舞台 「カナリヤ」 観劇レビュー 2021/11/23
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公演タイトル:「カナリヤ」
劇場:こまばアゴラ劇場
劇団・企画:日本のラジオ
作・演出:屋代秀樹
出演:安東信助、田中渚、沈ゆうこ、木内コギト、永田佑衣、宝保里実、横手慎太郎
公演期間:11/18〜11/23(東京)
上演時間:約90分
作品キーワード:宗教、静か、会話劇、気味が悪い、考えさせられる
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
怪異、アウトロー、実際あった猟奇事件を下敷きに、シンプルな舞台演出、余白のある醒めたセリフが特徴の劇団「日本のラジオ」の舞台作品を生で初観劇。
2021年7月に観劇三昧主宰の「池袋ポップアップ劇場」で当劇団の「市役所にて」を配信で初観劇した時に、シュールな笑いを誘う面白い物語だったので、劇団の本公演を観てみようと思った。
今回の作品は、宗教団体「ひかりのて」の内部での日常を描いた会話劇である。
その宗教団体には様々な事情を抱えてこの団体に入団した信徒が在籍しており、彼らは修行を繰り返すことでより次元の高い地位に昇格することで神に近づけると信じて暮らしていた。
そこにメディアの取材が入ってきたり、父親を殺した女性が入団したりして様々な出来事が展開される。
パンフレットを見た限り、オウム真理教をヒントに脚本が書かれていると思われるが、私がこの作品を観劇して抱いた感想は、結局のところ宗教団体に所属することも会社に所属することもまるで似たようなもので、その所属団体の仕来りに従い頑張ることによって、その団体の中で昇格して偉くなっていく。
それがまるで生きがいとでもなるような形で、洗脳される形で組織に馴染んでいく。
ある種観劇し終わった後に、色々と怖さを感じさせる作品だった。
しかしこの作品の結末は、組織にすがるあまり宗教団体の中でも高い位にいる人たちに、、、という感じになるのだが、それはネタバレにもなり、タイトルの「カナリヤ」とも関係してくるので、考察パートで詳しく書くことにする。
観劇する前は、もっとシュールな内容でも笑いを多く取ってくる作風だと思っていたので、想像以上にシリアスだったという印象。
過激な演出はなく、ただ台詞の中に多少残酷な内容やグロテスクな発話が含まれるのみ。
気分はそこまで上がらないし感動するタイプの作品ではないので、台詞の内容に対して深く考えさせられるようなそんな静かな作品だった。
好き嫌いはあると思うけど、皆がどんな感想を抱くのか一度は観劇してみて欲しい作品であるし劇団でもあると思った。
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【鑑賞動機】
2021年7月に配信で視聴した「池袋ポップアップ劇場」で、「市役所にて」という短編作品で初めて日本のラジオの作品を鑑賞した時に、なかなかシュールで且つ独特なトーンで笑いを取ってくる面白い団体だと思って、その時からこの劇団の本公演を生で観劇してみたいとチャンスを窺っていた。
満を持して今回の舞台作品がそのチャンスが到来したと思い観劇に踏み切った。前評判では、今作は「日本のラジオ」らしい作風だと噂されていたので、この劇団の作品をしっかりと知ることが出来る機会だと思ったので楽しみにしていた。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
舞台は宗教団体「ひかりのて」の施設の内部。そこに、竹内キリト(安東信助)というニュース記事のライターがやってくる。宗教団体に所属する鬼澤サリナ(田中渚)は彼を案内する。そこへ、同じく宗教団体へ所属する後藤アン(沈ゆうこ)も、ずっと突っ伏していた所から目覚めてやってくる。彼女は、竹内にコーヒーを飲むかと尋ねるが断られたため、自分の分だけ取りに行って飲み始める。
鬼澤は、この宗教団体のことを竹内に色々説明してもらおうと酒井リカ(宝保里実)を連れてくる。酒井は随分とテンションが高くまるで少年のように明るく竹内と会話する。竹内が今度は鬼澤に連れられて修行の体験に行ってしまうと、今後は組織の中では先生と呼ばれる宗教団体の幹部の後藤リュウタ(横手慎太郎)がやってくる。
彼は話の流れで、この団体のランクとして使われる「次元」について語り始める。「ひかりのて」では、入会した段階は誰しもが低い次元からスタートするが、修行を重ねることによってより高次元に行くことが出来る。次元は1から10まで存在し、10次元まで達成すると神に近い存在になれると信じられている。
幹部まで務める後藤リュウタは7.5次元と位が高く、逆に修行を怠ったりコーヒーばかり飲んでいる後藤アンは2次元と低いようである。
後藤リュウタは本部へ用事があると言って出かけてしまう。後藤アンの元へ、酒井リカが入会希望の女性が玄関に来ていると言う。しかしその入会希望の女性はまごまごしていて、なかなか内部へ入ってこようとしないと言う。
酒井はゆっくりと中へその入会希望の女性を連れてくる。するとどうやら、その入会希望の女性は千乃ツキコ(永田佑衣)と言い、後藤アンの友達であるという。後藤アンは少年院にいたことがあり、その時に出会った友達であると。後藤アンは親しみを持って千乃のことをツッキーと呼ぶ。
千乃はどうやら父親を殺害してしまったらしく、それでこの宗教団体に入会しようとたどり着いたようである。
後藤アンと酒井リカは去り、高橋ヒソカ(木内コギト)という「ひかりのて」所属の強面の男と千乃ツキコの2人きりになる。ずっと下を向いて黙っている千乃に向かって高橋は話しかけようとする。どうやら高橋は過去に、自宅で薬物を育てておりそれが警察に見つかって逮捕された経歴があるようである。高橋は結婚して娘が2人いたが、逮捕されて釈放されて自宅に戻った時には、妻も娘もいなくなっていたと言う。
後藤リュウタが本部から戻ってくる。そして鬼澤による竹内への修行の体験も終わって良い汗をかいた模様である。竹内は一通り体験出来たと満足して帰っていく、勿論この宗教団体内部での出来事は秘密にさせて。
後藤リュウタは、後藤アンから彼女が飼っていたハムタ18号が死んでしまったことを聞かされる。どうやらエサを必要以上に与えすぎてしまったらしい(記憶が正しければ)。ハムタ18号のお墓を作ってあげたと言う。
鬼澤サリナ指導の元、後藤アン、酒井リカ、千乃ツキコは宮沢賢治の「オツベルと象」を演じる。3人が代わる代わる「オツベルと象」の物語を暗唱する。
「ひかりのて」のメンバーたちは、今いる施設の在り処が世間に知れ渡ってしまったという事実を知る。どうやら原因は、先日訪ねてきた竹内という記者がネットでこの施設のことを明かしたらしい。竹内に裏切られたのだ。それによって、酒井の両親に自分の居場所が分かってしまい、両親がこの施設まで彼女を迎えに来ようとしているらしい。
「ひかりのて」のメンバーたちは、世間にこの居場所が知られてしまっては、ということで別の拠点に引っ越すことになる。
後藤リュウタと後藤アンの2人の会話、アンが突如ノストラダムスの大予言について語りだす。その流れで、もし世界に天変地異が起こった時、一番生き延びられそうなのは誰かといった会話になる。アンは自信を持って自分は生き延びられそうだと答える。アンは、リュウタについては五分五分くらいじゃないかと類推する。千乃は生き延びられなさそうで、酒井は案外生き延びられるんじゃないかとアンは答える。
後藤リュウタと鬼澤の2人きりになる。鬼澤も宗教団体の中でも上の立場であるため、次元もリュウタほどではないがそれなりに高いところにいた。最近は新米のメンバーの育成や説明に従事していて、まるで自分がサラリーマンをやっていた時代と変わらなくなっていると愚痴をこぼす。こんなストレスを抱えてしまったら次元が落ちてしまいそうで本末転倒だと。
鬼澤はリュウタに尋ねる。リュウタはどこまでこの組織のことを知っているのかと。鬼澤は、この前初めて本部に案内されたが、建物の一番最深部にある部屋は何なのかと。あんな豪華な造りを建てるには相当のお金が必要だが、そのお金はどこから出ているのかと。鬼澤は怒っていた。
リュウタは、「ひかりのて」の初期の頃について話す。リュウタは一番最初からこの「ひかりのて」のメンバーだったというより立ち上げメンバーで、本部長と3人で大学時代に作ったサークルだった。初めはヨガなどをする穏やかなサークルだったが、次第にメンバーも増えて宗教のようになっていったという。
酒井の両親が迎えに来る、そして宗教団体の施設が別拠点へ移動する直前、竹内は再びここへやってくる。まるでよく知っている場所であるかのように堂々と奥へと入っていったりする。酒井は竹内を追い出す。「もう二度と会わないから」と大きな声を放って。
そしてついに酒井も両親の迎えが来てしまい、この場所を後にする。
千乃は熊本で修行をして戻ってきた。千乃は以前よりまごついた態度はなくなり、だいぶ元気な表情に見えた。彼女は父親を殺害した後、父親の肉を少し食べたと言った。腹のあたりを。
後藤リュウタと後藤アンは2人きりになる。アンはハムタ19号を飼い始めたようだが、カナリヤを飼いたいとも言い出す。なぜならカナリヤは危険を察知してくれるから。普段はピーピー鳴いているが、毒ガスが撒かれるとパタリと鳴くのをやめる。そしてパタリと死んでしまう。
ここで物語は終了する。
終始気味の悪い会話劇だった。大きな事件が起きる訳ではなく、ただ淡々と会話劇が進んでいくのだが、とても後味の悪い作品だった。
中盤は果たしてどんな結末に向かうのだろうかと少し中だるみした箇所もあったが、竹内が宗教団体の在り処をネットにアップしたことによって、一気にストーリーが急展開して後半は面白かった。特に、何気ない会話のように思われるノストラダムスの大予言や、カナリヤの話がこの宗教団体とも繋がっていて、よい効果をもたらしていた。もう一回観劇するとまた理解度が増していく気がする。
ストーリーに関しての考察は考察パートで記載する。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
今作の舞台美術は、舞台音響が全くなく、シンプルな舞台装置と照明があるのみだった。
舞台装置、舞台照明、その他の演出について見ていく。
まずは舞台装置から。
舞台上には、黒い円柱が下手側に4本、上手側に2本あってそれぞれ高さが異なる。また、舞台中央には竹内が酒井と話す時に使われた小さな机と2つの箱馬のような椅子が用意されており、さらに上手側の奥にも小さな机と椅子が置かれていた。こちらは、序盤のシーンで後藤アンが塞ぎ込んでいた時に使われたり、高橋と千乃の会話のシーンで千乃が下を向きながらずっと座っていたシーンで使われていた。
そしてデハケは下手側に一つと上手側に一つずつあり、下手側は施設の玄関に通じるデハケで、千乃が施設にやってきた時に入っているデハケとして使われたり、竹内や酒井が施設から出ていく時に使われたデハケとなっている。上手側のデハケは、この施設の更に奥に通じていそうな造りとなっており、鬼澤が竹内を修行体験の出来る場所へ案内する際に使われていた。
そして舞台中央奥の壁には、「ひかりのて」のロゴの壁紙が貼られていた。手を広げて、その中央に光のような輝くものが置かれているロゴである。いかにも宗教団体といった印象を与えられる。
非常にシンプルな舞台セットで、全体的に黒っぽくて気味の悪いオーラを感じさせる効果的な造りだったと思う。
次に舞台照明。
照明演出もそこまで派手なものはなかったが、宗教団体の現場の気味の悪さというのを演出する上で非常に重要な役割を果たしていたと思う。
印象に残った演出が、物語の中で重要な説明や台詞、ひとり語りを発するシーンになるとジワジワと意味深な照明に切り替わっていくものである。例えば、後藤リュウタが「ひかりのて」の次元についての説明をしているシーンの照明演出は、明るい感じの黄色みがかった照明から徐々に不気味な白い照明に切り替わっていくのが印象的だった。あとは、ノストラダムスの予言のシーンや、リュウタと鬼澤の2人で語るシーンも照明が違っていたような気がする。
後は、「オツベルと象」を皆で暗唱するシーンは他のシーンとは切り離されて印象的だったので、照明演出も宮沢賢治の世界観っぽといっても伝わりにくいが、ちょっと暗くて夜空を想起させるようなファンタジーらしさを感じる照明演出だった。
その他演出についていくつか記載する。
まずは、一番最初のシーンで鬼澤が前説を始めるのかのように、客席に向かって話し始めるが途中から肉の話になっていつの間にか上演が開始されているという演出が凄く斬新且つ新鮮で面白かった。この演出は、あたかも観客である自分もこの宗教団体が居る施設に入り込んだ一員、つまり竹内と同等の人間であるような錯覚を起こさせる演出というのが良かった。ある種宗教団体にとってみたらよそ者というか。そういう、自分もここに居るということを感じさせる演出で面白かった。
この作品の中で、小道具といったら後藤アンが飲むコーヒーと、終盤で後藤リュウタが持っているビニール傘と風呂敷くらいで、これといった小道具はほとんど登場せず、多くの物がエアーなのだが、それでもしっかりとどんなものなのかが伝わるというのが素晴らしい。
例えば、度々登場する「ひかりのて」でもてなされるクッキーのようなお菓子だが、おがくずを食べているような感じ、砂を食べているような感じといった、目に見えていなくても食感が分かる台詞選びが非常に巧みだと思った。日本のラジオの脚本に出てくる言葉は、非常にユニークで且つインパクトがあるので観客も凄く惹きつけられてイメージが湧くような上手い仕掛けになっている気がする。
あとは、千乃ツキコの変わりようが凄い。最初入会にやって来た時は非常にまごついてずっと下を向いているような自信のない女性だったが、修行を経て全く別人のように印象が変わって、非常に顔色も良くなって前向きな女性になった感じが演出的には非常に素晴らしくも、個人的には不気味に感じた。彼女はこのままどんどん「ひかりのて」に毒されていくんだろうなと。次元が上がって色々な世界を見る羽目になるのだろうと考えると怖かった。
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
生で観劇するのは全てのキャストが初めてとなるが、普段彼らがどのようなキャラクターなのか存じ上げてはいないが、かなり役作りをしっかりされていたという印象である。特に後藤アン役の沈ゆうこさんや、酒井リカ役の宝保里実さんなどはそう感じた。なかなか観ていて飽きない役作りをされている方が多かったなという印象。
印象に残ったキャストだけ紹介する。
まずは、「ひかりのて」の幹部の後藤リュウタ役の横手慎太郎さん。彼は劇団「シンクロ少女」所属の俳優。今回のキャスト陣の中で一番ナチュラルな演技に見えた。
印象に残ったのが、一番最後に結局今いる施設を後にして別の拠点に移らなければいけなくなった時に、ビニール傘を持ちながらものすごく脱力感のある形で立ち尽くしている姿だった。
ずっとこの「ひかりのて」という組織に関わり続けてきて、それがこういった宗教団体となってしまって、世間から逃げ回らなければならない団体となってしまったこと。昇進してきたメンバーには裏切られたというような態度を取られたこと。色々なことが積もって疲れが見えるような演技が印象的だった。
考察パートでも触れるが、これが組織に尽くす残酷さなのかなとも思う。
次に、後藤リュウタの妹で、少年院にいたこともある後藤アン役の沈ゆうこさん。彼女は日本のラジオ所属の女優。横手さんと対照的で一番キャラクターをしっかり作られて演技されていた印象。
どこかやんちゃで子供っぽくだだをこねる演技が印象的だった。たしかにそのキャラクター性から次元が低そうというのも頷ける。
だからこそ自分は天変地異のような惨事が起こっても、アンだけは生き延びるのかもしれない。ある意味何かに依存している訳ではなく自由に生きている彼女だからこそ。
同じく役作りをしっかりしていて印象的だったのが、千乃ツキコ役を演じた永田佑衣さんと、酒井リカ役を務めた宝保里実さん。
永田さんは、入会当初のまごついた演技と終盤の修行を通じて自分に自信を持ち始めた前向きな演技のギャップが素晴らしかった。終盤のあの感じを観てしまうと、凄く女優として惹かれてしまった自分がいる。そのくらいギャップが大きくて個人的には良かった。
宝保さんは劇団コンプソンズ所属の方だが、普段の演技がどうなっているかわからないが非常に青年にような印象を与える役だった。非常に爽やかで役としてとても惹かれる。話し方もなぜか色々楽しそうでこちらもワクワクさせられる感じ。とても良かった。
高橋ヒソカ役を演じた\かむがふ/の木内コギトさんは、今回の役者の中で一番笑いをとっていた気がする。あのガサツな喋り方が好き。特にツキコに話しかけるシーンは面白かった。
竹内キリト役を務めた日本のラジオの安東信助さんは、「池袋ポップアップ劇場」の「市役所にて」で演技を拝見した際は非常に面白い方だと思って、今作でも注目していたが意外と宗教団体の人間の役ではなく一般人の役だった。個人的にはもっと面白い役として登場するのかと思ったが、割と普通の役だったので落ち着いていてこれはこれでアリだと思った。次回はもっと目立った役でお目にかかりたい。
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
一度しか観劇していないので、細部にまで考察はいっていないと思うが、私がこの作品を通じて今の所感じている部分について考察していこうと思う。
冒頭でも書いた通り、私はこの舞台を観劇して宗教団体「ひかりのて」と会社って非常に似た存在のように感じてしまった。共通している箇所でいえば以下のような点である。
まずはどちらも生活の支えになっていること。生きる意味を与えてくれる存在ということである。宗教団体「ひかりのて」は、例えば人を殺してしまった千乃であったり、家族がいなくなってしまった高橋であったり、そういった一人では生きていけない状態になってしまった時、生きる支えとなった存在が「ひかりのて」であった。そのおかげで自分の居場所が見つかって自分を肯定してくれる存在になったのだと思っている。
特に千乃に関しては顕著で、父親を殺害して入会希望だった当初は死んだような状態だった。しかし修行を重ねるに連れて彼女は生き生きとした存在になれた。
一方で、会社に関しても多くの社会人にとって生きる意味を与えてくれる場所、そして収入源になっていると思う。なくてはならない存在であろう。そういった意味で宗教と会社は共通している。
次に、どちらにも昇級制度が存在する点である。もしかしたら昇級制度の存在しない会社もあるかもしれないが、多くの会社は年次が上がれば上がるほど昇格していくという制度を採用していると思う。私が所属する会社も含めて。
今作に登場する「ひかりのて」に関しては、次元という特有の制度があった。修行を積めば積むほど、魂は浄化されて次元が高くなり神に近い存在になれる。組織に所属するものは皆修行を積んで次元の高い位を目指そうとする。
会社も同じだと思う。仕事を頑張って会社から評価されることによって昇級し、より高い地位に行くことが出来る。それによって自分も幸せになれると思い込む。
また劇中で、鬼澤が次元が高くなったことによって新入りの団体メンバーの面倒や説明などを多くの仕事をこなさなければならなくなり、これではサラリーマンをやっていた時と変わらないと愚痴をこぼしていたのも、非常に宗教と会社の類似を想起させる台詞となっていて興味深い。
世間一般的には宗教と聞くと、非常に気味が悪いし聞こえが悪いけれど、言ってしまえば会社も宗教と近しい存在だと改めて思う。宗教には守らなければいけないこと、タブーなどあるが、会社にも経営方針や企業理念などルールが存在する。
私たちは、そういった何かしらの宗教に身体と心を預けて生きていると言っても過言ではないのかもしれない。
ここで初めて、今作のタイトルである「カナリヤ」の意味について考えたいと思う。
物語では、舞台となっている「ひかりのて」の拠点の在り処が世間にバレてしまって移転を余儀なくされるという、いわば大惨事が起きてしまった訳だが、この時後藤アンが意味深にも発した台詞の中に「カナリヤ」は登場する。
後藤アンは、毒ガスを検知させるために今後は「カナリヤ」を飼うことにするというのだ。「カナリヤ」は普段はピーピーただ鳴き続けているだけだが、毒ガスを検知すると鳴かなくなってそのままパタリと死んでしまうのだそう。実際にwikipediaで調べてみると、「カナリヤ」という生き物は毒ガス検知として使われるらしく、1995年に起きた地下鉄サリン事件を受けて、オウム真理教の旧山梨県上九一色村の施設に強制捜査に入る際、「カナリヤ」を利用して毒ガスを検知させたと書かれている。
つまり、「カナリヤ」はこの物語では、何か危険が自分の身に迫ってきそうな時に自分の身を守るために近くに置いておく存在というように解釈出来ると思う。劇中では、ノストラダムスの大予言の話からもし世界が天変地異に襲われたらというような話が展開されていて、その時に誰が生き延びて誰が生き延びることが出来ないかという議論がされている。
そして実際に、この宗教団体「ひかりのて」にも危機が迫ってきた。身近に「カナリヤ」を住まわせて危険を察知出来る後藤アンなら、きっと「ひかりのて」が滅びるようなことがあってもその前にここから脱出しているのだろう。だから彼女は修行を通じて次元を高めるような昇進は望まずに、低い次元で留まっていたのかもしれない。
一方で、千乃や鬼澤や後藤リュウタは、「ひかりのて」の中で高次元にいる、もしくは高次元に向かおうとしている存在である。つまり、この「ひかりのて」の存在に依存するあまりそこがなくなってしまうと自分の身も滅びてしまう可能性も高いことを示唆している。だからアンは、世界が天変地異を襲った時に生き延びられないんじゃないかと類推した訳である。特に千乃に関しては。リュウタが生き延びられるかどうかが五分五分であるというのも興味深いが。
宗教団体と似た側面を持つ会社にも、いつ危険がやってくるかは分からない。それはリーマンショックのような不況かもしれないし、今回のような感染症の蔓延による業績の悪化かもしれない。そういった場合、会社の昇給制度に依存してその会社がなければ自分はやっていけないという身になっていればいるほど危険な状態になっている。
決して全ての会社がそうであるとは限らないが、今自分がいる会社でどんなに偉くなっていたとしても、その会社がなくなってしまったら他の会社でも同じような地位にいられるかどうかは分からない。
今は昔以上に企業寿命というものが短くなった時代とも言われている。一方で人間の寿命は伸び続けている。一人の人間が同じ会社でずっと働き続ける確率というのは下がり始めている。今の会社がどんなに安泰であっても数年後、数十年後にその会社がどうなっているかは分からない。
自分も含め、一人一人が「カナリヤ」を身近に住まわせて、いざ会社が危機的状況に陥りそうになった時に、その環境から脱出しても暮らしていけるようなフットワークの軽い身でいるべきなのだと改めて思った。
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