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ミュージカル 「ワイルド・グレイ」 観劇レビュー 2025/01/11


写真引用元:ミュージカル『ワイルド・グレイ』 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「ワイルド・グレイ」
劇場:新国立劇場 小劇場
企画・製作:ホリプロ
脚本:イ・ジヒョン
音楽:イ・ボムジェ
翻訳:石川樹里
演出・上演台本・訳詞:根本宗子
訳詞:保科由里子
出演:平間壮一、廣瀬友祐、福山康平(観劇回のキャストのみ記載)
公演期間:1/8〜1/26(東京)、2/8(愛知)、2/14〜2/16(大阪)、2/22(群馬)
上演時間:約2時間(途中休憩なし)
作品キーワード:韓国ミュージカル、同性愛、悲劇、芸術家
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆


2021年に韓国創作ミュージカルとして上演された『ワイルド・グレイ』が、岸田國士戯曲賞の最終候補にも上がったことがある、劇作家で演出家の根本宗子さんの演出によって日本初上演されたので観劇。
今作に登場する三人の登場人物である、ロバート・ロス、オスカー・ワイルド、アルフレッド・ダグラスを全て組み合わせ固定のWキャストで上演された。
赤チームはロスを福士誠治さん、ワイルドを立石俊樹さん、ダグラスを東島京さんが演じ、青チームではロスを平間壮一さん、ワイルドを廣瀬友祐さん、ダグラスを福山康平さんが演じており、私は青チームを観劇した。
尚、韓国創作ミュージカルは、過去に『ラフへスト〜残されたもの』(2024年7月)、『ファンレター』(2024年9月)を観劇したことがある。

物語は、19世紀末のロンドンを舞台に、小説家のオスカー・ワイルドと彼を翻弄した青年であるアルフレッド・ダグラスと、親密な関係にあった青年ロバート・ロスの話である。
大英博物館でオスカー・ワイルドは、展示されている彫刻を眺めながら美について語っている。
そこへアルフレッド・ダグラスという青年が現れる。
ダグラスは、ワイルドの小説の大ファンであり本物の彼と出会えたことを非常に嬉しく思う。
ダグラスが最もお気に入りのワイルドの小説は、『ドリアン・グレイの肖像』。
この『ドリアン・グレイの肖像』に登場するドリアンとダグラスはそっくりであると伝え、ダグラスはワイルドに対し、こうやって自分が描いた登場人物が実際に現実世界で出会ってしまう気持ちはいかがなものかと尋ねる。
ワイルドは実に審美主義で絶対的な美を追及する姿勢が強く、そして自分の作品に陶酔するほどナルシストでもあった。
ワイルドは、そんな自分の作品を心から絶賛するダグラスと親密になっていくが、一方でロバート・ロスからは、ダグラスの家系は精神不安定な人物が多く危険であると忠告されるが...というもの。

今作はミュージカルであるが、グランドミュージカルのようではなく、ピアノ、チェロ、バイオリンがベースのゆったりとした音楽を基調としたミュージカルで、序盤からその弦楽器の音色にうっとりしながら物語に浸っていた。
私が観てきた韓国創作ミュージカルはどれも、弦楽器とピアノがベースの穏やかな楽曲で構成されていて、芸術家の苦悩を描いた作品が多いが、今作も例外なくそういったタイプのミュージカルだった。
しかし、過去に観てきた韓国ミュージカルと比べて物語性の強さと台詞に込められた言葉に刺さるものが多くて、一番好みだった。
翻訳した根本さんたちの言葉選びのセンスに感心させられた。

舞台は韓国ではなくイギリスであるが、当時のイギリスは厳しい階級社会であったことに加え、同性愛も犯罪とみなされて懲役処分を受けるほど慣習と規範に縛られた社会であった。
そのため、芸術家もそんなルールに縛られ自由を奪われながら創作していく姿が印象的だった。
それは特に登場人物たちの言葉に表れていて、それが歌と音楽に乗せられて観客の心をグッと掴んでくるような、そんなミュージカルに感じられて素晴らしかった。
また、劇中に登場する『ドリアン・グレイの肖像』や『サロメ』の登場人物たちに自分を投影することによって、現実と小説をまるで行き来するかのような物語構成が素晴らしかった。
愛というのは時には危険な感情でもあることをこの作品を通じて痛感した。
何かに没頭し過ぎる愛、そしてそれはタブーであればあるほど危険なものになっていき取り返しはつかなくなる。
人間の愚かさと脆さも感じさせる脚本でグッときた。

そしてなんといっても舞台美術が素晴らしかった。
下手側と上手側にそれぞれ一つずつ回転舞台が設置されていて、そこにはレトロでお洒落な洋館の一室が再現されている。
移動してくる街頭もお洒落で演出にも細かい仕掛けを沢山用意している、観る側を全く飽きさせない演出に舌を巻いた。
流石は、演出家の根本さんだなと思ったし、山本貴愛さんの舞台美術にハズレはないと感じた。

キャストも皆素晴らしかった。
ロスを演じる平間壮一さんのよく通る声も素晴らしかったし、ワイルド役を演じた廣瀬友祐さんの長身で存在感ある演技もとても素晴らしかった。
しかし一番演技に圧倒されたのはダグラス役の福山康平さん。
福山さんの小柄の体格とちょこちょこと動き回りながら、まるで大物のワイルドを仕留めるかのような演技と言動が全てハマっていて素晴らしかった。
そして精神不安な感じも凄く伝わってくる。
不安的だからこそ、ワイルドの小説に傾倒してしまう。
その感情の起伏が凄く伝わってきて素晴らしかった。

韓国ミュージカルで一番好みな作品に出会えたことも嬉しかったが、なんといっても初のミュージカル演出でここまでの作品を上演してしまう根本宗子さんの素晴らしさにも感動した。
もっと根本さんにも他のミュージカル作品も手掛けて欲しいと思った。
多くの人にお勧めしたいミュージカルだった。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「ワイルド・グレイ」平間壮一、廣瀬友祐、福山康平が出演したゲネプロの様子。


↓公開ゲネプロ映像


↓脚本で引用されている『ドリアン・グレイの肖像』





【鑑賞動機】

韓国創作ミュージカルを積極的に観ていきたいという思いと、演出が小劇場出身の根本宗子さんだったのが観劇の決め手。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

19世紀末のロンドン、ロバート・ロス(平間壮一)が夜の街を歩いていると、近くをアルフレッド・ダグラス(福山康平)が小走りで通りかかる。ダグラスは何かを抱えているようである。それは、ダグラスが愛してやまない敬愛なる小説家オスカー・ワイルドからもらった手紙である。ダグラスは、その手紙を公開しようとしているが、ロスはそれを止めようとする。それはワイルドが書いたものだと。しかしダグラスは、自分に宛てた手紙なので所有権は自分にあるとして公開を止めようとしない。ダグラスは、そのまま扉の中へと消えていく。

オスカー・ワイルド(廣瀬友祐)が登場する。ワイルドは大英博物館にやってくる。客席を周りながら、彫刻を鑑賞し美しさについて語りながら、美しいものを探そうとする。
ワイルドは大英博物館でダグラスに出会う。ダグラスは非常に感極まった様子でワイルドに話しかけ、ぜひパーティに出席して欲しいと招待する。
ワイルドとダグラスは二人で会話する。ダグラスはワイルドの小説の大ファンで、特に好きな作品は小説『ドリアン・グレイの肖像』であると話す。『ドリアン・グレイの肖像』に登場する主人公のドリアン・グレイは、ダグラスそっくりな性格だと言う。
ダグラスは続けて、ワイルド自身が書いた小説に登場する人物と似た自分を現実世界で出会ってみてどうだとワイルドに聞く。『ドリアン・グレイの肖像』に登場するドリアンは、ヘンリーという男性とお互いに深い関係になっていくがと。
ダグラスがワイルドの元を去ると、ワイルドの元へ自転車でロスがやってくる。ロスはお茶目で自転車から転げ落ちたりする。
ワイルドは、ダグラスのことについて話をする。自分の小説、特に『ドリアン・グレイの肖像』についてお気に入りの青年に出会ったと。

ワイルドは再びダグラスと会うことになる。『ドリアン・グレイの肖像』でドリアンはヘンリーという男性に誘われて二人は深い関係になるが、まるでそれはダグラスとワイルドの関係のようであるとダグラスは語る。
ワイルドは、自分自身の芸術に対する価値観について語る。ワイルドは、美しさには絶対的なものしか存在しないという審美主義を主張していた。そして、自分は俳優としては振るわなかったため、作家を目指すようになったと語っていた。
再びワイルドはロスと二人で話す。ロスはワイルドに警告をする。どうやらダグラスの家系は精神的に不安定な人物が多いらしいと。ダグラスの祖父もピストル自殺をしているし、叔父も精神不安的で自殺をしているようである。ダグラスもそのような精神不安に陥る可能性があると。

ワイルドは、ギリシャ悲劇の『サロメ』を舞台で上演しようと脚本を翻訳している所だった。ダグラスは興味津々だった。
以前『ドリアン・グレイの肖像』で、ドリアンとヘンリーの二人の関係性を、まるでダグラスとワイルドの関係性と重ね合わせた。ヘンリーはドリアンを支配しようとするが、それには逃げるか誘うしか共存する選択肢はないと言った。
『サロメ』でも同じように父と娘の関係が支配するもの、支配されるものの関係であるとワイルドは話す。そして『サロメ』は、イギリスではタブーとされている内容が含まれていて、上演すること自体も危ういものであった。
照明は真っ赤に染まり、肖像画の額縁が上から降りてくる。その額縁の中で、ダグラスはワイルドの虜にされたかのような演技をする。

その後、ロスはワイルドに大変な情報が回っていると伝える。ワイルドとダグラスが同性同士で交際していると噂になっていると。ワイルドには妻もいて子供もいる。だからこそ、この不倫は尚更社会的にも問題になってしまうと。
ワイルドは警察から追われる身となる。当時のロンドンでは同性愛は犯罪であり、重い刑罰の対象となっている。
ワイルドとダグラスは口論する。ワイルドはダグラスを攻める。お前のせいでこんな悲惨なことになってしまったと。そして深い霧の中に二人で入っていく。霧の中が一番怖いと。
ワイルドはその後警察に逮捕される。

裁判が始まる。ワイルドは、ダグラスと交際していた証拠について尋ねられるが、その証拠はなかった。しかし2年間の刑を言い渡される。
ワイルドは、これから出所する所だった。その時にやってきたのはロスだった。ダグラスはどうやらワイルドが逮捕されると、自分はロンドンから逃げてしまったらしい。ロスはダグラスのことをこう言う。ダグラスがきっかけでワイルドがこんな目に遭ってしまったのに、いざ大変なことになったら敬愛していた人を手放して逃げてしまう奴なのかと。一方でロスは、自分もワイルドのことを好きでいることを伝える。
ワイルドは、ダグラスに関しては、ただの一観客に過ぎないと吐き捨てる。

ダグラスからワイルドに宛てた手紙が届く、ダグラスは逃亡して今はナポリにいるらしいとのことだった。
ダグラスが裁判にかけられている。ダグラスは肖像画の額縁の中で捕えられている。そこへワイルドがやってくる。ワイルドは裁判官に対してダグラスに対してこう言う、こいつは邪悪だと。ここで上演は終了する。

非常に最後は意味深な終わり方で考察パートでそのことについて記載しようと思うが、今まで観てきた韓国創作ミュージカルの中で一番物語性が強くて、台詞や展開に心動かされる作品だった。今まで観てきた『ラフへスト〜残されたもの』や『ファンレター』に関しては、計算された演出だったりに心動かされたのだが、今作は物語と台詞でグッと観客の心を掴んだ感じがした。さすが根本さんの翻訳はグッと来る言葉選びがなされていて良いなと感じた。
脚本で感じたことは大きく二つ。一つ目は、当時は同性愛も重い罰として扱われてしまって、その理不尽さが悉く伝わってきたこと。あまりこの辺りは現代を生きる観客にはピンと来ない人も多いかもしれないが、私は『ブレイキング・ザ・コード』などを以前拝見して、同性愛に対する扱いの酷さを色々と感じてきたので、より深く心に響いた。同性愛であったことだけで、今までのキャリアや権威が全て台無しになってしまう。同性愛だった人々にとってこれほど生きづらい時代はないだろうなと痛感させられた。
もう一つは、愛というものは非常に恐ろしいものなのだなと言うこと。ダグラスがワイルドの元についてきてしまうと言うのは、いわばストーカーに近いのかもしれないなと感じた。そのアイドルやスターの大ファンであるオタクや観客が、その一線を超えてやってきてしまう。そしてその推しやアイドルを傷つけてしまったりとマイナスな存在となってしまう。これは、今の推し文化にも通じることだよなと思った。
精神的に不安定だからこそ、ワイルドの小説という生きがいに飛びつく。そして、それを溺愛するがあまり相手の人生をも狂わせてしまう。愛することの恐ろしさを感じる物語だった。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「ワイルド・グレイ」平間壮一、廣瀬友祐、福山康平が出演したゲネプロの様子。


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

根本宗子さんが作り出す19世紀末ロンドンのお洒落な世界観と音楽が非常に心地よく交わって素晴らしい空間を生み出していた。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上の下手側と上手側にそれぞれレトロでお洒落の19世紀末のロンドンの洋館の一室のような舞台セットが置かれている。この2つの舞台セットはどちらも回転舞台となっていて回転させることが出来る。
下手側の舞台セットは、ワイルドの自宅になっていて、左側には階段がついていて、玄関が少し高い位置にあってそこから降りて来れるようになっている。その舞台セットにはワイルドの書斎のようなセットが置かれていて、少し厳しい感じを受けた。基本的にはワイルドとロスの二人のシーンがこちらのセットで行われていた。
上手側の舞台セットは、どちらかというと書斎というよりはリビングといった感じで、ダグラスとワイルドのシーンで主に使われた。壁は白く明るめの色で構成されていて、沢山の絵画が飾られている。
そして回転舞台の間にある空間の後方には、ピアノとチェロとバイオリンの奏者のオーケストラスペースがあった。三人の奏者がそこに居座ってずっと演奏していた。
また、ステージ上には所々に街灯が立っていた。2本ほどあったこの街灯は、俳優やスタッフたちが一人で移動させられることの出来るくらいの街灯だった。この街灯を移動させながら演技をしたり演出する見せ方も見事だった。少しコメディチックになる感じがあって観やすくなる。
また、ステージ中央の天井からは、巨大な額縁が吊り下がってくるシーンがあり、その額縁にダグラスが収まって演技するシーンがあった。紛れもなく『ドリアン・グレイの肖像』のドリアンをイメージした演出で、芸術を感じさせる演出だなと思う。

次に衣装について。
個人的に一番格好良いなと思ったのが、ダグラスの白いスーツ姿。白というのは何を表すのだろうか。ダグラスは貴族の階級という設定なのだそうで、そういった身分の高さを表しているのだろうか。しかし福山さん演じるダグラスに非常によく似合った白いスーツだった。
また、ワイルドの黒い衣装も素敵だった。ダグラスとワイルドは白と黒で対称的な色になっているのだなと思っていた。そして二人とも身長に高低差があるから、まるで正反対の二人のように思えるが、それでもお互い惹かれあっていくのがまた美しかった。

次に舞台照明について。
舞台照明も非常に凝った演出が沢山あった。一番印象に残っているのは、『サロメ』のシーンで額縁の中でダグラスとワイルドが体を絡め合うシーン。そのドロドロとした愛を感じるシーンでは情熱の赤が一番よく似合っていたので真っ赤に照明が落とされる演出が見事だった。
また、蝋燭の灯りを活かした舞台照明も美しかった。ステージ上の至る所に燭台が置かれていて、天井から吊り下げられた照明は全部落とされて、煌々と蝋燭の灯り(と言っても本物ではなかった気がする)が灯される照明演出が見事だった。
それ以外にも、終盤は白やブルーの照明を使って、ワイルドが罪から解放されたような照明演出にするのも印象に残ったし、その他多様な色彩を使って細かい部分にまで照明のプランニングが施されていたのが伝わってきて良かった。

次に舞台音響について。
まずは楽曲から。ピアノとチェロとバイオリンの弦楽器を中心とした落ち着いた感じの曲調が、韓国ミュージカルっぽくて好きだった。しかし、物語が後半に進むにつれて曲調や歌声も激しくなって歌の力に圧倒される。グランドミュージカルのようなオーケストラでなくても、ここまで力強く迫力あるミュージカルとして作品は仕上がるのかと驚きつつ素晴らしく思えた。
ミュージカルと言ってもストレートプレイのシーンも割と多めなので、曲がそこまで全体的に主張してくる訳でなく、割と無理なく観ることができた。
その他、裁判官の声が全て音声で、まるで天から聞こえてくるかのような声であるのが凄く良かった。ワイルドにとって裁判官の声は、自分の運命を決める声なのでそういう演出が似合うと思った。

最後にその他演出について。
冒頭のシーンは、ダグラスがワイルドの手紙を持って逃げるシーンから始まるのだが、これは時系列的にはもっと後の重要なシーンを最初に持ってきたという認識であっているのだろうか。ダグラスがワイルドからの手紙を公開してしまうことで、二人が不倫関係にあることが世間に知られてしまうので、そういう重要な場面を冒頭に持ってきたのかなと思った。
また、序盤の方でワイルドが客席をいじる演出が面白かった。あそこで質問されたり顔を見られたお客さんは恥ずかしいだろうなとは思うけれど、とてもラッキーな席であったとも言えるかなと思う。割と客席を活かした演出も複数あって、中盤にもワイルドが霧の中に入るシーンがあって、客席にダグラスと一緒に来ていたシーンも、割と私の席の近くをお二人が通りすぎて良い効果だった。
予想以上にコメディな要素も含まれているのが非常にアクセントとして良い演出になっていた。平間さんの演技は、コメディをやらせると非常に映えるのだなというのも感じた。非常にコメディな演出が彼の役を何十倍も魅力的にしていた。そして、動く街灯を使いながらコミカルに演じる姿もとても作品全体を観やすくしていて良かった。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「ワイルド・グレイ」平間壮一、廣瀬友祐、福山康平が出演したゲネプロの様子。


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

私は青チームしか観ていないので、役者は3人しかいらっしゃらなかったがどの方も素晴らしかった。
3人について記載する。

まずは、ロバート・ロス役を演じた平間壮一さん。平間さんの出演舞台は、『テラヤマキャバレー』(2024年2月)、ミュージカル『RENT』(2023年3月)を観劇している。
平間さんをあまりコミカルな演技で観たことはなかったが、今作のロスの役はコミカルな面も沢山あってそれが非常に彼の演技としてハマるのだなと感じた。
平間さんは声に特徴があって、割と威勢があって通るような声をお持ちだが、その声がロスの役だと迫力を感じられて良かった。
ロスはワイルドの理解者であるけれど、恋人同士という感じは終盤までしない。しかし、ロスはずっとワイルドという男のことを気になっていて、彼が苦しんでいる時ほど彼の支えとなった。そのあたりにロスという人間の魅力を感じた。
正義感の強さみたいな所なのだろうか。真っ直ぐで真面目で、ワイルドに一途な感じが、ラストでどっと愛に変わってグッときた。

次に、ワイルド・オスカー役を演じた廣瀬友祐さん。廣瀬さんは初めて舞台で演技を拝見する。
非常に長身で体格も良くて、存在感のあるワイルドだった。非常に自信に満ち溢れちる感じは、ナルシスト的なワイルドの性格をうまく反映しているように感じた。
芸術家ってこういう感じの、自分の作品が何よりも優れていると根拠のない自信を持っていることが割とあるよなと思う。そうでないとやっていけないのだろうなと。
審美主義に関しては凄く惹かれた。絶対的に美しいものだけを追及するという美を追い求める姿勢こそが、彼の信念でそれを貫き通そうとする凄さを感じた。批評家や時代に屈することなく、自分の中の価値基準が絶対的でそれに沿って生きていく強さを感じた。
ワイルドのモノローグパートは本当に力強くて、廣瀬さんのミュージカル俳優としての底力を強く感じた。
ダグラスという存在に苦しめられ、その感情が彼のモノローグにしっかりと乗っていて、苦しさが手に取るように伝わってきた。

最後に、アルフレッド・ダグラス役を演じた福山康平さん。福山さんの演技は、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のアルバス・セブルス・ポッター役として観劇していた。
小柄な体格でワイルドと対称的であるのだが、そんな彼に対する情熱が非常に強くて一番圧倒される存在だった。『ドリアン・グレイの肖像』のドリアンと自分が非常に重なるという風に訴えかける感じや、ワイルドをどれだけ敬愛していたか、それが度を越しているからこそ、どんどん危険な方向に走っていって狂っていく様が本当に見事に演技と歌に反映されていた。
自分の家系の人間の多くは精神不安になって自殺してしまう。だからこそ自分もそうなるのではないかという不安が凄く伝わってきて、必死でワイルドという人物に縋ろうする感じが伝わってきた。
ダグラスのキャラクター性は、きっと多くの方が共感するのではないかと思った。精神的に辛いから何かに縋りたい、物語中の人物に重ね合わせたいと思うに違いない。
『ハリーポッターと呪いの子』で舞台経験を培っただけあって非常に素晴らしい演技をしていた。これからの活躍が楽しみな俳優さんだった。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「ワイルド・グレイ」平間壮一、廣瀬友祐、福山康平が出演したゲネプロの様子。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』について言及しながら、今作を考察していこうと思う。

オスカー・ワイルドは、実際に19世紀末にロンドンで活躍していた小説家で、彼の唯一の長編小説がこの『ドリアン・グレイの肖像』だった。
事前に『ドリアン・グレイの肖像』を予習しておいた方が、今作をより楽しむことが出来ると言われていたようだが、私は小説『ドリアン・グレイの肖像』を未読でも、今作を十分に楽しめることができたし、『ドリアン・グレイの肖像』をなんとなくこんな話なのかなと想像しながら観劇出来たので、特に支障にはならなかった。ただ、事前に読んでおけば、より今作の脚本の深い意味を理解することが出来たのかもしれないとも思った。
『ドリアン・グレイの肖像』のあらすじは以下のようである。主人公のドリアンは、友人の画家であるバジルに自画像を描いてもらう。ドリアンには尊敬するヘンリー卿という逆説家がいた。ヘンリー卿は美しさこそが最高の芸術だとする審美主義を主張していて、その教えをドリアンは信じていた。そのため、ドリアンは自分を美しく描いてもらった自画像を大切にし、自画像の方が歳を取って自分は永遠に若く美しくありたいと願った。
美を追求するが如く生きるドリアンは、若き舞台女優シビルに恋をするものの、シビルの本当の恋人の存在を知ったためにドリアンはシビルを捨ててしまう。するとドリアンの自画像は、非常に醜くなっていた。驚いたドリアンは、その自画像を屋根裏部屋に隠す。
20年後、画家のバジルが久しぶりにドリアンの元を訪れると、ドリアンは老いることなく若いママだったが、ドリアンの肖像画はさらに醜い肖像画になっていた。ドリアンは逆上してバジルを殺してしまう。罪に慄くドリアンは、麻薬に溺れアヘン窟に出入りするようになっていたが、殺されそうになるなど悲惨な思いをする。
ドリアンはアヘン窟を出て安堵するも、ヘンリー卿に笑われる。肖像画は非常に醜くなってて、この肖像画は自分の心を表しているのではないかと思う。ドリアンは肖像画を破壊してしまう。すると、ドリアンは一気に老人と化して死んでしまい、駆けつけた者らが見たものは、破壊された美しい顔立ちの肖像画と老人の死に姿だったという話のようである。

ドリアンは、美しさを追求するがあまり貪欲になって心は醜くなっていったことがこの作品では表現されているように思う。実に面白い小説に感じた。
今作『ワイルド・グレイ』で起こる展開は、オスカー・ワイルド自身が実際に経験した史実に基づいて物語が構成されている。実際にワイルドは32歳の時にロスと出会っていて、ロスがワイルドの元で活躍するのは、ワイルドが失脚してからのことで、晩年の作品の管理やワイルドの死後も彼の作品に尽力した。
また、ダグラスに関しても、ダグラスが青年時代にワイルドに出会っていて、ダグラスの身分が非常に高かったからこそ、二人の関係がダグラスの父親に知られてしまってワイルドは失脚する羽目になった。
実はワイルドは、『ドリアン・グレイの肖像』を描いた後に、ダグラスと出会って失脚する展開を迎えているので、小説に描いたことをなぞるかのようにワイルドの人生が展開していったということになる。

きっとワイルドは、『ドリアン・グレイの肖像』に登場するヘンリー卿を自分自身と重ね合わせながら執筆したに違いない。どちらも審美主義で美しさこそ芸術の最高峰だと信じて創作活動を行ってきた。
ワイルドはどんな気持ちで、『ドリアン・グレイの肖像』でドリアンという人物造形を描いたのだろうか。ダグラスと出会う前に、ワイルドにとってドリアンのモデルとなるような人物がいたのだろうか。審美主義に自己陶酔して破滅してしまう人間。もしかしたら、ワイルドはドリアンという自分とは少し異質の人物を想像で描いたのかもしれない。審美主義が行くところまで行ってしまうと悲劇を生むというのは、ギリシャ神話をよく知っていたワイルドなら分かっていたはずであろう。それを自分と異なるタイプの人間に置換させて、審美主義の末路を描きたかったのかもしれない。

奇しくも、そんなドリアンのような人物がアルフレッド・ダグラスという形で現れてしまった。そして『ドリアン・グレイの肖像』と似たような展開が現実でも起こった。
ダグラスはあまり家族間でうまく行っていなかったと公演パンフレットには記述されている。そのため、自分の居場所を『ドリアン・グレイの肖像』に求めたのだろう。しかし、自分のユートピアをワイルドに求めすぎた結果、次第にダグラス自身は心がどんどん醜くなっていったのかもしれない。ドリアンが審美主義を追求しすぎて心が醜くなっていったかのように。そして、ワイルド自身もドリアンではないけれど、審美主義を追求した結果失脚したことは、ドリアンと似たような運命を辿ったように感じた。
よく、物語では全く異なる登場人物二人に、共通項が見えたときに感動を覚えるといったことを聞いたことがあるが、まさにダグラスとワイルドは似ても似つかない二人だが、愛と美を追求しすぎるがあまり自身を破滅に向かわせてしまった点では共通していると感じて興味深い。

今作のラストのシーンで、額縁の中にいるダグラスに対してワイルドは、こいつは邪悪だと裁判所で声を上げるシーンがある。これは何を意味するのだろうか。
ワイルドにとってダグラスは裏切り者だった。自分を破滅に導いておいていざとなったら逃げてしまった。だからこそ、ワイルドはダグラスを邪悪だと批判した。
額縁の意味と、『ドリアン・グレイの肖像』を触れながら解釈するとどうなるか。私はラストのシーンの解釈として、ワイルドがダグラスを裁判所に連れ込んで、こいつも犯罪者だと罪を被せようとする幻想のシチュエーションとしても捉えられるが、『ドリアン・グレイの肖像』のワンシーンとも捉えられると思っている。
『ドリアン・グレイの肖像』のワンシーンと捉えるならば、おそらくワイルドは俳優としてドリアンになり切っている可能性もあるかなと思っている。そしてダグラスはというとバジルに描いてもらった肖像画。この時、肖像画は非常に醜い表情をしているに違いない。そして、ダグラスというのはワイルドにとって、自分自身の写鏡のような存在にもなるのかなと思った。
ワイルドが審美主義を追求するあまり、それに影響したダグラスはどんどん醜くなっていく存在になった。そして、それはワイルド自身を苦しめた。キャリアや家族を失った。

今作を創作したイ・ジヒョンさんは、このオスカー・ワイルドの生涯と『ドリアン・グレイの肖像』という2つをよくぞここまで調べて結びつけて物語に仕立てたなと思う。非常に小説と事実が織り重なる素晴らしい出来の脚本だったと思う。
そして、そういった作品を見事に日本語に落としてここまで魅了させてくれた根本宗子さんにも感謝しつつ、その力量を賞賛したい。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「ワイルド・グレイ」平間壮一、廣瀬友祐、福山康平が出演したゲネプロの様子。


↓韓国ミュージカル作品


↓根本宗子さん作演出作品


↓平間壮一さん出演作品


↓福山康平さん出演作品


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