舞台 「綿子はもつれる」 観劇レビュー 2023/05/23
公演タイトル:「綿子はもつれる」
劇場:東京芸術劇場 シアターイースト
劇団・企画:劇団た組
作・演出:加藤拓也
出演:安達祐実、平原テツ、鈴木勝大、田村健太郎、天野はな、秋元龍太朗、佐藤ケイ
公演期間:5/17〜5/28(東京)
上演時間:約1時間40分(途中休憩なし)
作品キーワード:会話劇、夫婦、シリアス、考えさせられる、嫌な気分になる
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
「劇団た組」を主宰し、若手最注目の劇作家・演出家である加藤拓也さんが作演出を手がける「劇団た組」の新作公演を観劇。
「劇団た組」は、今年(2023年)の東京芸術劇場が若手劇団に上演機会を提供する提携公演である「芸劇eyes」に選出され、劇団として初めて東京芸術劇場で公演を打つことになったので観劇することにした。
また、加藤拓也さんは今年(2023年)行われた第67回岸田國士戯曲賞において、昨年(2022年)上演された『ドードーが落下する』で見事受賞され注目を集めている。
今作は、加藤さんが岸田國士戯曲賞を受賞してから初めての新作公演となる。
物語はタイトルの通り、綿子(安達祐実)という女性とその周囲の人間関係を取り巻く話。
綿子は悟(平原テツ)という大学の講師をやっている男性と結婚しており、大翔(田村健太郎)という中学生と暮らしていた。
しかし、この綿子と悟の夫婦は冷え切っていて綿子はあまり家にいなかった。
綿子は、木村(鈴木勝大)というイケメンで遊び慣れていそうな若い男性と不倫していた。
上演は、綿子と木村との2人の時間から始まるのだが、そこからある事件が起きて、綿子と悟の冷え切った夫婦関係が修復に向かおうとするが...というもの。
私は、加藤拓也さんが作演出を手がけて来た演劇作品では『もはやしずか』(2022年4月)、『ドードーが落下する』(2022年9月)と観ていて、この二作は同じ加藤さんの作演出でもだいぶ系統の異なる作品という印象だった。
しかし、今回の『綿子はもつれる』は『もはやしずか』にテイストがかなり近い作品だった。
もちろん、安達祐実さんや平原テツさんといった『もはやしずか』でキャスティングされている役者が出演しているというのもあるのだが、舞台装置のデザインや夫婦の決裂という文脈がかなり『もはやしずか』とリンクしたからだろうと思う。
舞台装置はまるでニトリで全て拵えたといっても良いような凄くシンプルで空虚な具象舞台。
そして夫婦関係がまるでもつれていくかのように喧嘩し合う感じがとてもリアルで、グサグサと自分の胸を突き刺してくる。
これは、脚本を書いて演出する加藤さんも素晴らしいのだが、それをステージ上で体現する安達祐実さんをはじめとする役者陣が見事過ぎる。
本当にどんな稽古をしたらここまでリアルな会話劇を描けるのかと疑問に思うほどである。
安達祐実さん演じる綿子の、悟に対して冷え切った感じの態度を示すあの演技、それとは打って変わって不倫相手の木村とは楽しそうにする感じ、また悟と徐々に打ち解けあって楽しそうに時間を過ごすシーンもあるのだが、その人間関係の演じ方が凄く自然で、よくこんな高度な演技をナチュラルに熟るものだと驚いた。
安達さんだけではなく、平原さんもそうだし、中学生役を演じた田村健太郎さん、天野はなさん、秋元龍太朗さんも歳の差があるはずなのに、中学生らしい仕草や台詞、テンションがリアルで素晴らしかった。
加藤さんが創る演劇を何度も観たからか『もはやしずか』ほどの衝撃はなかったが、とても「劇団た組」らしい作品であるし、非常にシリアスなのだけれど凄く元気ももらえるし前向きに生きようと思わせてくれる力強い演劇だった。シリアスな作品が苦手でなければ多くの方に観てほしい作品だった。
↓戯曲
【鑑賞動機】
「芸劇eyes」の公演であるということと、岸田國士戯曲賞を受賞した加藤拓也さんの受賞後初めての新作公演だったから。
加藤さんが創る演劇は、過去2回しか観ていないがどちらも非常にインパクトの強い作品で忘れることがないので、今作もきっとそんな作品に仕上がっているのだろうと期待値高めで観劇した。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
綿子(安達祐実)と木村(鈴木勝大)がベッドの上で2人でイチャイチャしている。木村が今まで知らなかった綿子の鍵垢(おそらくインスタグラムかなにか?)を初めて知る。綿子はそこに、綿子と木村の2人の思い出の写真を投稿していた。しかも結構昔からその鍵垢はあったようで、最初の投稿内容はかなり昔の写真だった。
綿子と木村はお互いのパートナーには内緒で、2人だけの指輪をはめていた。そしてそれをスクショしてその鍵垢に投稿する。木村は、何か用事があって支度してその場を立ち去る。
1人になった綿子は、自宅にいる誰かと電話をしている。その時、外で誰かが車とぶつかったような音が聞こえる。綿子は今電話している相手に対して、ちょっと一回電話を切ると言って、そのままおそらく119番に通報する。遠くで男性が引かれたと、綿子は男性とはぐらかしていたが、その男性は木村であり、男性というのに少し躊躇いがあるようだった。綿子は119番に通報して電話をしながら徐々に声を荒げ、他に近くに誰かいないのかと叫ぶ。
リビング、悟(平原テツ)と中学生の大翔(田村健太郎)がいる。大翔は高校生になったらアルバイトを始めるみたいなことを悟に話している。
綿子が帰ってくる。悟は、今日は早く帰るはずだったのに随分と遅かったねどうしたの?と話しかける。綿子は知らない男性が事故に遭ってしまって、それで119番に通報などしていたからだという。悟は、それは大変だったねと言う。悟は今日は珍しくチャーハンを作ったから、よかったら食べたら?と綿子に言うが綿子は食べたくないと言ってベッドに行ってしまう。
悟は少ししてベッドに向かった綿子の方へ行って、今度久しぶりに2人で旅行に行こうと提案する。しかし、綿子はあまり乗り気でなさそうだった。そして、悟はその元気のない綿子の様子を見て、事故のことを引きずっているのかなと悟る。そして、ショッキングな現場に居合わせてしまった大変だったね、でもそれが家族とか身内でなくて良かったねと元気付けようとする。
悟と綿子が暮らすリビングに大翔と、大翔の中学校の友人である翔太(秋元龍太朗)と美鈴(天野はな)が遊びに来ている。3人とも制服姿である。美鈴は、クラスメイトの誰々が最近可愛くなったとかそういう話をしている。その流れで、大翔はクラスメイトで誰か好きな人いないの?という話題になる。大翔は特にいないと答える、翔太も同じようなリアクション。そこから、どういう女子がタイプなのかという話になる。大翔は色々答えあぐねながら、昔付き合った経験があると暴露する。美鈴は驚き大翔を質問攻めにする。翔太も初耳だったようである。大翔は、他校で前付き合っていた女性がいてキスをしたことがあると言う。その場は盛り上がる。
綿子と木村はベッドの上で2人でいる。
木村には、依子というパートナーがいて彼女がどうやら双子を授かったらしくてその相談をしていた。
綿子と悟のリビング、おそらく綿子と悟は2人で旅行に行っていて不在である。翔太は眠ってしまっていて、美鈴は大翔の寝巻きを借りてお風呂から上がったところのようである。大翔と美鈴はイチャイチャする、そして2人でコンビニに行こうという流れになる。
しかし、コンビニに行こうとしたタイミングで翔太が起きて、結局3人でコンビニへ向かう。
綿子と悟はキャリーケースを転がしながらリビングに入ってくる。どうやら2人での旅行から帰ってきたようである。綿子は、旅行から帰ってきた後だというのにどうも元気がなさそう。そんな様子から、悟は綿子のそんな機嫌の悪い感じが移ったという会話から口喧嘩に発展させてしまう。
リビングに大翔がおり、翔太が遊びに来ている。翔太は大翔に、美鈴との関係について追及される。大翔曰く、まだ告白をしていないから付き合ってはいないようである。でもそういう関係なのだから告白した方が良いのではないかと翔太に言われる。大翔は以前他校の女子と付き合ってキスをしていたのだからいけるんじゃないかと。
しかし、大翔は実は他校の女子と付き合っていたというのは嘘なのだと言う、キスをしたことがあるというのも。翔太は驚く、ではなんでそんな嘘を付いたのかと問い正す。大翔は美鈴に彼女いたことないと思われたくなかったからだと言う。翔太は早めに美鈴に訂正入れておいたらと言う。
綿子が家に帰ってくる。翔太は綿子に挨拶だけして帰っていく。
リビング、綿子が家に帰ってきたときに悟は今日は記念日だからと言って、綿子にプレゼントを渡す。中身は財布だった。綿子は今日が記念日だったこと忘れてたと言いながら財布を受け取る。
綿子が少しリビングを離れて、そして戻ってくると彼女も大きめの袋を持ってくる。悟に対してのプレゼントだと。悟は忘れてたって言ったじゃんと言いながら、大喜びして受け取る。中身は靴だった。悟はワインもあるから一緒に飲もうと、グラスを二つ用意するためにリビングを離れる。その間、綿子は今までの財布に入っていた指輪を新しい財布に入れ、古い財布をゴミ箱へ捨てる。
悟はグラスを持ってくる。そこから2人は楽しい記念日の時間を過ごす。綿子は、Yって言いながらゴムチューブを伸ばして遊ぶ。綿子と悟はお互いゴムチューブを両側から引っ張り合う。悟は離さないでよとビビっている。綿子は童心に返ったようにゴムチューブで遊びながら走り回る。ゴムチューブは伸びてどちらかが手を離したら危険な感じになる。
綿子と悟はベッドの上に座って落ち着く。綿子は立ち去る。悟が財布を触ったとき、そこに指輪があることに気が付く。
何かのパーティの集まり、綿子は依子(佐藤ケイ)と話している。綿子と依子はあまり面識がないようで、仰々しい感じで会話のやり取りをする。依子は、このパーティに何度か出席したことがあるようだが、綿子は初めてで、依子はどうしてこちらのパーティへ?と聞くと、綿子は黄色い服を着た女性の〇〇さん経由でと回答したが、依子はピンときていないようであった。
依子には木村というパートナーがいて、木村とは復縁した仲であるという。そして木村もこのパーティに来ていると。
木村がやってくる。木村と依子は車のドライバーは誰がするかということで少し揉めたあと、依子が立ち去る。そして木村だけが残る。木村と綿子は初めましてと挨拶し会話が始まる。
リビング、綿子は何かを探している。そこへ悟がやってくる。悟は母親と電話していたようで不機嫌である。母親に調味料の使い過ぎで怒られたらしく、その件についてイライラしていた。
悟は綿子に何か探していただろ?と言う。綿子はなんでもないと言う。いや探していたよね?と悟は強い口調で言う。そして悟は指輪を綿子の目の前に突き出す。綿子は驚き、どうしてそれをという顔をする。悟は、この指輪のことについて説明しろと言う。
そこへ大翔が美鈴を連れて家に帰ってくる。大翔は空気を読んで外に出た方が良いかなという感じになる。悟も、今はちょっと外出していてくれと言う。しかし、綿子はなんでもないから2階へ行っていてと言う。その綿子の言葉に対して悟はキレる。張本人は綿子なのになぜそんなことが言えるのかと。そこから悟と綿子は大喧嘩になる。美鈴はその様子を見て泣き始める。大翔と美鈴は外へ出る。
綿子は泣きながら事情を悟に説明する。悟がずっと由香と不倫していたから、自分もと思ってパーティに赴いて、そこで出会った木村という男性と不倫をしていたと。そしてその指輪は、木村にもらったものなのだと言う。しかし、木村は事故によって死んでしまったと。
そのまま綿子は泣きすぎて過呼吸になる。呼吸が苦しそうである。これはいけないと、悟は紙袋で過呼吸の対処をしようとする。しかしスマホで調べたところ、紙袋で対処するのはいけないと気付いたのか、それを止める。そして落ち着かせる。
悟はうずくまっている。そしてその近くには綿子が立ち尽くしている。カーテンの向こう側では、この作品の冒頭のシーンの木村と綿子のやり取りが行われている。カーテンになっているので、カーテンの向こうのやり取りは影でしか確認出来ない。
鍵垢の話をして、指輪をお互いはめて、そしてそれをスクショする。木村は立ち去る。綿子が大翔に電話している最中に車と人がぶつかる音、綿子は電話を切ってすぐに119番通報。男性が遠い場所で轢かれたと言う。天井からは「ボタッ、ボタッ」と血が落ちてくる。綿子は徐々に不機嫌になりながら電話をする。他に誰かそれを目撃している人はいないのかと。電話を切って、カーテンの向こうと綿子はこちら側に出てきて去っていく。2人の綿子が一瞬舞台上に存在する。ここで上演は終了する。
時間軸が交錯しながら、綿子の不倫が悟にバレてしまうこと、そしてその不倫相手が死んでしまっていることをなかなか残酷に描きながら進んでいく。特にラストのシーンは、『もはやしずか』に終わり方が似ていて、過去のトラウマがフラッシュバックしながら舞台上に血が滴る演出は似ていた。
時間軸は交錯しながらストーリーは進んでいくが、特に混乱もなくシナリオを整理することができた。そこまでワンシーンに対して情報量が多くなく削ぎ落とされているから観客として話を追いやすいのだと思う。今作では、明確に互いの人間関係についてしっかりと言及される訳ではなく、話を追いながら徐々に人間関係が明らかになっていくのが妙で、事前にストーリーを入れずに楽しめる面白さがあった。例えば、大翔の存在は最初は悟と綿子の息子かと思いきや、そうではなくて血のつながりがないけれど一緒に住んでいる子供であることが分かってくる。そう分かってくると、また彼らから発せられる台詞の意味も変わってくるし、人間関係も変わってきて見えて面白かった。
詳しい人間描写については、考察パートで改めてまとめることにする。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
世界観と演出に関しては、非常に『もはやしずか』に似たテイストで、個人的には初めて観たというバイアスもあってか『もはやしずか』の方が世界観として全体的に脚本とマッチしていると感じられたが、今作でもそのテイストによる心をグサグサと抉られる感じは健在だった。「劇団た組」の舞台美術はいつも山本貴愛さんが担当されるが、彼女の舞台美術のセンスは素晴らしくて、「劇団た組」の公演に限らずいつもその美術・世界観に見入ってしまう。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。
まずは、舞台美術から。
今作の舞台装置も、まるで全てをニトリで揃えたのかと思わせるくらい、シンプルでカジュアルな家具が並んでいた。
舞台装置は、カーテンを隔てて大きく2つのエリアに分かれている。上手側にカーテンの向こう側にあたる空間があって、そこにはベッドが置かれていて、綿子と木村のホテルのシーンだったり、綿子と木村が出会うパーティのシーンが描かれる。一方、カーテンよりも客席側のエリアは、下手側にずっと伸びていてリビングになっている。ダイニングテーブルがあって、ソファーがある。そして下手側には玄関や2階に通じるデハケとなっている箇所がある。出演者は主にここから登場する。このリビングでは、主に綿子と悟のシーンや大翔のシーンが描かれる。
描かれるシーンが、本当にリアルの離婚間際の夫婦のような会話劇なので、こういった具象の舞台装置が物凄く作品にハマってきて素晴らしいなと感じる。あとは、このインテリアにはどことなく冷酷さを感じられる。なんとなく全体的に冷たい感じがして、それが現代社会の家族の抱える問題とも繋がっているようでゾクゾクさせられた。
カーテンの使い方がとても面白かった。まるで何かのホラー映画のように勝手にカーテンが音を立てながらゆっくりと開かれたりする。その不気味さが、これから劇中で起こるやばいことを予感させる感じがシリアスなオーラをより高めていたように思えた。
次に舞台照明について。
今作で印象に残ったのは、やはりカーテンを使ってカーテン裏でシルエットが演技をしているシーンがとても印象に残った。まず、パーティのシーンの序盤もシルエットから始まるが、あの夜の大人な雰囲気を醸し出しているのが好きだった。それと、なんといってもラストシーンのシルエットの演技も好きだった。木村と綿子の2人のシーン。あれは綿子の頭の中での回想だからシルエットにしているのだろうか。綿子の中でフラッシュバックする記憶が印象的だった。
次に舞台音響について。
今作における舞台音響は、なかなか色々と試行錯誤されている印象を受けた。
まず、カーテンが動く時や場面転換時に、ノイズのような効果音が流れるシーンがある。個人的にはちょっとあそこまで効果音を強く入れてしまうのはやり過ぎかなとは思った。ちょっとホラー映画みたいに映像的になってしまうなと思った。もう少し無音に近い方が演劇として入り込んできた気がする。
次に、木村が車と衝突して事故を起こす時の音。序盤のシーンでは、なんか劇中でものがぶつかる効果音が流れたなくらいだった。そしてそれによって、木村が事故死してしまったということに後で気がつき、あんな軽い感じの効果音で良かったのだろうかと終盤まで疑問に思っていた。しかし、終盤でもう一度綿子のフラッシュバックとして、木村が事故死したシーンの物音が流れるが、こちらはかなりエフェクトがかかっていて、かなりショッキングな感じの印象に残る効果音だったように感じた。ここで考えられるのは、この効果音は綿子の心情変化も含まれた効果音になっているのかなということ。最初木村が事故死したときは、綿子もまさか木村が事故死するとは思っていなかったので、車が何かぶつかったという音でしかなかったから敢えて軽い感じの音にしたのかもしれない。しかし、フラッシュバックされるときに聞こえてくる車がぶつかる音は、木村が事故死した音、つまり綿子の人生を狂わせてしまった音でもある。だから綿子の頭の中では勝手にその物音は酷くショッキングな物音へと変換されていって、そういった演出手法をとったのかなと思った。あくまで個人の解釈出し、違っていたらすみません。
パーティのシーンが始まるときの、あのガヤのような効果音も好きだった。大人な世界の入り口を感じた。
最後にその他演出について。
今作で一番象徴的だったのは、ゴムチューブかなと思う。綿子と悟は記念日にゴムチューブをお互い引っ張り合いながら遊ぶ。綿子はまるで童心に返ったかのように、ゴムチューブを執拗に引っ張る。それを悟は怖がる。どちらかが手を離したら大怪我をする。だからお互いにずっとゴムチューブを握りしめている。このメタファーは夫婦の関係を凄くシリアスに描いているなと感じてしまって鳥肌が立った。たしかに夫婦というのは、最初はお互いを好きになって結婚して関係を結ぶが、長い年月が経つことによってそれは決して容易には手放せない関係になってしまう。どちらかが手を離したら、つまりどちらかがその夫婦関係を破壊するような行動をしてしまったら、2人は大怪我をする、つまり2人は一生拭うことのできない心の傷を負ってしまうし離婚に繋がる可能性もある。夫婦というのは、長い年月が経つことによって、その関係に縛られていくことになる、簡単に手放すことが出来ない。向こうが手放すんじゃないかという恐怖に怯える夫婦生活に耐えることなのかもしれない。そんな夫婦関係のホラーな要素をこれでもかというくらいゴムチューブで再現していて秀逸過ぎた。秀逸だったし、こんなメタファーを作品に持ち込んでしまう加藤拓也さんの鬼才ぶりも感じられた。
あとは、ラストシーンについて。ラストシーンは、カーテンの手前側に綿子がいるのが分かるので、カーテンの向こう側の影になっている綿子は誰かが綿子に扮して演じているのだなと分かる。また、木村と綿子の会話も、綿子がこちら側で立っているので、綿子の台詞は録音によって流されているのだなとすぐに気がつくし、そう気づきやすい仕掛けになっていると思う。だから生の木村が、録音の綿子と会話をしているという歪な構造の演出になっている。最初は、なんでこんな演出を入れたのだろうと疑問だったが、これにも意味があったのかもしれないと合点した。綿子は木村と不倫していたとき、実質2人いるようなものだった。悟と一緒にいるときの綿子と、木村と一緒にいるときの綿子。その綿子が2人いるというのをまずラストシーンで体現している。さらに、木村との関係は不倫な訳で絶対に綿子は木村とは一緒になることは出来ない。だからこそ、木村は本物の役者が演じていて、綿子は録音という違いを敢えて演出したのかなと思う。そのいびつな構造というのは、お互い違う世界に住んでいて決して結ばれる関係にはなり得ないから。そんな残酷なメッセージ性が、この一見違和感を覚える演出にはあったのかなと思う。
最後に補足として、綿子が悟から財布を貰った直後に、彼女がリビングに1人になって財布を捨てるシーンがある。観劇中、私は綿子が悟からもらった財布を捨てたのかと思ったが、どうやら戯曲を読むと古い財布をそのまま捨てたようだった。こうやって私のような観客をミスリードさせたことも加藤さんが仕込んだ演出のうちの一つなのかなと思った。自分の頭の中では、綿子と悟の関係は冷め切っているから、きっと綿子は密かに悟を裏切るような行為をしてくるんだろうなという目で観劇してしまっていたから。でもこういった憶測って、冷え切った夫婦関係で相手を信用出来なくなってしまったから起こり得ることだと思っていて、凄くホラーな憶測なんじゃないかなと思った。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
一体どんな稽古をしたらあそこまでリアルな会話劇が創作出来るのだろうかと不思議に思うくらい、キャスト陣全員の演技が素晴らしく、配役も素晴らしかった。
特筆したい役者に絞ってこちらでは紹介していく。
まずは、主人公の綿子役を演じた安達祐実さん。安達祐実さんは、PARCOプロデュースの『Birdland』(2021年9月)や『もはやしずか』(2022年4月)で演技を拝見している。
『もはやしずか』でも観劇していて思ったが、もつれた夫婦の妻を演じるときの安達祐実さんの役への入り込み方がすごい。あまり触れてはいけないことかもしれないけれど、安達祐実さんご自身も夫婦関係で色々あったという事実と、そのときの感情がこの芝居に反映されているんじゃないかと勘繰ってしまうほど、凄くリアルで熱がこもっていて、ある種危険な演劇ドラマに感じた。
木村と一緒にいるときの綿子がとても楽しそうで、イチャイチャし合っていて、凄くカップルとしてお似合いな印象を受けた。一方で悟と一緒にいるときは酷く感情が渇き切っている。目線も悟と合っていないし、女性のこういう感情的に冷め切ってしまっている感じは見たことがあるのでリアル過ぎて男性である自分には辛く感じられる。
そしてそこから、記念日でお互いプレゼントを渡し合って、良い雰囲気になっていく感じが非常にナチュラルで凄いなと思う。ゴムチューブを持ちながら部屋中を子供のように歩き回る感じとか凄く絵になるし、劇中は凄く心温まるように感じていたのだけれど、よくよく考えるとホラーでしかないメタファーで、加藤さんの作品は後になって改めて考えることで発見がある作品の奥深さに脱帽する。
終盤の過呼吸を起こす感じも、毎公演あそこまで演じられるって凄いなと思う。安達祐実さんに凄く合っている作品なのだと思うし、綿子は安達祐実さんでないとなかなか難しいんじゃないかなと思った。
次に、悟役を演じた平原テツさん。平原さんは、加藤拓也さん作演出の『もはやしずか』『ドードーが落下する』で演技を拝見している。
平原さんは観劇する度に彼の演技を好きになっていっているような気がする。今作の悟役もとてもハマり役だった。
夫婦関係を修復しようと、綿子に積極的に料理を作ったり、旅行を計画したりするあの感じがたまらなかった。悟の不器用だけれど優しさが滲み出ていたし、それが平原さんに凄くハマっていて好きだった。
ゴムチューブを持ちながら、放すと怖いと怖気付く姿が、積極的に料理を作ったり旅行に誘ったりという綿子のご機嫌取りをしている姿とも重なって凄いなあと感じた。しかし、指輪を見つけた途端に悟はゴムチューブを手放してしまう。
指輪を見つけたときの平原さんの怒鳴り方は非常に迫力があった。『もはやしずか』でも平原さんの役が怒鳴りつけるシーンがあったが、本当に迫力があって凄い役者さんだなと思う。でも綿子が過呼吸を起こすと、それを真摯に心配してくれて助けようとする姿も素敵だった。男性ってそうなんだよなと思う。夫婦関係のリアルさをこれでもかというくらい再現していてグサグサ刺された。
中学生の大翔役を演じた田村健太郎さんも素晴らしかった。田村さんはシス・カンパニーの『ザ・ウェルキン』で演技を拝見したことがある。
田村さんは30代後半だというのに、中学生役を演じられてしまうのかと驚きだった。大翔は、たしかにその辺の中学にいそうな恋愛経験に疎そうな男子生徒役。美鈴の前で見栄を張って他校に彼女がいてキスしたことがあると言ってしまうあたりがモテない童貞っぽくて好きだった。こんな感じの中学生いそうだなと思う。
また、美鈴役を演じていた天野はなさんも素晴らしかった。天野さんも20代後半とはいえ中学生を完璧に演じ切ってしまうのが凄い。
キャラクター的にも恋バナであんな感じのテンションで盛り上がる女子は中学生でありそうだし、再現度が高くてびっくりした。「え〜だれだれ」とか「教えて〜」とか恋バナに夢中になる感じが本当にずっと見ていたかった。
また、大翔を好きになっていくあたりも凄く女子中学生っぽくてピュアで好きだった。あそこまで女子中学生を自然に演じられるって凄いなとつくづく感じた。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
『もはやしずか』でも『ドードーが落下する』でも感じられたが、加藤拓也さんが手がける作品というのは、本当に現実社会のリアルを嫌らしく再現度高く突きつけてくるあたりに凄みを感じられる。『もはやしずか』はそのあまりにもショッキングな演出によってだいぶメンタル喰らった作品だった。今作も同じテイストの作品であったものの、今作は慣れもあってか酷くメンタルに来るほどではなく、むしろ自分は今後の人生においてこういうことを気をつけたらいいのだなと、半ば反面教師にするような形で前向きにさせてくれるようにも感じられた点が、私が今作から受けた印象で今までと違って大きく異なる所。
ここでは、それぞれの登場人物に着目して、今作を私ながらに考察していこうと思う。
悟と綿子は夫婦であるが、どうやら悟は由香という前妻がいるらしく、由香と別れてから綿子と再婚している。しかし、悟は綿子と結婚してから由香と不倫をしてしまい、そのことは綿子にもバレていた。綿子の中では、どうせ悟には不倫されているのだからと、自分も他の男性と遊びたくなった一心で、依子が参加していたパーティに参加したのだろうと思う。そこで出会ったのが木村だった。
序盤のシーンで、綿子が鍵垢で投稿していた木村との最初の思い出がかなり前であるような描写だったことから、綿子はかなり長い期間悟に黙って不倫していたのだろう。
木村は女遊びが上手そうで、これまでに様々な女性と付き合って経験豊富なのだろうなという感じを受ける。一方で悟は、内面はとても真面目で大学の講師をやっているような人だし堅実ではあるけれど、どこかプレゼントセンスがなかったり不器用なところがあるような男性だった。綿子は、きっとそういった悟の恋愛に対する冷め切った塩対応が我慢ならなくなっていったのかもしれない。
悟は決して悪い人間ではないし悪気はないのだけれど、綿子の地雷を踏んでしまうような「でもその事故、家族でなくて良かったね」とか旅行後に口論してからホテルにあった椅子欲しいねみたいな、女性の気持ちを逆撫でしてしまうような言葉をかけてしまうあたりが絶妙で、そういうボタンの掛け違いから夫婦は亀裂が生じていくのだなと感じてゾッとした。
このお互い不倫し合っている夫婦とは対照的に、ピュアなカップルも今作には登場する。それが大翔と美鈴である。大翔も見た感じからして絶対にモテるキャラクターではない。そしてそれを自分でもコンプレックスに感じていて、女性たちから舐められているだろうみたいな劣等感も強かったのだと思う。だからこそ、美鈴の前でとっさに嘘をついて自分を大きく見せようとし過ぎたのだと思う。この気持ちは、自分も過去そういう一面があったので痛いほどよく分かる。
私はあまり女子中学生の気持ちってわからないのだが、大翔の好きなタイプとかをめちゃくちゃ気にしてしまうということは、美鈴自身が大翔に対して非常に興味を持っていて好意的だったということで良いのだろうか。だから、美鈴の方が大翔のことが好きで、そこからずっと一緒にいるうちに大翔も美鈴のことが好きになって、付き合うことになったということだろうか。
悟と綿子が喧嘩しているシーンで、大翔と美鈴は間が悪いことにリビングにやってきてしまう。そして美鈴は泣いてしまう。このシーンを見て、本当に自分含めて大人たちは夫婦喧嘩を気をつけなければいけないなと思った。美鈴はきっとあの悟と綿子の夫婦喧嘩を目の当たりにして心に大きなダメージを受けたに違いない。悟はかなり周りが見えなくて自分勝手な部分があって、だからこそ大翔と美鈴という中学生の2人がいるにも関わらず、強い口調で綿子を叱りつけてしまったのだと思う。自分の感情にブレーキをかけることが出来ない不器用な性格だったのだろう。
悟という男性の人物像は、結構今の現代によくいる男性像のように思える。『もはやしずか』でも『ドードーが落下する』でもそうだったが、加藤さんはそういった不器用な男性を描くのが本当に上手いと思う。ちょっと今作に登場する悟という男性人物像は過去2作の男性人物像とは異なるけれど、男性の女性に対する接し方の不器用さという点では似ているし、その解像度が物凄く高いと感じる。
最後に綿子の心情を考察したいと思う。
木村が車にぶつかって轢かれて、その後すぐに綿子は119番に通報するが、徐々にパニックを起こしていく感じがリアルだった。最初はまるで棒読みみたいな感じで遠くで男性が...みたいなことを言うのだが、徐々に気持ちの整理がつかなくなって他に誰か見ている方いますよね?みたいな拒否反応を起こしていく。このとき、きっと綿子は木村が結婚相手であれば、旦那が目の前で轢かれてと素直に言えただろう。しかし、不倫相手なので色々と頭を使いながら、嘘をつきながら話さないといけなくなる。でも先ほどまで一緒にいた大事な人だから、心は追いつかないだろう。
声をあげて泣き叫びたい。けれど、それを自宅ではすることが出来ない。なぜなら悟がいるから。悟は木村のこと、綿子の不倫のことを何も知らないから。それを心でずっと我慢しなければいけない綿子の苦痛は痛いほどよく分かる。不倫した結末がこんなにも残酷なシナリオは初めて見せつけられた。
そして指輪を悟が見つけてしまったとき、きっと綿子はその事故で木村を亡くしたという事実を彼の前で初めて口にして、つまり本当のことを初めて外に口に出して、きっとパニックを起こしてしまって過呼吸になったのだと思う。こんな重たい出来事を1人で背負い込むのは酷く辛かったと思う。それは悟と旅行に行っても心は虚無になると思う。
綿子は、そんな木村の事故死があってから暫く虚無だったから、きっと悟に対してもそっけなかったのだと思う。そしてそのそっけなくなった理由を悟は知らなかったから、自分が綿子を大切に出来ていないという反省もあったからか、だから料理を作ったり旅行に一緒に行ったりと時間を作ろうと努力した。ご機嫌を取ろうとした。
そして綿子は記念日の財布のプレゼントのときから徐々に明るさを回復していった。悟の努力が少しずつ実り始めていた。しかし、そんな矢先に悟は綿子が不倫をしていたことを知ってしまう。そして悟は激しく綿子を叱咤する。
まさにこれは夫婦のもつれだと思う。夫婦関係がもつれていく感じ。お互い関係を修復したいとは思う。しかし、一度もつれてしまうと色んなことが時間差によって生じてどんどんもつれていく。そして修復困難になってしまう。とても残酷な人間描写である。そして夫婦のもつれは、一歩間違えれば他人の人間関係をももつれさせてしまう。
こういった人間描写を描ける加藤さんは素晴らしいと感じると同時に、何か恋愛・結婚ごとに恨みでもあるのかと思えてしまう。岸田國士戯曲賞劇作家として今年はまた一歩大きな存在となって活躍する加藤拓也さんの今後のご活躍を期待したい。
↓劇団た組過去作品
↓加藤拓也さん作演出作品
↓加藤拓也さん演出作品
↓安達祐実さん過去出演作品
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