舞台 「歩かなくても棒に当たる」 観劇レビュー 2024/08/11
公演タイトル:「歩かなくても棒に当たる」
劇場:新宿シアタートップス
劇団・企画:劇団アンパサンド
作・演出:安藤奎
出演:川上友里、安藤輪子、西出結、安藤奎、鄭亜美、永井若葉
公演期間:8/7〜8/11(東京)
上演時間:約1時間30分(途中休憩なし)
作品キーワード:コメディ、スリラー、日常会話劇、笑える
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆
昨年(2023年)は、読売演劇大賞の審査員にも抜擢された森元隆樹さんによるオリジナル事業「MITAKA "Next" Selection」に選出され、今年の第68回岸田國士戯曲賞では『地上の骨』(2023年9月)で最終候補にも上がった、安藤奎さんが作演出を務める「劇団アンパサンド」の新作公演を観劇。
「劇団アンパサンド」の安藤さんの作演出作品を観劇するのは、『地上の骨』に続き2度目であり、前作が非常に新規性に富んだ衝撃的なコメディだったので、次回作である今作も非常に期待値高めで観劇にのぞんだ。
物語は、とあるマンションのゴミ集積所で繰り広げられる。
マンションに引っ越してきたばかりのユウコ(西出結)は、本来は朝の8時までにゴミを出さないといけないのだが、9時にゴミを出しに来る。何もゴミが残っていないゴミ集積所を見て、果たしてゴミ収集車はもう行ってしまったのか、まだ来ていなくて誰もゴミを出していないだけなのか考える。
そこに小林(永井若葉)とメグミ(安藤奎)がゴミ袋を持ってやってくる。
メグミがユウコの引っ越してきた502号室のすぐ隣の501号室に住んでいるにも関わらず、ユウコが何も挨拶していなかったことを申し訳なく思って謝罪する。メグミも小林も、きっとまだゴミ収集車は来ていないのだろうと推測してゴミを出してしまう。
しかし以前は、このゴミ集積所の横の椅子で8時以降にゴミ出しをする人がいないかチェックするサナエ(川上友里)という女性がいたという話が出て...というもの。
前作の『地上の骨』ではオフィスが舞台になっていて、そこで日常会話が繰り広げられた先に衝撃的でカオスな展開になっていた。
今作も舞台はマンションのゴミ集積所になったものの、そこで繰り広げられる日常会話からカオスな展開になっていくのは同様だった。
私は前作で衝撃を受けていたので、似たパターンであった今作は衝撃をそこまで感じなかったが、それでも大いに笑って楽しむことができた。
それは、サナエ役を演じる川上友里さんの凄まじい演技があったことと、脚本の中に伏線が色々と張られていたという脚本構成力もあると思う。
今年の岸田國士戯曲賞の最終候補になっただけあって、安藤さんが描く脚本の構成力には今作でも凄みを感じられた。
例えば、今作ではユウコがまだマンションに引っ越していない1年前のシーンと、現在であるユウコが引っ越してきてからのシーンの2つが描かれるのだが、その時間差を活かして登場人物たちの裏設定の変化も上手く脚本に取り入れているように私は感じた。
また、最初はゴミ出しを8時までにしないといけないのにゴミ収集車は行ってしまったのか否かみたいな会話を、劇中後半のカオスなシーンを通してしっかり回収していく様も非常によく練られているなと感じた。
あとは作品中に登場する小ネタも笑いのツボを度々くすぐってくるので面白かった。
例えば、サナエがグレープフルーツそのものにストローを差してジュースにするネタや、ネットフリックスのIDとパスワードを共有しようという物質でない物物交換をしようとするネタなど、クスクスと込み上げてくるような小ネタをふんだんに盛り込んでいる点も飽きさせないポイントだった。
そしてなんと言ってもサナエ役を演じる川上友里さんの怪演は凄まじいものだった。
川上さんの演技は、ほりぶん『一度しか』(2022年10月)やミュージカル『おとこたち』(2023年3月)で演技拝見してるが、ここまで怪物のような狂気的な演技を観るのは初めてで、改めて小劇場演劇俳優としての底力を感じられる熱量があって素晴らしかった。
あの炸裂した演技は絶対川上さんにしか出来ないと思うし、川上さんがあそこまで殻を破って演技出来るからこそ成立する作品のようにも感じて素晴らしかった。
また個人的には、カナ役を演じた安藤輪子さんの演技にも魅了された。
朝の連続テレビ小説『虎に翼』にも出演されている安藤さんで、『地上の骨』では周囲のシチュエーションに翻弄される若手のOL役だったが、今作では正義感が強くて逞しい感じのキャラクター性が際立っていた。
ベローチェで忙しく働いていて、店長にまで上り詰めて頑張っている姿が目に浮かぶようなキャラクター設定で、確かにラストの件には心動かされてしまうくらいヒューマンドラマとしても見応えのあるものになっていた。
『地上の骨』が衝撃的だったので、今作はそこまでの強いインパクトは受けなかったが、「劇団アンパサンド」を観たことない方は、もし今後配信で観られる機会があったら是非視聴して欲しいし、過去作を観ている方でも川上さんの怪演と安藤さんの劇作家としての上手さ、凄さを体感して欲しい。
テレビプロデューサーの佐久間宣行さんや南海キャンディーズのしずちゃんもアフタートークに呼ばれていたので、「劇団アンパサンド」の名前がメジャーになるのも近い将来かもしれない。
【鑑賞動機】
昨年(2023年)9月に「劇団アンパサンド」の公演を『地上の骨』で初めて観た時の衝撃が凄くて、次回公演は絶対に観たいと思って観劇に至った。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
ユウコ(西出結)は朝の9時にゴミを出しにゴミ集積所にやってくる。しかしゴミ集積所には一つもゴミ袋が置かれておらず、果たしてゴミ収集車は行ってしまったのか、それともまだ誰もゴミを出していないのか分からない。
そこへ小林(永井若葉)がゴミ袋を持ってやってくる。小林はユウコを見て見かけない人だとばかりに名前を尋ねる。ユウコは自己紹介して先日502号室に引っ越して来たばかりなのだと言う。小林も自己紹介をし、402号室、つまりユウコの部屋の真下に住んでいると言う。ユウコは引っ越して来たのに挨拶をしないで、そして今も渡せるものがゴミしか持ってなくてすみませんと謝る。小林はそんなユウコを宥める。
すると今度は、メグミ(安藤奎)がゴミ袋を持ってやってくる。メグミともユウコは自己紹介を交わす。メグミは501号室とユウコの隣に住んでいることが発覚する。ユウコは隣に住んでいるのに挨拶していなくてすみませんと、そして渡すものがゴミしかなくてすみませんと謝る。ユウコは今度wifiを貸すので使ってくださいと言う。メグミはwifiくらい自分の家庭で飛んでいると言う。ではネットフリックスのIDとパスワードあるので使って下さいと言う。小林は物質でもない物々交換だと驚く。
メグミは自然にポイっとゴミ集積所にゴミを出す。ユウコはゴミを出してしまって良いのかとメグミに尋ねると、大丈夫だと答える。小林もユウコもゴミ集積所にゴミを捨てる。
メグミと小林は、以前サナエという女性がいつもこのゴミ集積所の横の椅子に座って、8時過ぎにゴミ出しする人がいないか見張っていたと言う。しかし1年前にいなくなってしまって、その後サナエが住んでいた502号室にユウコが引っ越して来たのだと言う。
カナ(安藤輪子)がゴミを持ってやってくる。カナはもうゴミ収集車は行っちゃったかと嘆く。カナはいつももっと早い時間にゴミ出しをしていて、もっと沢山のゴミが置かれているのを知っていたからである。なのに、ゴミを収集車が行ってしまってから出した人がいるんだと怒っている。出してあるのを見て出すのはまだ良いが、8時過ぎているのにゴミ集積所に何もない所にゴミを捨てていく人は何なんだと怒っている。
カナはゴミ集積所にあるゴミを全部自分の家に持って帰ろうとする。小林たちはカナがそこまですることないと止める。まだゴミ収集車が来ていないかもしれないしと。カナは今日は仕事が休みで時間があるので、ずっとここで待機してゴミ収集車が来るかどうか確認し、来なかったら持ち帰ろうとする。小林たちは、折角の休みにそこまでする必要ないよとカナに言う。
今度は、パジャマ姿の杠愛子(鄭亜美)がゴミ袋を持ってやってくる。杠のことはユウコ以外の人は見たことはあったけれど名前を皆知らなかった。杠はずっと独り言を言っている、しかしどうやら二度寝をしてゴミを出し忘れたようだった。杠は一人ずつ名前を言い当てていくが、ユウコだけは名前を当てられず全く異なる名前を言って外していた。杠は遠くでゴミ収集車がこちらにやってくる音が聞こえると言い出す。耳が良いのかと杠を当てにしようとする小林たち。
しかしずっとユウコは、サナエに向けてお供物をしている椅子に座っていたら気分が悪くなってしまったと言う。ユウコは少し様子を見て座る椅子を変えて休んでいる。そこでユウコは、サナエが1年前にこのゴミ集積所の前で転がった缶を拾おうとして車に轢かれて亡くなったことを知る。
杠はゴミを集積所に出した後に、ぶつぶつと独り言を呟いた後にサナエの所にお供えしてあるお菓子をユウコ以外の人に配って食べ始める。皆美味しいと言いながら食べ切る。しかしユウコはやはり体調が悪そうなので、みんなで水を取りに行くなどして看病することになる。
暗転。
サナエ(川上友里)がゴミ集積所の横の椅子に座ってスマホをいじっている。そこへカナが慌ててゴミを出しに来る。サナエはカナのゴミ出しを禁じる。なぜなら今は8時40分でとっくにゴミを出さなければいけない8時を過ぎているからである。カナは、まだゴミ集積所に沢山のゴミが置かれていてゴミ収集車が来ていないのだから良いではないかと言う。しかしサナエはルールだからダメだとゴミ出しすることを頑なに禁じる。サナエは、カナのことを赤信号でも車が来ていなかったら横断歩道を渡ったり、先生がいなかったら廊下を走ったりする人だと罵る。
カナは、実はベローチェで働いていていつも遅番でゴミを家に3回分溜めてしまっているからどうしても今出したいのだと言う。しかしサナエは、そうやって情に訴えてこようとしても無駄だと言う。まずは遅番で3回分溜めないような改善策を考えなさいと、遅番になってしまうのはシフトをマネジメントしている店長、だからカナが店長になれば自由にコントロール出来て遅番にならずに済み、ゴミ出しも出来るようになるんじゃないかと。カナは自分が店長になるなんて考えたことなかったと述べる。
そこへ小林、メグミ、杠と次々にゴミ出しにやってくるがサナエに8時をとっくに過ぎているとゴミを持ち帰るように指示する。サナエは4人にジュースをあげると言って、果物のグレープフルーツそのものとストローを渡す。グレープフルーツにストローをぶっ刺せばジュースになると。そして飲み終わったらポーンと投げてしまえばいいと。
暗転。
ユウコは椅子で休んでおり、メグミ、小林、カナたちが水を渡して水分補給をさせていた。しかしユウコは自分の背中に何かこぶのようなものがると気になり出す。メグミとカナがユウコの背中を覗くと、確かにこぶのようなものがあると言う。しかしそのこぶはどこか人の顔のようにも見えると言い出す。小林は、点が3つあれば顔のように見えてしまうものだ、決して顔なんかではないだろうと覗き見てみるが、顔に見えると言う。
今度はメグミとカナがユウコの背中を見て、その人の顔のようなものはサナエではないかと言い出す。小林はそんなことないと再びユウコの背中を見るがサナエだと言う。
ユウコは背中のこぶがかさぶたみたいになって剥がせるかもと言う。そしてユウコはその背中の異物を剥がしてみると、人の顔になっていてピチピチと動いていた。ユウコはギャアと叫んで床にその顔を落とす。まだピチピチしている。するとその顔は今度はカナの太ももにこびり付いてしまう。カナはギャアと叫ぶ。
そこに杠がミネラルウォーターを持ってユウコの元にやってきて大丈夫ですかと声をかける。今大丈夫じゃないのはユウコではなくカナだと言う。
カナは太ももについた顔をゴミ集積所に投げつけてしまう。すると、ゴミ集積所からむくむくとサナエの全身が姿を現す。サナエは集積所の外にいる5人に話しかける。小林ちゃん、カナちゃん、メグミちゃん、杠ちゃん、こんにちはと。そしてユウコのことを見て見かけない子だ、名前は?と聞いてくる。ミヤウチと言いますと言う。下の名前は?と聞いてくるのでユウコですと答える。サナエが住んでいた502号室に引っ越して来たのだと言う。サナエはこのゴミ集積所の鍵を開けてくれと皆に懇願する。しかしみんな開けようとしない。
杠は、サナエの亡くなった後、サナエの夫のテツオと一緒に暮らしていると暴露する。サナエは自分が死んだ後なら許すと言う。ちなみにサナエが死んでからどのくらい経ってからテツオと住み始めた?とサナエは聞く。杠は3ヶ月後だと答える。杠は、サナエが生きていた頃、サナエと夫のテツオがベランダ越しで手を振る姿が羨ましかったのだと言う。自分にはそんな存在がいなかったから。
サナエは杠に、テツオと最初に会ったのはいつかを尋ねる。最初はサナエの亡くなった3ヶ月後だと言い続けるが、サナエのしつこい尋問にサナエが亡くなる2年前だと言う。サナエはゴミ集積所の檻の中で叫び出す。
サナエは落ち着いて杠に、この檻の鍵を開けてくれと頼む。杠はゴミ集積所の鍵を開けてしまう。するとサナエは獣のように暴れ出して杠をゴミ集積所の檻の中に引きづりこんで背後の壁に杠を叩きつけて気絶させてしまう。杠の頭から血が流れていた。
カナたちはあまりの怖さにそっとゴミ集積所の鍵をかけてしまう。
サナエは優しい声でカナたちに開けてと声をかける。カナは絶対に開けないと言う。サナエはカナの恐怖を解こうとする。自分はルールを破った人しか罰しないからと。みんなはルールを破ってないでしょと。
しかし小林は、自分はサナエに罰せられるべきことをしてしまったと自白する。自分こそこの檻の中に閉じ込められるべきなんだと。小林は、サナエの生前にタコパをやろうという話をしていたが、結局開催しなかったのはたこ焼き機を洗うのが面倒くさかったからなんだと。そんな自分本意な理由で開催しなかったことは許されることではないと言う。
しかしサナエは、そのことなら許すと、許すから鍵を開けてくれと言う。小林は鍵を開ける。サナエが小林に襲いかかってくるのかと思いきや襲いかかって来なかった。
しかし小林は、サナエがゴミ集積所の横の椅子にいなかった時、8時を過ぎてからゴミを出していたと言うことを暴露してしまった途端、サナエは暴れ出して小林もゴミ集積所の中に引き摺り込んで気絶させてしまった。小林も頭から血を流している。メグミは再び鍵をかけてサナエを閉じ込めてしまう。
サナエは再び優しい言葉で開けてと言い始める。しかしサナエは方言で話し始めた途端、メグミはその方言に弱くて鍵を開けてしまい、メグミも過去に8時過ぎにゴミを出していたことの罪でサナエに叩きつけられ気絶させられてしまう。メグミも頭から血を流す。
サナエはゴミ集積所の外に出て獣のようにずっと吠えている。カナとユウコは怖くて小さくなっている。サナエは、カナとユウコはルールを破っていないんだから襲ったりはしないと言う。
しかしカナは自分もルールを破ったことがあって、このゴミ集積所に入るべきだと言い始める。サナエが亡くなった日、実はカナはこれで8時過ぎてもゴミを出せるぞラッキーと思った自分がいたと。ベローチェで店長になってさらに忙しくなっていたカナにとっては好都合だった。だから椅子の上に花を手向けたのだと言う。そしてそのサナエが亡くなった直後の日は8時過ぎにゴミを出したのだと言う。
サナエの気性が荒くなっていったその時、ユウコは言い出す。サナエはそもそもルールを守る人なんですよね?と。でもサナエが死んでも尚こうやって生き返って戻ってくること自体おかしくないですか、自然のルールに反してませんかと言う。
するとサナエはゴミ集積所の鍵が開けられて中へと何者かの力によって吸い込まれていき、そして床にぽっかりと開いた穴に向かって消えていった。杠、小林、メグミも目を覚まして無事ゴミ集積所の外に出る。
いつの間にか夕方になっていた。ゴミ収集車はすでに行ってしまったみたいだねと言って、各々ゴミ袋を持って引き上げていく。ここで上演は終了する。
前作の『地上の骨』に引き続き、まるでB級映画を観ているかのようなゾッとする展開と、あるあると思わされる日常会話としてのリアリティと、小ネタ盛り沢山のコメディとしての要素が合わさって、「劇団アンパサンド」ならではの独特な演劇が展開されていて大満足だった。
ちゃんと物語としての伏線、例えばゴミ収集車は来たのだろうかとか、カナがベローチェでちゃんと店長になっているとか、そういう回収もしっかりされていて、脚本としても咀嚼するとさらに楽しめる要素もあってよく練られているなと感じた。
人間て完璧ではないから、ついついどこかで面倒くさがってしまう部分があると思う。そういう感情と行動にとてもリアリティがあって共感させられるから笑えるし刺さるのだろうなと思う。
『地上の骨』の方がインパクトとしては強烈だったが、ちゃんと最後で伏線が全て回収されてまとまった終わり方という脚本の構成でいったら、今作の方が素晴らしかったのではないかと思った。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
「劇団アンパサンド」の安藤さん節炸裂の世界観で、観たかったものを存分に浴びることが出来て大満足だった。これは小劇場だからこそ成り立つ作風だと思っていて、東京芸術劇場くらいのキャパを持った劇場になると良さが減ってしまう気がする。新宿シアタートップスくらいの広さだからこそちょうど良いように思う。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ上には下手側にパイプ椅子が横に3つ置かれていて、一番下手側にあるパイプ椅子がサナエの特等席で、そのパイプ椅子の下にお供え物が置かれていた。お菓子の入った袋や、花が置かれていた記憶である。
ステージ上手側はゴミ集積所になっていて、巨大な直方体の檻が置かれていて、その中にゴミ置き場があった。ゴミ袋の山だったり缶やビンを捨てておくようの箱が置かれていた。
檻の客席側に面した部分には鍵が外側からかけられる扉があり、そこを使ってサナエを閉じ込めたりしていた。また、檻の上手側隅には床面に四角い穴があって、そこで最後サナエは引き摺り込まれて消える機構になっていた。新宿シアタートップスの床下の機構をこのような形で使うのは面白かった。
あとはステージ背後には暗幕がかけられていて、そこからデハケ出来るようになっていた。
次に舞台照明について。
劇中で2回ほど暗転が入るくらいで、ほとんど照明が大きく変わるシーンはないが、ラストの夕方になってオレンジ色の照明が強くなっていく辺りは印象に残った。朝9時から夕方までこの人たちはずっとゴミ集積所で1日を潰したのかと可笑しくなってしまった。
次に舞台音響について。
客入れに流れていた音楽は、たしか『地上の骨』の客入れでも流れていた喜劇風な音楽で耳に残っていた。他はほとんど音響はないイメージだったが、どこかワンシーンだけ効果音が入っていたようななかったような、あまり記憶に残っていない。
最後にその他演出について。
まずは、『地上の骨』でも登場した空気入れのおもちゃが今作でもグロテスクに登場していた。ユウコの背中にずっと仕込まれていて、そこに空気を入れることによってピチピチと動き出すおもちゃはホラーだった。おまけに口もついているので「劇団アンパサンド」らしいホラーとコメディの融合が楽しめた。確かにあの口の広さはサナエの口を連想してしまう。
またゴミ集積所の檻の使い方も上手かった。あの檻の中でサナエが猛獣のように暴れ回っているのはパニック映画のようにも感じるし、杠、小林、メグミが頭から血を流して檻に寄りかかりながら倒れる光景もホラー映画のようなインパクトがあって面白かった。檻から開けてくれというシチュエーション自体、『ヴァイオハザード』のようなホラー映画、ゾンビ映画を思い浮かべてしまう。これもまた「劇団アンパサンド」らしいB級感溢れる演劇で好きだった。
あとはちょいちょい小ネタが面白くて飽きさせなかった。ネットフリックスのIDとパスワードを教えるという物質ではない物々交換、杠の謎のキャラクター性、サナエのルールを何がなんでも守る姿勢、YouTubeでひたすらコメントする熱意、ベローチェの店長になれば良いという進言、グレープフルーツにそのままストロー挿してジュースにする発想と、そのままポンと投げてしまう思想、背中に出現したサナエの顔、杠は周回遅れでユウコに水を持ってくること、サナエのお仕置きなどネタは数えきれないほどあって、それらが次々とやってくるので飽きなかった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
女性しかいない役者陣だったが、皆強烈な個性を持っていてガツンと喰らってしまうくらい面白くて素晴らしかった。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずはなんといってもサナエ役を演じた川上友里さん。川上さんの芝居は、過去にほりぶん『一度しか』(2022年10月)、ミュージカル『おとこたち』(2023年3月)で観劇している。
川上さんの熱量あって感情のこもる演技は、過去観劇した2作からも十分に伝わってきて素晴らしい役者であることは知っていたのだけれど、ここまで怪物のような演技の川上さんを観たのは初めてだった。
まずあんな感じのおせっかいなおばさんはいるなあと思う。あそこまでぶっ飛んではいないかもしれないけれど、年下の女性を支配したがる感じのお局的な女性はいるよなあと思っていて観ていた。私も大学生の時に住んでいたアパートの大家さんが60代のおばさんで強烈な人で、出会うたびにいつも生活の規律のことでビシバシ言ってくる人だったので、私はその人のことなんかも思い浮かべてしまってリアリティがあった。
劇後半になって、ユウコの背中にサナエがくっついていた辺りから炸裂する川上さんの怪演は凄まじかった。まるで猛獣だった。ゴミ集積所の檻もあってそこに閉じ込められて暴れる様は猛獣だった。あの檻を蹴飛ばすと良い感じで音がするのも良い。
川上さんのあの猛獣のような演技は、どこまで安藤さんが演出したのだろうか。おそらく川上さん自身が自ら提案して色々試行錯誤しながらあの演技にたどり着いたのかなと思う。あれを演出家がいちいち細かく演出できないと思うので。
本当にこの暑い夏に物凄く熱い川上さんの演技が観られて、汗を流しながら観劇して楽しむことができた。
次に、個人的に一番好きなキャラクターであったカナ役を演じていた安藤輪子さん。安藤さんの演技は、「劇団アンパサンド」の『地上の骨』(2023年9月)で一度観劇したことがあり、朝の連続テレビ小説『虎に翼』にも出演されているそう。
安藤さんは『地上の骨』では、割と主人公的なポジションの若手のOL役をやっていた。周囲の状況にずっと怯えて逃げまとう感じのキャラクターだったが、今作では違った。ベローチェで長く勤めているようで忙しい仕事を真面目にこなしているようなキャラクター設定だった。最初は夜番のアルバイトだったのだと思うが、現在では店長になっていた。正義感も強くて、ラストの自分も悪いのですと言い出す勇気にも心動かされた。
1年前のサナエとカナのやりとりが特に好きだった。カナのゴミを出したいと言う言い分には同意しつつ、サナエに反対意見を堂々と言っていく感じの逞しさというか、正々堂々とやる感じに良いドラマを観た感覚があった。あんなやりとりがあったから、今となっては9時に平気でゴミを出す人を許さないのかなと思ったり。
そんなしっかりしていて正義感のあるキャラクター性に私は引き込まれたし、安藤さんの演技は適任だったと思った。
あとは、凄くパンチが効いていたキャラクターとして、杠役を演じた鄭亜美さん。鄭さんは、直近だと劇団普通『風景』(2023年6月)で観劇している。
凄く異常なほど色白で、三つ編みしてパジャマでゴミ出しに来る感じから、この人はどこか変わった人だなと分かる。自分の世界を持っていて、その世界に誰もついていけない。そんな杠のキャラクターがストーリーを良い方向にかき乱していたように思う。
声のトーンも絶妙だった。物凄く静かで囁くように話していて、だからこそ良かった。
あとこの人は絶対に仕事していないなと思った。ユウコが倒れてしまって水を持ってくるのが遅すぎだし、何も仕事が器用にこなせなさそうだなと感じた。
そんな摩訶不思議で独創的な役を鄭さんは上手くこなしていた。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは前作の『地上の骨』とも比較しながら今作の戯曲としての醍醐味について感想を記載しておく。
安藤さんの戯曲は、前作も今作もB級ホラー的なコメディでありながら、凄く日常のリアリティを反映していて、だからこそ観ている観客も凄く自分の私生活と繋げやすくて没入しやすいのだと改めて感じた。
『地上の骨』では、オフィスを舞台としながら業務に追われる会社員たちを描いている。納期の差し迫る仕事があってクライアントからも催促されていて、その仕事を終わらせるために社員は必死だった。しかし主人公の安藤輪子さんが演じるミヤビは、その職場で一番経験年数も若くて周囲の先輩社員から可愛がられていて、ミヤビはよりによって今日の夜は父親と会う予定があると言っていたので帰って大丈夫だと優しくされていた。しかし、ミヤビの夜に父親と会う予定があるというのは咄嗟に出た嘘で、実はそんなことなくて非常に罪悪感を受けるのである。
その光景が、あまりにもリアリティがあって好きだった。常にどこかの仕事現場でも起こりそうなシチュエーションである。私も仕事が忙しい日の夜に予定があってバタバタとした経験がある。
しかしそこから、会社の一番の上司である安河内が社員に感謝の気持ちで振る舞った魚の佃煮が、突然社員たちの体に襲いかかって侵食されてしまうという非日常的なB級ホラーが展開される。その描写が凄く衝撃的で忘れられないのだが、そういったインパクトのある描写を日常と地続きで描くことによる強烈さが『地上の骨』にはあったと思う。
今作の『歩かなくても棒に当たる』もその点で共通している。舞台はオフィスではないものの、ゴミ出し間に合ったか、間に合ってないかという感覚と、朝早く起きてゴミ出ししなければいけないの面倒くさいなという感覚は、アパートやマンションに暮らしたことある方だったら絶対1回は感じたことあるようなあるあるなのではないだろうか。
たしかにゴミ出しは朝の8時までにお願いしますという注意書きは、どの集合住宅にもあるし、事実私の今住んでいるマンションにもある。そして8時を過ぎてもゴミ収集車が来ないこともあるので、過ぎているけれど出しちゃえば良いという感覚もめちゃくちゃリアリティあって分かることである。
カナのように仕事で忙しくて、どうしても朝のゴミ出しが出来なくなるという事情もリアリティあって分かるし、ちゃんと物語の設定が日常世界のあるあると根差しているからこそ共感しやすい部分に、今作の笑いの面白さが潜んでいて良いのである。
また、サナエのような強烈で支配的なおばさんも確かにいるなと思う。私はかつて大学生の時に住んでいたアパートの大家さんがサナエのようなタイプのおばさんだったので、ずっと大学時代のアパートの一人暮らしのことを思い出していた。
年下の女性のことをちゃん付けで呼んできて、たしかに愛情は持って接しているのだろうなと思うのだが、如何せんお局的な立場なので態度が物凄い年配の女性で、若い女性はこういうお局的なおばさんに苦しめられるのは分かると思う。
カナのサナエが交通事故で亡くなった、だから朝になっても8時を過ぎてゴミを出しても大丈夫になるかも、ラッキーみたいな感覚は凄くよく分かるのである。
そういった日常のリアリティから地続きで一気にB級ホラーの世界に繋がっていくという流れが、今作でも本当に上手くてこれぞ安藤さんの戯曲の醍醐味だよなと思った。
日常が突然衝撃的な非日常になるという体験は、どこか悪夢を見ているような感覚になるので夢にも出てきそうである。そして口だけピチピチしたおもちゃを用意したり、ゴミ集積所の檻を猛獣を閉じ込めておくようの檻に見えるような描写にしたりと、演出としての才能もあってただただ素晴らしいなと感じる。
終わり方は、まだ前作よりは不条理劇的でなく理解しやすい終わり方でしっかりまとまっていたので、個人的には今作の方が好きだった。また、前作を観ていると今作の杠がお菓子をみんなにあげたシーンでユウコだけ食べなかったので、ユウコ以外がまたお菓子に祟られてサナエの呪いにかかって冒されるのかと思ったが、想定したシナリオのようには進まなかった点も楽しませてもらえた。
安藤奎さんという一見静かそうな若い女性が、こんな強烈な戯曲を書いてしまうのかというギャップも非常に面白いのだが、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんも推薦しているし、劇団の公式HPを見ると大人計画の松尾スズキさんも推薦しているようである。また、アフタートークには芸人の南海キャンディーズのしずちゃん、演劇ユニット「城山羊の会」主宰の山内ケンジさん、映画監督の沖田修一さんなども登場していて、メジャーブレイクも近いことを示しているような気がする。
「劇団アンパサンド」の作品をMITAKA "next" selectionの時から見ていましたと言ったら自慢できるようになるのだろうか、そのくらい売れる演劇団体として活躍されていくことになったら嬉しいなと一観劇者の私は思った。
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