舞台 「Show me Shoot me」 観劇レビュー 2022/09/10
公演タイトル:「Show me Shoot me」
劇場:三鷹市芸術文化センター 星のホール
劇団・企画:やみ・あがりシアター
作・演出:笠浦静花
出演:加藤睦望、川上献心、さんなぎ、小切裕太、小寺悠介、阿部遊劇手、久保瑠衣香、佐藤友美、石村奈緒、佐瀬恭代、佐々木タケシ
公演期間:9/2〜9/11(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:コメディ、漫才、夫婦、趣味、笑える
個人満足度:★★★★☆☆☆☆☆☆
今や若手劇団の登竜門ともなっている、森元隆樹さんによるオリジナル事業である「MITAKA "Next" Selection」による公演を初観劇。
「MITAKA "Next" Selection」は毎年2〜4団体が選出されて、三鷹市芸術文化センター星のホールで公演が上演されている。
過去には、このフェスティバルから「モダンスイマーズ」「ままごと」「iaku」「東京夜光」などが公演を行っている。
今回は、笠浦静花さんが作演出を務め、加藤睦望さんが俳優として所属する劇団「やみ・あがりシアター」が選出され、当劇団の新作公演を観劇した。
「やみ・あがりシアター」自体の観劇も初めてとなる。
物語は、とある社宅で巻き起こった、趣味で夫婦漫才をやる夫婦たちが、隣人が自分たち以上に面白い持ちネタがあると気づいて右往左往する所から始まる。
花形という夫(川上献心)と妻(加藤睦望)は、社宅内で夫婦漫才の練習をしていたが、エアコンが壊れたという理由で隣人の姫川夫婦が花形夫婦の家にお邪魔してくる。
しかし、姫川夫婦は、妻(さんなぎ)が大阪出身であることもあって、自分たちよりも全然面白いボケやつっこみをかましてくる。
そんな様子をみて花形夫婦は、自分たちの夫婦漫才という趣味が否定されたような気がして落ち込み、やがては不仲になっていく。
しかし、同じ社宅には動画編集という趣味にプライドを持っていつもカリカリする流川(石村奈緒)、カブトムシ取りが好きで俳句教室に通う二海堂(佐藤友美)、子供に絵本を読み聞かせることを趣味とする宮田(佐瀬恭代)などが住んでいて、花形夫婦はそんな趣味を満喫する社宅住人たちと交流することによって、自分たちの漫才スタイルを見つけていこうとする話。
漫才のような「お笑い」というものは、面白くしようと力(りき)み過ぎると返って面白くなくなってしまうというのは聞いたことがあるし、お笑い芸人にとってもよくある悩みに思える。
誰だって、自分が精を出そうとしていることが上手く行かなくなって、プライベートの人間関係が拗れてしまったり、大人げない態度を取ってしまうことはある。
だからこそ、自分のありたいスタイルで自分のやりたいように活動することこそが、きっと自分たちを一番幸せにするんじゃないかと、そんなことを花形夫婦は沢山の人間との交流で感じ取ったように私は感じた。
今作を観劇してみて「大切なものは日常にある」というメッセージ性を強く読み取ったという感じである。
机や椅子などを役者が黒子と兼任して素早く運んで場転をする演出は疾走感があって見事だったのだけれど、個人的には少々そういった光景が多すぎたように思えて中弛みする箇所もあった。
脚本として、描きたいことはよく分かったのだけれど、演出面に関してはもっとブラッシュアップの余地があるのではと思った。
コメディ要素も、もっと客席を湧かせてくれることを期待していたが、終盤に至ってもそこまではいかなかった印象。
演劇的な2つの別々のシーンが役者の移動によって繋がるという演出もあったが、効果的に機能していなかったように思えた、というかもっと上手い見せ方はあると思った。
しかし、役者陣はほぼ全員初めて拝見した方たちだったが、とても魅力的で面白いキャストが多かったので、また別の舞台で演技を観てみたいと思えた。
誰にも譲れない趣味を持っている人にとってはおそらく刺さる内容、そうでない人にはちょっと羨ましく思える内容に感じるのではないだろうか。
【鑑賞動機】
観劇の決めては、「MITAKA "Next" Selection」というフェスティバルと「やみ・あがりシアター」という劇団の2つ。
「MITAKA "Next" Selection」は、三鷹市スポーツと文化財団副主幹を務めていらっしゃる森元隆樹さん主催の事業で、若手劇団の登竜門としても機能している、小劇場界隈でも有名なフェスティバル。そのフェスティバルに参加する公演を観劇してみたかったというのが一つ。
もう一つは、東京大学の演劇サークル出身である「やみ・あがりシアター」の公演を観劇してみたかったということ。今年(2022年)3月に上演された当劇団の新作公演である「マリーバードランド」もTwitterの感想を見ると大変好評だったので、どんな演劇を上演してくれるのか楽しみだった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリー・内容に関しては、私個人の記憶に基づいて記載しているので、誤りや記載漏れのあるシーンがあると思うがご容赦頂きたい。
花形の夫(川上献心)と妻(加藤睦望)は夫の社宅で暮らしており、彼らは自分たちの部屋で趣味で夫婦漫才をしていた。漫才では、三鷹に自分たちは住んでいるということを話すのだが、妻が喋る内容はどれも吉祥寺のことを指していて、夫がそれは吉祥寺だとツッコミを入れている。漫才の内容は、エアコンの設定温度の話へ。エアコンの設定温度は28℃にしても、決して室内は28℃にはならないので、18℃にしていると。それは冷蔵庫の野菜室やないかいと夫はツッコミを入れる。
そこへ、隣人の姫川という夫(小切裕太)と妻(さんなぎ)が、エアコンが壊れてしまったみたいでつかないとベランダで話していた。偶然夫婦漫才をしている所を見られてしまった花形夫婦は、自分たちの家に姫川夫婦を案内する。
姫川の妻は、最近大阪から東京に引っ越してきたばかりのようである。姫川夫婦は花形夫婦の家で涼んでいると、エアコンの設定温度が18℃であることについて言及され、姫川夫婦が「サーバー室やないかい」とツッコミを入れる。それ以外にも、春夏秋冬の話で春(シュン)と秋(シュウ)の間に「夏が中に」あることを、「なすなかにし」と言ったりと、姫川夫婦は面白いことを言う。
ここからは役者が黒子を兼任しながら、素早く場転が何度も繰り返されて以下のシーンがコメディとして繰り広げられる。
力石(小寺悠介)と服部(阿部遊劇手)と姫川の夫が喫煙所でタバコを吸っている。力石はと姫川は会話をするが、話の内容が噛み合っていないことに気が付き、服部がツッコミを入れる。
職場の昼休憩時間に、日向(久保瑠衣香)と二海堂(佐藤友美)が2人で弁当を食べている。二海堂は、趣味で俳句に力を入れようと日向に告げる。
流川の妹(石村奈緒)は、PCに向かって動画編集をしていた。そこへ流川の兄(佐々木タケシ)がやってきて、色々雑談を振ってくるのだが、妹は「うるさい」と動画編集に集中したい様子であった。
宮田(佐瀬恭代)は、子どもたちを沢山集めて絵本のお話会を開いて読み聞かせしていた。
花形の妻はコメディ番組をやっていたテレビを消す。そして夫に対して、姫川夫婦のボケやツッコミの方が面白かったと落ち込みながら話す。
オープニング音楽であり、劇中歌の「しょーみーしゅーみー」が流れる。
職場の喫煙所で、花形の夫は一生懸命タバコを吸おうとしていたがなかなか火が付かなかった。そこへそばにいた力石が、タバコは吸いながら火を付けるのだと教える。力石は花形の夫に、お前は一度もタバコを吸ったことがないのかと尋ねる。
花形の妻は、仲良くなった隣人の姫川の妻と会話しながらゴミを出しに行く。そこへ、宮田が同じくゴミを所定の場所へ出して去っていくが、花形の妻はその女性を知らないという。姫川の妻は、同じ社宅に住んでいて知らないってことが東京ではあるのかと驚く。大阪では近所の住民は皆知り合いのようだからと。そこへ今度は、二海堂がやってきて2人は仲良くなる。
ある朝、力石と服部、姫川の夫、そして花形の夫は一緒に近所をランニングすることになる。花形の夫だけは随分厚着をして首にタオルを巻いて臨んだ。彼らは走り始める。
一方で、花形の妻と姫川の妻の2人は、二海堂に誘われてカブトムシを虫取り網で取りに行こうと外に出た。カブトムシを捕まえるために二海堂が仕掛けた罠は全部で3箇所、1箇所目はハズレ、そして2箇所目にはカブトムシはいたが逃してしまい、3箇所目は子どもたちに取られてしまった。二海堂は最後は子供たちにバカにされて憤る。
そこへ花形の妻は、ランニング中の花形の夫とばったり会う。そして虫取り網をマイクにして漫才を始める。周囲の人々は驚く。そして花形夫婦も自然と漫才を始めてしまったことに驚く。
流川の兄は自分が犠牲になってでも過剰に善良なことをするのが好きだった、ゴミ拾いなど。
流川の妹は自宅で今日も動画編集をしていた。今日は兄が新しく出来た彼女を紹介する日だった。その彼女とは日向であった。流川の兄は過剰に善良なことをするのが好きだが、日向は人に悪さをすることが好きで、2人が付き合えばプラマイゼロになると考えていた。
そして、流川の妹がアップしているYouTubeチャンネルに、最初ポジティブなコメントを書いて上位に表示させ、後でネガティブなコメントに書き換えて、一定期間ネガティブなコメントが流川の妹のチャンネルに表示させていたのが日向であることを知って激怒し、流川の妹と日向は対立する。
流川の家に、姫川の妻と花形の夫妻もお邪魔して盛り上がる。エアコンの設定温度は、環境に配慮して28℃らしく、皆暑いと答える。
一同はカラオケへと向かう。流川の兄の指示で、なぜか6人のメンバーは3人、3人の二部屋に分かれてしまい、流川の兄、姫川の妻、花形の妻の3人と、流川の妹、日向、花形の夫という一番最悪のパターンとなる。どちらの部屋でも結果同じ曲を歌うことになり、くっつくことになる。
姫川の夫は最近残業が多いらしく、まだ帰らないそう。それを聞いた日向は、浮気をしているのではないかと言う。
姫川の夫は、力石と残業していて、クレーム対応に追われていた。
姫川の妻と花形の妻は、二海堂に誘われて俳句教室に行った。
二海堂が頑張って俳句を読み上げても、年老いた審査員は何か上手いことを言おうとして不自然さを感じる、もっと自然な方が良いをつけて評価してくれなかった。そのうちに、審査員同士で俳句を読み始め、楽しみ始める。
二海堂は負けじと、俳句を読み上げる。吉野家の「にこるんの牛丼」が期間限定なので季語として使って読もうとしたが、やはり評価されなかった。
テレビ番組が始まる。司会は力石で、番組ゲストに服部、流川の兄、日向、宮田、二海堂がいる。隅には影薄く花形の夫がいた。力石は休日どんなことをして過ごしているかを質問するコーナーということで、ゲストに答えてもらう。
二海堂が俳句、宮田が子どもたちを集めてのお話会について回答した後、日向と流川の兄はそれぞれ、人を不幸にするのと幸せにすることでプラマイゼロなんだと主張する。その後に服部が答える。
花形夫婦と姫川夫婦は、バスに揺られて「天文台前」で下車する。そして館内で、スタッフ(小寺悠介)から太陽系についての説明を受ける。4人はそれぞれ、太陽、水星、金星、地球にさせられて、惑星はこれくらい離れているんだと体感させられる。
そこで夫婦は、お互いに仲直りを始める。
宮田の子供たちを集めた絵本の読み聞かせ会、今日はマッチングアプリについて。宮田は、女性は無料で、男性は有料で出会えるマッチングアプリで出会った2人の男女が、渋谷で会ってセックスする話をする。そして子供たちがつまんないと不平不満を言って立ち去ってしまう。
その男女というのが、花形の夫婦と重なっていく。
花形の夫と妻はPCを開き、お互い文字を入力し合いながら会話をする。夫婦漫才が面白くなくて、すっかり夫婦の仲も冷めきっていた花形夫婦だったが、テンプレート文に沿って話をすれば、自分が話したようにならずに聞こえるという誰かからのアドバイスを受け入れて、アンドロイドが話しているかのように会話させて、お互い仲直りした。
そして、姫川の夫にクレームを入れていたのは、花形の夫であったことも自白した。姫川の夫に対する嫉妬だったようだ。
花形夫婦は再び夫婦漫才を始める。
花形の夫は、実は大阪への転勤が決まったと妻に報告する。これは、漫才なのだが事実であると。妻はびっくりするがそれを喜ぶ。ここで上演は終了する。
大阪から引っ越してきた姫川の夫婦の方が断然面白いボケとツッコミをかまして、自分たちがやっている夫婦漫才は一体何だったのだろうとショックを受け、それが引き金となって夫婦の仲も冷え切ってしまった花形の夫婦。しかし、姫川の妻のコミュ力によって社宅に住む他の住民と交流していくことによって、みんな同じ悩みを抱えていて、みんな嫉妬したり憤りを感じたりしながら、自分の好きなことを否定されたくないという思いでやっているのだなと花形の妻は痛感する。そして、それが生きるということなのではないかと彼女は感じたのではないかと思った。
だから精一杯好きなことをやったら良い、そうすれば好転する。大切なことは日常の中に潜んでいた。そんなメッセージ性を凄く感じた。
ただ、ちょっとそう解釈させるにはもう少し演出面で工夫が必要かなとも感じたし、もっとブラッシュアップ出来る余地はあって、磨きをかけて欲しい所ではあった。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
今作の世界観・演出は、非常に趣向が凝らされた印象はあるのだが、個人的にはちょっと荒削りな感じが否めなかった。それは、場転中の家具たちをセットする黒子の疾走感だったり、カラフルな照明と、劇中歌など力を入れている感じは凄くよく分かし、エンターテイメントとしても楽しめる感じはあるのだけれど、洗練されているかというと私は「?」がついた。もっと各演出面に意味をもたせて機能させて欲しかったかなと思う。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。
まずは舞台装置から。
まずステージに対して、下手側と上手側に巨大な暗幕が設置され、そこにベランダの格子が3段ほど並んで付けられており、社宅のベランダを表現していると考えられる。
舞台中央には、舞台奥から舞台手前へ伸びる白いステージが用意されており、その途中の床に四角く巨大な穴が開閉できるようになっていて、花形の夫婦はそこから最初登場する仕掛けになっていた。
その白いステージの手前側両端には、ベランダの格子が取り付けられていて、姫川の夫婦とのベランダのシーンになる度に、姫川の妻がそのベランダの格子を畳んだり広げたりして、ベランダのシーンを表現した。
舞台上に常時設置されている大道具は以上だが、場転して黒子がシーンによって運び込んでくる道具が沢山あった。例えば、社宅のゴミ置き場の巨大な2つのゴミ箱だったり、花形夫婦の家のソファーと机だったり、流川家のダイニングテーブルと椅子だったり、それからカラオケボックスの椅子、喫煙所のタバコの灰皿、職場の長机とオレンジ色のおしゃれな椅子、テレビ番組シーンのゲストが着席するステージと、司会者の風船のついた椅子、俳句教室の長机と椅子など。それらを、役者が黒子と兼任しながら素早く場転するのはたしかに面白いのだが、ちょっと場転が多すぎて、特に序盤は場転続きで個人的には引き込まれなかった。
小道具も沢山出てきた。漫才用のマイク、虫取り網、読み聞かせ用の絵本、PCなどなど。様々なシチュエーションがあるから、それぞれに小道具まで揃えて大変そうではあったが。
次に衣装。個人的には衣装のチョイスは物凄く好きだった。女性陣の多くがカラフルでそれだけで見栄えがして素敵だった。
花形の妻を演じる加藤睦望さんの紅色のドレスみたいな衣装も、彼女の陰キャな性格を反映している感じもして、落ち着いていて好きだった。
一方で、姫川の妻を演じるさんなぎさんの青い衣装は際立っていて良かった。あの鮮やかな青色というのが、彼女のお喋りな主張とも相まって舞台上で良い感じで主張が強くて良かった。
また、日向を演じる久保瑠衣香さんの黄色の衣装も好きだった。こちらも姫川の妻と同じ理由で良かった。非常にキャラの立った日向だが、そのキャラの立ち方と、黄色という衣装の主張の激しさがリンクしていた。
男性陣の衣装も良かった。特に花形の夫のあの黒スーツな感じと、ランニングする時の厚着する感じは凄くキャラクター性に合っていて好きだった。
次に舞台照明について。
舞台照明も、実にコメディ作品といった感じのエンターテイメントな演出が作品にハマっていた。
照明の仕込み方が良かった。舞台後方の白いステージの縁に沿って床から上に向くように小さな白いスポットライトが沢山仕込まれている感じが、舞台全体をよりステージに感じさせていたと思う。
また、場転中やオープニングの時の音楽がかかりながら派手にカラフルに照明が変わっていく感じも良かった。
カラオケのシーンで、ミラーボールは登場しなかったけれど、そこまでは私も求めないので今回はなくて良かったと思う。
次に舞台音響について。
まずは、「しょーみーしゅーみー」の劇中歌から。こちらは非常に作品にもハマっていたし、その曲調がとてもスピード感あって場転などにも違和感なく使われていて素晴らしかった。作曲をされた小山優梨さんは本当に素晴らしいセンスをお持ちだと思う。漫才作品らしく三味線がベースで流れていて、「しょーみーしゅーみー」という歌詞は初音ミクを連想させるボカロ感がある。このセンスがとても良かった。歌詞も「しょーみーしゅーみー」しかないので、非常に耳に残りやすく且つ今作のタイトルなので本当に良かった。音源が欲しいくらいだった。
一方で、物語終盤の花形夫婦がPC上でアンドロイドのようにボカロボイスで会話しながら仲直りするシーンがあるが、あそこの音声がちょっと聞き取りにくくて致命的だった。かなり重要なシーンなので聞き取りにくいはかなりのストレスになった。おそらく、花形の夫婦というのが陰キャで、何かに代弁してもらう感じでないと自分の言いたいことを言えないから、こういったボカロ風のやり取りを取り入れたのだと解釈しているが、趣向が凝らされているというのは良いのだが、ちょっと荒削り感が否めなかった。もう少し観せ方をブラッシュアップして欲しかった。機材の性能もあるのでなんとも難しいと思うが、音源をもっとクリアにするとか、映像も一緒に流して伝えるとか。そういったフォローが欲しかった。
その他演出について。
三鷹文化芸術センターでの上演ということもあり、かなり三鷹市と吉祥寺の地元ネタが盛り込まれていて面白かった。小田急バスの「天文台前」は実際に存在するし、玉川上水が度々登場したり、太宰治と森鴎外の墓も近くにあるので、非常に地元に住んでいる人にとってはかなり馴染みがあったのではないかと思う。吉祥寺に関することも漫才のネタにしていたが、PARCOやヨドバシカメラなどを挙げていた記憶がある。それと吉祥寺シアターも挙げていた。そういうローカルネタを劇に盛り込むのもアリだなと感じた。
あとは序盤のシーンで、花形の夫婦の家に姫川の夫婦を入れて、自分たちよりも姫川の夫婦の方が面白いと感じて、オープニングに戻ってくるまでに、社宅に住む登場人物たちがちょこちょこ場転しながら登場して、コントを始める感じで最初に手を挙げて宣言するのだが、これがこの後登場する社宅の住人の日常であるという伏線もありつつ、花形の妻がテレビでコントを見ていたような演出にも感じられて、ここに関しては面白いなと感じた演出だった。これによって、花形の妻はテレビに出演しているお笑い芸人は皆面白いなという嫉妬と、社宅の住人たちは皆趣味が充実しているなという嫉妬のダブルミーニングに繋がる演出かと思うので上手いと感じた。
こう考えると、演出面を一つ一つ取り出すと凄く趣向が凝らされていて作り込んでいる感じがあって良いのだけれど、作品全体を通して俯瞰すると荒削りな感じがすると振り返ってみて感じた。
衣装も素晴らしかったし、劇中歌も素晴らしかったし、脚本としての伏線のもたせ方も良いのだが、あと一歩観せ方みたいな点がブラッシュアップされていない感じがして勿体なく感じた。場数を踏んでさらに演出が色々な側面からみて上手く解釈できて楽しめるような作品が作り出されることを期待したい。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
キャストは全員初見だったが、皆素晴らしかった。全員素晴らしかった。場転が非常に疾走感のある演出でもあるように、キャスト陣が皆アクティブで元気いっぱいな感じがした。
特に素晴らしいと思った役者さんについて記載していく。
まずは、花形の妻の役を演じた「やみ・あがりシアター」の劇団員である加藤睦望さん。
本当の性格がどうなのかは知らないけれど、今作でいえばコミュ力は高くなくておとなしい性格なのだけれど、でも内心は人を笑わせたいというそんなキャラクター性がしっかりと窺えてはまり役だった。
なんと言っても、夫と夫婦漫才する時の感じが好き。あのボケ方に凄く誠実さが伝わってくる。開演して最初の夫婦漫才は正直端切れが悪いぞ?と思った。これならお笑い芸人がやっている漫才を見ていた方が面白いじゃないかと。しかし、その端切れの悪さも演出だった。花形の夫婦漫才は面白くないというのが物語になっていた。
花形の妻の真面目さを劇中で痛感し、それを経て夫と仲直りした上での夫婦漫才、もちろん漫才としてのクオリティはお笑い芸人には及ばないけれど、彼女の性格や人間性を知った上で見る漫才には、また別の感情が沸き起こってきて良かった。
次に、花形の夫の役を演じていた劇団風情の川上献心さん。
ザ・陰キャといった感じで、たしかにお笑い芸人として漫才で観客を爆笑させる感じではなさそう。そしてかなりの真面目キャラ。きっとこの花形夫婦は、ずっと陰キャで人生やってきて、自分とはかけ離れていそうなお笑い芸人に憧れて、趣味で始めようと思ったのだろう。きっと自分を変えたいと思ったのだろう。
しかし、姫川の夫婦たちを見て撃沈しショックを受ける。この花形の夫は、決してコミュ力は高くないけれど、かなりの嫉妬心を抱く野郎だと思ってみていた。姫川の夫のことは嫌いだっただろう。特に、クレームを付けて嫌がらせしていたくらいだから。
そして見栄も張ろうとしていた。吸ったことがないタバコを吸おうとしたり、ランニングに参加してみたり。
けど、結局自分がやりたいのは漫才であることを自覚して、そして夫婦漫才で自分を最後にさらけ出していく感じが好きだった。
本当に川上さんはそういった陰キャだけど嫉妬深そうな花形の夫役が似合っていた。
今作一番上手いなと感じた役者は、姫川の妻の役を演じたさんなぎさん。調べてみたら、さんなぎさんは佐藤佐吉優秀主演俳優賞2021を受賞している女優だった。どうりで素晴らしい訳だった。
大阪から来た関西の女性をかなり上手く演じてらっしゃった。こんな感じの関西人はいそうだし、会話のテンポがかなり心地よかった。
姫川の妻は、花形の妻と一緒にいるシーンが多めだと思うが、花形の妻が大人しくて、彼女はうるさいので、その辺りのバランスが非常に良くて、この2人でも漫才出来るんじゃないかと思ったくらい。会話のテンポが本当に良くて、彼女のそのテンポがかなり作品全体のテンポも上手く作り出していて、劇中歌も上手く作品に合ったんじゃないかと思う。
また、俳句教室のシーンでずっと居眠りしているのもらしくて良かった。
日向役を演じた久保瑠衣香さんも良かった。
とても美しくて可愛らしいのだが、彼氏とは正反対で悪いことしかしない辺りが面白かった。男を尻に敷きそうな悪い女性に見えてきて、それが上手くハマっていて良かった。ただ、個人的にはもっと台詞は毒々しくても良かったかなとは思う。たぶん、久保さん自身はそういう女性じゃないから、毒を出すのは結構ハードル高かったのではと感じた。
それと、黒子では黒い半袖を着ていたが、そこからその半袖を脱いで黄色いドレスの日向の役に切り替わる脱ぎっぷりがセクシーだった。
流川の兄の役を演じた佐々木タケシさんも良かった。
こんな馬鹿正直な奴いるかってくらい馬鹿正直で意味不明だけれどキャラクターとして好きだった。そして異常に爽やかだからなぜか見入ってしまう。凄く魅力的なキャラクターだった。
それとどうでもよいが、千鳥のノブにも若干似ていて面白かった。
力石役を演じた青年団とレトル所属の小寺悠介さんも良かった。
強い口調になるときに面白いって良いなと思った。声に迫力があって、でも相手を威嚇するような迫力ではなくて、なんか笑ってしまう迫力がある。
特に天文台のスタッフが良かった。「星って面白いだろ!」みたいな台詞が好きだった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、趣味についてと今作の個人的な感想についてつらつらと書いていく。
今作を観劇して、趣味って改めて面倒くさいものだなと感じた。趣味というのは、誰かに強制される訳でもなく自分が好きだから始めたことである。だから、当然趣味というのはその人にとって興味のあること好きなことになる。
私の場合は、これだけ観劇レビューを書くくらいなので舞台観劇が趣味である。そして誰かに強制されるでもなく自分が好きだからやっている。
人は好きなことを否定されたくないものである。これは趣味についても同じである。自分が大事にしてやっていることだから、誰かにイチャモンつけられたくない。そして、誰にも譲れないというプライドもきっとあると思う。私自身も、観劇というものを誰かに否定されてしまったら、それは傷つくし、自分よりも納得感あるレビューを読むと少し悔しい気持ちになったりもする。大人気ないけれど。
今作でも、趣味で夫婦漫才をやっている花形の夫婦は、隣に引っ越してきた姫川の夫婦の方がはるかに面白いボケとツッコミをかまして嫉妬し悔しくなる所から始まる。ずっと自分たちが好きでやってきたことをちょっと否定された気持ちになるから凄く良くわかる。さらにそんな悔しさは、花形夫婦の仲までをも引き裂くことになる。
しかし、物語が進んで行くにつれて、そんな趣味を否定されて傷ついているのは、何も自分だけじゃないということを花形の妻は気付かされる。
例えば、二海堂はカブトムシを捕まえることが好きだが、折角仕掛けた罠を子供たちに横取りされて馬鹿にされたり、俳句教室で先生たちに指摘されてなかなか認められないという辛い状況を目の当たりにする。宮田も、子供向けに絵本を読み聞かせるお話会をやっているが、内容によってはつまらないと子供たちが飽きてしまうことだってある。
ここからは私の解釈だが、趣味というのは自分が大好きなことでどんどんのめり込んでしまうものである。だからこそ、色々と思い入れが強くなっていったり、こだわりも強くなっていって周りが見えなくなっていくという側面もあると思う。そして、なんとか認められよう、他の人より優位に立とうと奮闘するが故に、徐々にずれていってしまう可能性があると感じた。
例えば、二海堂はカブトムシが取れなくて子供にムキになってしまったり、自分の俳句を認めてもらおうと先生に食らいついてしまった。その結果、俳句教室の先生からもっと自然に俳句は読むものだと指摘されてしまった。上手い俳句を考えようとした結果空回りしている感じだと思う。その結果知らず知らずのうちに、周囲の人間に八つ当たりをして傷つけてしまう。だから趣味というのは面倒くさいのである。
きっと夫婦漫才もそうではないかと思う。面白いことを言おうお言うと考えてしまった結果、あまり面白い漫才ができなくなっていて、別に夫婦漫才なんて意識していない姫川の夫婦の方が自然と面白いことを言っているみたいになっているのである。
観劇レビューも、上手いことを書こう書こうとするより、感じたことをありのままに書いた方がしっくり来た文章が書ける気がする。
だからこそ、花形の夫婦は、自分たちがそこまでコミュ力が高くないという個性を認めて、アンドロイドでチャットで自分の気持ちを代弁してもらうが如く会話し、仲直りした。そして、自分たちの身の回りで実際に起きたことを漫才のネタにしていった。
趣味におけるスランプは、日常に目を向け、自然体になることで解消されたと私は捉えた。だからこそ、「大切なことは日常の中にある」と感じた。
趣味というのは本来そういうものであるから、誰かよりも優位に立とう、認められようとすることではなく、自分らしく楽しむものであるから。
そんなメッセージ性を今作で笠浦さんは伝えたかったのではなかろうか。
だとしたら、もっと後半の展開は観せ方をブラッシュアップした方が良かったのかなと思う。結局、流川の妹は動画クリエイターとしてプライドを持っていて、日向に邪魔される立場だが、彼女のことに関しても何かしら収束に向かってほしかったし、日向と流川兄のプラマイゼロなカップルが何を暗示するのか良く分からなかったし、ラストの花形夫婦の夫婦漫才ももっと感動を感じさせて欲しかった。ちょっと物足りなかった。
序盤は百歩譲って、場転が多かった演出は気になったが、後半でしっかり伏線回収されれば良いかなと感じていたのだが、中盤は面白くなってテレビ番組で休日の過ごし方について話すシーンがピークになってしまって、その後は面白さの勢いが失速した感じに私は見えて120分が長く感じた。
上記で記載した通り、脚本のテーマはよくて、キャストも良くて、演出も要素一つ一つは良いので、全体的な演出の構成をもっとブラッシュアップすれば、私個人としては満足度が大幅にアップしたと感じている。
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