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舞台 「病室」 観劇レビュー 2024/12/07


写真引用元:劇団普通 公式X(旧Twitter)


写真引用元:劇団普通 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「病室」
劇場:三鷹市芸術文化センター 星のホール
劇団・企画:劇団普通
作・演出:石黒麻衣
出演:用松亮、渡辺裕也、浅井浩介、武谷公雄、重岡漠、上田遥、松本みゆき、青柳美希、石黒麻衣
公演期間:12/6〜12/15(東京)
上演時間:約2時間15分(途中休憩なし)
作品キーワード:日常会話劇、家族、田舎、ヒューマンドラマ
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


劇作家の石黒麻衣さんが作演出を務める演劇団体「劇団普通」の公演を観劇。
「劇団普通」は、2021年に読売演劇大賞の選考委員にもなった森元隆樹さんのオリジナル事業である「MITAKA "Next" Selection」に選出されたことで、小劇場演劇界隈でも知名度が高く新進気鋭の演劇団体の一つでもある。
今作は「劇団普通」として3度目の上演となる作品で当団体の代表作である。
また、2021年の「MITAKA "Next" Selection」での公演でも今作を上演しているため、「劇団普通」の出世作ともいえる。
私自身「劇団普通」の公演を観劇するのは『風景』(2023年6月)に続き2度目である。

物語は、茨城県にある病室を舞台に日常会話劇が展開される話である。
病室には4人の男性が入院している。
足が不自由で車椅子でないと移動できない佐竹(用松亮)と小林(渡辺裕也)、自分で歩ける橋本(浅井浩介)、そして同じく自分で歩けて先日入院したばかりの片岡(武谷公雄)の4人がベッドにおり、片岡の家族である片岡の妻(松本みゆき)と片岡の娘である片岡あみ(上田遥)が見舞いに来ている所から物語は始まる。
娘のあみは普段東京で暮らしているが、父が入院になったとのことで数日間実家に戻ってきて見舞いに来ていた。
片岡の家族は片岡を心配な様子で看病するが、足の不自由な佐竹は歩けるだけマシだと言い張っている。
そしてこの後片岡の息子も病院に来るとのことで、小林は羨ましく思っていた。
小林にも息子がいるが全然見舞いに来てくれないためである。
片岡は診察室に通されて医師(浅井浩介)から検査結果を聞かされるが...というもの。

全編を茨城弁で描く日常会話劇で、特に起承転結がある訳ではなくとある病室の数日間で起きた出来事を描いている。
それが「劇団普通」の作風であり、本当にただそれだけであるにも関わらず、2時間15分という上演時間があっという間に感じられるくらいずっと観ていられるのは、役者たちのリアル過ぎる演技力と、各台詞から登場人物たちの事情などが浮かび上がってくるからだと思う。
特に私は地方出身で、田舎の時間の流れ方がゆっくりな世界を知っている。だからこそ、この病室での会話を目の当たりにすることで、まるで自分は田舎に帰って病室にやってきたかのような錯覚を受けるからこそ没入感があるのだと思う。

病室のシーンだけではなく、入院している男性の家族とのシーンや、病院のスタッフたちの日常のシーンも描かれるため、同じ病室に居合わせる人々でも感じ方は全然違うのだと気付かされる。
病院スタッフはもっとコミュニケーションを取って欲しいと思っているし、入院患者は他の入院患者の様子を見ながら自分の家族のことについて思いを馳せている。
仲の良い家族関係だったら自分が病気になって弱った時も見舞いに来てくれるし、家族関係が上手くいっていなかったら誰にも見舞いに来てもらえない。
まるで病室というのは、自分の今まで歩んできた人生を映し出す鏡のようなものなのだということを改めて感じた。
そして自分も家族や人間関係を大事にしようと強く思える作品でもあり観られて良かった。

ただ、脚本構成部分や演出部分で一部気になる箇所もあった。
群像劇ということで病院スタッフや入院患者の家族のことを描こうとするあまり、風呂敷を広げすぎているようにも感じた。
例えば、理学療法士の遠藤タケル(重岡漠)と小林の担当看護師(青柳美希)の恋愛関係のシーンは少し劇中で浮いており、ここで何を伝えたいかが捉えにくかった。
起承転結のない日常を描いているはずなのに、所々意図的に挿入されたシーンがあってやや違和感を抱いた(たしか『風景』でも同じ違和感を抱いた)。
また、同じキャストが複数役を演じるので、今のこの役者は何役なのだろうと混乱したシーンも一部あった。
同じキャストが別の役をやる効果的な演出もあるのだが、今回の複数役に限っては完全に混乱を招くものがあるように感じてノイズに思えた。

役者陣は皆素晴らしかった。
片岡の妻役を演じた松本みゆきさんと娘の片岡あみ役を演じた上田遥さんの母と娘の関係が絶妙に良かった。
スーパーで買い物をしている時の母と娘のたわいもない話をする感じなど、本当にリアリティあって田舎に戻ってきた感覚にさせられた。
茨城弁ののんびりした会話も凄く風情があって、そこに魅力があるからこそずっと観ていられるのだと思った。
また、佐竹役を演じた「劇団普通」ではお馴染みの用松亮さんも今作でも良い味を出していた。
凄く人の家庭状況などをズバズバと聞いてくるぶっきらぼうな感じと、佐竹自身がおそらく家族に恵まれなかったのだろうというのを感じられるからこそ憎めない存在で、そんな役を絶妙に演じていて素晴らしかった。

特に田舎での生活経験がある方なら没入すること間違いなしの作品だと思う。
普段小劇場演劇を観ない方にも小劇場演劇の良さを伝えられることが出来る良作だと思うので是非足を運んで欲しいと思った。

写真引用元:ステージナタリー 劇団普通「病室」より。


【鑑賞動機】

今小劇場演劇界隈でも知名度を上げている人気急上昇中の「劇団普通」の出世作の再演だったから。2021年の「MITAKA "Next" Selection」で「劇団普通」が選出された時に観劇するはずだったのだが、予定が合わず行けなくなってしまったので、満を持しての観劇で期待値は高めだった。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

茨城県にある周囲を山と畑に囲われた脳神経外科専門病院の入院病棟。ベッドには佐竹(用松亮)、小林(渡辺裕也)、橋本(浅井浩介)、そして片岡(武谷公雄)がいる。佐竹と小林は足が不自由のようでベッドの所に車椅子が置かれている。
片岡の元へ片岡の妻(松本みゆき)と片岡の娘の片岡あみ(上田遥)が見舞いに来ている。どうやら片岡は先日この病院へ入院になったらしく、娘も東京で暮らしていたが急遽帰ってきたのだと言う。
片岡は急遽入院になってしまって大変な思いをした様子であったが、佐竹には歩けるだけマシだろと色々言われる。片岡の家族は色々言ってくる佐竹に対して愛想笑いで受け流そうとする。
小林も同じく足が不自由で一人で歩けず大変な思いをしている。そこへ小林の元に担当看護師(青柳美希)がやってきて小林の世話をする。

診察室で、片岡と片岡の妻、片岡の娘、そして片岡の息子の片岡広也(重岡漠)がいる。今日は土曜日だったので片岡広也も仕事が休みで病院に来れたらしい。しかし仕事が忙しそうで、平日だと病院には来れないと言っている。
医師(浅井浩介)がやってくる。そして片岡のレントゲンの検査結果を見せる。医師は「うーん」と言いながら、血栓が出来ていると言う。以前片岡は日赤で入院していて、その時の担当医師に減薬を勧められて1日3錠を1日2錠にした。それが関係しているかもと、そして医師はそのままにこやかに片岡と会話を交わして出て行ってしまう。
家族内で、薬を増やしてもらうよう出来なかったのかと話している。今度平日診察に来る時に医師に相談してみようと片岡の妻は言う。息子の広也は平日だと自分は行けないときっぱりと断る。

回想シーン。小林が自宅にいる。小林の娘(上田遥)がやってくる。娘は父に息子に対してあの言い方は酷いじゃないかと訴えている。どうやら父と息子で喧嘩をしたらしい。
しかし小林はお前には関係ないとっとと家事をしろと娘を怒鳴りつけてしまう。娘は父のことを諦めて家事に行ってしまう。

再び病棟、橋本の元に橋本の娘(青柳美希)がやってくる。橋本の娘もどうやら実家の親元にはいなくて別の場所で暮らしていそうだが、夫と上手く行っていなそうである。そして子供を連れて茨城に戻ってきて父の世話をしたい様子である。
橋本は、自分の見舞いなんてどうでも良いから子供を連れて住まいに帰れと言う。自分のことは自分でなんとかするからと。そう言われてしまうので橋本の娘は帰ってしまう。

平日の病棟、片岡の元に再び片岡の妻と娘がやってくる。片岡は広也はどうしたと尋ねる。息子は平日で仕事が忙しいから来れないと言う。片岡はどうして息子は来ないんだと憤慨する。
その会話を聞いて小林は、息子さんが来てくれたことがあるだけ良いですよと言う。自分の息子はちっとも見舞いにやってこないのでと。小林の息子は自分が入院する前から全然実家に帰って来ないらしく、12年に3度くらい帰ってくる頻度だったと言う。
その話をして佐竹とも盛り上がる。佐竹は小林に対して家で怒鳴ったりしないのかと問う。小林は家で怒鳴ったりはしないと言う。そうか偉いなと佐竹は小林を感心する。
そこへ佐竹の担当看護師である加藤(石黒麻衣)がやってきて、佐竹の体温を測る。そして問題ないことを確認して去っていく。

片岡、片岡の妻、片岡の娘は再び医師に会って薬のことについて相談する。
場面が変わって近所のスーパー、片岡の妻と娘で買い物をしている。片岡の妻は、近所の家のことをずっと娘に話している。水戸から平日毎週子供を連れてやってくる家族がいて、家から一歩も外に出ないから来ているだなんて思わなくて顔も見たことなかったのだと。そして家に来てどこかへ行くでもなくずっとゲームを子供としているのだと言う。娘のあみは興味なさそうにその話を聞いている。
ひょんなことから自動車の運転の話になって、娘のあみは東京に住んでいるからペーパードライバーだと言う。しかし片岡の妻は、車は必要になったら乗れるようになるものだから大丈夫だと言う。自分も結婚するまでは乗れなくて、急に乗らざるを得ないことになって練習して乗れるようになったからと言う。いざとなったら、ペーパー教習所に行けば良いと言う。

回想シーン。片岡広也がいる。そこへ父の片岡が入ってくる。そしてそんなおもちゃで遊んでばかりいないで勉強しろと広也に言う。そんなおもちゃはくだらないし何の役にも立たないと言う。
広也は反発する。そんなに勉強勉強って、勉強して何のいいことがあるのだと言う。良い大学に入って良い会社に就職してその先に何があるのかと。

再び病棟のシーン、橋本の元に再び娘が来ている。子供たちを一時保育に預けたのだと言う。すると橋本はもうこっちに止まる気満々じゃないかと言う。
娘は泣き出す、夫の所に戻りたくないし子供も取られたくないのだと。しばらく泣きながら橋本と会話をして娘は立ち去る。

小林の元に娘が見舞いに来ている。小林の娘の話に、息子は仕事で昇格して成功している話を聞かされる。
小林の娘が去り、佐竹と小林の二人が病棟にいる。佐竹が小林に対して子供がいて良いなと言う。佐竹はどうやら子供が出来なかったようである。妻にも持病があってなかなか子供が授からなくて、妻は世間から物凄く叩かれたのだと言う。子供が出来ないからってどうして叩かれなきゃ行けないのだと佐竹は怒りを露わにしていた。
そのまま佐竹の元に加藤がやってくる。加藤が看護師として佐竹の様子を見ながら、加藤が徐々に佐竹の妻になっていく。佐竹の妻に優しくされて佐竹の機嫌はだんだん良くなっていく。

日中、片岡の元に再び片岡の妻と娘が見舞いにやってきていた。そしてそこには、片岡のリハビリを担当する遠藤タケル(重岡漠)という理学療法士もいた。遠藤はやけにテンションの高いリハビリ担当で、片岡の娘が父に送ったベストが非常にオシャレでさすが東京の人だと褒めた。しかし周囲は気まずい雰囲気になってしまった。
遠藤は地方出身で東京で暮らしたことがないので、その辺りのセンスはよく分からないそうである。

夜、病院の近くの池のある公園。ベンチに遠藤は一人座っている。そこへ、小林の担当看護師がやってきて隣に座る。どうやら二人は付き合っているようである。
二人で職場の病院の話をする。遠藤は、片岡のリハビリ担当になって盛り上げようとしたが滑ってしまったと落ち込んでいた。そして小林の担当看護師も凄く共感していて、なんか入院患者ってみんなボーッとしていてあまりコミュニケーション取れないの辛いよねと言う。だから本当は入院患者の一部を贔屓しちゃいけないのだけど小林はいつも普通のコミュニケーションを取ってくれるから行きがちだと言う。おーい、みんなしっかりしろーって感じなんだと。
池に白い尾をした魚が見える。遠藤はその魚を捕まえようと、靴を脱ぎ靴下を脱ぎ、ズボンを捲し上げて池の中に入っていく。しかし結局魚には逃げられてしまって収穫はなかった。小林の担当看護師には笑われて、そりゃ魚は捕まえられないよと言われる。
小林の担当看護師は、早く遠藤と一緒に暮らしたがっていた。しかし遠藤は一緒に暮らすのは無理だと言う。それは自分が親と絶縁状態にあるからである。それを聞いて小林の担当看護師はショックを受ける。そしてずっと下を向いてしまう。

病棟、片岡の元に片岡の妻と娘が見舞いに来ている。片岡の娘は明日東京に帰るらしい。
その時、佐竹のベッドの元に加藤がやってくる。佐竹は転院するのだと言われる。加藤の話に転院先も凄く良い病院だと聞いていると言われる。そしてそのまま加藤は佐竹の妻になる。私も今度一緒に行きますねと。
ここで上演は終了する。

とある田舎の脳外科専門病院の一つの病棟を数日間覗いているような感覚で、起承転結はないけれどずっと観ていられる光景だった。私たちは日常の何気ない会話に聞き耳を立てて色々想像してしまうことがある。それは病院だったり田舎でなくても、途中から会話を聞いていることによって、ある程度その人が置かれている状況だったり性格を類推することが出来る。そこに会話を聞くことに対する面白さを感じる時があるが、まさにあれと似た感覚を持ちながら観劇していた。
それぞれの登場人物がどういう事情なのか、全ては説明されていないけれど類推できる部分がある。それを感じられるからこそ脚本に奥行きがあって楽しめる。そんな作品だった。
ただ、色々描きたいことがありすぎて発散している感じは否めなかった。特に遠藤と恋人の小林の担当看護師との件は、あのシーンを入れて何を示したかったのかがよく分からず劇中で浮いてしまっているように感じた。そして橋本の家族に対してはもっと色々描いてほしいものがあった。
青年団がやっている現代口語演劇みたいなアプローチで起承転結を作らずに上演するというスタイルがあることを良いことに、色々描きたいことを盛り込んで何も着地させずに終わっている感じがあって、それはちょっと違うんじゃないかと思えた。現代口語演劇をやりたいのであれば、あえて劇的なシーンを見せずに同じ場所で日常を描けば良いし、病室以外のシーンも描きたいのなら起承転結をしっかり持たせて、なぜそのシーンを描写したのかの説明責任を負った方が良いのではないのかと思った。

写真引用元:ステージナタリー 劇団普通「病室」より。


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

シンプルな舞台セットだからこそ、非常に舞台空間が洗練されているように感じて没入感もある素敵な世界観だった。
舞台音響は使われていなかった記憶なので、舞台装置、舞台照明、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置について。
ステージ上には4つのベッドが置かれている。ベッドといっても病院に置かれているベッドがリアルにあるのではなく、人が全身横になれるような広い平台のようなものが4つあるようなイメージである。下手奥側、下手手前側、上手奥側、上手手前側にそれぞれベッドがある。下手奥側のベッドが片岡のベッド、下手手前側のベッドが橋本のベッド、上手奥側のベッドが小林のベッド、上手手前側のベッドが佐竹のベッドである。
また上手側の2つのベッドの隅には車椅子が一台ずつ置かれていて、それぞれ小林と佐竹の車椅子である。
ステージ奥には巨大なクリーム色のカーテンがかかっており、いかにも病棟といった印象を受ける作りになっている。ステージが全体的にクリーム色を醸し出しており、どこか病院の温かみのある質感があり素敵な舞台空間だった。
シーンは病室だけでなく、入院患者の回想シーンや片岡の妻と娘の買い物のシーン、病院スタッフたちの夜の公園デートも登場するが、舞台セットは動くことはない。だからこそ病院のベッドは具象的にするのではなく、ベッドとしても使えるしそれ以外にも見える抽象舞台装置になっているのだと思った。

次に舞台照明について。今作の舞台照明がとにかく繊細で素敵な演出ばかりだった。
基本的に舞台セットが動くことはなく、舞台照明が切り替わることによってそのシーンがどんな場所なのかを表現する。病室のシーンであれば、日中の白く明るい照明を全体的に当てればそのように見える。そして、小林の自宅の回想シーンでは夕方の照明にすることによって、ここは今までの場所と違うとはっきり分かる演出になっていた。
片岡の妻と娘がスーパーで買い物するシーンの照明は、ここが病室ではないと明確に分かるように明るめの照明でも色合いを少し変えていたように思えた(違ったらすみません)。片岡の妻が買い物かごを持っているだけでここがスーパーだと察しはつくが。
また、遠藤タケルと小林の担当看護師が夜の公園でデートしている時の月夜の照明が美しくて好きだった。凄く幻想的な感じがして、ぼんやりと暗いけど凄く繊細で良い塩梅の薄紫の舞台空間が良かった。
同じ病院でも日中と夜で違いが分かるのも舞台照明の効果による所が大きかった。たとえば、小林と佐竹が二人で病室で会話しているシーンなどは、あたりも暗いので面会時間も終わっている夜だと思われる。それが舞台照明で伝わってくるので表現が上手いなと思う。
あとは、佐竹と佐竹の担当看護師の加藤のシーンで、加藤が佐竹の妻になったりするシーンで、佐竹のベッドにだけスポットが当てられて、幻想を見ているような感覚にさせられる照明が良かった。そこに佐竹の妻がいる訳がないが、きっと佐竹は加藤に自分の妻を投影するのだと思う。寂しさのあまり。その幻想を見ているような感じを上手く照明で朧げにすることで表現していて好きだった。

最後にその他演出について。
まず役者たちの茨城弁の話し方が凄く良かった。もちろん台詞としての言葉も流暢で良いのだが、それだけでなく話す速度や抑揚が田舎の雰囲気を再現していて凄く良かった。今作から初めて出演する役者が複数人いてもこのクオリティなので、きっと石黒さんの方言指導が上手いのだろうなと思う。話し方が和やかでゆっくりで、決して刺々しくなくてのほほんとしている感じが凄く良かった。
あとは特殊な演出として、佐竹の担当看護師の加藤と佐竹の妻が交互に入れ替わったりする演出がある。最初は、佐竹の妻が一体誰なのかわからなかったが、当日パンフレットにそのように記載されていた。佐竹の妻にはなかなか子供が授からず健康状態も良くなかったため世間から叩かれていた可哀想な女性だった。だからこそきっと佐竹は妻を愛していたに違いない。私が聞き逃してしまったかもしれないが、おそらく佐竹の妻は亡くなっているのでは?と思う、違うかもしれないが、言及されていた記憶がないので。佐竹はずっと、自分の担当看護師に自分の妻を投影しているんだろうなと思う。それを見事に演劇で表現していたなと思ったし面白い見せ方だと感じた。
気になった箇所としては、現代口語演劇的に起承転結を作らずに日常のありのままを描いているのに、意図的に切り取った描写が複数存在すること。意図的に何かを伝えたいシーンがあるのなら、それをしっかり回収して欲しかった。そうでないとなんでもシーンを劇中内に取り込めてしまうし、風呂敷を広げてそのままにも出来てなんでもアリになってしまいそう。そこが『風景』と同様に引っかかった箇所。
また、一人複数役を演じるのは良いが、ちょっと混乱した配役もあったので、もっと外見で違いをつけて欲しかった。特に小林の担当看護師は病院にいる時と公園にいる時で違いすぎたので最初は掴めなかった。遠藤が夜の公園で唐突に出てくるのも困惑した。

写真引用元:ステージナタリー 劇団普通「病室」より。


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

「劇団普通」も有名になり始めて、小劇場演劇界隈でも有名な俳優をキャスティングするようになっていって、非常にハイレベルな役者陣の演技を見ることができた。
特に印象に残った俳優について記載する。

まずは、片岡役を演じた武谷公雄さん。武谷さんの演技は、木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(2024年9月)、『桜姫東文章』(2023年2月)、範宙遊泳『心の声など聞こえるか』(2021年12月)で拝見している。
普段はどちらかというとコンテンポラリーダンス系の演劇に出演されているイメージがあったので、「劇団普通」のような青年団系統の静かな会話劇に出演されるのが意外だったし、こういう感じの武谷さんの演技は初めて拝見したかもしれない。
入院患者というのは、どうしてもずっと寝たきりになるので体も弱ってきてしまう。その弱っていく感じを上手く演技で表現しながら茨城弁を使いながら役をこなしていて素晴らしかった。
息子が見舞いに来なくて憤ったり、見舞いに来る時間が遅くなった妻と娘を叱る感じも亭主関白らしさがあってハマっていた。息子に趣味ばっかりしていないで勉強しろ、と言ってくる親って未だに結構いるのだろうか、そして田舎ほど多いのだろうかと考えた。そういった家父長制みたいなのも上手く演技に落とし込んでいたように感じた。

次に、佐竹役を演じた「劇団普通」ではお馴染みの用松亮さん。用松さんの演技は、劇団普通『風景』(2023年6月)、玉田企画『夏の砂の上』(2022年1月)で演技を拝見している。
「劇団普通」で初老を演じる用松さんはいつも強キャラで、『風景』でもなかなか癖の強い主人の役をやっていた印象である。今作でも、足が不自由で自分の生きた環境が不遇だったからこそ攻撃的になってしまっている男性を演じていてキャラが立っていた。
序盤は佐竹を見ていると、この人とは近づきたくないなと思ってしまうくらい苦手意識を持ちやすい男性だが、物語が進んでいくにつれて佐竹の家庭状況が分かってきて、なんとなく佐竹がああなってしまった理由が分かってくる。佐竹は結構哀れな人である。子供が授からず世間から色々罵られた。
そして佐竹の一番の心の支えが妻だった。だから看護師を見ていると妻を思い出す。きっと自分も他の患者のように誰かに見舞いに来てほしい。けれど来てくれる人がいない。このどうしようもない感情が今の佐竹を作っているのだろうなと思う。佐竹を見ていると色々考えさせられた。
そしてそんな用松さんでしか出せないような強キャラの役を見事に演じられていて素敵だった。

片岡の妻役を演じた松本みゆきさんの田舎に暮らす主婦っぽさが物凄く似合っていて素晴らしかった。
特に感じたのは娘とスーパーで買い物をするシーン。ただただ聞いてほしいというだけで何も生産性のない世間話をダラダラと娘にする感じが凄く良かった。うちの母親もそんな感じなのでリアリティがあった。こういった描写は、実家が田舎・地方にないと描けないよなと思う。
また松本さんが話す茨城弁が凄く心地よかった。凄くのほほんとしていて、田舎ののんびりした環境で暮らしている感じが伝わってくる。とても良い塩梅だった。

片岡の娘の片岡あみ役を演じた上田遥さんも素晴らしかった。上田さんはかつて加藤拓也さん作演出の『もはやしずか』(2022年4月)で演技を拝見しているが、ちょっと甘ったるい話し方をするのが特徴的で、今作でもそういった感じの演技が役に見事にハマっていた。
それと、橋本の娘・小林の担当看護師役を演じた青柳美希さんは、橋本とのやり取りで実際にあそこまで泣きじゃくりながら演技が出来て凄いなと思う。彼女の台詞が非常に切実に感じてきて良い演技だった。
佐竹の妻と佐竹の担当看護師である加藤の役を演じた「劇団普通」の主宰の石黒麻衣さんは、城山羊の会『萎れた花の弁明』(2023年12月)でも感じたが、非常に白衣が似合うなと思って見ていた。

写真引用元:ステージナタリー 劇団普通「病室」より。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作に登場した片岡、小林、橋本、佐竹、そして病院のスタッフたちについて考察していこうと思う。

まずは片岡から。片岡の家族は、妻と息子と娘がいて、娘は東京で普段暮らしている。息子は平日フルタイムで仕事をしていそうである。今作に登場する様々な家庭の中で一番まともな家庭だと感じた。
片岡家は田舎によくあるような家父長制の強い家庭だなと思う。『風景』を観劇した時にも家父長制を感じたので、作演出の石黒麻衣さん自身が田舎の家父長制に何か思うことがあるのだろうかと感じてしまう。
片岡は回想エピソードを見るに随分厳格な父親だったのだと思う、頭が堅くて真面目な。だから息子が趣味で遊んでいても、そんなのを捨てて勉強しなさいと叱っていた。そういうのもあって、父と息子の関係は非常に仲良しという感じではないだろう。もちろん、息子も仕事で忙しい中見舞いに来てくれる関係なので絶縁状態ではないが、非常に仲が良いわけでもない。
息子も非常に勤勉なのだと思う。仕事第一優先で厳しそうである。平日は仕事があるから来れないときっぱり言っている。それなのに父はなんで来ないんだと言ったり、妻や娘に遅いと言ったりするので随分と亭主関白なんだなと思う。まるで私の生まれた実家みたい、私の生まれた実家以上に亭主関白だなと思う。
その分、妻と娘が非常に優しくて家族思いなのも頷ける。片岡という主人の命にはいつも従ってきたのだなと思う。そしてそれを妻が反発する訳でもなく、そういうものだと思って受け入れている。田舎の家父長制の家族そのものだなと思った。

次に、小林について。小林にも息子と娘がいるが、片岡の家族と違うのは小林の元にはほとんど家族が見舞いに来ないことである。
小林の家族模様も回想シーンで登場する。小林自身が息子に何か酷いことを言ったらしく、父と息子の仲は険悪だった。それを危惧して娘が仲介に入ろうと父親の小林に訴えかける。これは私の観劇していてのイメージだが、小林は片岡ほどきっちりした人間でなく色々と誤魔化す部分がある。自分に不利益が生じないように楽できるように取り計らう所がある。自分はずっと家事から逃げて子供に押し付けていたに違いない。それで子供に呆れられる。小林を見ていると、そういう家族に対する態度が今の入院生活で見舞いが来なくて孤独にさせている所あるよなと思う。
小林は足が不自由で車椅子生活である。それであれば尚更普通の家族だったら心配して見舞いに来そうである。でもそれがない。それは家族が薄情である訳ではなく、小林が家族をそうさせてしまったのかなと思う。
小林は回想シーンで娘に対して酷く怒鳴っていたにも関わらず、佐竹の前では自分は一度も家族の前で怒鳴ったことないと嘘をついていた。おそらく小林はそういうせこい人間なのだと思う。
しかし小林は、周囲の患者よりも口達者なので医療スタッフからは気に入られたりする。

次に橋本について。橋本に関しては家族の回想エピソードがなかったので、もしかしたら解釈が違っているかもしれないが、正しい間違いに関わらず感じたことを書いておく。
橋本には娘がいる。娘は結婚していて子供もいて、ここから遠く離れた場所で暮らしていた。しかし、父の橋本が入院していると聞いて戻ってきた。
橋本の娘にも事情があった。夫と上手くいっていないらしく、夫と離れたかったのもあって実家に戻ってきたようだった。しかも子供2人は取られたくないから連れてきて一時保育に預けているという。
しかし橋本としては娘に実家に戻ってきて欲しくはなかった。夫と住んでいて欲しかった。それは何故だろうか。一つは田舎の価値観として女は嫁に行くことが正しいという思想があるのかなと思う。娘が実家に戻っていると近所に知られたら色々噂も立って印象が悪い、世間体を気にしているというのもあるだろう。もう一つは、まだまだ自分は娘に助けられる年齢じゃないという強がりもあるかもしれない。これは推測だが、橋本は車椅子にも乗っていなくて比較的元気なのではないかと思う。しかし、車椅子の初老と同じ病室で入院していて落ち込んでいるというのもあるのかもしれない。まだまだ娘に見舞いに来て助けられる年齢じゃないという強がりもあって娘を拒絶しているんじゃないかと思った。

佐竹については割と先述してきた通りなのだが、本当に不遇だったのだなと色々考えさせられる。
子供にも恵まれず、だからこそ特に妻は世間から子供を産まないのかと叩かれた。人々から散々な仕打ちにあったからあのようになってしまったのかもしれない。
佐竹が非常に寂しく思っているのは、担当看護師の加藤を自分の妻のように思っていることから察することができる。ちょっと途中物語を捉えきれていない部分もあるかもなので、佐竹の妻が今どうしているのか分からない。しかし見舞いに来ていないことは事実である。きっと妻が見舞いに来て自分のことを看病してくれていたら、きっとこうやって声をかけてくれるだろうなという佐竹の妄想を見ている気がして色々心動かされた。

最後に病院スタッフの理学療法士の遠藤タケルと小林の担当看護師の二人について。二人はずっと付き合っていて、小林の担当看護師は遠藤と同棲する日を夢見ている。
しかし、遠藤は同棲を拒んでしまう。理由は遠藤が親と絶縁状態で会わせられないからである。きっと遠藤は、病院での患者との家族関係を見てきて、家族との中が悪い家族は死ぬまで苦しい思いをするのだなというのをまざまざと見てきたのかもしれない。私たち観客も、片岡、佐竹、小林、橋本と様々な患者の家族関係から、家族との今までの縁がその人の老後と死の瞬間を決めることを感じたであろう。きっと遠藤もそれを感じていたからこそ、自分は親と絶縁状態なので、そんな家庭環境に自分の好きな人を巻き込みたくなかったのだと思う。だから遠藤は小林の担当看護師を振ったのだと思う。

こうやって病室を覗き見しただけでも、様々な人間関係が垣間見れて面白い。そして田舎がいかに家族という概念に縛られているかもよく分かる。今までどうやって家族と接してきたかが、自分の老後の生活の水準を決めるのかもしれない。
年老いて自分の力では何も出来なくなってくるからこそ他人の手を借りなければならない。しかし、その他人の手が借りられるかは、自分がそれまで家族にどのような対応をしてきたかに依存するだろう。
こう考えると家族を大切にすることは大事だなと思うし、この作品を観られて良かったと思う。

写真引用元:ステージナタリー 劇団普通「病室」より。


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