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ミュージカル 「tick,tick...BOOM!」 観劇レビュー 2024/10/11


写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「tick,tick…BOOM!」
劇場:シアタークリエ
企画・製作:東宝
脚本・作詞・作曲:ジョナサン・ラーソン
演出:アンディ・セニョール Jr.
翻訳・訳詞:高橋亜子
出演:薮宏太、梅田彩佳、草間リチャード敬太、石丸幹二(声の出演)
公演期間:10/6〜10/31(東京)、11/3〜11/4(愛知)、11/7〜11/11(大阪)
上演時間:約1時間50分(途中休憩なし)
作品キーワード:ミュージカル、ノンフィクション、青春、感動する
個人満足度:★★★★★★★★☆☆


ブロードウェイのロックミュージカルの代表作である『RENT』を書き上げたミュージカル作家のジョナサン・ラーソンの下積み時代を描いた自叙伝的ミュージカル『tick,tick...BOOM!』を観劇。
今作は、2001年にオフ・ブロードウェイで初演され、日本、イギリス、カナダなど各国で上演されたジョナサン・ラーソンの『RENT』に継ぐ代表作の一つである。
今作はNetflix配給で2021年に映画化もされてアカデミー賞2部門でノミネートされた。
私は『RENT』の日本人キャスト版(2023年3月)を観劇したことがあって好きだったので、そんなジョナサン・ラーソン自身の物語ということで楽しみにしていた。
私は今作の観劇が今回初めてで、映画版も観劇をした直後に初めてNetflixで視聴した。

物語は、1990年1月のジョン(薮宏太)の住むソーホー(ニューヨーク市マンハッタン南部の地区)の借家から始まる。
ジョンの頭の中にはずっと「tick,tick」という秒針の刻む音が聞こえていた。
30歳を目前にするジョンだったが、ミュージカル作家としてまだこれといった功績を残せておらず焦っていた。
ジョンにはマイケル(草間リチャード敬太)という親友がいた。
マイケルとは8歳の時にサマーキャンプで出会って一緒にミュージカル界での成功を目指してニューヨークに渡ったが、マイケルは今ではその夢を諦めて大企業で働いてBMWに乗る金持ちになっていた。
一方ジョンにはスーザン(梅田彩佳)という恋人もいたが、スーザンはダンスの先生になろうとニューヨークにこのまま留まり続けることを躊躇することになる。
そんな崖っぷちに立たされたジョンは、自身のオリジナルミュージカル『Superbia(スーパービア)』を描き続け試演会に臨もうとするが...という話。

劇場観劇で今作のストーリーや楽曲自体にも初めて触れた私だったが、結論非常に楽しめることが出来て終始感動した。
本当は映画くらいは鑑賞しておこうと思ったが時間が取れず、果たしてストーリーまで楽しむことが出来るのかと不安だったが、そんな心配は不要で物語を知らなくても作品を内容までしっかり楽しめる構成になっていた。
序盤にはジョンが自己紹介をしたり、マイケル、スーザンの他己紹介をするシーンがあって、何も知らない観客でも一度で作品を理解できるようになっていたと思う。
その辺りは非常に観客に優しいミュージカルにも感じられて親しみやすかった。

楽曲に関しては、ジョナサン・ラーソンが作詞・作曲したにも関わらず、『RENT』のようにロックミュージック多めという感じではなく、そこまで尖った印象を感じなかった。
しかし、なぜかどの楽曲も一度聞いたらサブスクで何度も聴きたくなってしまうくらい魅力的な楽曲が多くて、私はジョナサン・ラーソンの楽曲と相性が良いんだとつくづく感じた。
特にオープニングナンバーの『30/90』や『Therapy』のような歌詞にアクセントの強い楽曲は癖になって好きだったし、『Come To Your Senses』は梅田さんの歌声の魅力が詰まっていて最高に胸を掴まれた。

そしてやはり、私自身が30歳というのもあるのか、ジョン自身の心の中の叫びが凄くリアルに伝わってきて心揺さぶられた。
何も成果を出せず焦りを感じる様がとてもよく分かるし、そこでジョンによって選び出される言葉たちも凄く魅力的且つよく分かるものが多かった。
大人になりたくないというピーターパン的な件や、自分たちには第二次世界大戦やベトナム戦争といった戦争がなかったからだという合理化など、凄く印象に残る言葉ばかりでグッと来た。

役者は3人しかいないにも関わらず、無理なく梅田さんと草間さんが複数人役を演じて大人数を表現していて、こういう見せ方もあるのかと思った。
スーザンと『スーパービア』に出演する女性シンガーのカレッサを同じ梅田さんが演じることには凄く演劇では重要な意味を持つと思ったし、早着替えも含めて歌声も演技も皆素晴らしかった。
また、主人公のジョンを演じた薮宏太さんは、他の役を演じることはなかったが、心優しいけれども情熱は強くてずっと葛藤し続ける姿は薮さんのキャラクター的にも適任だなと感じた。

「夢を諦めたい人」におすすめの作品と聞いて非常に納得した今作で、ジョナサン自身が亡くなってから『RENT』で大ヒットしたというノンフィクションに基づいて創作されているというのもそうなのだが、私は単純に薮さんが演じるどこまでも前向きで情熱的な姿に魅了されて背中を押された感覚があった。
『RENT』も『tick,tick...BOOM!』も両方観たことがない人でも十分楽しめる作品だと思うので、劇場チケットは売り切れてしまったようだが配信や今後上演する機会などで堪能して欲しいと感じた。

写真引用元:エンタステージ 公式X(旧Twitter)




【鑑賞動機】

以前『RENT』を観劇して、非常に楽曲も好きなものが多かったし楽しめたので、そんなミュージカル作品を創ったジョナサン・ラーソンの下積み時代の自叙伝的ミュージカルと聞いて観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

「tick,tick...」と時計が秒針を刻む音が聞こえる。そして「BOOM!」という何かが爆発したような音と共に暗転して開演する。
1990年1月のソーホー(ニューヨーク市マンハッタン南部の地区)、ジョン(薮宏太)は自己紹介する。ミュージカル作家を目指してソーホーの借家で創作活動をしているが30歳になるというのに売れていない。自分の心の中でずっと30歳になるまでのカウントダウンが鳴り続けている。「tick,tick...」という秒針である。ナポレオンも30歳でフランスの最高権力者になった、両親も30歳の時には定職について子供もいた。しかし自分は、もう30歳目前だというのに何も成果を出せていない。そんな気持ちに焦っていた。
そこにマイケル(草間リチャード敬太)が登場する。マイケルは8歳の時からの大親友である。マイケルは今では大企業勤めで広告代理店で働いている。昇格もしたらしくお金も持っていてBMWに乗っている。マイケルもかつては一緒にミュージカル界を目指した同輩だが、彼は就職することを決めてサラリーマンとして働いている。ジョンだって、自分で創作したミュージカルが売ればBMWだって買えると意気込む。
スーザン(梅田彩佳)がやってくる。スーザンはジョンの恋人で一緒に暮らしている。スーザンはダンスの先生になろうとニューヨークで頑張っている。
ここでジョンは、楽曲『30/90』を披露する。

夜になる。借家の屋上でジョンと緑のドレスに着替えたスーザンの二人で話をする。二人は愛し合っている。スーザンは、ダンス教室の先生になれて且つ拘束時間も短い魅力的な求人を見つけて応募したいと言う。しかし、そのダンス教室の場所がケープコッドというニューヨークから離れた田舎町であると言う。だからスーザンは田舎に引っ越してジョンと一緒に住みたいと言うが、ジョンはどうしてもブロードウェイに残ってミュージカル創作を続けたいと言う。
ジョンとスーザンで楽曲『Green Green Dress』が披露される。

夜が明けて、ジョンはマイケルのことについて語る。マイケルとはお互い8歳の時にサマーキャンプで出会った。そこでどう仲良くなったかのエピソードを語った後、ジョンとマイケルはお互いにミュージカル界を目指してニューヨークにやってきたこと、ジョンはミュージカル作家としてマイケルはミュージカル役者として歩みを進めたが、結局マイケルはミュージカル俳優になることを諦めて広告代理店に就職したのだと言う。
ジョンはずっと子供で居続けたいと言う。大人になんてなりたくないと、まるでネバーランドのピーターパンたちのように。また、ジョンが成功しないのは一重に社会に何も変化がないからだとも思っている。第二次世界大戦もなければベトナム戦争もない。ただただ何も戦争のない時代がずっと続いて変化しないから自分たちは売れない、戦争さえ起きればとも思っている。
ここで楽曲『Johnny Can't Decide』を披露する。
ジョンの元に両親から電話がかかってくる。特に母親は、ジョンが地元に早く戻ってきて欲しいとそう言うのだった。
ジョンはミュージカル創作だけでは食べていけないので、「ムーンダンス・ダイナー」というキッチンでアルバイトをしていた。しかし日曜日は休日というのもあってキッチンはお客さんで混んでいた。ジョンは忙しさのあまり注文された品物とは違うものを出食してしまったりとミスをしてお客さんに怒られてしまう。
そんな中、ジョンは楽曲『Sunday』を披露する。

ジョンはマイケルのBMWに乗ってマンハッタンをドライブする。車内からはマンハッタンの日常が見える、公園の噴水など。マイケルはジョンに相談する、今度社内で新商品開発のブレストがあって、ぜひクリエイティブに強みがあるジョンにもその会議に参加して欲しいのだと言う。ジョンはマイケルの誘いに乗ることになる。
ここでジョンとマイケルで、楽曲『No More』が披露される。
ジョンは些細なことをきっかけにスーザンと電話越しで口喧嘩してしまう。ジョンとスーザンで楽曲『Therapy』を披露する。
ジョンはタイムズスクエアの街並みを散歩する。辺りには、『レ・ミゼラブル』『キャッツ』『オペラ座の怪人』などブロードウェイミュージカルの看板で溢れている。ジョンには憧れの人物がいた。それはスティーブン・ソンドハイムというミュージカル界の偉大なる作詞・作曲家である。ジョンは、タイムズスクエアを歩いていれば、そんな大物とばったり出くわして自分の創作ミュージカルが彼に刺さって認められはしないかと淡い期待を寄せていた。
ここで楽曲『Times Square』が披露される。

ジョンはマイケルの働く広告代理店の大企業に向かう。ジュディ・ライト(梅田彩佳)にお待ちしておりましたと通されて、早速新商品のブレスト会議が始まる。奏者の方もブレストのメンバーとして参加するためにステージ上にやってくる。ジョンは新商品のコンセプトのアイデアを色々と発案するが、どれも会社員たちに首を傾げられてしまう。一方で、社員たちが発案したものは「良いね〜」という感じになって方向性が決まっていく。結局、ジョンは全くこの新商品開発のコンセプトアイデアについて貢献出来ずに終わってしまう。ジョンは、そんなアイデアで果たして新商品のコンセプトイメージになるのかと思ったことを発言してしらけてしまう。
ジョンとマイケルが話している。ジョンは、こんな感じのブレスト会議で本当に良いのか、果たしてブレストしている社員たちは楽しいのかとマイケルに追及する。マイケルは、みんな会社からお金をもらってやっているからこうなるんだと言う。ジョンは、そんな社内会議の様子に飽き飽きしてしまう。

ジョンは、お菓子のお店にやってくる。そこでは女性店員(梅田彩佳)が商品のプロモーションを行なっていた。ジョンも一緒になって楽曲『Suger』を披露する。客席には大きなお菓子の形をしたバルーンが複数飛んでくる。観客はそのお菓子のバルーンを大玉送りをするように客席中を移動させる。
ジョンは自分の家に戻ってくる。家の中には荷造りをするスーザンがいた。スーザンは、ジョンが外で知らない女性とキスをしていたでしょと追及される。ジョンは、その女性は今度の新作ミュージカルの『スーパービア』の主演を務めるシンガーだったからで、別れの挨拶としてキスをしただけで恋愛感情のキスではないと言う。
スーザンは、しかしそんなジョンにももう興味がなく、彼女自身はケープコッドに一人で引っ越ししてそこでダンス教室の先生をやることにしたと決意する。そしてダンス教室でプロの人にダンスを教えて、何か他のチャンスが飛び込んできたらそれに乗り換えると。だからもうソーホーからは去ると言う。スーザンは、何着もの着替えやコンタクトなどありとあらゆる荷物を全部キャリーバッグにしまった。そしてそのままスーザンはソーホーを去ってしまう。
ジョンは楽曲『See Her Smile』を披露する。

今日はジョンの兼ねてより創作してきた新作ミュージカル『スーパービア』の試演会である。しかし、まだ誰も試演会にやってきていない。これはもしかして、誰も自分の作品を観にこようと思っていないのではないかと焦る。「tick,tick」と秒針の音が刻まれる。しかしジョンは、アイラ・ワイツマン(梅田彩佳)に試演会は10時からでまだ9時なのだから誰も来ていませんよと言われる。
ジョンはずっと緊張している。まるで脳みそがどうにかなってしまうんじゃないかというほどの緊張。徐々に人が入り始める。そこにスティーブン・ソンドハイムはいるだろうかと様子を窺ったりする。マイケルも来てくれていた。
試演会が始まる。『スーパービア』の主演女優であるカレッサ・ジョンソン(梅田彩佳)はカレッサのソロパートでもある『スーパービア』の劇中歌である『Come To Your Senses』を披露する。

ジョンは試演会を終えて家で待機していた。電話がかかってくる。ジョンは電話に出る。この前の『スーパービア』の試演会の審査員からで、この前の試演会は非常に素晴らしかった、そして今後の活躍が楽しみだとも言われる。ジョンは、今後の活躍が楽しみだという言葉に引っ掛かり、この創作に数年かけた『スーパービア』はどうだったんだと聞く。『スーパービア』は非常に前衛的過ぎてブロードウェイには向かないと言われてしまう。ジョンは、ではオフブロードウェイで上演はどうかと追加で聞くが、オフブロードウェイで上演するとなると舞台装置にお金をかけないとならず、出演者も多いのでコスト的に難しいと言われてしまう。そのため、次回作に期待しているとのことだった。そして「Happy Birthday」と言われて電話を切られてしまう。
ジョンは、この審査員からだけではなく他の審査員からも同じようなことを言われて、結局誰にも認めてもらえなかった。
ジョンはマイケルに会いに行く。するとマイケルはとある真実を告げる。それは、マイケルがHIVに感染してしまい余命いくばくもないということだった。本当は1週間前から検査で分かっていたことだったが、試演会を控えているジョンへの報告は後の方が良いと思って今になったという。マイケルはもう余命いくばくもないが、ジョンは30歳にはなってしまうもののまだ何度だって挑戦出来るではないかと言われる。
ジョンは一人夜に外に出て散歩をする。外に黒い風呂敷を被った物が置かれている。その風呂敷を取り外すと、そこには一台のピアノが置かれていた。ジョンはピアノを弾き始める。そして楽曲『Why』を披露する。

ジョンの家にはマイケルとスーザンがやってきていて、ジョンの30歳の誕生日を祝うべく誕生日会の準備がされていた。ジョンはマイケルと久々にスーザンがやってきてくれていたことを嬉しく思うも、とうとう何も売れることなく30歳を迎えてしまったことにジョンは落ち込む。30歳なんて迎えたくなかったと。
ジョンは誕生日プレゼントの箱を開ける。人形、スライム、テレビ番組の楽曲のCD、どれもさほど嬉しそうではない。
そこへ電話がかかってくる。どうせまた審査員から同じようなことを言われるのだろうと留守電にしていて出る気がなかった。しかし留守電のボイスメッセージを聞いていると、ジョンの作品のことを凄く気に入ってくれて一度会ってみたいとのことだった。ジョンは声をあげて、その人とコンタクトを取る。

そこからジョンは、数年間ミュージカル『RENT』の製作に傾倒した。しかし、『RENT』のオフブロードウェイのプレビュー公演の前日に、ジョンは大動脈瘤によってこの世を去った。ジョンの死後、『RENT』は大ヒット上演されて12年連続上演された。ということが映像字幕によって表示される。
ここで上演は終了する。

改めてジョナサン・ラーソンの人生を振り返ると、死んでから売れたミュージカル作家ということで伝説的な存在なのだと感じた。あの『RENT』を生み出したジョナサン・ラーソンでさえも、生活が貧しくて辛い状況に立たされていて成功に飢えていたこと、そしてその渇きが誰もが共感出来る内容であるからこそ、多くの夢を追う人々の背中を後押ししてくれるんだと感じた。確かに今作も今作で素晴らしいのだが、最後の『RENT』を製作して亡くなっていったというノンフィクションの部分がないと、ただ売れずに苦戦しているミュージカル作家のお話で留まってしまうように思う。この後ジョナサンが『RENT』で成功したという事実があるからこそ、今作は非常に感動させられる作品になるんだなと改めて感じた。
そして詳しくは考察パートでも触れようと思うが、映画版とミュージカル版では楽曲もストーリー構成も微妙に違うと感じた。映画版にあってミュージカル版にない楽曲もあれば、その逆もあった。私はミュージカル版から入って感動したのでミュージカル版の方が好きだったが、もし逆の順番で鑑賞していたらどうだったかなとも思う。映画版で好きになってミュージカル版を観た人の感想も聞きたいなと感じた。
また、ミュージカル版から初めて今作に触れる人にも優しい創りになっていて凄く良かった。私は、『RENT』は観劇したことあってジョナサン・ラーソンの人生を多少知っていて、『tick,tick...BOOM!』は未見だったという状態で、もしかしたら一番この作品の観劇にぴったしの観客だったかもしれない。

写真引用元:エンタステージ 公式X(旧Twitter)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

1990年代のソーホーが舞台ということもあって、雑多な町並みを彷彿させる舞台セットと、映像を駆使してプロジェクションマッピングで様々な場面を表現する手法がとても印象的な演出だった。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
舞台装置は全体的にジョンの自宅をイメージした具象的な作りになっており、下手側には本棚、下手奥側には窓、中央にはジョンの机と椅子、中央奥にはキッチン、その横には玄関へと通じるデハケ、上手側にはスーザンと一緒に寝るベッドが置かれていた。
さらに、ステージには2階へと通じる階段も設置されていて、2階部分にも『Green Green Dress』を披露するためのステージが用意されていた。
また、ステージ上手側の上方には大きなパネルが一枚設置されていて、そのパネルはソーホーを想起させるようなレンガ造りの壁になっている。そしてそのパネルはスクリーンにもなって様々な映像が投影されていた。
凄く全体的にニューヨークの低所得者エリアといったような若干アングラみのある舞台セットが非常に好きだった。ここはどこかミュージカル『RENT』の舞台装置にも通じる部分があると思う。

次に映像について。
基本的に映像で何かを表現する際、上手側上方のレンガのパネルに投影することが多かった。それ以外はプロジェクションマッピング的に全ての舞台装置に映像を投影して世界観を形作っていた。
まずプロジェクションマッピングが使用されていたシーンは、一番はジョンがタイムズスクエアを散策するシーン。各舞台セットのパネルに、『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』『キャッツ』などブロードウェイ作品の看板が投影されていて、ミュージカルファンには堪らない光景だった。こういうのを見るだけで、ブロードウェイ行きたいなと思ってしまう、憧れの場所に感じられて好きだった。
あとは、マイケルが飛行機に乗って出張するシーンで壁面に飛行機の電光掲示板が映像で投影されるのも良かった。
『Suger』のシーンのお菓子の商品をイメージした映像も凄くポップで好きだった。
映像を説明描写として使う演出に関しては、なんといってもラストの『RENT』をこの後創作してオフブロードウェイプレビュー前日に亡くなり、結果的に『RENT』は彼が亡くなってから成功を収めたという字幕にジーンと来た。今作は、『RENT』が成功したという裏付けがあるからこそ非常に感動させられる作品だなと最後の字幕を見て改めて感じられた。
あとは、ジョンが尊敬しているスティーブン・ソンドハイムの肖像画が投影されるのも凄くインパクトがあった。

次に舞台照明について。
割とカラフルな舞台照明が多用されている印象だった。
特に印象的だったのは、『Green Green Dress』の夜のシーンの照明、『Suger』のシーンのポップでカラフルなシーンの照明、『Why』でジョンが夜に外で一人でピアノを演奏するシーンの月明かりの照明。このメリハリのついた照明演出が好きだった。

次に舞台音響について。
まずはジョナサン・ラーソンの楽曲の素晴らしさについては、『RENT』に引き続き感動した。『RENT』ほどロックミュージックが強い訳ではなく、凄く尖った楽曲があった訳ではないが、全体的に耳に残る楽曲が多くてサブスクで何度も聞きたいと思える楽曲が多かった。
例えば、『Therapy』は何度も聞きたくなる楽曲の一つであった。歌詞の口調が凄くはっきりしていて、お互いスーザンもジョンも電話越しで怒っているので、凄く刺々しく感じるのが癖になる。演じている役者もこの楽曲を披露するのは凄く気持ちが良いだろうなと思う、やってみたいとも思える。
そしてなんといってもオープニングナンバーの『30/90』はやはり素晴らしい。『RENT』のオープニングナンバーである『rent』もとても好きなロックミュージックだが、こうやって序盤にスイッチの入る楽曲が挿入されていると一気に観客の気持ちもすぐに引き込まれるものだと思う。
またスーザンとカレッサを演じる梅田さんがソロで熱唱されていた『Come To Your Senses』も素敵な楽曲だった。梅田さんの歌声が凄く響き渡ってうっとりさせられた。
『Why』も個人的には好きだった。ジョンが切なく一人でピアノを弾きながら歌っているというシチュエーションも含めて好きだった。
次に効果音について。なんといっても効果音は「tick,tick」という秒針を刻む音と、「BOOM」という時限爆弾が爆発する音が印象的だった。映画版よりもこの「tick,tick」という音と「BOOM」という音にインパクトがあるように思えた。その効果音がどこで流れるか、ジョンの心情をダイレクトに反映していて、彼に感情移入しやすくさせていたようにも思えた。
あと印象的な効果音は、電話の音。ジョンにとって電話の音は、もしかしたら彼の運命を変えるかもしれない(審査員からの電話で彼が認められるかもしれない)というかなり緊迫感の強い音にもなる気がする。だから主張も激しいように感じた。

最後にその他演出部分について。
今作のミュージカルも非常に観客参加型のミュージカルに感じた。主人公のジョンは基本的に観客のみんなに向けて話しかけるように現状を丁寧に説明してくれるし、なんといっても『Suger』のシーンで、お菓子の形をした巨大なバルーンが客席にやってきて、観客みんなで大玉送りのように手でバルーンを送っていく光景がなんとも舞台らしくて素晴らしかった。途中にそういうシーンを設けるの良いよなあと思う。
『Therapy』が歌われるシーンの受話器が長い電話のコードで繋がっていて、ジョンとスーザンが電話越しに口喧嘩する演出も凄く良かった。小道具を使って歌いながら表現する工夫があって良いなと思う。
マイケルの会社で新商品のコンセプトアイデアを出すシーンにおいて、奏者たちが実際に登場して意見をあれこれ発案する演出が好きだった。観客だけでなく奏者たちも演者の一人として参加するミュージカルって素敵だなと思った。
『スーパービア』の試演会で、ジョンの緊張を表す、横一列の椅子がぐるぐると梅田さん、草間さんによって移動させられる演出も良かった。
あとは、スティーブン・ソンドハイムの声として石丸幹二さんが声の出演されていたのも良かった。石丸さんの堂々とした感じの声のトーンがまた審査員らしくて凄くハマっていた。

写真引用元:エンタステージ 公式X(旧Twitter)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

出演されているミュージカル俳優は3人しかいないにも関わらず、薮宏太さん演じるジョン以外は複数の役を卒なく演じ切っていて素晴らしかった。そして3人とも今回で初めて演技を拝見したが凄く演技も歌も上手かった。
薮宏太さん、梅田彩佳さん、草間リチャード敬太さん3人についてそれぞれ見ていく。

まずは、主人公のジョン役を演じた薮宏太さん。ジョンはもちろん、ジョナサン・ラーソン本人役であり、映画版ではアンドリュー・ガーフィールドさんが演じている。
映画版のジョンは非常にジョナサン・ラーソンにビジュアル的にも近づけている印象を感じたが、今作では映画版よりも優しく親しみやすいジョンという感じがした。アーノルド・ガーフィールドさん演じるジョンは、どこか頭が良さそうで賢いイメージ、でも優しい部分はあると思うが、薮さん演じるジョンは優しさと親しみやすさが全面に出ているジョンで個人的には好きだった。またミュージカル版だとそういうジョンの方が合うよなと思った。
薮さんの歌声には優しさと情を感じるものがあったが、凄く歌声自体も聞き取りやすくて親しみやすく好きだった。また、今作は歌パート以外のストプレのシーンもかなり多く、特に薮さん演じるジョンはモノローグを含めて多かったが、歌以外のパートも非常に落ち着いていて観やすい感じがあった。
ジョンの気持ちは痛いほどよく分かる。自分は学生時代に演劇はやっていたものの就職した身なので、どちらかというとマイケル側なのかもしれないが、自分の周りにも就職せずに演劇をやる道を選んだ人たちを沢山知っているので、きっとみんなジョンと同じ気持ちなのだろうなと思いながら観ていた。大人になりたくないピーターパンのようだとか、戦争がな平和な世の中だから良くないとか、そういう危険な思想に走りがちでそうなってしまうのも頷けてしまうので凄く感情移入出来るキャラクターで好きだった。だからこそ、最後に『RENT』を発表して成功していると知っているとそのもがき苦しんでいる姿に自分をつい重ねたくなってしまう。自分もいつかは何らかの形で報われたい、成功したいと強く思ってしまう。
そんな感情移入しまくりのジョンを器用に演じた薮宏太さんは素晴らしかった。

次に、スーザン役や『スーパービア』の主演女優であるカレッサ・ジョンソン役などを演じた梅田彩佳さん。
梅田さんの金髪でダンスも歌も上手い感じの演技力は、物凄く舞台上に映えていて引き込まれた。『Green Green Dress』のシーンで、緑色のドレスに着替えた後、ジョンと愛し合いながら夜に二人で踊り、歌うシーンなんかはもう最高だった。とても良かった。
梅田さんは複数役を演じるので早着替えも見事だった。緑色のドレスに着替えるシーンなんかはステージ上で照明が当たっていない所で素早く着替えるので、とってもシルエットがキュートであったが、その手際の良さにも驚かされる。
スーザン役でいくと、『Therapy』を歌うシーンで、電話越しでジョンと口喧嘩する演技は見事だったし、『スーパービア』の試演会の直前にはジョンへの気持ちが冷めていて家を去っていくシーンもとても良かった。よくも悪くも、ジョンという人間が恋愛に悩んでいる訳ではなくミュージカル作家として売れたいという悩みがとびきり強いので、恋愛のいざこざは作品の重要度的に少し弱いので、そこまで目立ちすぎずな感じがバランスを保っていて良かったのかもしれない。
カレッサ役で『Come To Your Senses』を歌い上げるのもとても素晴らしかった。この楽曲に関しては、本当に梅田さんの歌唱力の素晴らしさが際立っていてグッと引き込まれた。こんな歌声を披露されたら自分が審査員だったらexcellentを出してしまうと思う。このミュージカル女優さんをぜひ他の作品でも出演して欲しいとオファーを出すと思う。
また、『Suger』のシーンのお菓子の売り子的なガールの役もハマっていた。ポップで全体的にカラフルな演出はとてもセンスが良くて、こうやってシーンごとにメリハリを出して異なる演出でやれているから面白く感じられるんだよなと思う。

最後に、マイケル役などを演じた草間リチャード敬太さん。
マイケルはジョンとは対照的で、ミュージカル俳優になることを諦めて就職して安定した生活を送っていること。ミュージカル『RENT』にも同じような立場の存在が出てきていて、きっと最初はミュージカル界隈を目指したけれど、結果的に諦めて会社員になるというジョナサン・ラーソンの身の回りにもそういうマイケルみたいな存在がいて、ネガティブな感情を引き起こしていたのだろうなと感じ取れる。
マイケルはそんなに熱くなることは劇中なく、どちらかというと淡々としていて器用になんでもこなす印象があってクールだった。だからこそ、情熱に満ちたジョンはそんなマイケルをいつもライバル視していたのだろうなと思う。この二人の関係がもう最高で凄く自分の身近にも置き換えられて感情移入してしまう。
しかし、上演時に一番驚かされたのはラストでマイケルがHIVを告白するシーン。今作ではHIVに関しては大きくはクローズアップされないけれど、ミュージカル『RENT』ではその辺りも大きく作品中に取り上げられる。ジョナサン・ラーソンにとってもHIVの存在は人生において大きく影響を与える存在だったのだろうなと感じる。
ジョンは30歳までに売れないとと焦っているのは、特に30歳になったら挑戦出来なくなる訳ではなく、多くの有名人が30歳までに成功しているからという理由だけ。しかしマイケルにとっては本当にHIVに感染してしまったから余命いくばくもない。その時、ジョンはどう感じたのだろうか。そこに解釈の余地があって良かった。
ジョンはあまりにも自分の成功しか見えてなくて、大親友のマイケルのことを放置してしまったなとか、スーザンと別れたのもあって色々ネガティブに考えさせられたのだと思う。そんな感情が、『Why』からグッと伝わってくるから心揺さぶられる。
マイケルは本当に今作において良い影響を与える人物だなと思って観ていた。

写真引用元:エンタステージ 公式X(旧Twitter)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作であるミュージカル版の『tick,tick...BOOM!』と映画版の『tick,tick...BOOM!』との違いからレビューをしていこうと思う。

ミュージカル版と映画版でまず異なるのは、使用されている楽曲に違いがある。
共通している楽曲としてオープニングナンバーの『30/90』、『Green Green Dress』、『Johnny Can't Decide』、『No More』、『Sunday』、『Therapy』、『Real Life』、『Come To Your Senses』、『Why』、『Louder Than Words』である。一方で、ミュージカル版にしか存在しない楽曲は、『Times Square』、『Suger』、『See Her Smile』の3曲、映画版にしか存在しない楽曲は『Boho Days』、『Play Game』、『Swimming』の3曲である。
まずミュージカル版にしか存在しない『Times Square』を登場させることで、タイムズスクエアをジョンが散策して彼が尊敬しているスティーブン・ソンドハイムというミュージカル界の巨匠にスポットを当てている。映画版でも名前は登場していた記憶(違うかもしれない)だがここまでミュージカル版ほどクローズアップされていなかったように感じた。ミュージカル版となるとブロードウェイミュージカル好きも多い。だからこそ、『レ・ミゼラブル』『キャッツ』などといった看板をステージ上に導入することである種ファンサービスを与えているようにも感じた。
次にミュージカル版にしか登場しない『Suger』だが、私は個人的にこの『Suger』のシーンは物凄く好きだった。客席にお菓子の巨大なバルーンが飛んできて非常に演劇ならではの演出が設けられていて楽しめた。映画版で挿入されなかった理由は分からなかったが、あっても良いのになあと感じた。ただ舞台映えするシーンに変わりはないかなと思った、ポップでカラフルな表現はミュージカルだとより映えるなと感じた。
もう一つ、ミュージカル版にしかない楽曲である『See Her Smile』があるが、この楽曲が入ることによってジョンとスーザンの二人のシーンがよりミュージカル版の方が強調される感じがした。たしか映画版にはこの曲自体が挿入されていないので、ジョンとスーザンは『Therapy』があってそのまま別れてしまった気がしたので、より二人の関係がミュージカル版の方が引き裂かれることに対して尾をひく感じがあった。
逆に映画版にしかない3曲から、ジョンが水泳が好きでよく泳いでいたという描写はミュージカル版ではまるまるカットされたりしていた。

ミュージカル版と映画版は、挿入歌が異なるということは当然ストーリー進行に関しても違いがある。登場する曲の順番も変わっていたりする。
ストーリー展開で決定的に違うのは、ジョンが自分の人生で実際に体験したことを創作ミュージカルのネタにしようとしているかどうか。映画版はその傾向が濃厚でミュージカル版は希薄だった印象だった。映画版では、ジョン自身がプレビュー公演か何かでソロで歌を披露するシーンと実際に起こったシーンを交錯させながらミュージカルが展開され、ジョンが実際に体験したことを元にミュージカルが創作されていることを強調した作りになっている。映画版では途中でスーザンにスーザンと口喧嘩したことさえもミュージカルにしようとジョンが考えていることをスーザンにバレて別れているシーンがある。一方でミュージカル版は、そういう描写は存在しない。『tick,tick...BOOM!』という作品自体はジョンによって創作されたという事実すっ飛ばされて、劇中に登場するのは『スーパービア』と『RENT』だけになっている。なぜこのような違いが見られるのかは分からなかったので分かる方は解説して欲しいなと思う。
しかし、物語の終盤の方は映画版もミュージカル版も大きくシナリオに変更点はなかった。『スーパービア』の試演会があって、その後ジョンの元に電話が来るが次回作を楽しみしか言われず、マイケルはHIVであることを告白し、ジョンは夜に一人で外に出てピアノを見つけて『Why』を歌い、30歳の誕生日で運命の電話がかかってくる。
こう考えるだけで、ジョンはなかなかミュージカル作家の才能があるよな、焦る必要なんてないよなと個人的には思ってしまう。審査員からけちょんけちょんに言われた訳でなく、才能を認めてくれて次回作を期待されているって凄いことだと思うし。なかなかそれにすら辿り着けない人々も多いと思うので。

ここからは『tick,tick...BOOM!』についての個人的な感想になるが、やはり売れたい劇作家はみんな最初はSFみたいな前衛的な作品に挑戦したがるのだろうかと思った。私の身の回りにも劇作家を目指して演劇活動をする人たちがいるが、やはり彼らも前衛的で小難しいものばかり創作しているような気がしてジョナサン・ラーソンと通じるのかなと思った。
私も身の回りの人たちで、そういう前衛的な作品をオリジナルで上演していつも感じるのは、全然それだとよく分からず刺さらないから、もっと等身大の脚本で勝負したら?と思ってしまう。いわば、今作で登場する審査員と同じような感想を抱いてしまう。
絶対自分自身が苦労してきた葛藤を描いた方が、脚本に強度が生まれて人々の心に刺さる作品になりやすいと思う。結果的にジョナサン・ラーソンも今作の『tick,tick...BOOM!』や『RENT』といった自分の身の回りのことを元に創作して成功したので、そういう方が成功するよなと感じた。
ジョナサン・ラーソンが最初執筆した『スーパービア』もジョージ・オーウェルのSF小説「1984年」を元にした作品のようで、結果的にオフブロードウェイで上演されることはなかったが、やはりみんなジョナサン・ラーソンのように前衛的なものに挑戦したがって、やがて等身大の戯曲に着地して成功していくのかなと感じた。
だからこそ、まだ売れずにもがいている若手脚本家にも、ジョナサン・ラーソンを見習って成功して欲しいなと強く感じる。

今作はキャッチコピー通り、たしかに「夢を諦めている人」に見てほしい作品だったと思う。それは、こんなに今では大成功しているジョナサン・ラーソンでさえ、売れずに貧しくて焦っていた時期があったからだということ。それでもめげずに努力して、結果的に自分の成功を自分自身で目にすることはなかったが、こうやって『RENT』を生み出して伝説的なミュージカル作家として讃えられていること。
『RENT』が大成功していなかったら、今作もただの売れないミュージカル作家のノンフィクション作品で終わっていたと思うが、この後『RENT』で大成功したからこそ、これだけ深く感動できるのだなと思う。
演劇活動に限らず、何かに向かって必死に頑張っても報われない人に観てほしい作品だと思ったし、もっとこの作品の魅力が広がって欲しいなと強く感じた。


↓映画『tick,tick…BOOM!』


↓ジョナサン・ラーソンさん創作ミュージカル


↓『30/90』


↓『Green Green Dress』


↓『Johnny Can't Decide』


↓『No More』


↓『Sunday』


↓『Therapy』


↓『Come To Your Senses』


↓『Why』


↓『Louder Than Words』


↓『See Her Smile』


↓『Suger』


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