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舞台 「ポルノグラフィ/レイジ」 観劇レビュー 2025/02/15


写真引用元:『ポルノグラフィ/レイジ』 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「ポルノグラフィ/レイジ」
劇場:シアタートラム
企画・制作:世田谷パブリックシアター
作:サイモン・スティーヴンス
翻訳:小田島創志(『ポルノグラフィ』)、高田曜子(『レイジ』)
演出:桐山知也
出演:亀田佳明、土井ケイト、岡本玲、sara、田中亨、古谷陸、加茂智里、森永友基、斉藤淳、吉見一豊、竹下景子
公演期間:2/15〜3/2(東京)
上演時間:約3時間15分(途中休憩15分を含む)
作品キーワード:社会派、ノンフィクション、海外戯曲、考えさせられる、難解
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


イギリスの演劇界を代表する劇作家の1人であるサイモン・スティーヴンスさんの衝撃作である『ポルノグラフィ』と『レイジ』の2作品を、ダブルビル(2つの作品を二幕構成で同時上演する形式)という形で上演されたので観劇。
演出は桐山知也さんが担当している。
私自身、サイモン・スティーヴンスさんの作品は『Birdland』(2021年9月)で観劇したことがあり、今作で2作品目の観劇となる。

第一幕である『ポルノグラフィ』は、2005年7月7日にロンドンで起きた地下鉄バス同時爆破テロの前後を題材にした作品である。
同年の7月6日に2012年にロンドンでオリンピックが開催されることが決まったばかりで、ロンドンに住む被害者や実行犯などの7人の日常を描くオムニバス形式の物語である。
第二幕である『レイジ』は、イギリスのとある都市の2015年12月31日の大晦日を描いた群像劇であり、現代社会の縮図のような27の場面を描く物語となっている。

『ポルノグラフィ』は、基本的に舞台上にはシーンとシーンの場面転換で張られる黄色いテープのみで、それ以外に舞台装置は登場しない。
土井ケイトさんが演じる主婦の一人芝居、古谷陸さん演じる男子学生の一人芝居と、一人芝居、もしくは二人芝居のオムニバスで劇は進行していく。
舞台はロンドンで地下鉄バス同時爆破テロが起きる直前、そして2012年にロンドンオリンピック開催が決定するタイミングを描いているという前情報だけなのに、彼らが発する台詞からは色々なことが想像されて引き込まれた。
舞台装置も小道具もなく、役者の演技一つでここまで物語に引き込まれるのかと驚かされるくらい脚本が素晴らしく、そして開幕回だとは思えないほどの役者たちの演技の完成ぶりに圧倒された。
非常に固有名詞が沢山登場し、どこの地名なのかもよく分からない単語が沢山登場するのだが、なぜだかそれもリズミカルに聞こえてきて心地よく思える。
ロンドンオリンピック開催が決まってどう感じるかによって、その人の価値観も垣間見られて興味深かった。

ただ、『レイジ』に関しては個人的には消化不良だった。
『レイジ』は『ポルノグラフィ』の演出とは対照的で、ワンシーンに役者が複数登場する上、役者もステージ上だけでなく客席まで使って大いに動き回っていた。
私は割と前方の客席で観劇していたので、役者たちの演技を度々間近で感じられて臨場感があったのだが、役者が客席にやってくる回数が非常に多くて逆に物語に入り込めなかった。
どうして彼女は警官と思しき人々に拘束されようとしているのか、どうしてあの男は叫んでいるのか、あの老婆は何者なのかと消化出来ないシーンが沢山あって入り込むことが出来なかった。
2015年の大晦日の話なので、当時の10年前のイラク戦争によって世界で同時多発テロが絶えない時代と比べて平和にはなったのかもしれないけれど、こうやって暴力は絶えないしそれをスマホで撮影して他人事としか捉えていない人々もいるということを伝えたかったのだろうか。
また、役者の動き回るシーンが非常に多く、役者たちが怪我をしないかも心配だった。
舞台セットも段差があったり、天井近くまで階段を駆け上がったり降りたりするので、あれだけの台詞量を演じながらあそこまで動き回るのは大変なことだろうなと思うし、逆に転んだりしたら大変だなとも感じた。

そうであるが故に、個人的には『ポルノグラフィ』と『レイジ』をダブルビルで上演する意図はよく分からなかった。
20年前はイラク戦争があって自爆テロと隣り合わせで生きていた危険な時代で、10年前はイラク戦争は終わったけれど解決はしてなくて他人事のように捉えている人々がいる時代で、そして戦争が続いている今に続いているという構造を示したかったのかもしれないが、やはりそれぞれが別作品なのでどうしても一連の作品として捉えることは出来なかった。

一方で役者陣の演技の素晴らしさにはつくづく圧倒された。
情報解禁の段階でこのキャスティングは期待でしかなかったが、その期待を超えてくる見事な演技力だった。
特に『ポルノグラフィ』は演技力がものをいう作品なので、役者の演技力がイマイチだと作品自体も退屈になったしまいがちだが、そうならなかった。
特にsaraさんと田中亨さんの若い男女の二人の掛け合いや、岡本玲さんと吉見一豊さんの若い女性と初老の男性のやり取りが本当に魅力的で惹きつけられる芝居で素晴らしかった。

非常に難解な作品で、戯曲を読んでいないと理解も及ばない箇所も出てくる作品かと思うが、役者たちの演技力には圧倒されるし、何より昨今の英国の演劇のトレンドを知る上でも非常に重要な観劇体験になると思うので、多くの人に見て欲しい。

写真引用元:ステージナタリー サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」より、「ポルノグラフィ」の様子。(撮影:細野晋司)

↓トレーラー映像


↓戯曲掲載





【鑑賞動機】

以前『Birdland』(2021年9月)でサイモン・スティーヴンスさんの作品を拝見した時に、戯曲が非常に面白く感じられて他の作品も観てみたかったのと、キャスティングが豪華で演技力の高い方しかいない座組で期待が高かったので観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

『ポルノグラフィ』

女性(土井ケイト)が登場する。彼女にはジョナサンという夫とレニーという赤子の子供がいるらしい。夫のジョナサンは家でペンキで壁を塗ろうとしていたらしいがどういう意図で塗ろうとしていたのか分からず、ペンキはそのままになっている。ジョナサンもレニーも二人で外へ出かけたらしく家の中にいない。
ジョナサンとレニーが外から帰ってくる。二人とも風で髪の毛がボサボサだった。彼女はレニーをベッドで寝かしつける。
彼女は飛行機に乗ってどこか旅行に行きたいと言う。飛行機で今戦争状態であるイラク、イラン、アフガンの上空を越えて、トルクメニスタン、カザフスタン、チェチェン共和国の上空を飛行機で飛んで行きたいと。そして、飛行機の小さな画面で今自分がどの地域の上空を飛んでいるのか確認するのが大好きなのだと。
女性は火曜日はオフィスに出社して仕事をする。ブラッシュアップした後にプリンターで資料をコピーする。火曜の夜はオフィスに残って仕事をしていたのは彼女1人だった。だから木曜日は家で仕事をした。

場転して一つの黄色いテープがステージ上に貼られる。

次に若い男性(古谷陸)が一人現れる。彼の名前はジェイソンという。自分はここロンドンで生まれた訳ではないと言っている。パパもママもここで生まれたのだと言っているが、自分はイタリア人だと主張する。
ジェイソンには姉貴がいた。彼は姉貴のベッドの下に隠れている。姉貴が入ってくる。彼は息を潜めている。姉貴はベッドの下にある引き出しから何かを取り出して戻し、部屋を出ていく。彼はその引き出しに何が入っていたのか開けてみる。すると口紅が入っていることに気が付く。彼はその口紅を塗ってみる。
彼の学校の校則は非常に厳しかった。しかし、学校には彼が好意を抱いている女性がいた。リサという名前であることを知り、彼女の名前をメモしておいた。リサの服がグレーであった時に、彼は全ての世界が繋がったかのような感覚を得た。
彼は学校で取っ組み合いの喧嘩をしてしまい血だらけになって家に帰ってくる。血だらけになって、自分が周囲から注目されることに得意げになっている。
彼はリサの自宅を訪れようとする。しかしリサの家はいつも暗く留守のようであった。リサの家の近くを彼が歩いていると、先生が通りかかる。先生とはオリンピックの話をする。オリンピックの開催国はロンドンに決まったらしいねと。しかし彼は、ロンドンなんかでオリンピックなんてと思う。
しかしその後、リサに対するジェイソンへの態度は冷たくなっていた。むしゃくしゃしているそんな中、彼が自宅でテレビを付けてみるとロンドンで地下鉄バス同時多発テロが起きたニュースの映像が流れていた。彼はリサもこの地下鉄に乗っていれば良かったのにと思った。

場転して、また一つの黄色いテープがステージ上に貼られる。

若い男性(田中亨)と若い女性(sara)が二人向き合って立っている。久しぶりに再会した様子である。女性は男性にタバコの箱の中身を全部欲しいと言ってくる。
二人は自宅へと戻る。女性はしばらくロンドンを離れて他の地域で2年働いてきたが無駄だったと説明する。何者かになりたくて頑張ったけれど、どこの街も使われていない駅などがあって蜘蛛の巣状態で嫌になったと。
オリンピックがロンドンに決まったことを語る。でもオリンピックが開催されると、必ず過去のオリンピック開催都市では大惨事が起こったと言う。モスクワオリンピックでも、バルセロナオリンピックでも、アトランタオリンピックでも。
若い男性は女性とやりたいと話す。女性はやりたかったら上半身裸になって腕立て伏せをしてと命令する。若い男性はそれをこなす。そして次は自分からのオーダーに答えるように女性に求める。しかし女性はそれを拒む。
そこから若い男性と女性は口論になってしまい離れ離れになる。

場転して、また一つの黄色いテープがステージ上に貼られる。

老人の男性(吉見一豊)と女性(岡本玲)が現れる。女性はしばらくアメリカで先生をやっていたらしいがロンドンに帰ってきて男性と久しぶりに会う様子である。
男性は確認する、アメリカに何年行っていたかと。女性はアメリカに2年いて、戻ってきてから4年になるという。大学を卒業したのは8年前だと。それを聞いて男性は笑い、それは歳をとる訳だと言う。
女性は帰ろうとするが、男性は、今日はもう夜遅いから泊まって行きなさいと女性に言う。
男性はオリンピックの開催地がロンドンに決まったことを喜ばしく思っている、しかし女性はさほど喜ばしく思っていなそうで複雑な心境であった。
男性はそのまま女性の体に近づこうとするが、女性は男性を払いのけて暴れる。お互いに何か大声を出しながら女性は男性から逃げて行こうとする。

場転して、また一つの黄色いテープがステージ上に貼られる。

帽子を被った一人の男性(亀田佳明)が現れる。彼は暗いうちに家を出発する。どのようなルートで地下鉄で移動するかの確認を念入りにしている。どんな地下鉄に乗って、どこへ行って何に乗り換えるかなど。
男性は地下鉄に乗り込む。一緒に乗り込む仲間もいるが、彼らとは一切口を交わさない。途中で一度だけ彼らにメールを送信することになっている。途中まで一緒に地下鉄に乗り、やがて別々のルートを辿るために分かれる。
車窓からは、ジェット機の倉庫がいくつも立ち並んでいる。その横には食品メーカーの工場もある。あの食品メーカーで作られる食品添加物ばかりの食品によって、人々は肥満になっていると思うと全てを爆破したいと言っている。男性は次々と貼られていた黄色いテープを手で引きちぎっていく。
男性は駅に着く。彼はメールをする何人かの人々に同時にメールを送信する。
男性は56人の人となりを読み上げていく。そのうち43人目に関しては沈黙する。

一人の年老いた女性(竹下景子)が現れる。彼女は、今の無料で読める新聞にはイベント情報がただ羅列されているだけで筆者の意見が全く反映されておらず読む気にならないと語る。また昨今のチャリティコンサートも、チャリティと標して聞こえがよくしているだけのコンサートにすぎないと批判する。
女性は一人歩いている。オリンピックがロンドンで開催されることが決定したが、そんなことに興味はなさそうである。
どこからかBBQの良い匂いがする。女性はその良い匂いがする方向へと向かっていく。そしてそのBBQをしていると思われる宅を尋ねていく女性。その家から一人の男性(亀田佳明)が現れる。女性は、今やっているBBQの肉を少しばかり分けて欲しいと言う。男性は、この女性はボケているのかと思いながら、そこで待っていてと言い、肉を一つ持ってきて彼女に渡す。流石にお酒までは分けられないがと。
女性は肉を一つもらって帰る。その肉にかぶりついた女性は美味しいと言いながら帰っていく。
暗転して、映像で2005年7月7日の夜はロンドンから帰る人々は全員歩いて帰ったと文字で流れる。

ここで幕間に入る。

『レイジ』

映像で、2015年大晦日のとあるイギリスの都市と文字で映し出される。
若い男性(田中亨)と若い女性(sara)が二人でスマホを片手に一緒にくっついて動き回っている。
そこへ一人の女性(岡本玲)とそこに付きまとう老人の男性(吉見一豊)が現れる。女性は男性から口論しながら逃れようとしているが、警官たち(加茂智里、森永友基、斉藤淳、亀田佳明)に囲まれて女性は拘束される。女性は大の字になった状態を持ち上げられて運ばれる。女性は必死で抵抗している。
そこへ、一人の女性(土井ケイト)と一人の男性(古谷陸)も口論しながら登場する。その後、一人の男性は天井の階段の頂上からロープをくくりつけられて必死で下に向かって叫んでいる。その一部始終を若い男性と若い女性はずっとスマホで撮影している。
その後、一人の年老いた女性が登場し、階段の踊り場の辺りで一人でモノローグを語っている。

警官たちが3人やってくる。彼らは、昨今の治安の様子について口々に話している。戦争は終わったけれど何も変わっていないと。
若い女性、男性、女性たち、男性たちがクラッカーを持ってやってきて、ハッピーニューイヤーと叫んで2016年を迎えたことに歓喜する。クラッカーが弾けて、ステージ上には金色の紙吹雪が舞っている。
女性(岡本玲)は、黄色いテープを首に巻き付けて語っている。

若い男性と若い女性が二人でやってくる。若い男性は法学部生のようである。では将来弁護士になってお金持ちになるんだと女性に言われる。そしてスマホをかざしてインタビューをしている。
穴の中には一人の男性が倒れているらしい。そこに向かって二人はスマホを思いっきり投げる。
最後に老婆が登場してモノローグを語り上演は終了する。

『ポルノグラフィ』に関しては、舞台セットも小道具もない空間で、一人芝居、二人芝居であそこまで台詞と演技だけで情景を想像できるくらい引き込まれる作品が作れるものなのだと驚いた。これは役者さんたちの演技力が素晴らしいと同時に、戯曲とその翻訳が素晴らしいからだと思う。まるで小説を読んでいるかのように日常の風景をイメージさせられるし、ロンドンオリンピックが開催されると決定した時、そして地下鉄バス同時多発テロが起きたタイミングだからこそ描ける日常だと思うので、そんな時代背景もあって没入せずにはいられなかった。
確かに海外戯曲だなというのは日本語の翻訳を聞いていてもよく伝わってくる。日本語だったら絶対こんな表現はしないよなと言うくらい翻訳の色が強いのだが、それが逆に良かった。日本語で聞いてもなぜかリズミカルに感じられて聞き心地よかったし、海外戯曲原文だとどんな感じなのだろうという興味も掻き立てられた。
終盤の年老いた女性の立ち位置が最初は分からなかったが、一番最後の映像で、彼女は地下鉄バス同時多発テロによって歩いて帰宅せざるを得ない人を描いていると知って合点がいった。
一方で『レイジ』についてはあまり描写が入ってこなかった。おそらく役者がステージだけでなく客席まで駆け回って台詞を追うことよりもその行動に注目する方に意識が向きすぎたからだと思う。だからこそ、台詞一つ一つがよく分からなくて楽しめない部分があった。ところどころ、時代背景を知っているので戦争が落ち着いても平和になることはないし、底辺の生活をしている人たちの暴動は収まらないことを言いたいのだと思うが、もっと良い見せ方があるのではないかと思った。『ポルノグラフィ』が素晴らしかった分、こちらの作品は申し訳ないが蛇足にしか感じられなかった。
だからこそダブルビルで上演する意図もつかめなかった。第一幕が2005年、第二幕が2015年、そして今が2025年ということで10年という期間を意識した上演なのだと思うが、第二幕で一度イラク戦争は終わっても経済的な格差は無くならない世界を描くことによる意図はこの作品からは伝わってこなくて、逆に混乱してしまった。

写真引用元:ステージナタリー サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」より、「ポルノグラフィ」の様子。(撮影:細野晋司)



【世界観・演出】(※ネタバレあり)

割と素舞台に近いセットで、あそこまでのインパクトと緊迫感を残せる作品に仕上がっているのは素晴らしいなと思った。『レイジ』も客席を大いに使った演出で、それはそれで革新的で良い試みだとも思った。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
『ポルノグラフィ』の舞台セットは、ステージがコの字型になっていて、客席側から見ると下手側と上手側と手前側がコの字型に凸になっている。ステージ中央の窪みはでハケになっていて、そこに向かって役者は登場したり退出したりできる。ステージ背後には黒い暗幕がかけられていてステージ後方は使われないようになっている。
『ポルノグラフィ』では、役者たちはステージ上のコの字型のステージを移動したり、客席側にやってきて一人芝居、二人芝居をしていた。前方の観客(私も含めて)は、自分の席の後方に役者が移動して演技をすることがあるので、後ろ側から声を聞いて楽しむこともできた。もちろん観客によっては後ろに振り返って役者の演技を楽しむ方もいた。
舞台セットは、場転ごとに黄色い巨大なロープが一つずつ貼られる演出になっている。私はそれが地下鉄のホームの黄色い線のように見えた。まるで現代社会を区画していく象徴のようである黄色いテープ。それがシーンを重ねるごとにステージ上に増えていく。しかし、亀田さん演じるテロリストと思しき男性のシーンになると、彼はその黄色いテープをビリビリに破いていく。それはまるで、彼が社会というものを破壊して反逆していくかのようでテロリストそのものだった。
『レイジ』になると、舞台の後方に掛けられていた暗幕が上がり、その向こう側に仕込まれた天井近くまで高さのある階段まで使って芝居が繰り広げられる。階段どころではなく客席まで幅広い空間を使って上演が展開される。
saraさんと田中亨さん演じる若い男女はしきりに客席中を移動してステージに向かってスマホをかざして撮影する。またクラッカーや天井から吊り下げられた空き瓶など所々小道具も登場する。
ただ、だだっ広いステージをふんだんに使う演出で騒がしいので、観客としては注意力が散漫しやすく、演出としては面白いが作品には上手くのめり込めなかったというのが感想だろうか。
『ポルノグラフィ』で使われた破られた黄色いテープも『レンジ』では健在で、地面に散らばっていたので、それをおもちゃにして役者が演技をするのも滑稽だった。岡本玲さんがそれをリボン結びにして体に巻き付けていたのが印象的だった。

次に映像について。
映像はほとんど『ポルノグラフィ』の最後のシーンと、『レイジ』の最初のシーンにしか使われない。しかも情景説明の映像という感じで、『ポルノグラフィ』のラストでは、それまで登場していた年老いた女性が同時多発テロによって帰宅難民になってしまったかをほのめかすテキストが表示され、『レイジ』の冒頭ではイギリスのとある都市での2015年の大晦日であると場所と日時を指定することでイメージをつけやすくしている。

次に舞台照明について。『ポルノグラフィ』と『レイジ』でまるで対照的な照明演出が施されていた。
まず『ポルノグラフィ』については、全体的に暗い照明演出で役者にだけ青白い照明がほんのり与えられているようなそんな照明だった。物語序盤のステージの窪地に役者がひしめき合っているところに白く照明が当てられているのもなんか不気味さを感じさせられて良かった。
また最後の竹下景子さんの年老いた女性のモノローグのシーンでは、わずかに明るめな照明でステージを照らしていたのも印象的だった。
一方で、『レイジ』になると舞台照明は一気に明るくなる。大晦日で年越しムードもあってか夜のお祭り気分といった照明に感じられた。客席明かりもつけられていて、ずっと劇場の空間は明るい印象だった。だからこそあまり『レイジ』は没入出来なかったのだが。

次に舞台音響について。
『ポルノグラフィ』は地下鉄と思しき「ゴー」という音が非常に良かった。冒頭のシーンと場面転換する度に劇場から湧き上がってくるかのように聞こえる地下鉄が通過するような音が、今作のテーマの地下鉄でもありこれからシリアスなことが起こることを暗示する音のようにも聞こえて良かった。
そして場面転換だけでなく、モノローグや二人芝居のシーンでもわずかに「ゴー」という音が響いており、この時代の暗い感じの日常を表現していると思う。差別や移民問題、そしていつテロが起こるか分からない脅威に晒されている日常に相応しいと感じた。
『レイジ』では、ずっとガヤのような音声がなっていた。大晦日で世間が浮かれている喧騒がずっと聞こえてくる感じが、まるで私たちをその時代の世界へ誘っているかのようだった。まるで私たちは2015年の大晦日のイギリスの都市にいるかのような感覚を覚えた。

最後にその他演出について。
『ポルノグラフィ』では、本当に台詞と演技以外の部分で観客を惹きつける演出は全くしていないんだなと感じさせた。たとえば、saraさんと田中亨さんのシーンで、saraさん演じる若い女性が田中さん演じる若い男性に上半身裸になれとか腕立て伏せをしろとか言ってくるが、彼はどちらも実際にはやらずやった体で次のシーンに進んだ。実際にそれをやってしまうとこのテイストの芝居だとそちらに意識が入ってしまう。だからこそあえてやらずに会話劇を楽しむような演出にしたのかなと思う。
ただ、ラストシーンの年老いた女性のシーンでは実際に本物の肉が出てきた。客席前方にいたのでチキンの良い匂いがした。そして竹下さん演じる年老いた女性は実際にそれを食べた。それには深い理由があるんだなと思った。こんな大惨事になってしまった後に被りつける肉は一際美味しいものだからだろうか。
『レイジ』では、台詞を聞かせるというよりも空間を楽しむ作品にフォーカスしていると感じた。客席を使って自分たちはまるでその世界に入り込んだかのような演出になっていたし、天井から地面まで様々な箇所を見渡して楽しめる作品に仕上がっていた。
スマホを穴に向かってぶん投げる演出はパンチが聞いていた。不満の溜まった若者たちの暴力性のようにも感じた。
ただ、あまりにも躍動的なのとものを投げたりするので役者が怪我をしないかだけ心配だった。

写真引用元:ステージナタリー サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」より、「ポルノグラフィ」の様子。(撮影:細野晋司)



【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

開幕回であったにも関わらず、役者さんの演技は完成されていて本当に素晴らしかった。どちらも難解な戯曲なので非常に演技力の試される作品だと感じていたが、この素晴らしい出演者陣によって全く作品の質を損ねることなく上演されていた。
特に印象に残った役者について見ていく。

まずは、『ポルノグラフィ』でテロリストと思しき男性を演じていた亀田佳明さん。亀田さんの演技はゴーチ・ブラザーズ『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)のアラン・チューリング役で感銘を受け、二兎社『パートタイマー・秋子』(2024年1月)でも素晴らしい演技を見て印象に残っている。
今作では、テロリストと思しき役ということでいつもの明るい亀田さんとはトーンが違った。過去二作品では割とお茶目で明るい感じの演技が非常に性に合っていたのだが、今作ではずっと内に邪悪な心を秘めている感じがあって怖かった。声のトーンも低くそれだけで十分に緊張感が伝わってくる。時々台詞の中で見せる世間への恨み、爆破させたいみたいな邪悪な心が垣間見られる時に怖さを感じて、それが凄く良かった。
怖さはたしかに感じるのだが、かといって完全な悪者にずっと見えいているかというとそうでもないように思う。これはきっと、テロリストもロンドンの日常に溶け込んでいる一人の住人でしかないことを示すのだろうと思う。
テロリストが淡々と同時爆破テロで命を失った56人について語るのが印象的だった。そしてその56人について聞くと、本当に多種多様な人々がこのロンドンの地下鉄、バスに乗っていたことを感じさせられる。その台詞の抑揚と話すスピードが非常に観客を上手く引き込ませるベストアクトだったと思う。
個人的には、竹下景子さんがBBQで肉をもらうシーンで登場する男性を演じていた亀田さんも好きだった。脇役でしかない役だけれど、あの冷たい素振りを見せながら認知症の女性に肉を分ける感じがとても好きだった。ロンドンの裕福な家族にはこういう感じの人がいるのだろうなと色々想像してしまった。

次に、『ポルノグラフィ』で男子学生を、『レイジ』では階段の最上段で叫んでいた青年を演じていた古谷陸さん。古谷さんの演技は初めて拝見する。
古谷さんが発する独特のオーラと演技力が多くの観客を惹きつけていたと思う。どこか欲望に渇きがあって、心の中でずっと叫んでいるような演技に感じられた。何かを必死で渇望しているような、そんな演技が魅力的だった。だからこそ、『ポルノグラフィ』での反抗的な男子学生がとてもハマっていたのだと思う。学校に対する反発、オリンピックに対する反発、好きだった彼女であるリサに対する反発、それら全てが痛々しくグレている感じがあって良かった。普段日常においてそんな連中に会うと嫌気が差してしまうが、舞台上だからこそ逆に魅力的に見えるんだよなと思う。
『レイジ』で階段のてっぺんから下に向かってずっと叫び続ける姿にも渇きが見られて引き込まれた。

今作で最も魅力的に感じた役者は、『ポルノグラフィ』でアメリカで先生をやっていた女性を、『レイジ』では警官に拘束される女性を演じた岡本玲さん。岡本さんの演技はゴーチ・ブラザーズ『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)、劇団時間制作『迷子』(2020年11月)で演技を拝見したことがある。
割と客席がステージから近くて間近で演技を観ることが出来たからだと思うが、演技の迫力が凄まじかった。高らかに笑う演技、怒りを露わにする演技、全てにアクセントが効いていて引き込まれた。『ポルノグラフィ』で演じていたのは先生だったと記憶しているが、そんな雰囲気をオーラから感じられる。年配の男性との二人芝居だったが、年配の男性を虜にしてしまうほどの魅力的で知的な印象がそこにあり全く違和感を感じさせなかった。
また、『レイジ』では警官に拘束される女性を演じていたが、その暴れっぷりが本当に凄かった。どういうバックグラウンドの女性なのかよく分からなかったが、生活に不満を抱いていて貧しい様は伝わってくる。その半狂乱ぶりが良かった。

あとは、『ポルノグラフィ』と『レイジ』で年配の男性役を演じた吉見一豊さんも素晴らしかった。
貫禄のある男性なので、たしかに演技をしているだけで存在感もあって見入ってしまう。そして全く違和感ないくらいに台詞が馴染んでいてベテランの俳優ぶりを感じた。

写真引用元:ステージナタリー サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」より、「ポルノグラフィ」の様子。(撮影:細野晋司)



【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは今作の戯曲について考察していこうと思う。

まずは『ポルノグラフィ』について。
2005年7月7日に起きたロンドンの地下鉄バス同時多発テロは、当時私は11歳であったが今作に触れる前からうっすらとニュースで話題になっていた記憶はある。しかし、その前日にロンドンオリンピックが決まったばかりだったというのは初めて知った。オリンピックが決まった矢先にそんなテロが起こってしまったのかと思うとゾッとする。
東京も2021年にオリンピックが開催された。2013年にオリンピック開催が決まった頃は大盛り上がりだったが、その後のエンブレムをめぐる問題や新国立競技場の問題、そして開会式の演出家が軒並み辞退するなど問題になったこともあり、多くの日本人が失望したことであろうと思う。そうだったからこそ、東京でオリンピックは開催すべきでなかったという世論も強まった。
しかしそれは日本だけではなかったのだなということを今作は教えてくれた。まさにロンドンオリンピックの開催が決定した時のロンドンでも、同じような世論が起きていたことを今作を観劇したことで知り衝撃を受けた。
劇中で登場する、過去のオリンピック開催都市では度々暴動が起きていたことを示唆する描写にも心奪われた。モスクワオリンピックも、バルセロナオリンピックも、アトランタオリンピックも欧米でオリンピックが開催された都市の多くで、暴動が起きて警察沙汰になっていることが示されていた。
ロンドンオリンピックは、私の記憶の中では近年のオリンピックの中でも特に成功したオリンピックだと感じていたのだが、開催決定の翌日にこんな事件があったのだと考えると色々恐ろしいなとも思う。

どうしてオリンピック開催国では、このような暴動やテロが発生するのか。その鍵が、この『ポルノグラフィ』で描かれているように思う。
オリンピックは豊かな国の象徴でもある。世界各国のスポーツ選手が集まり、選手村に泊まって競技を行う。そのためには、当然その開催都市がそれが出来るほどの経済力がないと叶わない。そしてそのオリンピック開催のための費用は当然各国の税金によって賄われる。
しかしその都市だって、もちろん裕福な暮らしをしている人もいるだろうがそうではない人々だって沢山いる。そういう貧富の差があるからこそ、こういった暴動を起こしやすいんじゃないかと思う。
『ポルノグラフィ』において、土井ケイトさんが演じるのは一般的な裕福な家庭の妻、古谷陸さんが演じる男子学生は反抗心の強い若者、saraさんと田中亨さん演じるのは夢に破れた若き男女、岡本玲さんと吉見一豊さんが演じるのも一般的な年老いた男性と若い女性、そして亀田さんが演じるのがテロリスト、そして竹下さん演じる年老いた女性は認知症のマダムである。それぞれある程度は一般的な暮らしは出来ているものの、社会に対する不満はどこか抱いていて、それは人種差別だったり移民問題だったりと国際的な問題と絡んでいる。
みんな食品添加物の多い食事で肥えており、iPodを持ち歩いて世界的に見て裕福な生活水準を満喫している人が多いロンドンだったと思う。しかし世界を見渡せば違う、それは限られた国だけが受けられる恩恵である。それに腹を立ててテロが起きるのだと思う。ましてやオリンピックを開催するとなったら尚更だろう。

56人の人がこのテロによって命を落とした。優秀な人もいれば普通の人もいて、亀田さん演じるテロリストと思しき人のモノローグを聞きながら、改めてロンドンという街は様々な人種と文化を持った人々によって構成されていることがよくわかる。
43人目だけ無言で何も語られなかった。43人目は一体どういう人物だったのだろうか。観客に想像力を委ねる一人の人物になるのだろうか。そこにはきっと、私たちが想像した誰かが入ってもおかしくないということを示しているのかもしれない。それだけ、誰もがこのテロの犠牲者になり得たということを示唆するのかもしれない。

次に『レイジ』について考察してみる。
『レイジ』は、写真家のジョエル・グッドマンが2015年、2016年の大晦日のマンチェスターを撮影し、その写真からインスパイアされた作品である。
ジョエル・グッドマンが撮影した写真を私は公演パンフレットで拝見したが、道端で男性たちが寝そべっていて、周囲に警察官がいる光景である。大晦日で浮かれて道端で寝そべってしまっているのだろう。たしかに今作は、そんな写真と描写が重なる。酔っ払って半狂乱になって警察に拘束される光景を描いている。
そこから何を私たちは読み取るのだろう。2015年はたしかに世界は比較的平和だった。イラク戦争は終わったものの、決して戦争がこの世から無くなったとは言い難かった。そして貧富の格差はますます増大していた。その叫びが、そこからは読み取れるのかもしれない。
何も解決した訳でもないのに、世間はそれに目もくれずスマホで撮影して他人事のように思っている。それが一番問題なのかもしれない。

そして2025年を迎える。世界は再び戦争の方向へ向かってしまっている。何も解決されずに残される問題がそこにはあることをこの作品は教えてくれているのだろうか。

写真引用元:ステージナタリー サイモン・スティーヴンス ダブルビル「ポルノグラフィ PORNOGRAPHY / レイジ RAGE」より、「ポルノグラフィ」の様子。(撮影:細野晋司)



↓サイモン・スティーヴンスさん作品


↓亀田佳明さん過去出演作品


↓土井ケイトさん過去出演作品


↓岡本玲さん過去出演作品


↓saraさん過去出演作品


↓田中亨さん過去出演作品


↓吉見一豊さん過去出演作品



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