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音楽劇 「スラムドッグ$ミリオネア」 観劇レビュー 2022/08/20

【写真引用元】
東宝演劇部 公式Twitter
https://twitter.com/toho_stage/status/1526759485443698689/photo/1


公演タイトル:「スラムドッグ$ミリオネア」
劇場:シアタークリエ
劇団・企画:東宝
原作:ヴィカス・スワラップ
上演台本・作詞・演出:瀬戸山美咲
出演:屋良朝幸、村井良大、唯月ふうか、大塚千弘、川平慈英、池田有希子、辰巳智秋、吉村直、野坂弘、阿岐之将一、當真一嘉、中西南央
公演期間:8/1〜8/21(東京)、8/31(愛知)、9/3(新潟)、9/9〜9/11(大阪)
上演時間:約185分(途中休憩25分)
作品キーワード:歌、ダンス、パルクール、生演奏、音楽劇
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


2009年に、作品賞を含めアカデミー賞8部門を受賞した、ダニー・ボイル監督の映画「スラムドッグ$ミリオネア」。
その原作であるヴィカス・スワラップさん作の小説「Q&A」を世界で初舞台化。
2022年には「彼女を笑う人がいても」で岸田國士戯曲賞にもノミネートされた、日本を代表する劇作家の一人である瀬戸山美咲さんが上演台本と演出を担当し、歌とダンスとパルクール(移動動作を用いて、人が持つ本来の身体能力を引き出し追求する方法およびスポーツ:wikipediaより引用)を組み合わせた音楽劇として上演された舞台。

舞台はインドのスラム街、自分の本当の親をよく知らず神父に「ラム・ムハンマド・トーマス」と名付けられた青年(屋良朝幸)は、人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」に挑戦する。
しかし、レストランのウエイターでなけなしの給料しか貰っていない教養のない彼であるにも関わらず、次々とクイズで出題される難問に正解していく。
彼はインチキをしているに違いないと疑った出題者のプレム・クマール(川平慈英)は、ラムを警察に突き出す。
ラムには女性弁護士のスミタ・シャー(大塚千弘)がつく。
なぜラムは教養がないのに難問を次々と正解出来たのか、そこにはラムの壮絶な生い立ちと人生があり、それが明かされていくという物語。

私は映画版の「スラムドッグ$ミリオネア」は鑑賞していて、原作小説の「Q&A」は未読だったのだが、ストーリー展開が映画版と大きく違ったのでまず驚いた。
舞台版の方がどちらかというとシリアスな展開が少なかったように思えて、人の優しさを要所要所で感じられて心にグッと来るシーンが多かったように思える。
映画版の方がどちらかというともっと登場する人物が冷たく傲慢であった印象だった。

そして、歌とダンスとパルクールがとにかく豪華で、半分ミュージカルを観ているかのような気分。
音楽も生演奏で、特にパルクールのシーンは役者の躍動感に合わせて、舞台装置もかなり激しく移動し続ける。
今まで観たことがないくらい舞台空間全体が躍動的で勢いのある舞台だった。

役者陣もとにかく歌も上手くてダンスもキレキレ。
ラムを演じる屋良朝幸さんを初めて舞台で拝見したけれど、とても爽やかで高い声がよく響く素敵な声を持つ俳優さんで素晴らしかった。
一番素敵だったのは、ラムの恋人のニータ役を演じた唯月ふうかさん。
彼女のサリー衣装を着たスタイルの良さと、キレキレのダンス、そしてとても良く響く歌声に魅了された。

前半の物語の進行が、ラムによる独白が多くて説明描写が多い箇所が個人的には気になったが、ラストに向けて人々の心の温かさと予期せぬ展開に人生って素敵だなと思えて涙が出てきた。
泥臭さと汚さが漂う映画版の「スラムドッグ$ミリオネア」の作風とは全く異なる、貧困ながらも愛と友情が輝くピュアな音楽劇として多くの人にオススメしたい。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/488625/1874339


↓Brue-ray映画『スラムドック$ミリオネア』


【鑑賞動機】

私のお気に入りの映画である「スラムドッグ$ミリオネア」が世界で初めて舞台化されるというのが最も大きな観劇の決めて。上演台本と演出の担当が、「オレステスとピュラデス」や「彼女を笑う人がいても」の脚本を手掛けた瀬戸山美咲さんであるというのも楽しみの一つだった。
そして今作では、屋良朝幸さん、村井良大さん、唯月ふうかさんといったまだ舞台では拝見したことのないミュージカル俳優も沢山出演されていたのも興味を唆られていた。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ラム・ムハンマド・トーマス(屋良朝幸)は、インドのスラム街で街の住民たちと歌いながらダンスで踊り出すオープニング。
そこへ、警察がやってきてラムは逮捕される。ラムは、人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」に挑戦するも、スラム街育ちの彼では答えられない難問を次々と回答していくので、インチキをしているのではないかと疑われたからである。
ラムの元へ一人の女性弁護士がやってくる。彼女の名前は、スミタ・シャー(大塚千弘)。彼女はラムに対して、自分はいつでもラムの味方だから本当のことを打ち明けて欲しいと言い、インチキはしているのか?と尋ねる。ラムはインチキはしていないと答える。そして、スミタの前でラムは自分の生い立ちを語り始める。

人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」が始まる。司会者でありクイズの出題者は、プレム・クマール(川平慈英)。彼はインドの実業家である。今日はそのクイズ番組にラム・ムハンマド・トーマスが登場する。
プレムはラムに、仕事は何をしているか?年収はいくらか?と尋ねる。ラムはウエイターをやっていて給料も答える。プレムは、薄給のラムを可哀想に思い、もしクイズに全問正解して10億ルピーを手にしたら、さぞ嬉しいことだろうと言う。そしてプレムは、なぜこのクイズ番組に応募したのか?、10億ルピー手にしたら使い道は?と聞くが、まともな答えがラムから返って来ず落胆する。
ここでCMに入る。プレムはラムに、最初の問題は簡単だから1問くらい答えられるだろと、FBIの正式名称を聞いてくるがラムは答えられない。これではあまりにも可哀想だと思ったプレムは、最初のクイズの内容と解答をラムに伝える。これで1問くらいは正解してくれと言わんばかりに。
番組は再開して、第1問目が出題される。「キリスト教の十字架に刻まれているアルファベットは次のうちどれ?」ラムはBの「INRI」を選択して正解する。

ここでラムの生い立ちが語られ始める。
ラムは小さい頃、母親が教会に自分を預けていなくなってしまった。教会の神父であるティモシー神父(吉村直)は、彼の名前も分からず、そして彼の家族が信仰している宗教も分からなかったので、ヒンドゥー教とイスラム教とキリスト教それぞれの要素を全て掛け合わせて、「ラム・ムハンマド・トーマス」と名付けた。ティモシー神父の元にあった十字架に大きく「INRI」の文字が刻まれていた。
ラムは優しいティモシー神父に育てられた。ある日、ティモシー神父がイギリスに行くために、優秀な若い神父であるジョン・リトル神父(阿岐之将一)に引き継がせた。ジョン・リトル神父は貧しいラムに冷たく厳しい上に、夜になると友達を連れて飲み交わしていた。ティモシー神父が戻ってくると、そんなジョン・リトル神父の様子を彼に伝えた。ティモシー神父とジョン・リトル神父が激しく言い争っているのをラムは目撃した。
教会にイアン(中西南央)という少年がやってくる。彼とラムは仲良しになるが、ある夜教会内で銃声が聞こえティモシー神父は頭から血を流して死んでいるのを発見し、これはやばいと2人で教会を逃げることにする。その後2人は別れてしまい、二度とラムはイアンに会うことはなかった。

ラムはその後孤児院に引き取られる。そこで彼はサリム・イリアシ(村井良大)に出会う。サリムは、映画スターになりたいという夢を抱いていた。
ある日ラムとサリムが街中を歩いていると、謎の占い師から1ルピーの硬貨を貰う。サリムは1ルピーなんて大した金額でないと言うが、ラムはいざ選択に迷う時があったらこのコイントスを投げることにする。
サリムは街中で、セシジ(野坂弘)という男性に話しかけられる。セシジはサリムをたいそう気に入ったらしく自分の屋敷に案内して育てたいと言う。ラムのことは全く興味がないようであった。サリムはラムのことを兄弟同樣に思っていて、自分がセシジの元に行く条件としてラムも連れて行って欲しいと依頼する。そしてラムとサリムは、セシジの屋敷に2人で住むことになる。
セシジの屋敷はまるで天国のようで、彼らが欲しいというものは何でも手に入れて与えてくれた。歌のレッスンもさせてくれた。セシジには、サリムとラムの他にも男子を何人も育てていた。サリムとラムは、他の男子にセシジについて聞いてみると、彼らはある一定期間セシジの元に暮らしたら昼間は街を出て乞食として街の人々からお金を乞わなければいけないのだと言う。そしてそのお金は、全てセシジに渡さないといけないのだと言う。サリムとラムはただ利用されているだけと知り、セシジの元から逃げる決意をする。
夜遅くにこっそりとセシジの家を抜け出そうとするラムとサリム。途中でセシジに見つかって追いかけられる。パルクールと生演奏による演出でその様子がスピーディーに展開される。そして最終的に、ラムとサリムは列車に乗り込むことによって、セシジから逃げ延びる。

話は現代に戻って、人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」。ラムは3問目のヒンドゥー教の神に関する問題も正解する。そして第4問目、今度は少し難しく「太陽系の惑星の中で最も小さいものは?」という問題。こちらに関しても、ラムは「Aの冥王星」と答える。途中CMを挟み、プレムはそろそろ外しても良いぞと言うが、ラムは答えを知っているから正解出来ると言う。
ラムとサリムは、セシジの元を逃れた後、安いアパートの一室を借りてアルバイトをしながら生活をした。そのアパートの隣には、どうやら父親と母親と一人の若い娘が暮らしているようであった。父親の名前はシャンタラム(辰巳智秋)と言い、娘の名前はグディア(當真一嘉)と言うようである。ラムもサリムもグディアの美しさに釘付けで、いつも壁越しにグディアの様子を伺っていた。しかし、シャンタラムがいつも妻と娘に家庭内暴力を振るっているようで怒号がいつも聞こえてきていた。
ある日、グディアは天体望遠鏡を買ってもらったらしく、シャンタラムが太陽系の話と星座の話をしていた。太陽系の中で最も小さい惑星は冥王星だとか聞こえてきた。
サリムはおらず、隣のアパートにもグディアしかいない日、ラムは壁の小さな穴から手を伸ばしてグディアに自己紹介した。自分は「ラム・ムハンマド・トーマス」だと。グディアは変わったお名前と気に入ってくれたらしい。後でサリムにそのことを話すと、サリムはそれはネズミなどが通る汚い穴だと諭す。
ラムはそんなグディアをひどい目に合わせているシャンタラムが許せず、シャンタラムがアパートの階段を登っている所を突き落としてしまう。これはまずいと思い、ラムはそのまま逃亡する。
そしてラムはタージマハルのあるアーグラに逃亡する。それ以来、サリムには二度と会っていなかった。

ここで幕間に入る。

ラムは、タージマハルで観光客向けに観光ガイドをして働いていた。その時、何を言っているか言葉は聞き取れないが、自分に話しかけてくる青年と出会う。彼はシャンカール(村井良大)と言うらしく、彼に導かれて彼の屋敷に入る。そこには、ラジュワンディ(當真一嘉)という妹と、名前は忘れてしまったがマダム(池田有希子)がいた。シャンカールの家系はお金持ちで、一緒に食事に行くと向かうレストランの相場が今までラムが行っていたレストランと大分金額が高かった。
シャンカール繋がりで、ビリー・ナンダ(阿岐之将一)という男に紹介されてとあるホテルに招かれる。そこには、一人の女性がいた。名前はニータ(唯月ふうか)と言う。ラムは彼女に惚れ、一晩を過ごす。しかしラムは、そこが風俗でありニータが売春婦であることを知らず好きになってしまった。
ラムは、その後何度もニータの元に通って会いに行くことで、ニータはそれまで売春婦としてお金を稼ぐために色々な男と性行為をしてきたが、徐々にラムを男性として好きになっていく。ラムとニータは2人、歌とダンスによってパフォーマンスを披露する。

シャンカールは、どうやら膝を出血して怪我をしたらしいが、その後様態が悪くなっていったので、病院へ連れて行くと彼は狂犬病にかかっていると診断される。狂犬病を治療するためには、今すぐ40万ルピーが必要だと言われる。しかしラムはそんな大金を今すぐに用意することは出来なかった。
まもなくシャンカールは帰らぬ人となってしまう。しかし、シャンカールがマダムの実の息子であることが判明すると、マダムが贅沢な暮らしをして周囲の人間から慈善活動によって称賛されている中で、ラムはシャンカールの遺体を持っていって、息子であることを公言する。周囲は称賛の声を辞めざわつく。

ラムは、ビリー・ナンダに売春婦のニータを娼婦を辞めさせて自分と一緒にさせてくれないかと懇願する。しかしビリーは断る。なぜなら、ニータにはこれからももっと娼婦として稼いでもらわなければいけないからだと言う。もしニータを連れていきたいというのであれば、彼女が今後娼婦として稼ぐであろう40万ルピーを用意しろと言う。
ラムは40ルピーを用意してビリーの元に向かったが、その約束を受け入れてくれずさらに60万ルピー必要だと言って聞かなかった。その上、ニータは何者かの男性によって暴行を加えられ、大怪我を負っていた。ラムは心を痛めた。
その時、ラムは街の掲示板で人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」の挑戦者募集を知る。
ラムは街中で人とぶつかる。そして40万ルピーをばら撒いてしまうが、その人は親切に拾ってラムに手渡す。しかしその人は、その40万ルピーを貸してくれないかと懇願する。その男はグプタ(辰巳智秋)といって、英語教員をやっているそうだが、息子が狂犬病にかかってしまって今すぐその金がないと息子が死んでしまうのだと言う。ラムは最初はお金を貸すことを拒んでいたが、先ほどの人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」の挑戦者募集に応募すれば大金が手に入るかもしれないと、40万ルピーをグプタに貸して応募することにする。

現代の話に戻り、人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」ではラムが第11問目に突入しようとしていた。ここまでラムは今まで経験から全て答えることが出来た。
第11問目は、「シェイクスピアの戯曲でコスタードが登場するのは次のうちどれ?」というもの。ラムはシェイクスピアという劇作家の名前も初めて聞いたレベルで全く分からなかった。ここでラムはライフラインを使った。テレフォンで友人に電話をする。電話の相手は、息子が狂犬病であるというグプタ。グプタは電話相手がラムであると分かると、ものすごいテンションで彼にお礼をし、息子に代わろうとするが、状況を説明して英語教員であれば分かるのではないかと思い尋ねる。グプタは、自信はないが「恋の骨折り損」ではないかと答える。電話は切れて、ラムはグプタの直感を信じて「C:恋の骨折り損」を選択し、正解する。
いよいよ最終問題の第12問目、これは歴史学の学位でも持っていないと分からない難問だとプレムは言う。それはタージマハルに関する問題だった。タージマハルで観光ガイドをしていたラムにとっては答えられる問題で、迷わず選択肢を選んだ。
しかし、ここでスタジオの照明が消灯するトラブルが発生する。すぐに復旧したが、テレビではCMが流れている。プレムはラムを蹴り飛ばす。絶対インチキをしているなと。でもラムは、自分がタージマハルで観光ガイドをしていたので知っており、インチキをしていないと主張する。
番組は再開し、第12問目は差し替えられる。ラムには分からない「ベートーベンのピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」の音階は次のうちどれ?」という問題だった。またここでCMが入る。

ラムはトイレに行く。プレムも付きそう。インチキをされないために。
トイレで、ラムがこのクイズ番組に挑んだ理由、それはプレムに復讐をしに来たからだと言う。そしてラムはプレムにピストルを突きつける。ラムは暴行を加えられたニータを見つける前、一人の怪しい男性とすれ違っていた。それがプレムだと言う。プレムがニータに暴行を加えたから復讐しに来たのだと。そしてプレムの生い立ちも全部嘘だと訴える。プレムは本当はスラム街の出身で、そこに偶然出会った実業家が殺されたことによって、彼になりすましてこの番組を立ち上げたのだと言う。プレムはただ、貧しい者がこの番組に挑戦して、決して裕福にはなれない光景を楽しんでいるだけなのだと。
プレムはおとなしくなって、最後の問題のヒントだけを与える。
番組が再開する。ラムはライフラインの「50:50」を使って、「A:変ロ長調」と「D:変ホ長調」が残った。あとはコイントスで決め、「A:変ロ長調」を選択する。そして見事正解してラムは10億ルピーを手にする。
プレムは、番組スタッフからなぜラムに全問正解させてるんだと罵倒される。

ラムはスミタに、自分がクイズに全問正解出来た理由を、自分の過去を辿って全て語った。そしてスミタは、ラムが決して嘘を付いている訳ではなく、元々全部答えを知っていたことを認める。なぜなら、スミタは以前ラムと会っていて、隣のアパートに住んでいたグディアだったからである。ラムは驚く。
グディアは、ラムが自分の父親であるシャンタラムを突き落とした後、決してシャンタラムは死んだ訳ではなかったので、ずっとグディアはラムを探し続けた。ラムは物凄く珍しい名前だから見つかるだろうと思っていたが見つからなかった。そしてラムがこのクイズ番組に出ることが報道されて初めて彼の居場所を特定したのだと。だからグディアは弁護士としてラムに近づいたのだと言う。
グディアは、アパートの一室での出来事が自分の認識と合致していたことで、彼が嘘を付いていないことを悟った。だから、ラムの言うことを全て信じると言う。

その後、プレムはスラム街で何者かに殺されたらしい。真相は分からない。
ラムは10億ルピーを手にして、ニータを救い、セシジの元にいる孤児院の子どもたちを解放した。またサリムと再開して、自分が映画プロデュース会社を立ち上げ、彼を映画俳優として起用して彼の夢を叶えた。
登場人物が全員集合(たしかプレムだけいなかったような気がする)して歌とダンスを披露する。ここで上演は終了する。

前半部分は、ラムによるモノローグによるストーリー展開が多くて、ちょっと演劇を観ているというよりはあらすじを追っている感覚に近くなってしまったので、そこはいかがなものかと感じたが、第2幕に心動かされるエピソードが沢山あって最後は泣けてきた。ニータが登場してからのラムの逞しさが物凄く輝いていて好きだった。
要所要所に歌とダンスとパルクールを入れてくるのは非常に面白い発想で好きだった。特に第1幕のパルクール演出は、ちょっと説明だけになっていたストーリーに緩急がついて良かった。「スラムドッグ$ミリオネア」をこういったダンスとパルクールベースの音楽劇にしようという構想は誰の発案なのだろうか、思いついた人は天才だと思う。
あとは考察パートでも触れるが、この脚本は凄く愛と友情といったポジティブな意味合いでの人と人との繋がりが描かれていて好きだったというのと、貧富の格差とお金の重要性を突きつけてくる残酷さが凄く伝わってきて、今作の作風と非常に親和性のあるテーマでしっくり来た。


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

歌、ダンス、パルクールが組み合わさって、全体的にポジティブで明るくエンターテイメント性に富んだ形で上演されていた。とても臨場感と疾走感のある舞台で、たしかに動きが沢山あって情熱的で躍動的な印象が強かった。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
大きく分けて2つの場が作られていたかなという印象。1つ目はステージ上全体に階段状のステージが置かれていて、その壇上と手前側でそれぞれシーンが展開されるというステージ構成、もう1つは人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」のシーンで、舞台上の階段状のステージの中央部分だけが前方に移動されて、その上に椅子とパーソナルモニターが置かれ、質問者(プレム)と挑戦者(ラム)の席が用意されるシーン。この時天井からは下手と上手に一つずつ大きなモニターが吊り下げられて、問題が映し出される仕掛けになっている。また天井中央には、「Who will win a billion?」と書かれた電光掲示板的な看板も吊り下げられていた。
おそらく舞台の裾に数人の黒子のスタッフが待機していて、場転するごとに彼らが動き回って、舞台装置を移動させてシーンをチェンジさせていたと思われる。役者だけでなくスタッフも一丸となって、この失速感ある躍動感ある舞台を作り上げている感じがヒシヒシと伝わってきた。
劇中で、パルクールでよく使われる急カーブになっている壁のような斜面が登場したり、直方体の役者が駆け上がれるような木造で出来たそこまで大きくない舞台装置も沢山登場するのだが、全て役者がそれらを駆け上がったり移動したりするので、必ずその舞台装置の下に誰か装置を固定させる黒子が張り付いている感じだった。この連携プレーも凄いなと感じた。
個人的に好きだったのが、舞台中央に背の高い直方体の舞台装置が置かれて、その上でラムの住むアパートとグディアが住むアパートのやり取りが行われていたこと。壁に挟まれた2つのアパートをどうやって演出するのだろうかと観ていたが、意外だったけれど見えない壁がそこにはあるような感じがした。
あとは、セシジの家からラムとサリムが脱走するシーンで、直方体の舞台装置を上手く移動させて使いながら、列車に乗り込んで逃れるシーンを演出する感じも好きだった。物凄く躍動感が伝わってきた。
物語終盤で、ラムとプレムがトイレに行くシーンでの、トイレの汚れがかった鏡が複数天井から吊り下げられている装置が、映画でもこんなシーンあったなと想起させられて好きだった。あの汚れがかった感じが好きだった。
それ以外の装置だと、序盤で登場したスラム街の衣服が吊るされているセットも好きだった。

次に映像。
映像は主に、第2幕に登場するタージマハルが印象的である。
タージマハルがただ映像で映っているのではなく、凄く立体的に映し出されていて、そこからインドらしく華やかな風が吹く演出だったりが映像に盛り込まれていて、凄くエンタメ性に富んでいるが今作の作風には合っているものだと感じた。

次に舞台照明。
序盤と終盤の「EveryBody Clap」という出演者全員で明るく楽しく踊るシーンでの、オレンジがかった温かみのある照明が印象に残っている。インドのスラム街の人の温かさを象徴するような陽気な感じを上手く演出していて素敵だった。
それと、なんといっても人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」のシーンで、青白い光がずっと舞台上を照らしている緊迫感が物凄く素敵だった。テレビ番組の「クイズ$ミリオネア」を想起させられる。
それと、グディアの天体望遠鏡のシーンで、ステージ背後に豆電球のような星が沢山吊り下げられるロマンチックな照明も素敵だった。

次に舞台音響。生演奏とスピーカーからの曲・効果音があったのでそれぞれについて述べていく。
生演奏は、舞台上手背後に奏者が4人ほど立っていたが、生演奏だったのでとにかく迫力があった。特にセシジの家からラムとセリムが脱走するパルクールのシーンでの生演奏音楽がめちゃ格好良かった。ドラムによる疾走感の描写が良かった。
あとは序盤、終盤の「EveryBody Clap」も明るい曲調が生演奏で聞けて楽しめた。
スピーカーから流れる音楽という点では、クイズ番組のシーンでの曲。テレビ番組「クイズ$ミリオネア」のような主張の強い曲調ではなく、けれど番組としての臨場感をしっかり演出している選曲だったと思う。あとは、スラム街の雑多な人混みのSEが客入れ、幕間中に流れていて好きだった。
歌でいくと、序盤でプレムが一人で踊りながら歌う意気揚々とした音楽と、ラムとニータが恋に落ちてタージマハルを背景に踊るシーンの歌と音楽、それからシャンカールが亡くなったときのレクイエムのような静かな曲も好きだった。

最後にその他演出について。
本当にダンスとパルクールのシーンが素敵だった。ダンスは、ダンスカンパニー「Baobab」主宰の北尾亘さんが振り付けを担当されていて、演出の瀬戸山さんとは「オレステスとピュラデス」でもタッグを組まれていたので、非常にハマった内容になっていたかと思う。ダンスシーンは、ラムとニータのダンスが本当に好きで、後で後述するがニータのキレキレのダンスに魅了されていた。
パルクールは、HAYATEさんというパルクール演出の第一人者が振り付けを担当されている。観劇以前はパルクールシーンはもっと激しいものなのかと予想していたが、意外とそこまで激しい印象は感じられなかった。たしかにアンサンブルが出演する訳でもなく、皆名前のある役を何役もやっているので、そんなに体を動かしたら息が上がってしまうよなと思った。でも、舞台の雰囲気として躍動感は物凄く伝わってきたので迫力あった。
序盤と終盤は「EveryBody Clap」という曲というのもあり、劇中には観客が手拍子出来るシーンがいくつかある。シアタークリエという比較的落ち着きのある劇場だったので、なかなか客席からはノリノリなリアクションまではいかなかったと思うが、観客とステージが一体になる演出は非常に楽しかった。奏者たちも手拍子をしていて、スタッフも含めて皆が舞台の登場人物である感じが凄く伝わってきた。黒子たちも激しく動いて舞台装置をセットするあたりからも、スタッフも劇中の一員である感じが素敵だった。
あとは、物語後半でラムがパントマイムのような、ムーンウォークのような踊りを静かにしているシーンがあった。いきなり登場してびっくりしたが、前半のアップテンポなストーリー展開とは打って変わって、後半はそういったスローテンポなシーンもあって緩急は凄くつけられていたと感じた。


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

演技、歌、ダンスといった多彩なスキルを持った俳優たちによる舞台で、どのキャストもマルチで多彩な印象を感じてさすが東宝製作の舞台だった。屋良朝幸さん、村井良大さん、唯月ふうかさんは、以前から演技を観てみたいとずっと思っていた方たちだったので、彼らの俳優としての多彩さを見せつけられた感じがして素晴らしかった。
特に印象に残ったキャストを紹介していく。

まずは、主人公のラム・ムハンマド・トーマス役を演じた屋良朝幸さん。屋良さんは、主にミュージカル舞台の主人公を演じるイメージが強いが、生で演技を拝見するのは初めて。
とにかく声が高くて爽やかな俳優だと感じた。今作のような非常に前向きでポジティブな舞台に非常に似合ったキャストだと思う。Eテレの歌のお兄さんとか体操のお兄さんとかいけそうなくらい、ポジティブでピュアで、歌もダンスも演技も上手い印象があった。
それから、ほぼ劇中ではずっと出っぱなしなので、恐ろしいほどの台詞量だと思うが、そこを卒なく熟していて素晴らしかった。
ラムという主人公に関しては、前半の第1幕ではどちらかというとサリムに寄り添っていたりと子供らしさを感じていたのだが、後半の第2幕になるとニータに恋をするあたりからも青年として一人前の男として成長していたように感じた。そのギャップを上手く演じていた屋良さんは素晴らしかった。

次に、サリム・イリアシ役とシャンカール役を演じた村井良大さん。村井さんも以前から名前はお聞きしたことがあったが、生の演技拝見は初めて。
サリムとシャンカールは本当に同じ人が演じているのかと思うくらい、全く別人に見えたから村井さんは素晴らしい演じ分けをしていたと思う。
まずはサリムからだが、まるでラムの兄貴であるかのように色々率先して彼を引っ張り回す感じが好きだった。あの、ひょうきんでポジティブでいたずら好きっぽさが本当にたまらない。村井さんのことを私は全然知らなかったが、もっとクールな俳優なのかと思っていたが、とんでもなくお茶目だった。
そして、シャンカール役がまた結構難役だと思うが、見事に演じ切っておられて素晴らしい。上手く言葉を話すことが出来ない役だったが、そこを村井さんっぽくお茶目に演じられる辺りが素晴らしかった。シャンカールが亡くなったときのレクイエムみたいな歌の歌声も優しくて心地よかった。

個人的にMVPな俳優だったのが、ニータ役を演じた唯月ふうかさん。彼女の演技を拝見するのも初めて。
まず、インドのサリー服姿が物凄く似合っている。スタイルが物凄く良いので、腰のくびれとかがサリー服を着ている非常に目立っていて、凄く美人に見えてくるからキャスティングが素晴らしいと思う。
そして何よりも彼女の歌声とダンスは最高だった。ミュージカル女優として鍛えられたであろう透き通るような声に魅了されたし、ダンスも凄くキレキレだった。インドの話なのでインド風のダンスが多いのだが、凄く体のしなやかさと機敏さを活かしていて惹き込まれた。
ニータは登場当初はお金にしか興味のない娼婦だった。お金で性行為をしていかに稼ごうとするかという汚れた女だった、声色もそんな感じだった。しかし、ラムと触れ合ううちに彼に惹かれ徐々に女性らしさを出していく過程が本当に見せ方上手くて魅力的に感じて素晴らしかった。だからこそ、プレムに暴行を加えられて血がついた姿になったシーンでも胸を締め付けられる。

プレム・クマール役を演じた川平慈英さんも大変素晴らしかった。川平さんの演技は、NODA・MAPの「フェイクスピア」以来2度目。
川平さんが演じるプレムは、どことなく映画「スラムドッグ$ミリオネア」に登場する司会者にも似ている感じがある。あの権力を手にしたかのような大人の男性の余裕さと、富裕層の上位に君臨しているかのようにお金に固執している感じ、そして歌ったり踊ったりしてしまう陽気さ、そして影では暴力を振るう腹黒さと闇深さ。凄くこのプレム像を上手く再現しているんじゃないかと思う。
そして川平さんの演技で特に好きだったのが、彼が演技につける緩急と抑揚の強弱。強く言う箇所は強く、弱く言う所は弱く言う感じがどことなく外国人ぽさがあって、個人的には凄く好きだった。そして、自分がピンチに立たされた時や、何か都合が悪いことが起きたときの眉をひそめる表情が凄く上手かった。

最後は、ビリー・ナンダ役やジョン・リトル神父役を演じた阿岐之将一さん。阿岐之さんの演技は、ウォーキングスタッフプロデュースの「岸辺の亀とクラゲ」や、瀬戸山美咲さん脚本の「彼女を笑う人がいても」で演技を拝見している。
阿岐之さんは若く厳しい頭の良さそうな男性を演じるのが上手いなと思った。特に、ジョン・リトル神父のラムに対する冷たい態度は、凄く阿岐之さんがハマっているなと感じた。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

私にとって、映画「スラムドッグ$ミリオネア」は非常に思い入れのある作品である。私が大学生になった時に、当時はまだ動画配信サービスがなかったので、TSUTAYAでDVDをレンタルして映画を鑑賞していた頃に借りて鑑賞した。マーベルとか「ハリー・ポッター」とかそういった洋画しか観たことがなかった自分にとって、「スラムドッグ$ミリオネア」のようなヒューマンドラマは馴染みがなかった。ただテレビCMでもよく宣伝されていたし、テレビ番組「クイズ$ミリオネア」が題材に使われていて少し親しみやすいだろうと思い手にとって鑑賞した。
結果とても感動して面白かったと感じた。今見返してみたら、色々と疑問に思う箇所や突っ込みたくなる要素があるのだが、まだあまり映画慣れしていなかった自分にとっては全てが目新しく感動的でよく覚えている。
そんな訳で、私にとって「スラムドッグ$ミリオネア」は思い入れのある作品なので、世界初舞台化と聞いて飛びつき、チケットを購入した。
ただ、瀬戸山さんが述べていたように、今作は映画版ではなく原作である小説の「Q&A」を元に台本が書かれているので、映画版とかなり内容は異なっていた。その違いを比較しながら、今作のテーマである「貧困格差」について考察していきたいと思う。

映画版と今作を比べると、まず主人公の名前が違う。今作の主人公は「ラム・ムハンマド・トーマス」だが、映画版は「ジャマール」である。また映画版では主人公に兄サリームがいるが、今作では途中で出会った友人という設定になっている。
また、主人公が好きな女性も映画版では「ラティカ」、今作では「ニータ」と名前が異なる。
名前だけではなく、登場人物が辿る境遇も全く異なる。映画におけるサリームは、主人公と途中から離れ離れになってしまう訳ではなく、ラティカを奪って主人公と不仲になっていく。そして最後は自殺してしまう。一方今作のサリムは、途中で行方が分からなくなってしまうのものの、最後に再会してむしろ仲良くなっている。
一方で映画版にも今作にも共通する箇所もある。例えば、今作でいうセシジのような孤児院の子供を連れてきて、奴隷のように自分の元で働かせる実は悪いやつが登場したり、主人公は大好きな女性のためにクイズ番組に出場することになったり、主人公とクイズ番組の司会者がCM中にトイレで取引をしたり。

ただ、映画版も今作もどちらも鑑賞した私にとって、映画版は現実的で暗く、今作はポジティブで前向きな作品に感じられた。もちろん、今作はキャスト陣もポジティブに向く俳優が多く、歌、ダンス、パルクールを取り入れたエンタメ重視の作品だったので、ポジティブに感じるのは当たり前かもしれない。
しかし、そういった要素を抜きにしたとしても、脚本そのものにポジティブな要素が多いと思われるし、瀬戸山さん自身も原作を読んでそう感じたから、今作のような演出に仕上げたのだと思う。
今作は、人の愛と友情を至る所で感じられる脚本になっていると思う。狂犬病で重篤な息子を助けて欲しいと、グプタがラムにすがってきたときも、ラムは彼を助け、その代わりテレフォンでグプタはラムにヒントを与えた。サリムは終始ラムと一緒に行動を共にすることを望み、兄弟のように可愛がってくれた。そしてなんと言っても感動的だったのが、弁護士をやっていたスミタが、実はラムが以前恋をしたグディアであり、彼を必死で探していたということ。
こうやってラムの人生を通じて、色んな人が色んな形でラムに対して愛を持って接しており、そういった描写がしっかり丁寧に描かれている点に、映画版との決定的な違いを感じさせられる。

しかし、そんなスラム街の貧しい世界で生まれ育ったラムにとって、残酷にも立ちはだかるのが「貧富の格差」の問題である。今作では、金の要素になるエピソードや台詞が度々登場し、その都度、貧富の差の壁を感じさせる。
例えばシャンカールは、大金を所持していれば狂犬病を治療して、彼を助けることが出来たかもしれないが、お金がなかったという理由で彼を助けることが出来なかった。また、ニータに関しても、ラムはビリーから40万ルピーを渡してくれれば解放するということだったので、40万ルピーを手にして戻ってくるがそれでもニータを助けることが出来なかった。ここにも、金銭面で解決しないと助けられないという残酷な状況が立ちふさがる。
そこでラムは、人気クイズ番組「億万長者は誰だ!」に応募する。しかし、そもそもこの番組自体も、貧しい人がいきなり大富豪になるような夢だけは見せておいて、実際にはそうさせないような仕掛けが作られているという、半ば富豪と貧困の壁は打ち破ることが出来ないという不条理を突きつけていた。

きっとインドのスラム街では、そのような貧富の格差の越えられない壁が出来上がっているから、今作のような作品が描かれたのだと思う。どうすることも出来ない格差によって、多くのスラム街の人が苦しみ理不尽な目に遭っているのだろう。
そんな暗い社会に少しでも光を与えたかったら、希望を与えたかったから原作は映画版よりもポジティブに書かれているのではなかろうか。どんなに金銭的に貧しくても、人を思いやる気持ちや愛が貧しくなることはない。そんな愛と友情が、思わぬ形で人を助けお金につながるかもしれない。そういった希望をヴィカス・スワラップさんは示したかったのかもしれないし、瀬戸山さんも舞台化することで多くの人に感じて欲しかったのかもしれない。


映画「スラムドッグ$ミリオネア」



↓瀬戸山美咲さん脚本作品


↓川平慈英さん過去出演作品


↓野坂弘さん過去出演作品


↓阿岐之将一さん過去出演作品


↓辰巳智秋さん過去出演作品


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