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ミュージカル 「next to normal」 観劇レビュー 2024/12/30


写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「next to normal」
劇場:シアタークリエ
企画・製作:東宝
音楽:トム・キット
脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー
演出:上田一豪
出演:望海風斗、甲斐翔真、渡辺大輔、小向なる、吉高志音、中河内雅貴
公演期間:12/6〜12/30(東京)、1/5〜1/7(福岡)、1/11〜1/13(兵庫)
上演時間:約2時間35分(途中休憩25分を含む)
作品キーワード:ミュージカル、家族、双極性障害、泣ける
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆


2009年4月にブロードウェイで開幕したミュージカル『next to normal(ネクスト・トゥ・ノーマル:通称N2N)』の日本上演版を観劇。
ブライアン・ヨーキーが脚本・作詞を担当し、トム・キットが音楽を担当する今作は、2008年にオフ・ブロードウェイで誕生したアメリカのロックミュージカルであり、その後2009年にトニー賞11部門にノミネートされて主演女優賞・楽曲賞・編曲賞の3部門を受賞、2010年にはピューリッツァー賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
今作は北米やロンドンでも上演され、日本でも2013年と2022年に上演され、今回で3度目の日本上演となる。
演出は「劇団TipTap」の上田一豪さんが担当し、訳詞は小林香さんが担当している。
私自身、『next to normal』を観劇すること自体初めてである。

物語は、双極性障害を持つダイアナ(望海風斗)という母親を中心とした4人家族の話である。
ダイアナは息子のゲイブ(甲斐翔真)を溺愛していた。
ダイアナには娘のナタリー(小向なる)もいるが、ナタリーはとても成績が良い大学生で変人であることから、あまりダイアナは可愛がっていなかった。
ナタリーも母親の愛情が薄いことに気がつき、学業に精を出しながらピアノのレッスンに通っていた。
一方でダイアナの夫のダン(渡辺大輔)は、精神疾患を抱えるダイアナのことを常に気遣っていた。
そんな中、ナタリーはピアノのレッスン先でヘンリー(吉高志音)という青年と出会う。
最初はヘンリーはナタリーがピアノのレッスンをしている最中に話しかけたりして迷惑に感じていたが、徐々に打ち解けあっていく。
そんな二人の様子を羨ましそうに見つめるダイアナ、ついにナタリーは自宅にヘンリーを呼んでダイアナたち家族に挨拶をするのだが...という話。

事前にあらすじには目を通しておいたものの、楽曲をしっかり聞き込んでいた訳ではなく、精神疾患を題材にしたロックミュージカルという情報だけを持ってして観劇に臨んだ。
個人的には、ロックミュージカルといえど『RENT』ほどロック色が強い訳ではなく楽曲は割と優しめのものが多かった印象で意外だった。

私は楽曲以上に脚本の素晴らしさに心打たれた。
双極性障害という精神疾患に悩まされるダイアナと、そんな家族を真摯に支えようとする夫のダンの愛情がとても好きだった。
しかし、息子のことばかりを思うダイアナに好かれず、家族外で居場所を探そうとするナタリーの物語にも心動かされた。
双極性障害という精神疾患に振り回され、家族が崩壊していってしまう様は涙なしでは観ることが出来ない。
そして、こんな病気を持った方がこの広い世界にはいるのだと社会問題も突きつけられる点に、今作をミュージカルとして上演する意義もあると思う。

舞台演出や世界観も素晴らしかった。
ダイアナの家である2階建て一軒家の舞台装置がステージ上にそびえ立ち、その家が回転することによってダイアナの精神不乱や家族の崩壊を象徴している演出で素晴らしかった。
全体的に舞台照明は紫色で表現されることが多く、それは精神疾患に悩まされる暗い感情を表す色なのかなとも思うが、そんな暗い中で赤や白といった衣装を着たダイアナが非常に目立ち、彼女の生きる力強さを感じた。
さらに舞台照明も、ネオンのような現代的な照明が印象的である点と、特に医師のドクター・マッデン(中河内雅貴)の登場シーンのロックミュージカルらしい照明演出は、今まで観たミュージカルにはあまりない演出で新規性にも富んでいた。

そしてなんといっても出演者たちの演技と歌声が素晴らしかった。
ダイアナ役を演じた望海風斗さんは本当に力強く、ここまで強くないと双極性障害を抱えたまま生き続けるのは難しいだろうというくらい説得力があった。
度重なる手術や治療も望海さん演じるダイアナだからこそ耐えられるのではないかと思ってしまうくらいハマり役だった。
また、息子のゲイブ役を演じる甲斐翔真さんも、あそこまで体格はがっしりしているのに、歌声はとても繊細でそのギャップが非常に良かった。
そして、娘のナタリー役を演じた小向なるさんには感情移入してしまうくらい人を惹きつける魅力があった。
最初はヘンリーに対して心を閉ざしていたナタリーが徐々に心開いていく感じも見応えがあって素敵だった。

ピューリッツアー賞まで輝いたブロードウェイミュージカルの名作を観劇出来て感無量である。
また、新たなミュージカルのジャンルを体験出来たという点でも良い観劇体験になった。
間違いなく泣けるミュージカルの定番だと思うので、多くの人に届いて欲しい。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「next to normal」より。


↓紹介動画




【鑑賞動機】

2022年に『next to normal』の存在を知り観たいと思っていたのだが、チケットがすぐに完売してしまって観劇することが出来なかった。しかし、今回再上演されることが決まったので、今度こそ観劇したいと思いチケットを購入した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ダイアナ(望海風斗)は4人家族の母親である。ダイアナには、溺愛している息子のゲイブ(甲斐翔真)がいた。一方で、ダイアナには息子だけでなく娘のナタリー(小向なる)もいたが、ナタリーは成績優秀で天才だけれど変人で、あまりダイアナはナタリーのことをよく思っていなかった。ナタリーはピアノのレッスンをしに家を出てしまう。
ダイアナは精神疾患を患っていた。双極性障害を持っていて薬を処方している。夫のダン(渡辺大輔)は、そんなダイアナを心配していつも気にかけている。ダイアナは朝食時に張り切って食卓にサンドウィッチを並べようとするが、張り切りすぎてめちゃくちゃにしてしまう。

ナタリーはピアノのレッスンをしていた。そこへヘンリー(吉高志音)という青年がやってくる。ヘンリーはナタリーのピアノを聞いてナタリーに話かけ口説こうとする。しかしナタリーはなかなかヘンリーに心を開いてくれない。しかし諦めないヘンリーは、ナタリーと頻繁に接触していく。ナタリーは、母親のダイアナからあまり愛情を受けていないこと、家族よりも家族外で居場所を求めていることなど口にする。
ダイアナは病院へ行く。ドクター・ファイン(中河内雅貴)という医者から薬を処方されるが副作用があるものばかりでダイアナの体に合っていないようだった。
ダイアナは自宅の中から、ナタリーとヘンリーが仲睦まじそうな様子を見て、自分の若い頃のダンと出会った時のことを思い出す。ダイアナは娘のヘンリーを羨ましく思う。
ダイアナは自宅の棚に沢山の薬があり、そこからいつも薬を摂取していた。しかし、そこにゲイブが現れて薬を捨てるようにそそのかし、ダイアナは薬を飲まずに捨てるようになってしまう。

ナタリーはヘンリーを自宅に呼ぶことになる。ヘンリーをダンやダイアナに紹介するためである。食卓には、ナタリー、ヘンリー、ダイアナ、ダン、そしてゲイブがいる。しかし椅子は4つしかない。椅子には、ナタリー、ヘンリー、ダン、ゲイブが座っている。
家族で楽しく食事をしていると、急に照明が消えて真っ暗になる。ダイアナが、今日は誰の誕生日でしょうか?と言う。ゲイブの誕生日でしたと言って、ゲイブの前にバースデーケーキを置く。ヘンリーは困惑する。ダンは優しくダイアナに語りかける。ゲイブは16年前に亡くなってしまったことを。ダイアナは、自分がずっと見ていたゲイブの存在が幻覚であったことを知りショックを受ける。

ダイアナは主治医を変えることにする。ダンはダイアナに言う。良い医者を見つけることは、結婚と一緒だと。
ダイアナは、ドクター・マッデン(中河内雅貴)と出会う。ダイアナは、最初はドクター・マッデンと出会った時は恐る恐る彼の指示に従っていて緊張していたが、椅子に座った途端に照明演出と音響演出の豪華さに打ちひしがれる。
ダイアナはドクター・マッデンの診断を受けて、催眠治療法が良いのではないかと提案される。ダイアナは家から変えると、ダンと一緒にその催眠治療法を受けにドクター・マッデンの元に通うことになる。ダンはとてもダイアナのことを心配していて、彼女の元につきっきりだった。そしていよいよダイアナは催眠治療法を受けるために入院することになる。ダンもかたわらで見守っている。
一方で、ナタリーはピアノの発表会の本番を迎えようとしていた。それはダイアナの手術の日と同じ日。ナタリーは自分のピアノの発表会に両親の姿がないことを知り絶望すると共に、両親に恨みを抱く。ヘンリーがやってきてナタリーのピアノの発表会を聞く。
しかし、ナタリーのピアノの発表会でミスを連発してしまい凹む。ナタリーは精神不乱になってしまい、ダイアナが飲まなくなった薬を飲んでしまう。

ダイアナは睡眠治療法を受けるも、自宅で自殺未遂をしてしまう。ダイアナはドクター・マッデンに相談し、最後の治療の選択肢だと言って電気けいれん療法(ECT)を提案される。ダイアナはECTを受けることにする。
ECTを受ける直前、ダイアナの前にゲイブが現れる。自分のことを決して忘れることは出来ないと。

ここで幕間に入る。

ダイアナはECTを受ける。ベッドに横になりドクター・マッデンの元、ECTを受けるダイアナ。そしてそれを見守るダン。
ダイアナはECTを受け終えて目を覚ます。しかし何も覚えていない。ダンは自分が主人であることを思い出させて一緒に帰宅する。
一方、ナタリーは頻繁にクラブに行くようになっていた。ヘンリーはナタリーに付き添っていたが、以前はそんな様子ではなかったので、その変わり映えに困惑している。
自宅にダイアナとダンで帰宅する。そしてナタリーも帰宅している。しかしダイアナはナタリーのことを全く覚えていなかった。ナタリーは最悪だとダイアナのことを嫌う。
ダンは今までの家族の写真をダイアナに見せる。ダイアナとダンが結婚した時の写真、この家を建てた時の写真、そしてナタリーが生まれた時の写真。もちろん、ダンはゲイブのことについては思い出して欲しくなかったため見せなかった。徐々にダイアナは記憶を取り戻していく。
隅でゲイブは暗く身を潜めるかのように立っている。

ある時、ダイアナは収納から一つの箱を見つけてしまう。そこにはオルゴールが入っていた。そのオルゴールは、ダイアナが赤子のゲイブを寝かしつける時に使っていたオルゴールだった。
ダイアナはそこで、自分に息子がいたことを思い出してしまう。そこから、ゲイブの存在。そして自分がゲイブが8ヶ月で亡くなってしまったことを機に双極性障害になってしまったことを思い出してしまう。
ダイアナは発狂する。ダンは頭を抱える。ダンもこれ以上ダイアナに苦しめられるのは限界になってきていてダイアナとダンで喧嘩を始めてしまう。その横には、真っ赤な衣装を着たゲイブが立っていた。
ダイアナとダンの二人が大喧嘩する様子を見ていたナタリーは、自分はブルーのドレスに着替えてヘンリーと会う。そして二人で音楽に合わせてダンスを踊る。

ダイアナは荷物をまとめて家を出ていく格好をしている。ダンは食卓に座って疲労困憊しているようだった。ダイアナは、もうこれ以上ダンに迷惑をかけたくないと思いこの家を出ていく決断をしたようである。
ダンは引き止めずダイアナを見送る。ダンの元にゲイブが現れてダンを抱きしめる。
ナタリーとヘンリーは結ばれてケーキを囲んでいる。そこにダンもいる。ナタリーとヘンリーを祝福する。ここで上演は終了する。

こんなに重い脚本のミュージカルを初めて観たのだが、それでもこれだけミュージカルとして成立するのだと驚いた。精神疾患患者を扱っていて、最後は家族もバラバラになってしまう。決してハッピーエンドではないのだけれど、ミュージカルとして観やすく仕上がっていて、そこまで作品全体に重い感じが伝わってこないのが印象的で素晴らしかった。こういった題材を傑作ミュージカルとして描けるというある種の成功事例なんじゃないかと思う。
非常に物語性が強く、今作で描かれるシチュエーション一つ一つに涙が出てきた。ダンがダイアナに家族のことについて写真を並べながら思い出させるシーンや、ダイアナがゲイブを寝かしつけるために使っていたオルゴールを見つけてしまうシーンは涙なしには観ることが出来ない。その物語の残酷性にグッと胸を掴まれた。
ダイアナに振り回されてナタリーまで半狂乱になってしまうのも見ていて苦しかった。それは家族外に居場所を求めるよなと思う。成績優秀な学生が、家族のことに振り回されて失敗し、クラブに通うようになってしまうのは心苦しかった。しかしヘンリーという男性に出会えて、彼女はこれから幸せな人生を歩んでいけるんじゃないかと思えるラストで救われた。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「next to normal」より。


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

シンプルな2階建ての一軒家の舞台セットとそれを回転させる機構、そしてネオンのような現代的な舞台照明といった演出が近年のブロードウェイミュージカルを象徴しているような感じで素晴らしい世界観だった。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順で見ていくことにする。

まずは舞台装置から。
ステージ一面にダイアナたち家族の2階建て一軒家を模した舞台セットがそびえ立っている。ステージ中央はダイニングテーブルと椅子が4つありリビングになっている。そしてその横には階段があって、それを登っていくと2階に行ける。2階には棚がいくつか置かれていて、そこにはダイアナの薬が仕舞われている。ダイアナは、この薬を取り出して捨てるシーンがあったり、ナタリーがこの薬に手を出してしまったりする。
2階の下手側はナタリーのピアノのレッスン場になっていて、そこにはピアノが置かれていて、ナタリーがピアノを弾く。そこにヘンリーが現れて口説いたりする。
2階上手側はクラブがあるエリアとされていて、実際にクラブはないけれどネオンが光り輝いている。ナタリーがクラブによく通い始めたシーンで使用されていた。
また、一軒家2階建ての家を模したステージは回転できるような作りになっている。装置が回転することによって、階段を登っているシーンを客席から見えやすくしたり、そのシーンによってどんな光景を見せたいかによって上手く回転させることで演出していたように思う。役者陣は、舞台が回転する中舞台上を移動したりしなければで結構大変そうだなと思いながら観ていた。
また、ステージの両隅や天井から見えていたのは、ダイアナたちが住む家の輪郭で、この輪郭は天井から吊り下げられていて形を変えることができた。自宅でのシーンはこの輪郭が活用されていたし、そうでないシーンではこの輪郭が形を変えて小さくなって別のものに変わっていた。こういうちょっとしたユニークなギミック演出があって素晴らしかった。
あとは、ステージ1階部分は、ダイアナの自宅になるとダイニングテーブルが置かれるが、病院のシーンではキャスター椅子が置かれたり、治療のシーンではベッドが置かれたりと物の移動も多く、それらがスムーズに転換されていた。
全体的に「ナイロン100℃」のようにガッツリ舞台装置を作り込んで上演という形ではなく、骨格だけ用意して抽象度を上げた舞台セットにする感じを窺えて非常に良いなと思った。そしてどこか現代の海外ミュージカルらしい舞台セットの印象を感じた。

次に衣装について。割と役者さんの着替えも多くて衣装もシーンによって変わっていったので見応えがあった。
ダイアナの衣装は、序盤では真っ赤なドレスを中に着ていて、それはまるで双極性障害という精神疾患と戦っている強き女性といった印象を持った。そしてその赤さは、亡くなった息子ゲイブに対する愛情でもあるのかなと思った。ゲイブと真っ赤なドレスで踊る姿も印象的だった。そこからダイアナは治療をして白い衣装に切り替わっていく。治療で記憶を無くしたことで真っ白になるというイメージなのだろうか。
またゲイブも衣装の色を切り替えていた。最初はゲイブは青い衣装を着ていた。そのためダイアナの赤とゲイブの青というコントラストが印象的だった。そこから、終盤にはゲイブは赤い衣装に切り替わる。真っ赤なTシャツでダンを抱きしめる姿がとても印象的だった。ダイアナはゲイブとの記憶を思い出してしまい発狂した時、どうしてゲイブは真っ赤なTシャツになったのだろう。それはダイアナに対する思いの厚さなのだろうか。
またナタリーが最後にブルーのドレスに着替える演出も素晴らしかった。それまではずっと地味な衣装で、ひたすらにピアノの練習や学業にしか力を入れていなかった。しかし、ナタリーがヘンリーに心を打ち明けて、彼と一緒に結婚することを決意する意味での青色には凄く心打たれた。そこにはナタリーの心の解放もあるなと思った。ずっと家族間ではあまり娘として相手にされなくて苦しんでいた。しかし、ヘンリーという人に出会えたことで居場所が見つかった。新しい家族を持ちたいと思うようになった。その感情を表した青でとても素敵だった。

次に舞台照明について。今作の舞台照明は非常に凝っていて、色んなシーンで見所があった。
まずは全体的に紫色を基調にした舞台照明で、その色合いからはどことなく重い感じが立ち込めていた。今作のテーマ的にこの紫色の重さは非常にマッチしていると感じた。
そして、そういった紫色を基調とした照明演出だからこそ、派手な照明が非常に目立って感じた。例えば、ダイアナが初めてドクター・マッデンと面会するシーンで、ロックミュージシャンの登場のような格好良い舞台音響・照明演出があった。照明はまるで電球のようなものが沢山チカチカと点滅して、その後に黄色く眩い照明がガバッと客席の方に強い光量で向けられる。その演出がとても格好よく目立っていて良かった。その上、この演出自体もロックミュージカルだからこそ取り入れられる演出で新規性があって好きだった。
また、舞台装置にはネオンを感じさせる照明が取り入れられていた。白色や青色、緑色といった蛍光色に舞台セットが光り輝いていて現代風の舞台装置に見えた。エンタメ性の強い照明演出だった。
あとは、役者たちを白くスポットで当てる演出も多くて、沢山の照明が吊り込まれているんだなとか、照明を操作するのも大変そうだなと思っていた。

次に舞台音響について。ミュージカルなのでここでは楽曲について触れる。
ロックミュージカルではあれど、全体的にバラードというか穏やかな曲調の楽曲が多かったように思えた。もちろんシーンによっては激しい楽曲もあったのだが、思ったより落ち着きのある曲が多くて意外だった。だからこそ、あまり耳に残る楽曲は少ないように思えた。強いて上げるならオープニングの『Just Another Day』くらいだろうか。そのくらいしか印象には残らなかった。
『RENT』もロックミュージカルだが、『RENT』と違って今作はドラムやベースをそこまで利かせている感じはなく、『RENT』よりも癖が強くないので多くの観客に受け入れてもらいやすいミュージカルになっていると感じた。
また、途中でナタリーのピアノのレッスンの音楽が入ってくるのも好きだった。ピアノだけのシーン。そこで音楽自体のボリュームも下がって静かなシーンが作り上げられるのでバランスも良かった。
基本的に、どのシーンにも音楽はかかっていて音楽のないシーンはほとんどなかった印象である。物語性の強い作品なので、もちろん役者が歌っていないシーンはあるのだが、そういうシーンでも音楽は何かしら演奏されていた。

最後にその他演出について。
ゲイブが実は存在せずダイアナの幻覚だったというのは、ストーリーを事前に知らない人は、あの誕生日ケーキのシーンまで気が付かないだろうなと思う。実は椅子が4つしかなかったり、ゲイブに話しかけているのはダイアナだけだったりとよく見ると細かい演出が計算されて作られている。けれど多分物語初見だと分かりにくいと思う、だからこそ、あの誕生日ケーキのシーンは印象的になるはずである。
ダイアナが薬を捨ててしまうシーンは、分かりやすくオーバーな演出をしていたなと思う。薬の錠剤も大きく、それをゴミ箱みたいなものに流し込んでいる動作もステージに向かって大きくやっているので、後方席に座っていた私でもよく分かった。それに錠剤がゴミ箱に入っていく時の音も結構大きく鳴るように出来ていて、ちゃんとゴミ箱に捨てられているなと遠くからも分かる演出の工夫が素晴らしかった。
あとは、2階建てのセットを上手く活用した演出も沢山あって良かった。例えば、2階にいるダイアナが1階にいるナタリーとヘンリーの睦まじさを見て羨ましく思うシーンなどは高低差を活かした演出だと思う。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「next to normal」より。


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

2022年に上演された『ネクスト・トゥ・ノーマル』から出演されている方もいれば、今回の上演で初めてキャスティングされた方もいらっしゃったが、皆演技も歌も素晴らしかった。出演者が少ないので一人当たりの台詞量や歌も多かったと思うが見事に熟されていた。
特に印象に残った役者について見ていく。

まずは、ダイアナ役を演じた望海風斗さん。宝塚歌劇団トップスターでもある望海さんは2022年の『ネクスト・トゥ・ノーマル』からダイアナ役を続投されている。私は望海さんの演技を拝見すること自体も初めて。
本当に望海さんのダイアナは力強くて素晴らしかった。ここまでの精神疾患を患った方が16年間も生き続けられるなんて、望海さん演じるダイアナのような力強い女性でないと難しいよなと思ってしまい説得力があった。そして真っ赤なドレスがとても似合っていて、その生きることへの情熱と力強さに打ちひしがれた。歌に関しても歌声が力強くて素敵だった。
ダイアナはゲイブのことをずっと忘れられなかった。娘のナタリーにとっては酷い母親かもしれないが、それは最初に産んだ子供が8ヶ月で亡くなってしまって、その記憶は大変ショッキングなものだろう。息子が生きているという幻覚を抱かないと生きていけないという気持ちもよく分かる。
精神疾患は治さないといけないものなのだろうかとさえダイアナを見ていると思えてくる。ダイアナの中ではゲイブは生きていることにさせてあげたい。周囲の人たちはそれを容認してほしい。そうでないと彼女を保てないと思う。
全ての記憶を失って、オルゴールによって再度ゲイブのことを思い出してしまった時、いったいどんな苦痛が彼女を襲ったのだろうか。
そして、最終的にはダンなどの家族の元を離れなければならなくなった苦渋の決断、非常に涙をそそられる。
そんな難役を力強くこなしていて望海さんは素晴らしかった。

次に、ゲイブ役を演じた甲斐翔真さん。甲斐さんも2022年版の『ネクスト・トゥ・ノーマル』からゲイブを続投で、甲斐さんの演技はミュージカル『RENT』(2023年3月)、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』(2021年5月)などで演技を拝見している。
あんな逞しい体格をしていて歌声がとても繊細で清らかで、そのギャップが本当に素晴らしかった。いつもは甲斐さんはもっと力強い役を演じることが多く熱い感じのイメージを持っていたが、今作では甲斐さんが演技として持っている繊細さが全面に押し出されたものとなっていた。
ゲイブの場合は、別に堅いが良くなくても良い。そしてゲイブは死んでしまってもいるので、その堅いの良さでダイアナの幻覚を演じなければならない。つまりゲイブのビジュアル自体ダイアナが作り出している妄想なのである。こういう息子に育っていたら良いなという妄想である。だからこそ逞しいのかなと思う。きっとダイアナの中では、筋骨隆々で逞しい息子が欲しかったのだと思う。たしかに望海さんが演じるダイアナであったら、甲斐さんのような逞しい息子ゲイブが欲しくなるかもなとイメージできた。
ダイアナが誰をやるかとゲイブが誰をやるかは非常にリンクしている気がする。この配役が全く違ったら全く違うN2Nになるに違いない。

今作で一番好きだったのは、ナタリー役を演じた小向なるさん。小向さんは今回の『ネクスト・トゥ・ノーマル』で初めて今作にキャスティングされた。小向さんはミュージカル『この世界の片隅に』(2024年5月)で演技を拝見したことがある。
個人的にはナタリーに感情移入出来る部分が多くて、ずっと彼女の言動を追ってしまっていた。母親から愛されないのは辛いものである、ずっとダイアナは亡くなった息子のことを引きずっていて自分のことを見てくれない。だからこそ家族以外に居場所を求めてしまうのは凄く良く分かった。
ナタリーは最初はヘンリーに心を打ち明けなかった。家族にもあまり愛されなかったので、きっと人間に好かれるという経験をあまりして来なかったのかもしれない。だから誰かを信頼する、人を好きになるという自分が想像できなかったのではないかと思った。
そこから徐々に心を開いてヘンリーと結婚に至るのがとても良かったし、今作の一番の感動ポイントであった。ダイアナとダンはあのような結果になってしまったが、ヘンリーとナタリーはこれから幸せな家庭を築いていくという希望を感じる。
そんな素晴らしい役を小向さんは見事に演じ切っていた。今後の活躍に期待したい。

また、主人のダン役の渡辺大輔さんも素晴らしかった。渡辺さんも2022年版の『ネクスト・トゥ・ノーマル』から続投だったが、演技を拝見するのは初めて。
渡辺さん演じるダンは非常に落ち着きがあって歌も安定感のあるダンだった。確かにダンに頼れば大丈夫そうだという安心感も感じさせてくれる。
しかし、ラストはダンも疲弊してしまった。あの時の疲弊したダンの表情は忘れられない。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「next to normal」より。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作の脚本について考察しながら家族について考えていく。

ここ最近は、精神疾患を題材にした作品や家族を題材にした作品を多く観劇しているように感じる。テーマとして扱われやすいものだと思うが、それでもこの12月は偶然にもそういった作品の観劇が多かった。
先日拝見した贅沢貧乏『おわるのをまっている』(2024年12月)はうつ病で休職中の女性を主人公にした物語であった。今作と同じく精神疾患を患った人を主人公に据えたお話で、幻覚とかその辺りが劇中に描かれる点では共通している。
そして家族を扱った作品は、特にここ数ヶ月で沢山観劇が重なったように思う。前回観劇したハイバイ『て』(2024年12月)もそうであったし、演劇ユニット鵺的『おまえの血は汚れているか』(2024年10月)やかるがも団地『三ノ輪の三姉妹』(2024年8月)もそうであった。どの作品にも共通するのが、家族間の人間関係の歪みである。そこをどう脚本に落とすかに違いはあるが。

かつて映画『世界にひとつのプレイブック』という作品を観たことがあった。この映画に登場する人物も、双極性障害に悩まされる人々を描いている。
双極性障害とは、躁状態とうつ状態の2つの状態を繰り返す精神疾患で、急に気分が高揚したり落ち込んだりの気分の浮き沈みが激しい病気というイメージである。『世界にひとつのプレイブック』では、この躁状態の時に突飛な行動を起こしてしまう主人公をコメディチックに描いているが、その当時はそんな病気が本当にあるんだなと驚いたものだった。だから双極性障害についても記憶していた。
そして今作でも双極性障害を患ったダイアナを描いている。テーブルにサンドウィッチを広げてめちゃめちゃにしてしまったり、幻覚が見えたりとコメディチックには描いていなかったが、異常な行動をしていることは窺える。

精神疾患には、うつ病、双極性障害、統合失調症といった病気がある。うつ病はずっと気分が落ち込んでる状態で気分が良くなったりテンションが上がることはない。一方で双極性障害というのは、うつの状態と気分が高まって躁の状態の2パターンを繰り返す精神疾患で、浮き沈みが激しい。
また双極性障害の場合は、うつ状態でも躁状態でもない平常な状態も存在するが、統合失調症はそんな正常な状態はなく2つのパターンのいずれかをずっと繰り返している状態を指すという。
そして妄想や幻覚が見えるのは、これら精神疾患の末期の症状で、ダイアナもゲイブが見えていたということは、だいぶ重度の症状を持っていたことが分かる。

家族にこういった精神疾患を患った患者がいる状況について考えさせられた。
同じ家族に精神疾患の患者がいたら、ずっとその看病や見舞いをしていかないといけない。まさにダンはそうだった。必死にダイアナに結婚当時の写真を見せたり、ナタリーが生まれた時のことを語った。そしてダン自身もゲイブが亡くなってしまったことを辛く思っていると思うけれど、ダイアナの治療をするためには忘れなければいけなかった。
そんな努力が報われる訳ではない。ダイアナの病状は良くなったかと思えば、オルゴールを出してきて思い出してしまいさらに悪化してしまう。ダンが疲労困憊してしまうのも分かる。
改めて、精神疾患患者を支える家族って凄いなというのを思い知った。家族だからという理由でそれだけのことが自分には出来るのか、自信がなかった。
ナタリーも可哀想だった。きっとちゃんとした母親に育てられたかったと思う。ヘンリーと結婚して、自分が母親からの愛情を受けられなかったが、子供にはその分自分がされなかったことを尽くしてあげて欲しいなと思う。

精神疾患は家族をも崩壊させてしまう。恐ろしいものだなと思った。
そしてなかなか世間一般的には分かってもらえない。それがどんなに苦しいものなのか、それは知識として知っていないと分からない。
だからこそ今作を観劇することで知ることが出来て良かったなと思う。

写真引用元:ステージナタリー ミュージカル「next to normal」より。


↓甲斐翔真さん過去出演作品


↓小向なるさん過去出演作品


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