舞台 「関数ドミノ」 観劇レビュー 2022/06/03
公演タイトル:「関数ドミノ」
劇場:東京芸術劇場 シアターイースト
劇団・企画:イキウメ
作・演出:前川知大
出演:浜田信也、安井順平、盛隆二、森下創、大窪人衛、温水洋一、小野ゆり子、太田緑ロランス、川嶋由莉
公演期間:5/17〜6/12(東京)、6/18〜6/19(大阪)、6/25(愛知)
上演時間:約120分
作品キーワード:会話劇、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
前川知大さんが主宰する劇団「イキウメ」を初観劇。
今回観劇した「関数ドミノ」は2005年に初演の「イキウメ」の代表作であり、劇団としても劇団以外でも何度も上演されている非常に人気のある戯曲である。
今作は再演ではあるものの、2022年版として前川さんが今の「イキウメ」の演出でブラッシュアップして臨んだ舞台作品である。
「スーパーマンは実在する、しかもそれは日本人だ。」という強烈なキャッチコピーに惹かれたこと、「イキウメ」という劇団も以前から耳にしていていつか観劇したいと思っていたので観劇することにした。
物語は、見通しの悪い交差点で起きた不可解な事故から始まる。
車の運転手は路上で歩行者を発見するが既に停車出来ずそのまま突っ込んでいったが、まるで歩行者と車の間に透明な壁でもあったかのように、歩行者は無傷で、車の方だけが損傷して助手席に乗っていた女子高校生が重傷を負った。
真壁薫(安井順平)はこの事故を目撃し、他の目撃者の一人が起こした奇跡によるものだと主張する。
それが「ドミノ幻想」というもので、その目撃者(ドミノ)中心に世界は動いており、彼の願ったことは全て現実となる、つまりスーパーマンなのだと言うのである。
真壁はこの「ドミノ幻想」を実証するべく仮説検証に動いていくというもの。
難解そうな物語に見えるのだが、非常にこの作品が訴えたいメッセージはわかりやすく、多くの観客に刺さる内容だったのではないかと思う。
非常に脚本としてよく出来ており、まるで上記のあらすじからどんな物語が展開されるのか想像もつかなかったが、120分間一瞬も飽きさせることなく、まるでミステリー作品のように次の展開が気になるハラハラさせるストーリーに大満足だった。
あまり書くとネタバレになってしまいそうだが、どうしても人間というものは、人生上手くいかなかったりすると、その理由を何か別のせいにしたくなりがちである。
運が悪かった、周りが優秀過ぎたなどと。
でも別のせいにしたところで、自分がその後成功する訳でもない。そうではなくて、初心を忘れずに夢に向かって頑張り続けることこそが、紛れもなく自分が成功出来る近道、そしてドミノになれることなんだと教えてくれた気がして、凄く元気を貰えた舞台作品だった。
舞台上にはほとんど大道具はないのに、あれだけシチュエーションがしっかりと伝わってくる演出力も見事だった。
そしてキャスト陣はほぼ全員初見だったが、登場人物全員が個性豊かで深堀りされているからこそ、人間模様も相まって面白かった。
勿論、演技も素晴らしかった。
これでまたお気に入りの劇団が一つ増えた。
多くの人に観て欲しい一作だった。
【鑑賞動機】
「スーパーマンは実在する、しかもそれは日本人だ。」という強烈なキャッチコピーに惹かれたことと、劇団「イキウメ」はかねてからずっと観劇したいと思っていた劇団だったから。「関数ドミノ」は調べてみたら劇団としても再演しているだけでなく、2017年に瀬戸康史さんを主演に迎えて本多劇場で上演するなど、プロデュース公演でも上演されるくらいの名作だったので、これはきっと本家の「イキウメ」が上演したら絶対面白いだろうと思い、観劇に至った。期待値は高め。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
真壁薫(安井順平)が独白を始める。
スーパーマンは実在する、しかもそれは日本人だ。金輪総合病院前、見通しの悪い交差点で事故は起きた。横断歩道を渡っている男に向かって、交差点を曲がってきた車が突っ込んできた。しかし、横断歩道を渡っている男は無傷で車だけが損傷し、運転手は軽症、助手席に乗っていた女子高校生は意識不明の重症となった。この時、まるで歩行者と車の間には透明な壁があったかのように歩行者は守られた。
これは一見非常に不可解な現象である。しかし、もし仮にスーパーマンが実在していて、その歩行者を守ったと考えれば説明はつく。そしてこの仮説を裏付けるかのような出来事が起きていく。
真壁は、この不可解な交通事故の当事者と目撃者を紹介していく。新田直樹(森下創)は、事故の当事者で車の運転手、事故によって軽傷を負った。左門陽一(大窪人衛)も事故の当事者であり、横断歩道を渡っていて車にぶつかりそうになったが、不可解なことに無傷だった。左門森魚(浜田信也)は左門陽一の兄であり事故の目撃者、予備校講師をやっている。大野つかさ(小野ゆり子)も目撃者であり精神科医、病院から事故を目撃していた。澤村美樹(太田緑ロランス)も病院から目撃していた看護師。土呂弘光(盛隆二)も目撃者であり、歩道橋から見下ろすように事故を一番良く目撃していた。平岡泉(川嶋由莉)も目撃者で会社員であり、大きな音がしてから事故があったと気がついた。
事故の当事者と目撃者が全員集められ、新田が運転する車の助手席に乗っていた娘の保険適用のために事故の真相を明らかにしようと、横道赤彦(温水洋一)という保険調査員がやってきた。横道は彼らに事故のことについて質問しながら理解を深めていく。
彼らの話では、病院前の見通しの悪い交差点は以前から視界が悪い場所だとドライバーも嫌がっていた交差点だった。交差点の端には屋根付きのバス停が存在していて、その影になってしまって曲がり角が見えづらかった。今回も新田が運転する車が曲がる時、バス停の影になってしまって左門陽一が見えなかったため、気づいた時には既に停車させることは出来なかった。
一方左門陽一は事故直前に横断歩道の中央で立ち止まっていた。なぜなら、ちょうど彼が被っていた帽子が風で飛ばされてそちらに意識を向けていたからだった。
目撃者は全員、左門陽一と車がぶつかる寸前で、大きな物音を聞いていた。まるでその間には透明な壁でもあったかのように、それによって車は損傷して新田は軽傷を、助手席の新田の娘は重傷を負った。
結局目撃者たちに事故について詳しく聞き出しても、透明な壁があったかのようだったということしか分からず、これでは結局事故の真相は分からないままで保険は適用できないと横道は言う。新田はそれでは困ると懇願する。娘は勉強を真面目に頑張っていて大学受験も控えていて将来が楽しみだから、なんとか救ってあげたいのだと。
しかし横道は事故の真相がわからないと難しいと言い、こういった不可解な交通事故というのは度々発生するものなのだ、こんなに多くの目撃者が不可解な現象を見たというのは稀だがと言う。
これにて保険調査員による尋問は終わり、左門兄弟、平泉、そして大野は仕事やら他の用事があるのでと帰ってしまう。大野は真壁に「また連絡してね」と伝える。どうやら真壁と大野は知り合いだったようだ。
真壁、新田、澤村、土呂、横道がその場に残る。そこで真壁は、この不可解な交通事故は兄の左門森魚が怪しいのではないかと言う。左門森魚は、左門陽一と車がぶつかろうとする直前、ずっと弟の方も見て叫んでいた。その時、左門森魚が弟を守りたいという強い信念が、あの透明な壁を作り出したのではないかと言う。
そして真壁は続ける、これはあくまで仮定でしかないが、左門森魚は何か特別な力を持った奇跡を起こせる人物で、本人はその自覚はない。だから果たして彼は本当に奇跡を起こす特別な人間なのかを検証したいのだと言う。左門森魚は予備校講師をやっていて、ネットで自身が書いた書籍もそれなりに読まれていた。彼には何か天が味方しているような力が備わっているに違いないと。
この真壁のあまりにも突飛な発想に、周囲の人間は誰も本気にしなかった。土呂は自身がHIVに感染していて、まだエイズにはなっていないがこれから発病する可能性があるのだと言う。そこで真壁は、土呂を左門森魚に近づけて親密になってもらい、果たして左門森魚が土呂のHIVを治すことが出来るのかを検証したいと言い出す。土呂はHIVを克服したいという一心から、この検証に同意する。
左門陽一は何やら待ち合わせをしているようである。そこへ兄の左門森魚が現れる。森魚が陽一に何をしているか尋ねると、陽一はこの前の事故の保険調査で知り合った平岡泉とのデートの待ち合わせなのだと言う。森魚は嬉しそうに上手くいくことを願う。平岡がやってきて陽一は彼女とデートに向かう。
そんな左門森魚の元に土呂は現れる。土呂は事前に左門森魚のことを下調べしておき、予備校講師のことやネットで公開している書籍のことについて話し、森魚と親しくなっていく。そして2人で飲みに行く間柄になっていく。
土呂はなんとか順調に事を運んでいることを真壁に報告する。ここで真壁は、「ドミノ幻想」について話始める。世界はある特定の人間を中心にして回っているという考え方であり、その人間が願ったことは必ず叶う。願った瞬間にドミノが倒れていくかのように結果に向かって進む。その世界の中心となる特定の人間をドミノと言い、ドミノは自分がドミノであるという自覚はなく、ドミノも期間限定的で常に移り変わっていくと。
最初は真壁の仮説を疑問に思っていたが、徐々にその「ドミノ幻想」に皆興味津々になる。
左門陽一と平岡はデートを満喫したようにやってくる。どうやら子供と戯れていたようである。平岡は子供との接し方が上手いと陽一を褒める。陽一は過去にボランティアをやっていたことがあって、そこで子供と接する機会が多かったからだと言う。そして陽一は、それまで劇団に所属していたことも伝える。平岡はその劇団に所属していたことに興味を唆られる。
一方、左門森魚と土呂は非常に親しい仲になっていて飲みに行った帰りに2人で談笑していた。森魚は、土呂のおかげでネットでの書籍に関して仕事の連絡が来たと喜んでいた。そこへ、いきなり近くを通りかかった新田が森魚の元にやってきて、娘に合ってくれと脅しをかける。森魚は新田の顔見て思い出し、恐怖する。
森魚は新田のことをなんて奴だと呆れ、そしてその疑いは土呂の方にまで行ってしまう。なぜなら土呂と新田は、その事故後の保険調査以外でも会っているような素振りだったからである。そして土呂もそれを認める。森魚は急に土呂と距離を置き始め、どうして自分に近づいてきたのか理由を聞かれる。土呂は、次森魚に会う時にそれを話すと言って消えてしまう。
この出来事を真壁は知ると激怒する。新田に対して、なんであんな森魚に嫌われるようなことをしたのかと、これでは検証が台無しになってしまうではないかと言う。森魚が「ドミノ」であるのならば、彼が新田の境遇を可哀想だと思って、娘さんを助けようと思ってくれれば助けられるかもしれないのに、森魚に嫌われるようなことをしては逆効果だと。「ドミノ幻想」は「ドミノ」が本当にそうあって欲しいと願わないと叶わないのだと言う。脅してそう仕向けることは出来ないのだと。
真壁が一人になったところへ、大野がやってくる。どうやら真壁と大野は以前付き合っていたらしく、今は別れたものの交流は続いている者同士のようだった。
大野は真壁に、まだ東京にいた時のことを引きずっているのかと聞かれる。真壁は「ドミノ幻想」を持ち出して、自分には今までどの環境にも「ドミノ」がいたから成功しなかったと言う。大野は、「ドミノ幻想」をあっさりと否定する。そんなものは存在しないと。そして、真壁が力説する「ドミノ幻想」をあの事故の目撃者たちも信じているということを聞いて、ますます呆れる。
左門森魚は、平岡と会う。森魚は、弟に平岡のようなしっかりした彼女が出来てとても嬉しいと言う。森魚は陽一の過去を話す。陽一は若い頃、劇団に所属して活動していた。しかし一向に売れずこのまま続けてもずっと非正規雇用のままで、そろそろ年齢的にまずいのではないかと森魚が進言し、陽一は劇団を退団して就職したのだと言う。
その話を聞いて平岡は、森魚の進言によって陽一は夢を諦めてしまったんじゃないかと言う。それは自分の決断ではなくて、森魚の影響も大きいのではないかと。
陽一は、森魚が平岡と密かに会っていたことを知って警戒し、平岡に手を出したのかと森魚を厳しく追及する。森魚はそれはしてないと言う。弟を悲しませるようなことはしないと。
陽一は平岡に、兄の森魚のことについて直接尋ねてみると、平岡も別に森魚とはやっていないと言う。はっきりしたことを言ってしまうと、平岡は森魚のような人はちょっと苦手なのだと。
澤村は、突然森魚に会いに行き、意識不明の新田の娘に会って欲しいと連れて行く。森魚は新田の娘の見舞いに行く。そして森魚が新田の娘を可愛そうだと思って、なんとか回復する方向へドミノを倒してくれるように願う。まるで澤村は森魚に好意でもあるかのように指切りをして約束した。
森魚の元に土呂が現れる。土呂は、末期がんになって余命宣告された人が、世界中を旅していたらそのがんを克服した話をして、病気は気持ちの持ちようによって克服することが出来るのだという前置きをする。その上で土呂は、森魚に一つお願い事をする。そのお願いごとを聞いて自分を救って欲しいのだと。森魚は勿論聞くよと言う。
土呂は森魚に自分の友達になってほしいと告げる。森魚はとまどいながらもそれを承諾する。そしてそれを土呂は心から喜び、これで自分も治るんじゃないかと期待する。そして森魚にHIVを患っていることを告白する。森魚は心配してHIVが無事克服出来ることを祈る。
横道の元へ一本の電話が入る。それは、意識不明だった新田の娘が亡くなったという連絡だった。残念ながら澤村は森魚を新田の娘に会わせたものの、その願いは届かなかったようだった。
しかし真壁は、それは森魚が新田の娘を見て助けたいと思わなかったからだと言う。きっと新田の娘の苦しそうな様子をみて、楽にさせてあげたいと心の中で思ったのだろうと言う。その真壁の発言に、周囲はぞっとする。そんなこと言ったら新田が森魚を襲いかかるだろうと。でも真壁が、きっと森魚の前に透明な壁が出来て新田が死ぬことになるだろうと言う。
そこへ、土呂がHIVの診断結果を持ってやってきた。結果が出たのだそう。その診断結果を真壁に渡す。診断結果はなんと陰性だった。一同は大喜びする。これで「ドミノ幻想」は無事証明されたのだと。そして、土呂のHIVも克服することが出来たと。これは全て森魚のおかげ、彼に感謝しなければと土呂は言う。
しかし真壁は土呂に向かってキレる。土呂が感謝するのは何も森魚だけじゃない、「ドミノ幻想」を提唱して検証へ導いた自分にもだろうと。なぜ真壁に対する感謝の気持ちがないのだと言う。
一同は疑問に思う。この「ドミノ幻想」を証明して真壁は一体どうしたかったのだろうかと。別にそれで真壁が得をすることなんて何もないではないかと。
そこへ大野がやってくる。大野は真壁に対して、この「ドミノ幻想」を証明しようとしたのは、自分が報われない理由を作っているだけだと言う。いつも真壁は周囲に「ドミノ」がいると思い込んで、自分で勝手に自分が成功しない理由を作ってしまっているから成功しないのだと。
そんなことを考えなければ、ドミノ自身は真壁だったのに。そこで真壁ははっとして、その場で力を失ったかのようにひざまずく。最初は夢を持っていたはずなのに、いつしか周囲に「ドミノ」を作って、そのせいにして自分は成功しないと思い込んでいた。
真壁は最後に「間違えるなよ」という言葉を残す。ここで物語は終了する。
ラストの大野の言葉はちょっと説明し過ぎるくらい、この物語で主張したい核心を付いていて露骨に感じたが、この脚本の作り込まれ方が本当に素晴らしい。どうやったらこんな戯曲を執筆することが出来るのだろうか。メッセージ性といい、最後の主張まで持っていくストーリー展開の面白さ、ミステリー作品を観ているかのようなハラハラ・ドキドキの展開、それに加えて全く予想出来ないストーリー展開。非常にレベルの高い脚本だった。
ラストのメッセージ性は普遍的で誰しもが共感出来ることなのだけれど、それを「ドミノ幻想」という変わった現象に置き換えて物語を進めていく秀逸さ、こんな発想は誰も考えつかないだろう。そこにこの作品の醍醐味はあるような気がした。
それから、交通事故で娘が意識不明の重体になる悲痛さ、恋愛、劇団に入っていたけど現実を見て就職する夢への断念、男同士の友情、カウンセリングといった様々なヒューマンドラマも内包しながら、どれも蛇足にはならずに回収していく様は本当に見事だし、そのエピソード一つ一つも面白かった。
正直、脚本で一番面白かった舞台作品は?と聞かれた真っ先にこの戯曲を私は思い浮かべるかもしれない。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
こんなにシンプルな舞台装置なのに、ここまで具体的なシーンやシチュエーションがしっかりと伝わって、頭に入ってくるものなのかと非常に驚かされた。音響照明も非常に格好良かった、センスの塊だった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
前述した通り舞台装置は物凄くシンプル、かといって素舞台ではない。舞台中央には巨大な四角い穴のようなものが開けられており、そこは鏡のように反射する仕組みになっていた気がする。その天井部分には、四角形の穴と同じくらいのサイズの同じく四角い白い枠のようなものが吊り下げられている。非常にモダンでシンプルな舞台装置である。
その周囲には6つほど椅子が置かれており、その椅子の最も上手手前のものに真壁が腰掛けていた記憶である。また、上手・下手奥にはひとつずつデハケがあるのだが、透明だけれども背後にあるものをぼかすような壁紙が張られたパネルが置かれていた。
このような形で、具象な舞台装置など何一つないのだが、それでもしっかりとそれぞれのシーンのシチュエーションが分かるから凄い。また舞台中央の四角い穴部分を巧みに活かしたシーンづくりは印象的だった。あの四角の中というのは基本的には森魚のシーンで使われていた気がする。森魚は今作でいうと「ドミノ」なので、ある意味仮説検証的な側面の強いシーンを敢えて他のシーンと区別することによって、森魚をより特別な存在だと認識させる効果があったように思われる。
次に舞台照明。
舞台照明は、基本的には刑事もののように黄色いスポットが横から役者たちを映し出す効果が好きだった。特に森魚のスーツはそんな黄色いスポットが非常に良く映える。
そしてなんといっても印象的なのが、終盤のシーンで舞台中央背後に横一列に並んだ照明から、効果音と共に強い光量で黄色く照らされる演出が見事だった。あれは真壁が、自分がただ周囲に「ドミノ」を作って成功しない理由を作り上げていたということを本人が自覚した瞬間だと思っている。凄く刺激の強い照明効果だった。
そして舞台音響。とにかく舞台音響は格好良かった。
場転中に流れる、効果音よりのBGMも凄く緊迫感を煽られている感じがあって好きだった。
そしてなんといってもEDの音楽。まるでスーパーヒーローでも現れたのかとでも思わせるようなエレキギターっぽいけれどエレキギターとはちょっと違う音楽。あれがカーテンコールで流れた時には本当に鳥肌が立った。なんという選曲のセンスの良さ。YouTubeで公開している公演PVでも使われているので、ぜひ視聴頂きたい。
最後にその他演出について。
今作で一番良い意味で気になった演出は、役者の登場シーン。今のシーンに登場していない役者も周囲で見守っているように存在するのが凄く面白い演出だと思った。これは真壁の「ドミノ幻想」の仮説検証でもあるので、土呂と森魚のやり取りなどが彼らに監視されているのも非常に、それはそれで面白く感じられた。また、下手・上手にあった半透明のパネルの後ろで役者が蠢いているのも気になった。あれはどういったことを狙った演出なのだろうか。
これはストーリー項目で触れるべきだったかもしれないが、この作品はやはりなんとなくミステリーものを想起させるような創りになっているよなと思う。というのは、最初にざっと登場人物を全て列挙して説明するからである。そしてその登場人物たちをその後のシーンで登場させながら話を進めていくので、凄く推理モノを思わせる構造なのが、ミステリーっぽく感じさせる良い意味での効果かなと思っている。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
劇団「イキウメ」のキャストも多いせいか、温水洋一さん以外初見のキャストだったので、非常に新鮮な気持ちで演技を観ることが出来た。そして、才能のある俳優をたくさん発掘した気分になった。
特に印象に残った役者についてみていく。
まずは主人公である真壁薫を演じ、個人的にMVPだった劇団「イキウメ」所属の安井順平さん。安井さんは調べたところ、何度もこの「関数ドミノ」に出演されているよう。
個人的に好きだったのは、あの独白と「ドミノ幻想」に執着してそこにこじつけようとする姿勢。凄く知的なキャラクターなのだけれど、というか知的なキャラクターだからこそ周囲に成功した人間がいると、それはそいつの努力や才能なのではなく、たまたま「ドミノ」であっただけと合理化してしまう思考を持ったのかもしれない。
彼の話す「ドミノ幻想」は、実際書き起こしてみると凄く馬鹿げた発想のように思えるが、彼が力説すると非常に説得力のあるものに感じて、信じ込んでしまいそうになる。そういった説得力をしっかり出せる芝居が出来るのも素晴らしい。
そしてなんといっても、ラストの大野に説得されて呆然とする姿がもう非常に上手かった。ああいうシチュエーション本当に好き。主人公が結局騙されていたというか、終盤まで主人公は客観的な立場で物語を進めておきながら、最後に裏返される。非常に良い味の演技をしていたと感じた。
次に、左門森魚役を務めた浜田信也さん。彼も劇団「イキウメ」所属の俳優で、「関数ドミノ」に何度も出演されている。
浜田さんは、非常にちょっとギラギラした男性を演じるのが上手い。自信に満ちていて、たしかに成功しそうな男というか仕事バリバリできそうな感じがある。劇中で平岡はちょっと苦手なタイプだと話していて、なんとなくその気持も分かるが、個人的には凄く好感の持てるキャラクターだったかなと思う。どっちかというと真壁の方がキャラクターとして付き合っていくのは難しい。
たしかにちょっと自画自賛みたいな性格はあるかもしれないが、土呂が友達になってくれといったら引き受けるし、凄く弟思いだったのがキャラクターとして好きだった。
そしてそんな絶妙なニュアンスを出すことの出来る浜田さんは本当に素晴らしい俳優さんだった。
土呂弘光役を演じた盛隆二さんも好きだった。盛さんも「イキウメ」所属で「関数ドミノ」出演経験がある。
裏表がなさそうで、非常に清廉潔白な性格が物語によく反映されていた。森魚と話している最中、新田が突然現れて土呂自身の存在も疑われた時、上手く切り替えせない正直さも凄く合っていたと思う。
また一番の見どころが、森魚に友達になってくれと頼み込むシーン。これは彼だからこそ素直に聞き入られるんじゃないかと思った。
HIVの診断結果で、結果を真壁に見せる時の土呂の顔が印象的だった。というか、非常に不安そうな顔をしていたので、これはHIV陽性だったのかと思ってしまったが、そうでなくて良かった。
平岡泉役を演じた川嶋由莉さんも非常に素晴らしかった。川嶋さんは1998年生まれとまだ若く、劇団「イキウメ」作品初参加だが、少ない女性陣キャストの中で非常に輝いていた。iakuの舞台作品によく出演されている橋爪未萠里に雰囲気が似ていた。橋爪さんの演技も好きなので、当然川嶋さんの演技も好きになった。
彼女のきっちりしていて陽一に惹かれていくさまが本当に観ていて心揺さぶられる。そして、森魚と距離を取ろうとする感じも非常に惹き付けられた。とても声が高くて透き通るような女優だと感じた。
新田直樹役を演じた森下創さんも素晴らしかった。森下さんも劇団「イキウメ」所属で「関数ドミノ」に以前から出演されている。
あの年老いて弱々しい感じが非常に良い味を出していた。特に泣けるのは、娘のことを話すシーン。勉強を頑張っていて将来を楽しみにしていた親の気持ちが痛いほど伝わってきた。だから、森魚を襲うシーンも観ていても、そうなってしまう気持ちは分からなくもなかった。
最後に、保険調査員の横道赤彦役を演じた温水洋一さん。温水さんは、ワタナベ演劇×オフィスコットーネプロデュースの「物理学者たち」で観劇して以来2度目。
登場人物の中で一人だけ、事故と直接関係のない調査員という立ち位置だが、序盤の事故の真相に迫ろうとする感じが上手かった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、この作品の解釈についての個人的見解について書いていきたいと思う。
この作品でまず上手いなと思った点は、主人公真壁薫が過去にどんなことを目指していた人物だったのかをあまり触れていないことである。過去に大野と付き合っていて東京で夢を持って何かを目指していたことは、この物語の台詞からなんとなく想像出来る。しかし、具体的にそれが何だったかは言及されていなかった記憶である。
具体的に何かを言及しないことによって、これは他人の話ではなく自分自身の話であると観客は思いやすいと思う。だからこそ万人に刺さる内容なのだと思う。
信じることについて考えてみる。信じるというのは凄く不思議な力である。科学的には証明出来ないかもしれないけれど、ずっとこうありたいと願い続けていれば、何かしらの形で実現することはよくあるものである。今作で起きた事故のように何か透明な壁が出現して守ったというのは現実では考えにくいが、たしかに起こりうるけれど確率として凄く低いことが、願い続けいていたら偶然起こるというのは誰しもが経験したことあるのではないだろうか。
この作品中でいえば例えば真壁は、常に自分の周囲に「ドミノ」を創ることによって自分で自分の首を締めていた。つまり、周囲に「ドミノ」がいるから自分は絶対に成功しっこないという気持ちが、彼の成功を阻害していたように思える。
また土呂と森魚も、きっとこれは森魚が土呂のHIVを陰性にしたのではなく、土呂自身が森魚と友達になれたことで、きっと自分のHIVは治ると強く信じたからだろうと思える。そう解釈出来る根拠としては、土呂自身が具体例として出していた、末期がんにかかって世界を旅して治した人の話を希望として信じていたからである。
また森魚が陽一の将来を心配して陽一に劇団を辞めるよう進言したから、陽一はその兄の言葉を信じて就職をしたのだろう。森魚がそう言わなかったら、陽一は今でも劇団を続けて成功していたかもしれない。
ただ一方で、こうありたいと願っても必ずしも叶う訳ではないことは、皆よく分かっているだろう。新田のように彼はずっと娘を可愛がっていて、娘に早く意識を取り戻してもらって元気に自分の進みたい進路に進んで欲しいと新田は思っていたことだろう、その願いは届かなかった。
でも物事を好転させるためには、まずは自分がそうなれると信じ込まないと絶対に成功しないだろう。気持ちというのはたしかに科学的に測ることのできないものだが、少なくとも結果に影響は及ぼすものなんじゃないかと思う。
それにしてもメッセージ性は非常に分かりやすく普遍的だが、それをよくこんな発想で作品として仕上げたものである。また個人的にお気に入り劇団が一つ増えた気がする。「イキウメ」の他の代表作もぜひとも観劇してみたいものである。
↓温水洋一さん過去出演舞台