の淳美の言葉で例えるなら、非常に認知しずらいものなのかもしれない。ずっと飼い続けている金魚のように、いつもいるから落ち着くというような気持ち。無くなると途端に狂い出してしまうようなものなのだと思う。
しかしこの「愛」というものは、もちろん夫婦関係だけにあるのではなく、親子関係にだって存在する。そしてそれがまた、個々人によって「愛」の捉え方って異なるからややこしいことになる。
鈴木はきっと、自分は「愛」を持って娘の"アイ"を育ててきたつもりだったのだろう。劇中では実際に鈴木と"アイ"のやり取りについての描写はないが、鈴木の会話から非常に鈴木が娘に対して過保護で余計なお世話を焼いていたのかもしれないと感じられる。そして娘の"アイ"は、それを仕方なく受け入れていたのかもしれない、それがずっとストレスだったとしても。そしてそれを母親からの「愛」とは捉えていなかったのかもしれない。
鈴木の前ではきっと"アイ"は良い子にしていたのだろう。しかし、それは"アイ"の本来の姿ではなかったのかもしれない。"アイ"が自立して初めて一人の人間として周囲に振る舞うようになった時に、"アイ"の異なる側面が現れたのかもしれない。
憲治は、初めて"アイ"に出会った時に、彼女が自分以上に「愛」が足りてないように見えたと言った。だからもしかしたら、"アイ"は母である鈴木からの「愛」を「愛」として受け取っていなかったので、「愛」を知らない人間として育ってしまったのかもしれない。
憲治も親からの「愛」を持ってして育てられなかった。だから加奈を精一杯愛すことも出来なかったし、"アイ"とも長く付き合うことが出来なかったのだろう。その結果、憲治という男性がずっと好きな加奈にとっては非常に苦しい状況に置かれてしまった。
これは私の憶測だけれど、夏子もきっと育った家庭環境がそこまで夫婦円満でなかったのかなとも思う。結婚することに対して後ろ向きだし、ひょっとすると淳美の夫婦関係を見て自分は結婚無理だと思ってしまった部分もあるかもしれないが。
「愛」というものは時間をかけて形成されるものである。しかし、壊れる時はあっという間である。人と人との信頼関係とも似ている。
淳美は夫の"コミヤ"に「愛」を崩されてしまった。長年時間をかけて築いてきた「愛」を。だからおそらく淳美は逆鱗に触れて"アイ"に嫌がらせをしたのかもしれない。酷いお仕置きを。
そしてあの描写では、"アイ"は意図的に淳美と"コミヤ"の「愛」を断ち切ったようにも感じられる。わざわざ淳美の元で働くことを申し出た"アイ"の行動から。「愛」を知らない者は人の「愛」をも奪おうとするのかもしれない。それは意識的なのか無意識的なのか分からない。少なくとも"アイ"は淳美と"コミヤ"、そして憲治と加奈の2ペアから「愛」を奪った。
ここで初めて「愛に関するいくつかの断片」というタイトルについて考えてみる。このタイトルには、サスペンス的意味と、恋愛群像的意味の2つがダブルミーニング的に織り込まれていると解釈している。
結局"アイ"は失踪したまま戻っては来ない。ただ、失踪した理由がぼんやりと分かったという所である。だからこのタイトルの1つ目の意味としては、"アイ"という女性の失踪した原因に関する、それぞれの登場人物が記憶している断片的な記憶のことを指すのではないかと思う。これがサスペンス的意味でのタイトルの解釈。
そしてもう1つの意味は、淳美と"コミヤ"、鈴木と"アイ"、憲治と加奈、夏子と森田といった、それぞれの男女関係、親子関係の不完全で断片的な「愛」を指しているんじゃないかと思う。これは人間関係それぞれで「愛」の捉え方って異なるし、異なるからこそ完全に「愛」を形成することの難しさというものを物語っているように私は感じられた。これがもう一つの恋愛群像的なタイトルの解釈である。
このように非常に考察のしがいのある脚本ということもあって観劇していて非常に楽しかった一方で、夫婦関係、親子関係を築いていくことの難しさを突きつけられた感じもして、非常に毒を塗られたような感覚にもさせられた。でも総じて観劇できて良かった。
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