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舞台 「昨日の月」 観劇レビュー 2025/01/18
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公演タイトル:「昨日の月」
劇場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
劇団・企画:劇団papercraft
作・演出:海路
出演:名村辰、福田麻由子、高橋健介、井上向日葵、伊藤歌歩、谷藤海咲、村上航、加藤貴子
公演期間:1/16〜1/19(埼玉)
上演時間:約1時間50分(途中休憩なし)
作品キーワード:不条理劇、シリアス、青春、SF
個人満足度:★★★★☆☆☆☆☆☆
海路さんが作演出を務める「劇団papercraft」の第11回公演を観劇。
「劇団papercraft」は若い男女関係にフォーカスした不条理演劇を得意とする作風で、これまでに『殻』(2022年2月)、『世界が朝を知ろうとも』(2022年10月)、『空夢』(2024年5月)を観劇したことがある。
今作は、高校生である大野歩(名村辰)を中心とした話で、昨日か明日を売ることができるという終日販売という商売が密かに流行っている世界での物語を描いている。
歩はクラスメイトの佐藤杏(福田麻由子)とデートしている。
二人は、終日販売を行なっている土井(村上航)の元を訪れる。
早速歩は、土井の指示に従って明日を売ることにする。
売った明日はもう買い取ることは出来ないが、5万円が手に入る。
歩は杏との楽しい一時を過ごしていつの間にか自宅のベッドで眠っていた。
歩が起きてきてリビングに向かうと、母親の大野瑞枝(加藤貴子)に叱られる。
一日中家を留守にしてどこへ行っていたのかと、昨日誕生日でケーキを買っておいたのに帰ってこなかったから先に食べてしまったと。
妹の大野珠理(伊藤歌歩)も歩の行動に呆れている様子である。
その後歩は、杏との仲を深めていきながら未成年であるにも関わらずお酒にも手を出してしまう一方、頻繁に土井の元へ訪れるようになり明日を何度も売って両親から叱責される日々が続くようになってしまうが...というもの。
いつも設定が突飛で理解が及ばないシーンも多々ある「劇団papercraft」の作品だが、今作は海路さんの作品にしては物語前半は割と分かりやすく進行した印象だった。
高校生の歩を主人公とし、杏と交際を始めたことをきっかけに徐々に堕落していく感じが描かれていて、設定は突飛でも主人公にも共感出来たため分かりやすく感じたのだと思う。
しかし、物語後半になるにつれて描きたい要素が発散しているような気がしてまとまりのない印象を受けてしまった。
主人公が中毒症状に陥ってしまった先の末路を描きたいのだと思うが、デジタルが普及してアナログのものが淘汰される世界を描いたり、人類が月に移住する計画の話が出てきたり、仕事が出来る人間と出来ない人間のヒエラルキーを描いたりと発散しすぎていて、それらをどう統合的に捉えて良いか分からなかった。
そのため最終的な個人的満足度は下がってしまった。
今作では、終日販売という不条理劇的な設定を導入することによって、一度手を出して中毒症状になってしまったら元の生活や人生に戻れない警告を発しているようにも思えた。
昨今では、若者が闇バイト、パパ活、立ちんぼなど一度手を出してしまったら元には戻れない犯罪が横行している。
そういった社会問題を想起させるような不条理劇の設定を元に物語を進めたという着眼点は素晴らしかった。
まさに今作を観劇する若者の多くは、そこからそういった犯罪に手を染めて抜け出せなくなり人生が棒に振ってしまう脅威をメッセージとして受け取って欲しいと感じた。
そうであるが故に、終盤の物語の発散は勿体なく思えてしまった。
今作では、初めて海路さんの芝居を300席前後ある大きな劇場で拝見することになったが、海路さんの演劇の良さは小劇場の方が引き立つようにすら思えた。
舞台美術は突然複数の家具が運び込まれてきたり、客席通路を使ったり、月と思しきオブジェをLEDで点灯させたりとこの劇場だから出来ることを最大限に使用していた印象だったが、劇場が大き過ぎるが故に舞台空間に疎な空間が多すぎて没入感が薄らいでしまう印象を受けた。
もっと小さなキャパシティの劇場で観たいなと思ってしまった。
この規模の劇場でやるのであれば、もっと大掛かりな演出が活きる脚本に仕上げて欲しかったと感じた。
役者陣は、若手俳優と「劇団papercraft」の常連俳優を中心としたキャスティングで安定感があって素晴らしかった。
まずは主演を務めた大野歩役の名村辰さんは、1ヶ月前にくによし組『ケレン・ヘラー』(2024年12月)で主役で演技を拝見しての直後だったので、こんな短期間で主演を2つもこなしてくる凄さに感嘆した。
歩の徐々に酒に溺れるようになり、風俗に通うようになり、家族から相手にされなくなり、学校にも行かなくなっていく破滅ぶりは、犯罪に手を染めてしまう若者のようでもあるし、演劇に手を出してしまった学生でもあるように感じ、徐々に健全でなくなっていく様に感情を動かされた。
相手役の福田麻由子さん演じる杏も、非常に女子高校生らしくピュアで可愛げのある女性を演じていて良かった。
また、歩の母親である大野瑞枝役やファミレスのリーダーの芳川役を演じた加藤貴子さんの演技もリアリティあって痺れた。
ファミレスのリーダーとしてバイトに厳しく指導する姿は言葉に棘があってグサグサ抉られた。
劇場のキャパシティが釣り合っていなかったのと、脚本の着地点にはモヤモヤを抱いたが、海路さんらしい摩訶不思議な不条理演劇の世界観は癖になるので多くの人に届いて欲しい。
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【鑑賞動機】
海路さんの描く「劇団papercraft」の作品の世界観が好きだから。新作公演ということと、主演が名村辰さんということで今最注目の若手俳優というのもあった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
大野歩(名村辰)は制服姿の佐藤杏(福田麻由子)と初めてのデートをしている。歩は普段学校で見かける杏よりも今一緒にいる杏の方が好きだと言う。
二人は、土井(村上航)の元を訪れる。土井は自ら発明した機械を用いて、終日販売という商売を始めていた。終日販売とは、その人の昨日か明日を売ることによって報酬が手に入るということのようであった。土井は早速歩の頭に機会を載せて彼の記憶を覗き込む。歩が杏とデートしている光景を覗く。そして、歩は明日を売ることによって5万円の報酬を手に入れる。
歩は自宅のベッドで目を覚ます。時刻は12時だった。歩はリビングへ降りていくと、母親の大野瑞枝(加藤貴子)が心配そうに歩を見つめて叱る。一体何時だと思っているのと。昨日は一日歩は家に帰ってきてなかったからずっと心配していたのだと言う。そして、歩の誕生日だったからケーキ買っておいたのに、歩は帰って来ないから先食べちゃったと言う。妹の大野珠理(伊藤歌歩)も呆れている。歩はそんなつもりはなかったので、ポカンとしたまま手に入れた5万円を見つめるのだった。
歩と杏は、歩の上履きを探していた。上履きが見つからなくて二人で一緒に探している。そこへ同じクラスメイトの橋岡寛希(高橋健介)と八木優佳(谷藤海咲)がやってくる。二人は付き合っている様子である。文化祭も間近でクラスメイト内の噂話をしながらコンビニに立ち寄る。
夜は、歩と杏でクラブに行くことになる。一緒にクラブにいる人々と踊り歩も開放的な気分になる。
歩と杏はベッドに行って、二人でお酒を飲もうとする。歩はお酒を飲んだことがなくて抵抗があるようだが、杏に飲まされて上手くないと言いながら飲むのだった。
歩は杏とデートしている時に、歩がソープの方を見ているのを気にする。杏には何でもないと歩は言う。
再び土井の元にやってくる二人。またしても歩は明日を売ることにする。
そして再び歩は瑞枝に叱られる。最近の歩は変だと呆れられている。今度は、家族で歩を置いて旅行に行くらしい。数日間留守にするから、その間に何かやらかすんじゃないと忠告を受ける。
家族が旅行で留守の間、歩は杏とお酒を飲んだりしてデートをする。そして、ステージの下手上側のステージで二人でイチャイチャしたりする。
歩はソープに行く。ソープでは、ももこ(井上向日葵)が歩を相手してくれる。歩はソープに来るのが初めてで緊張している。ももこには、これが浮気であることがバレていて、それは浮気だぞと忠告するが、そのまま歩は脱がされて良い気持ちになっていく。
歩は一人で土井の元を訪れる。歩は昨日を売りたいと言い出す。土井は、昨日を売って明日を売ることは出来るが、そうすると今日から抜け出せなくなってしまうからおすすめしないと言われる。最低でも昨日を売って数日してから明日を売らないといけないと。歩は土井の忠告を受けて明日と昨日を同時に売ることはしないで昨日だけ売ることにする。そして何度も何度も昨日を売ることにする。
歩はふと学校に行くと、橋岡と八木が卒業式を終えて出てくる所だった。二人に歩はなんでここにいるの?と聞かれる。歩はびっくりして半年ぶりだねと二人に声をかけてしまうが、半年どころでなく1年以上会っていなかったと言われる。歩は、二人ともまだ付き合っていたんだと言うと、実は一度別れてヨリを戻したと言う。
二人とも大学に入って一人暮らしを始めるらしい。歩は?と聞かれたが、大学は決まっていないけれど一人暮らしを始めると言う。二人は首を傾げる。これから卒業制作があるからと、橋岡と八木は歩を置いて去っていってしまう。
歩は杏と会う。杏は歩に対して冷めていた。そんなに会っていなくても良いのだと。そんなに会いたくないんだと。杏も土井から昨日を売ったりしているので、お互いに日にちを被せて会える時は会いたいねなどと会話する。
歩はまたソープに通う。ももこからは、何度もこのソープに来て大丈夫なのかと心配される。
沢山の記者がカメラのフラッシュをたきながら並んでいる。今から何かの記者会見が行われるらしい。スーツ姿の男性が登場し、いよいよ月がデジタル化する計画が始まったと言う。そのデジタル化した月の名前も発表する(「アルファ???」)
歩は橋岡に会いに行く。一人暮らしをしている彼の家に遊びに行く。そしてうだうだとスマホを見ながらお互い変わらないねと話していたが、突然歩が自分が高校生時代にいじめられていて自分を守ってくれなかったことの話をする。橋岡は今更何いっているんだというリアクションをする。
ももこと杏は二人は友達で二人で会っていた。月に一緒に移住しようという話をももこは持ちかけている。杏もそれに乗じようとしている。そこへ歩が帰ってくる。歩はももこと杏が友人関係であったことに驚く。そして歩とももこはお互いに驚きつつも、初めましてと挨拶を交わす。ももこは立ち去る。また今度連絡すると。
歩と杏の二人になる。二人は口論し、結果別れることになってしまう。
歩は、ファミレスのバイトの面接を受けに行く。ファミレスのリーダーの芳川(加藤貴子)は、高校中退で22歳まで何もしていなかったのかと落胆され、そんなにファミレスのバイトは甘くないと言われる。差し支えなければ、22歳までどうやって暮らしてきたの?とも聞かれる。しかし芳川は、歩を採用はする。
歩は芳川の想像以上に仕事をテキパキとやってのけて褒められる。一方で半年前に入った守本(高橋健介)には厳しかった。そんなにトロトロ仕事しているとロボットが導入されちゃうからと。
ある日ファミレスのバイト先で、芳川と歩は仕事している。そこに八木がお客としてやってくる。八木と歩は久しぶりに言葉を交わす。そこへ、守本が包丁を持って芳川に襲いかかる。そしてそのまま芳川を殺してしまう。そして守本は、次は歩だとお前のせいでこんな辛いを思いをしたんだと言って襲おうとする。
ところが、そこにももこが現れる。ももこは杏と月に移住したが戻ってきて、11号に襲われそうになっていると怯えている。そこに宇宙飛行士のような格好をした人間が二人やってきてももこを連れ去ってしまう。
歩は実家に帰る。そこには妹の珠理がいた。妹には随分久しぶりに実家に歩が現れたのでびっくりしちゃったと言われる。そして妹には歩が終日販売にハマっていたことがバレていて、それについて聞かれる。珠理は流行っているので内容は知っていると言うだけでやったことはないと言い張っている。しかし歩は珠理もやっていたのではないかと疑う。
歩はファミレスでバイトをしていたことを告げる。そうであるなら実家にお金を入れるようにと珠理に言われる。歩は反発する。自分で稼いだ金なのにと。でも珠理は自分も大学出て就職してお金を入れていると言う。歩は実家を出ていく。
歩は土井の元を訪れる。土井には久しぶりだねと言われる。歩は明日と昨日を売りたいと土井に告げる。土井は、前も忠告したかもだけれど明日と昨日を売ったら今日から抜け出せなくなるよと言われる。歩はそれでも構わないと言う。土井は歩の明日と昨日を売る。
暗転して、ステージ上にあった巨大な月が光はじめ、上空へと昇っていく。
歩は道端で杏とずれ違う。歩は杏に声をかけるが杏は歩のことを認識していない。誰でしょうかと言われてしまう。そしてまた今日がやってくる、歩はもう30回と杏に声をかけているが、杏にとっては私と会うのは初めてなんですよねと言う。ここで上演は終了する。
物語前半までは、高校生の歩が終日販売という中毒にハマってしまって、そしてソープへ行ったりお酒にも手を出したりと堕落していく様子が描かれて興味深かったのだが、月に移住する計画が出現してから全く物語が追えなくなってしまって置いて行かれた気分だった。
どうして月に移住する話が出たのか、月をデジタル化するという話だったがそれが何を表すのか分からなかった。どんどん電子媒体のものが増えてアナログのものが無くなっていくという描写があったが、そこと関連するのかもしれないがよく分からなかった。そして地球に住む人間を襲う11号という存在もよく分からなかった。
それと歩がファミレスでバイトし始めてからもよく分からなかった。昨日を売りすぎて高校生活を失ったり、進路も失ったり、杏も失うことになったが、バイトを始めてそれなりに居場所を見つけることが出来た。その件が今作において何を表すのかよく分からなかった。
ただ、一番最後の明日と昨日を売って今日に閉じ込められる選択を自らするというのは、自殺行為だなとも思った。この話の流れだと、バイトで上手くやっていくようになっても、社会的なヒエラルキーは存在するし、自分で稼いだ金は全部自分だけには使えないと言うのを知って自殺したという展開になってしまうように思う。それだけで、明日と昨日を売りたいと言い出すのかも理解できなかった。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
300席前後のキャパシティの広い劇場空間で初めて「劇団papercraft」の作品を拝見したが、やや空間が広すぎて作品の持つ濃厚さが発散している点が気になったが、「劇団papercraft」らしく不思議な世界をカラフルに、そして気味悪く描いていたと思う。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
ステージ上に固定された舞台装置は置かれておらず、開演とともに捌け口からソファーや机、ダイニングテーブル、ベッドなどの複数の家具が引き摺り込まれて配置されて物語は進行する。シーンによってはそれらの家具は、同様に引き摺られて捌けてしまうシーンもある。
基本的には、土井が登場するシーンや歩の自宅のシーンなどではこれらの家具がステージ上に運び込まれていた。後半になると、歩の自宅シーンや土井の登場も少なく、特に終盤のシーンでは家具は全て運び出されていた。
「劇団papercraft」の作品にはよく現代的なリビングや家具が登場するイメージで、それらが具象舞台として登場するのではなく、家具が至る所に点在して壁などは一切存在しないという造りは毎公演恒例のように思える。それによって、非常に不穏な雰囲気を感じさせる。
また、ステージ奥には月と思しき巨大なオブジェが天井から吊り下げられていた、この巨大なオブジェを吊り下げてLEDのような光で光り輝く仕掛けは、大きな劇場とそれなりの資金がないと出来ないよなと思う。そして終盤では、この巨大なオブジェが上部へと引き上げられて、月がまるで昇っていくような仕掛けになっている。正直、その演出をなぜ入れなければいけなかったのか、その必然性は分からなかったし、そこをもっと抽象的に上手く表現できる演出もあったような気がして、凄く大掛かりなことをやっている凄さはありつつ、適切かどうかは疑問に感じた。
また、ステージの構造を活かして、客席の通路から役者が登場したり、ステージ下手側上部のスペースを使った演出もあった。それによって、観客は視点をワイドにして舞台を楽しむ仕掛けとしては面白かったが、舞台空間が広すぎて没入感が発散している感覚も否めなかった。
次に舞台照明について。
舞台照明に関しては、前回作の『空夢』同様にカラフルでポップな照明が使用されていた。特に、名村さん演じる歩が徐々にお酒に手を出したり、杏を好きになったり、ソープに通い始めるシーンで、徐々に大人の世界に染まっていく時にカラフルでポップな演出が効果的に効いていたように感じた。
あとは、いつもの「劇団papercraft」の作品でもそうなのだが、全体的に舞台照明が少なめで暗いのも印象的である。それによって気味の悪さも助長されていて良いなと思う。
あとは、新しい月の名称が決まるときの白くスポットライトが当たる感じも、どことなく怖さを感じさせられた。
全体的に明るい感じの照明というよりは気味の悪いものが多かった印象である。
次に舞台音響について。
前回作のように不協和音は入っていなかったが、所々にシリアスな音楽が流れていた印象である。目立った楽曲はなかったが、終始不穏な空気感を形成していたように感じた。
効果音もそこまで多くなかったが、11号によってももこが連れ去られるシーンなどインパクトあるシーンで入っていて気味悪かった。あとは象徴的に学校のチャイムと思しき効果音で場面転換したり、コンビニ店内の音楽と思しき音楽でシーン転換する感じも印象に残った。
最後にその他演出について。
歩の明日が売られて自分で気が付かない間に1日が終わっていて母親に怒られるというシーンで、何かその間に起きたことを分かりやすく演出せずに、観客もいつの間にか時間が経っていたという感覚にさせる演出が素晴らしかった。これによって、観客も歩と同じ不思議な感覚に包まれた印象を抱くことができる。
あとは台詞に時間の経過を上手く示す言葉を入れていて巧みだなと思った。歩が久しぶりに橋岡と八木に出会ったら卒業式だったとか、ファミレスでバイトする際に、この期間何やっていたの?とか、最後に土井に会う時に久しぶりだったねなど、役者が同じなので台詞で時間の経過を表して分かりやすくしていたのは良いと感じた。
スーツ姿の男性が、月の名前を変更する記者会見を行なっていて、「アルファ???(後ろのカタカナ忘れました)」と命名していたが、これは新元号の発表のようにも感じて、その辺りから着想を得ているのかなと感じた。
守本が、包丁を持ってリーダーの芳川を襲って殺してしまった時に、客席通路側に消えていって、そちらで悲鳴が聞こえるという演出が良かった。目に見えてなくて悲鳴だけ聞こえるからこその怖さがあった。
また、11号にももこが連れ去られてしまうシーンで、まるでスターウォーズに出てくるストームトルーパーみたいなのがやってきて、ももこの姿を白い大きな布で隠して連れ去ってしまう演出も舞台的で良かった。NODA・MAPにこういう演出があったなと思った。
一番最後の演出は凄く切ないなと思った。歩は毎日同じ今日を生きていて、杏に話しかけるのだけれど、杏は永遠に歩のことを認識してくれることはない。歩だけ前の記憶を持ってして今日を何度も生き続けるので、非常に辛いラストだなと思う。それは、歩が自らの人生を諦めてしまった結果なのかなとも思うけれど、その辺りは後で考察しようと思う。2回、歩が客席通路から登場して、杏がステージ奥から登場してすれ違うという演出そのものは印象的だった。客席の明かりも点いていたので、もう終わりなのかと思っていたが、確かにもう終わりではあるが歩の人生はたとえ生きていたとしても、昨日と明日を奪われて今日しか生きられない存在になってしまっているので、事実上の死を意味するから、つまりそれは劇が終了したことに等しいから客席の明かりも点いているのかなとも感じた。観客が劇場を後にした後も、きっと歩は杏とすれ違い、実は何度も会っているんですよと繰り返しているように思えた。
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
若手俳優を中心とした座組で皆演技力も素晴らしかった。劇場のキャパが広すぎてその広さに圧倒されている印象もあって、もっと小さな劇場で演技を体感したかった気持ちはあった。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずは、主人公の大野歩役を演じた名村辰さん。名村さんの演技は、先月にくによし組『ケレン・ヘラー』(2024年12月)で演技を拝見したばかりで、その他だとモダンスイマーズ『雨とベンツと国道と私』(2024年6月)、タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』(2023年9月)でも演技を拝見している。
これは配役とかではないのだが、1ヶ月前にあれだけの主役を張ったばかりなのに、その1ヶ月後に今作で再び主演をここまで完璧にこなされていて素晴らしいなと感じた。『ケレン・ヘラー』でも今作でも名村さんは、グレてしまって堕落した青年を演じるので、今作ではより一層おとなしくて真面目だった高校生の時からの変化もあって見応えのある演技をしていたと思う。
今作では詳しく描かれることはないが、おそらく歩はそれまで高校でいじめられてクラスのヒエラルキーの底辺にいた存在だったと思う。自分ももっと目立ちたい、青春を謳歌したいと望んでいて悔しい思いを続けてきたんじゃないかと思う。だからこそ、杏とお付き合いが出来たのは嬉しかったが、気持ちが大きくなりすぎて終日販売に依存したり、ソープに入り浸ったり、家庭からも追い出され卒業も出来なくなってしまったのだと思う。それは今までの寂しさの埋め合わせから来るのではないかと思う。
ただ、ラストのファミレスのアルバイトはこなせていたのに、そこからももこが消えてしまったり、実家にお金を入れないといけないと分かって、明日と昨日を売るという行為(つまり自殺)に及んだ理由はよく分からなかった。まだ、ソープや終日販売にハマって全てを失って自殺するという流れの方が自然なのに、そのような描写を加えた理由は、歩の心情的によく分からなかった。
次に、佐藤杏役を演じた福田麻由子さん。福田さんの演技は、今作で初めて拝見する。
非常に女子高校生役が似合っていて、特にストーリー序盤は一つの甘酸っぱい青春ものを見ているような気持ちになって好きだった。
歩と杏で二人でお酒を飲んでしまうあたりも凄く良かった。杏がグイグイ歩を引っ張っていってお酒を飲めるようにしていく様とかも良かった。
これを見ていると、おそらく杏も学校で孤立していたのかなとも思う。もちろん歩もお酒や終日販売といった中毒にハマってしまっていたが、その前に杏がそれらに手を出していたので杏もきっと、寂しさからそういったものに早くから手を出して寂しさを埋め合わせていたのかなと思った。
確かに、杏はメンヘラ感あるかもとも改めて感じた。精神的に不安定だったからこそ、そういった中毒性の高いものに手を出したり、いじめられていた歩を好きになったりしたのかもしれない。
八木優佳役を演じた谷藤海咲さんの演技も素晴らしかった。谷藤さんの演技は拝見するのは初めてだが、最近ではTAACの演劇作品によく出演されていたり、朝の連続テレビ小説『おむすび』にも出演されているようである。
凄くナチュラルな演技が女子高校生役としてハマっていた。高橋健介さん演じる橋岡とのカップルが本当にリアリティあって良くて、彼らの会話を聞きながら自分の高校生時代などに思いを馳せたりした。
あとは、ももこ役を演じた井上向日葵さんの演技も素晴らしかった。井上さんの演技は、劇団papercraft『殻』(2022年2月)で演技を拝見したり、ロロ『BGM』(2023年5月)でも演技を拝見している。
今回の役はソープの風俗嬢役であったが、非常に色気のある演技でこういう井上さんの演技を初めて観たので新鮮で良かった。
後半になると実は杏とは友達関係で、一緒に月に移住しようとするのはよく分からなかったけれど、ももこも風俗嬢ということで歩と同じ、そういった売春商売を抜け出すことの出来ない存在である。そういう哀れなキャラクター性が演技からも伺えて良かった。
そして、本当に脇役ではあるけれど非常に演技のバリエーションのある役者さんなので、もっと主役級の演技を張っても良いのではないかと感じた。
最後に、大野瑞枝役、芳川役を演じた加藤貴子さん。加藤さんの演技も初めて拝見する。
瑞枝役も芳川役も誰かに対してこっぴどく叱る役である。それが本当にリアルでグサグサ抉られた。特にファミレスのリーダーの役では、非常に厳しいリーダーの役で、あれだけ言われたらそれは守本は嫌になってしまうよなと思う。そのくらい迫力のある演技だった。
台詞が的確だったというのもあると思う。言葉選びが非常に鋭利で「劇団た組」の加藤拓也さん味を感じた。
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、今作で描かれているテーマについて考えながら考察してみる。
少し発散気味とはいえ、私の中で見えてきた今作のテーマは2つあると思っていて、若者が犯罪に手を染めてしまう社会問題とテクノロジーの進化による効率化が求められる生きにくさなのかなと思う。
まずは、若者が犯罪に手を染めてしまう社会問題とは何か、そこについて言及しながら今作を紐解いていく。
昨今、若者の間で社会問題になっているのは、闇バイト、パパ活、立ちんぼといった高額報酬を手にしたいが故に犯罪に手を染めてしまっている若者が増えているという事実である。
他の観劇レビューでも記載してきたが、新宿歌舞伎町では、トー横キッズと呼ばれる家族からも見捨てられて生活的に困窮している若者たちが、大人と性行為することで高額の報酬を得て生活を続けようとしている実態がある。そういったトー横キッズたちは、間違って妊娠してしまったとしてもその大人が何か責任を取る訳でもなく野放しにされてしまったりしている状況がある。
よくSNSにも投稿されて話題になっているが、歌舞伎町付近では沢山の若者たちが立ちんぼと言ってお金を払って性行為してくれる人を待ち伏せており、男にたかろうと足を掴んできたので、それを振り払おうとぞんざいな扱いをされている動画がよく流れてくる。これらは、全て歌舞伎町付近で立ちんぼしてお金を稼ごうと性行為に及ぼうとしている若者たちの実態だと思う。
また闇バイトは今世間でも騒がれている。SNSなどのネット上で高額な報酬で若者を労働させるが、その労働が全て犯罪であったりすることもある。今は隙間時間に稼げるアプリなどが流行っているが、有名なサービスでもそういった闇バイトが掲載されていることもあって、そしてそれらにまだまだ監視の目が及んでいなくて危険な状態でもあったりする。
闇バイトやパパ活、立ちんぼに若者が手を出してしまうのは、それを犯罪だと見抜けない問題もあると思うが、生活が厳しくてお金に縋ろうとしてしまう貧困の問題もあると思う。
そんな社会問題を踏まえて、今作で描かれていた終日販売について見ていこうと思う。
終日販売は、水面化で人気のある稼げるバイトと言っても過言ではない。明日、もしくは昨日の24時間丸一日を売ることによって、5万円という報酬が手に入るからである。これは、なんとなく闇バイトを想起させられるなと感じる。高額だし手軽に始められるからやってみたい。明日の24時間を売れば5万円が手に入る。それはお金のない若者にとっては手っ取り早く稼ぐことの出来る方法だと魅力的に感じるかもしれない。
そして終日販売には依存性、中毒性があることも描かれている。昨日を売り出したら抜け出せなくなるという描写がある。闇バイトやパパ活もそこから抜け出せなくなって、さらに活動をし続けてしまう危険性もあるので共通している。
主人公の歩は、それまでの高校生活ではいじめを受けたことが描かれている。例えば、上履きを隠されたり、歩が高校中退後に橋岡の自宅に行って、自分がいじめられているのを見て見ぬふりだったよねと責めている。歩は、高校生活において孤独と寂しさを感じていたと思う。その寂しさに漬け込む形で、終日販売の虜になり、お酒やソープに明け暮れてしまったのである。
つまり、そういった若者の孤独と寂しさが仇となって、依存性のある闇バイト、パパ活、立ちんぼに走ってしまう一種の忠告をこの作品はしているように感じた。
そして今作のもう一つのテーマであるテクノロジーの進化による効率化への批判について言及していく。
今作では、突然月のデジタル化の話が持ち上がり、月に移住する計画の話が出てくる。月を改名してそこを新たな人間の住む世界にするというような流れである。これは一体何を指し示すのだろうか。
今作では度々テクノロジーの発達に関する台詞が登場する。歩の妹の珠理はデジタルで本を読むから紙の本を読まない的な話をして、アナログがデジタルに置き換わっていることを賞賛するような台詞がある。一方で、歩が勤めたファミレスでは、アルバイトが手際よく仕事しないとロボットが導入されてアルバイトはクビになってしまうと危機感を抱いている。
紛れもなく今作では、デジタルの進化によって良くない方向に世界が進んでしまっている、つまりデジタル化社会への批判が込められていることが窺える。
そしてそれは、最終的には月という自然のものをデジタルという人工物にしてしまうことによって、デジタル化が進んだ成れの果てを表現しているようにも思えた。しかしももこと杏が月に行って帰ってきたように、そこまでテクノロジーが進化した世界では住めなくなってしまって11号という存在に淘汰されてしまったと考えられるのではないかなと思う。
デジタル化を推し進め過ぎてしまった挙句、私たちの社会は非常に危険で生きにくい社会になってしまったことを表現しているように思えた。
デジタル化して危険な社会になってしまったというのは、終日販売も同じだと思う。終日販売も土井という専門家が人間から昨日や明日の時間を取り出して売るという技術を開発してしまったからこそ、このような危険な高額報酬が横行してしまったのだと思う。
ここにもテクノロジーの発達に対する批判が見え隠れする。
この2つを踏まえて、ラストについて考察する。
歩が最後に明日と昨日を売ることを決意する。これは事前に忠告があったように、これに手を出してしまうとずっと今日という日を生き続けなければならないということで、つまり自殺行為であることを意味している。時間が止まってしまうというのは、自分が死んでいることそのものだと思う。なぜ歩は自殺を選んだのか、それは頑張ってもお金は実家に奪われるし、社会は恐ろしいしという頑張っても無駄という描写からその発想に至ったのかなと思うが、あまりしっくり来ていないので他の方の感想も聞きたい所である。
歩が昨日と明日を売った、つまり自殺に至った時。月のオブジェは光り輝き天に昇った。私はこの月のオブジェが人工物の月そのものに見えた。月なのだけれど、私たちが知っている自然の月ではない月、つまりデジタル化された月、それはテクノロジーの進化によって突き進んだ社会の成れの果てのような気がした。
そうすると歩は今日という日から出られなくなり死を迎える。そして人工物の月が昇ることで社会も死を迎えたと捉えられて共通するのかなと思う。
最後の結びつきの解釈は私にも分からない所であるが、闇バイトが横行する社会を批判し、デジタル化が進むことで危険に晒される社会を批判した不条理演劇だと感じた。
一回の観劇だとしっくりこない部分も多くて満足度は下がるが、こうやって思考を巡らせてから再度観劇すると、また違った視点で鑑賞できるのかもしれない。
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