舞台 「영(ヨン)」 観劇レビュー 2022/09/24
公演タイトル:「영(ヨン)」
劇場:東京芸術劇場 シアターイースト
劇団・企画:玉田企画
作・演出:玉田真也
出演:長井短、祷キララ、ファン・リハン、李そじん、山科圭太、前原瑞樹、田中祐希、伊藤修子、森優作、森一生、玉田真也
公演期間:9/23〜10/2(東京)
上演時間:約115分
作品キーワード:脚本家、韓国、バイオレンス、舞台美術、テレビ製作現場
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
東京芸術劇場が若手劇団に上演機会を提供する提携公演である「芸劇eyes」「eyes plus」。
今回は「eyes plus」に選出された玉田真也さんが主宰する「玉田企画」の新作公演を観劇。
玉田真也さんは演劇だけでなく、映画やドラマといった映像方面でも活躍されており、映画では「あの日々の話」や「僕の好きな女の子」で脚本・監督を務めたり、ドラマでは「純愛ディソナンス」で脚本を一部担当しているなど活躍されている。
玉田企画の舞台観劇は、2020年3月に上演された「今が、オールタイムベスト」、今年(2022年)1月に上演された「夏の砂の上」に続き3度目となる。
物語は、韓国の恋愛ドラマに影響を受けて脚本家を目指そうと渡韓した井上マリカ(長井短)を主人公として描かれる。
マリカは韓国で自分が脚本を担当した作品がヒットしたが、それは恋愛ドラマではなくバイオレンス作品だった。
マリカは恋愛ドラマを書きたいし、恋愛ドラマの執筆の依頼が来て脚本を書こうとするも、ヒットしたバイオレンス作品が頭から離れず、執筆が上手く行かなくなってしまうというもの。
この物語では、マリカが脚本を担当したバイオレンス作品を日本の地上波で放送しようとリメイク版も製作されようとするが、ドラマ製作スタッフと監督の間に齟齬が生じたり、キャストに対する待遇の悪さによって現場はグダグダになっていく。
まさに昨今のテレビ業界で起こりそうなシチュエーションに、玉田さん自身のテレビ業界に対する皮肉も垣間見られたように感じて展開として面白かった。
しかし、新作公演でかなり脚本も開幕ギリギリに仕上がったというのもあるせいか、どことなくストーリーにまとまりがない感じも見られて、ブラッシュアップの余地も多分にあると感じた。
作風もこれまでの玉田企画の作品とはだいぶ異なり、これも玉田さん自身の新たな挑戦かと思われるが、個人的には開幕のタイミングで完成されて仕上がった舞台を観劇したかったし、満足度としてはやや下がるかなと思う。
ただ、個人的には要所要所のシチュエーションや個性豊かな登場人物たちが織りなす言動には終始笑わせていただいた。
結構声を出して笑った。
韓国俳優のキム・リハン役を演じたファン・リハンさんの片言で日本語を喋りながら日本のドラマ製作スタッフ陣に抗議するシーン、こちらも抗議の仕方が面白かった。
そして、ドラマ製作スタッフの千羽千恵子役を演じた伊藤修子さんも、韓国ドラマ好きのおばちゃんでいそうな強烈なインパクトがあって好きだった。
仕事の出来ないポンコツなドラマ製作スタッフである佐伯達郎役を演じた田中祐希さんも、今まで拝見した芝居とはまた違った味を出していて笑った。
韓国ドラマをテーマとした物語なので、舞台美術もインスタ映えを狙ったようなカラフルでオシャレな照明があったりと、若年層女性を意識した演出になっていたように思え、今までの玉田企画とは全く違う作風となっているが、特に玉田企画をまだ観たことがない人、コメディベースの会話劇が好きな人にはオススメ出来る作品かと思う。
【鑑賞動機】
玉田真也さんが手掛ける舞台作品は非常に自分の好みに合っていて、2020年3月に観劇した「今が、オールタイムベスト」に関しても、今年(2022年)1月に観劇した「夏の砂の上」に関してもその年のベスト5に入るくらいの感動した舞台作品だった。そのため、玉田真也さんが作演出を務める「玉田企画」の新作公演も絶対に観劇しようと思った。
また、「eyes plus」に選出される舞台作品も今年は全部観ようと思っていた。苦しくも、「eyes plus」に選出されていたもう一方の団体の「タカハ劇団」の公演は、感染症の影響によって延期となってしまったが、玉田企画に関しては観劇しようと思っていた。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーは私の記憶の範囲なので、間違っている箇所や抜けている箇所もあるかもしれないが、ご容赦頂きたい。
男(おそらくファン・リハン)に向かって、韓国語で真っ赤な衣装を着た女(李そじん)が、自分の娘である영(ヨン)をどこに隠したのか教えて欲しいとナイフを持って脅す。
しかしそれはドラマの撮影中であり、やがて撮影用の巨大なカメラで撮影中のスタッフが現れてカットする。
もう一度仕切り直してドラマの撮影が始まるが、すぐにカットがかかり、やはり男役の人間が恐ろしすぎて迫力が出ないので、子役を使いたいとスタッフは言い出す。しかし他のスタッフに先ほど連れてきていた子役はどこに言ったのかと尋ねると、子供が帰りたいと言っていたので帰してしまったと言う。
脚本家の井上マリカ(長井短)は、これから仕事があるらしくホテルのベッドの上で何やらバタバタしている。そこへ、ヨン(祷キララ)が現れる。ヨンはマリカの脚本を保存しているUSBをどこかへ隠したりと、マリカに嫌がらせをしてからかっている。マリカは苛立つ。
ドラマ製作の打ち合わせ前、ドラマ製作のスタッフである千羽千恵子(伊藤修子)、同じくスタッフである新城修(前原瑞樹)、照明スタッフの岡本良平(森優作)、そして助監督の増村浩明(山科圭太)がいる。ここは飲食できるカラオケ店らしく、そこに新米のバイトの店員の笹野美穂(李そじん)もやってくる。笹野はどうやら韓国語の通訳としてドラマ製作に参加しているらしい。
千羽は笹野と韓国ドラマの話で盛り上がる。その韓国ドラマを見ているかと助監督の増村に尋ねるが、増村は見ていないと答える。千羽はそういうのをしっかり見なさいと注意する。
しかし新城は韓国ドラマを見ていたらしく話に乗ろうとする。しかし新城はその韓国ドラマをよく覚えていなくて、話が噛み合わない。その様子を増村に叱られる。
新城は笹野のことがタイプらしく、やたらと彼女に話しかけている。
そこへドラマ製作の打ち合わせのために、佐伯達郎(田中祐希)がやってくる。そしてようやくドラマの打ち合わせが始まる。佐伯は、お土産にと九州の北の方の福岡のお菓子ということで「ひよこ」を皆に振る舞う。
そして佐伯は、打ち合わせの本題に入り、ドラマのクライマックスのロケ地として、関東の北の方の栃木県はどうかと提案する。皆で佐伯が探してきたロケ地を見てみると、そこはただのトンネルだった。それにトンネルには線路も敷かれていた。
増村は、ここは台本に書いてあった鍾乳洞ではなくてトンネルではないかと指摘する。しかし佐伯は、監督にこのロケ地を連絡したら問題ないと返事が来たと言う。それでもここは台本とあまりにも異なるのでまずいのではと、増村とそれ以外のスタッフたちで口論になる。
そこへ、笹野はそんな口論に嫌気が差して、私はただ韓国ドラマが好きなだけなんですと叫ぶ。
ドラマ製作のプロデューサーの佐竹晴彦(森一生)は、韓国俳優のキム・リハン(ファン・リハン)と対面する。
2人はあどけない英語で、成田空港で手に入れたミネラルウォーターの話をする。
そして本題に入り、キム・リハンは自分の出演料について尋ねる。当初言われていた金額の70%ほどになっているのだけれどどういうことかと。残りの30%はどこにいったのかと言う。
キムは、ポン・ジュノ監督の映画作品にも多数参加していた。「殺人の追憶」でも出演しており、「母なる証明」でも最後のダンスシーンに出演しており、「パラサイト 半地下の家族」にも出演していると。今回は、脚本家の井上マリカさんに再会したくて日本のドラマ出演のオファーをした。しかし、韓国の製作現場と日本の製作現場とでは俳優に対する待遇が異なり、日本はその待遇が良くないと言う。
佐竹は電話でキムに対する出演料の交渉を始める。100%は厳しくても90%とかはどうかと、交渉に難航する。
笹野美穂が働くカラオケ店。
千羽がカラオケで韓国語で曲を熱唱する。
笹野と新城の2人だけとなり、2人はいちゃいちゃする。そこへ佐伯がやってくるが、佐伯はその光景に興味はなさそうだし、2人も佐伯に気がついていなかった。佐伯がふと会話を始めると、笹野と新城はびっくりした様子を見せる。
助監督の増村と井上がやってくる。2人は井上が現在執筆中の、次回の恋愛ドラマについての打ち合わせだった。井上は、赴任したての教師と吹奏楽部の女子高校生が、廊下で鉢合わせになって教師が落としてしまった本を一緒に拾い上げるも、お互いの手が触れ合ってしまうという始まりはどうかと尋ねる。増村は冷めた様子で良いのではないかと言う。井上は、どういう辺りが良いのかと増村に尋ねる。増村は、凄く視聴者にも分かりやすい始まり方だと言うと、井上はベタな展開だと言うのかと怒る。
井上は増村に、最近自分の周囲に過去作品に登場した人物がまとわりついているのだが、そういった経験はあるかと尋ねる。井上は自分に、過去ヒットしたバイオレンス作品に登場する영(ヨン)というキャラクターがいるのだが、ヨンが自分の目の前に度々現れるのだと言う。増村は戸惑い、そういった経験はないと言う。
ヨンが現れる。ヨンは、韓国語で井上が以前書いたバイオレンス作品の台詞を発する。
シーンが終わると、ヨンの横に岡本が通りかかる。しかし岡本にはヨンが見えているようであった。
ヨンと岡本は自己紹介し合う。ヨンは、岡本が照明スタッフだと知ると、照明スタッフって楽しいのかとか、他に何か好きなことないのかとか尋ねる。岡本は特にないと答える。
ヨンが岡本にちょっかいを出してくるので、岡本はヨンに触れてしまうとヨンは悲鳴を上げる。そして岡本は反省する。もうしませんから、警察に突き出さないでと約束させる。
赴任してきたばかりの教師と吹奏楽部の女子高生(李そじん)が廊下でばったり鉢合わせする。赴任してきたばかりの教師はと女子高生は、教師が落とした本を一緒に拾い上げる。そして思わずお互いの手が触れる。
しかし女子高生は吹奏楽の入ったケースから刀を取り出して教師を斬りつける。そして、通りすがって悲鳴を上げていた女子生徒(伊藤修子)をも斬りつけて、女子生徒の腹から手が出てくる。
これでは恋愛ドラマではなくバイオレンス作品になってしまっていると指摘され、もう一度途中からやり直す。
しかし登場シーンから女子生徒の腹から人の手が生えていた。
栃木県のトンネルのロケ現場、今日はここでクライマックスシーンの撮影が行われるらしい。
千羽と佐伯で撮影の準備をしている。あまりにも佐伯が仕事が出来ないので、千羽は彼に義務教育ちゃんと受けたのかと聞くと、8年受けたと答え、9年でしょと突っ込まれる。そして佐伯は、千羽が住んでいる駒込で左足が切断される事件が起きたという話をする。千羽は怖がると佐伯は千羽にあなたは左足あるから大丈夫という。千羽に佐伯は「バカね」と言われる。
他のスタッフたちも現場へやってくる。新城、岡本、そしてプロデューサーの佐竹、助監督の増村、そして俳優のキム、さらに監督の宇田川一郎(玉田真也)までやってくる。
宇田川は現場をみて、なんで鍾乳洞でなくトンネルなの?とスタッフに尋ねる。そしてなんで線路まであるの?と。すると、佐伯は監督がここで問題ないと言うからここにしましたと言う。監督は、そんな許可を出していないと言う。現場は騒然とする。そして監督が助監督の増村に詰め寄る。なんでロケ地を鍾乳洞ではなく、トンネルにしたのだ、しっかりしろと。増村は、同じことを思って指摘したのにそう出来なかったことを悔いる。
鍾乳洞はCGでという指示を出すと、そんな予算ありませんとスタッフは答える。
宇田川は仕方がないと、台本を一部変えてトンネルでも成り立つような内容に指示して撮影をスタートしようとする。
そこへ井上もやってきてスタッフに挨拶する。キムは井上に会いたかったとハグをする。しかし井上は、クライマックスが鍾乳洞かと思いきやトンネルになっていることに言及し、クライマックスは鍾乳洞であることが重要なのだと主張する。
撮影が始まるが、台本があまりにも原作と違うことを悟った井上はストップさせる。そして、渡されたテレビドラマ用の台本を見て、この内容は全然違うと怒り出す。
宇田川は変な踊りをしてそのまま失踪。クライマックスをどうするかという状態になる。井上はトンネルと線路があるということで、トロッコを登場させて人が轢かれるみたいな脚本を提案するが、増村は地上波では放送出来ないとNGを出す。
ヨンが現れる。そして井上はヨンと会話を始めるが、周囲のスタッフにはヨンの姿が見えていないので、井上が誰と話しているのだか分からず驚く。井上には幻想が見えているんじゃないかと。
どうやら監督は見つかったらしく、ヒカリエのラウンジにいたらしい。その時トイレの方から新城の叫び声が聞こえる。そして新城は、岡本と笹野を連れ出す。そして、岡本になぜ笹野とトイレでキスをしたのかと責め立てる。自分と笹野は付き合っていたのにと。
ヨンと男による韓流バイオレンス作品の一シーンが韓国語で繰り広げられる。
ホテルで井上は、テレビドラマ用のバイオレンス作品の脚本を書き始める。そこにはヨンもいる。ヨンはそんなことしても無駄なのにとちょっかいを出す。ヨンはバナナを食べながら放浪する。ここで上演は終了する。
過去の栄光に引きずられて、自身が書いてヒットさせたバイオレンス作品から抜け出せなくなっている井上マリカ。そんな井上には、終始過去のバイオレンス作品の登場人物である영(ヨン:日本語では0の意味)がつきまとう。それだけ井上にとっては、バイオレンス作品に思い入れがあるのだと思うし、離れられないのだなと思う。
そして新たに恋愛ドラマを描こうとしても、バイオレンスへの思い入れが強くて、すぐにバイオレンス要素が入り込んでしまったり、地上波用のドラマなのに放送NGなグロテスクな展開を入れ込んでしまう感じが観ていて面白かった。井上は日本ではなく韓国で活躍した方が良いのではと思ってしまう。
また、日本のテレビ局のドラマ製作スタッフのグダグダ感が、実際にありそうで面白かった。監督とスタッフの間のコミュニケーション不足でグダグダになるのは有り得そうだし、それによって脚本家が痛い目に遭うのも凄く納得感あって、今の日本のエンタメ業界の悪い部分を垣間見せられている感じがあって皮肉が込められていた。出演者に対する待遇面の問題とか、韓国と日本を比較に上げるあたりも皮肉を感じた。
振り返ってみると、玉田さんの新たな挑戦という文脈は凄くよく分かるし挑戦すべきだと思うが、なんか洗練されていない感じがあって、脚本として少々荒削りな部分がある点が勿体ないなという気がした。特にラストが上手く締まっていなかった感じがして、ブラッシュアップすれば凄く素晴らしい作品に仕上がるのではと再演に期待したい。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
世界観や演出も、今までの玉田企画の作風とは異なるように感じた。昨今の韓国映画・ドラマブームを意識した、鮮やかな色彩を多用した照明演出が特徴的で、映像も駆使していて演劇というよりはかなり映像的な舞台作品に感じた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出についてみていく。
まずは舞台装置から。
いつも玉田企画の舞台は、ステージに対して周囲を囲うかのように客席が仕込まれるのだが、今回もL字型にステージを囲うように客席が仕込まれていた。
ステージは全部で4箇所に分かれていた印象。ほぼ正方形のステージに対して2辺が客席になっていて、その正方形を田んぼの田の字に4つに分けてエリアが分かれていた。
入り口側から見て、下手奥側のエリアには、少し高くなったステージがあって、そこで井上が執筆している恋愛作品の一部が繰り広げられる(赴任してきた教師と吹奏楽部の女子高校生がぶつかるシーン)。その手前には、テーブルと椅子が置かれていて、キム・リハンとプロデューサーの佐竹が出演料について議論するシーンが展開される。
入り口からみて、上手奥側には舞台の中でも最も高くなったステージがあって、井上が宿泊するホテルのベッドがある。ベッドはダブルスであり、その手前には小さな机があって、そこで井上は最後の場面でMacを開いて脚本を書く。そのダブルスベッドの上にはスクリーンがあって、韓国ドラマの一部シーンが上演される度に、韓国語と日本語の字幕が流れる。
下手手前には広々とした空間があって、ここで序盤のシーンのバイオレンス作品の撮影が行われたり、クライマックスのトンネルのシーンが撮影されたりする。また、ヨンと岡本が出会うシーンもここで描かれる。ステージ全体の中央に近いあたりには大きめのテーブルとソファーがあって、カラオケボックスの席がある。外になっているエリアで、周囲には草も生えている。
上手手前は、笹野が働くカラオケボックスの裏方エリア。こちらにも椅子と机があって、序盤のクライマックスのロケ地を決める打ち合わせはここで行われていた。
角度的に、映像はL字型の客席の折れ曲がり部分でないと、みえづらかったりするだろう。私もL字型の端部分で観劇したので、完全に映像を見る時と演技を見る時で首を動かさないといけなくなった。そういった点で、脚本だけでなく演出面についてもブラッシュアップの余地は多分にあるように思える。映像を見なくても話は通じるが、やっぱり韓国語が分からない私にとっては、どんなことが話されているか気になるし、分からないとやはりストレスになる。そこの工夫をもっと突き詰めて欲しいと思った。
次に舞台照明について。
舞台照明は、今作は全体的に暗い印象を感じた。というのは、特にバイオレンスドラマを撮影しているシーンは字幕も登場することから、全体的に暗くして普通のシーンとの区別を明確にしている気がする。
また、韓国ドラマっぽいというかNetflixっぽい感じがしたのだが、それはピンクや青といった色鮮やかなポールのような照明がステージの要所要所に立っていたからだろう。それらの照明が、普段の玉田企画らしさではなく、全く新しい演出を感じさせられた。
あとは、赴任してきた教師と吹奏楽部の女子生徒がぶつかってのくだりでバイオレンスになっていく時の、バイオレンス感ある紫色の照明も結構好きだった。
次に舞台音響について。
舞台音響もかなり趣向を変えた演出になっていたと感じた。
まず音楽が、近未来的というか甘ったるい感じの音楽が多く、ネオンのような色鮮やかな照明と合った音響となっていた。
効果音等はあまりなかったように感じた。あったとしても、バイオレンスシーンだけかと思われる。音楽の趣向が今までと異なった部分がかなり印象的だった。
最後にその他演出について。
まず韓国語と日本語を映した映像は、あるのは良いのだが、客席の配置などを考えて位置を検討した方が良いかなと思った。
そして、今作はかなり要所要所の登場人物の台詞で笑わせて頂いたが、言葉選びが物凄く上手いなと感じた。ここに関しては、過去の玉田企画作品らしさがある、というか過去の玉田企画の作品以上にセンスを感じられて面白かった。例えば、一番良い例がキム・リハンの台詞。「『殺人の追憶』、出てた」とか上手く説明出来ないけれど、あの言い方も含めて本能的に笑いを畳み掛けてくる感じがあった。それから、佐伯のすっとぼけ感も好きだった。「福岡、九州の上の方」や「栃木、関東の上の方」も面白かったのだが、バッグから取り出すPCがぐちゃぐちゃになっている感じとか、福岡の銘菓として「ひよこ」を買ってきちゃうあたりとかが、仕事の出来なさを上手く演出している気がした。福岡の銘菓で「通りもん」なら分かるが「ひよこ」は東京でも売っているから。
印象に残っているのは、バイオレンス作品に登場する男が、ダブルスベッドからぬくっと登場した演出。ちょっと不気味で良かった。
赴任してきた教師と吹奏楽の女子生徒の出会いのシーンで、女子生徒がバイオレンスを醸し出すが、それによって他の女子生徒を切った時の腹から手が出てくる演出が面白かった。客席が遠かったので近くで見たかった。また、仕切り直してからもあの格好で登場するのも好きだった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
本当に今作に登場するキャストは全員個性豊かでキャラクター性がしっかりと確立していた。これは玉田企画の舞台作品の醍醐味で、玉田さんの劇作家としての実力を感じられる。キャラクターの際立たせ方という観点では、今作は「今が、オールタイムベスト」を凌駕するように思える。
キャスト全員について触れたい所ではあるが、今回も特筆したいキャラクターに絞って触れていく。
まずは、主人公の井上マリカ役を演じた長井短さん。長井さんの舞台での演技拝見は今回が初めて。
髪の毛を長々と伸ばして、そして途中からオレンジ色に染めるという奇抜なスタイル。まさに韓国に渡って脚本家として成功した大物且つ芸術家という感じがあってハマっていた。個人的には実際にこんな感じの人が身近にいたら、ちょっと距離を置きたくなるくらい苦手だけれど。でもしっかりとキャラクターとして確立していて素晴らしかった。
長井さんのあの出で立ちも迷える脚本家という感じがして良い。まるでノイローゼになったような夢遊病者のようなとろんとした目つきと、動き。そしてソファーに寝転んでしまう感じ。たしかにあんな感じだったら、幻覚のようなものを見ても可笑しくないなと感じられる。
そして脚本に対するプライドの高さも好きだった。助監督の増村に若干脚本を馬鹿にされているんじゃないかという思いから食らいつく感じ。脚本のこだわりには妥協せずに、鍾乳洞の重要性をアピールする感じ。凄くよく分かるし、キャラクター設定の素晴らしさを感じられた。
次に、ヨン役を演じた祷キララさん。祷さんは、玉田企画の前回の作品「夏の砂の上」以来2度目の演技拝見となる。
「夏の砂の上」でも思ったが、祷さんはミステリアスな少女という役が凄くハマる。今回もヨンというバイオレンス作品に登場する娘の役であり、且つ井上マリカの妄想である。
あのゆるっぽくて、ふわふわした不思議ちゃんな演じ方が、本当にヨンというミステリアスな役にしっかりとハマっていた。そして今回の作品では、なぜか祷さんが凄く可愛らしく感じた。明るい妖精のようだったからかもしれない。
あの声色も凄く良い。祷さんの独特のちょっと籠りがちなゆるーい感じのトーンの声色。でもこれは凄く褒めていて、祷さんでないとなかなか出せない。
ただ一つ疑問なのは、なんでヨンは終始関西弁だったのだろうか。祷さんの関西弁は普通に似合っていて可愛かったのだが。理由付けは謎だった。
ドラマ製作スタッフの千羽千恵子役を演じた伊藤修子さんも素晴らしかった。伊藤さんの演技拝見は2019年に観劇した「フラガール 」以来。
あんな感じの韓流ドラマ好きなおばちゃんはどこかにいそうと思わせるくらいリアルで面白かった。序盤の打ち合わせ前のスタッフ陣のシーンで、韓流ドラマを布教してくる感じとからしくて好きだったし、やたらとシーンについて詳しくて、どこのシーンがどう感動したのかを事細かに話す感じとか良かった。
あとは喋り方も凄く好きだった。仕事の出来ない佐伯を叱りつけるシーンも好きで、怒ると早口になって声が高くなる感じも凄く面白くてよかった。
ドラマ製作スタッフの一員の佐伯達郎役を演じた、劇団「ゆうめい」所属の田中祐希さんも良かった。
田中さんは、ゆうめいの「姿」「娘」で演技を拝見しているが、今まではどちらかというと心優しい気弱な男性というイメージだった。しかし、今作では全くキャラクター性の異なる役を卒なく熟していた。
佐伯は仕事が出来ないくて勘違いの多い若手社員といった感じだったが、その感じが本当に職場にいそうで雰囲気的にリアルだった。例えば、一番面白かったのが新城と笹野がイチャイチャしている所に一人でふらっと入ってきて、普通にいる感じとか鈍感で好きだった。まるで恋愛とか興味なさそう。そして、鍾乳洞と書かれているロケ地をトンネルにしてしまった張本人は佐伯である。その辺のことの重大さも分かってなさそうなトボケ感が好きだった。
あとは、監督の宇田川一郎役を演じた玉田真也さんの何考えているか分からないミステリアスな感じがツボだった。絶対ロケ地はトンネルで良いという返事は空返事だったと思うし、そんな重要な意思決定を空返事で済ませてしまう監督のヤバさも垣間見られる。また失踪してヒカリエのラウンジで発見されるのもツボだった。
キム・リハン役を演じた韓国俳優のファン・リハンさんも良い味を出していた。あの片言の英語や日本語も好きだった。そして出演料を交渉する感じも、凄く韓国俳優の価値観って感じを受けてキャラクター的にハマっていた。
笹野美穂役を演じた李そじんさんも良かった。李そじんさんは今回が3度目の演技拝見だったが、毎回彼女が演じるキャラクター設定が違って本当に有能な女優さんだと感じる。今回は、韓国作品が大好きでそれもあって通訳もしているが、ちょっと内気でなかなか自分の意見を言えないおしとやかな感じが良かった。そして今までのどんな役柄よりも魅力的に感じた。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
今作で玉田さんが伝えたいメッセージは、過去売れたことがある脚本家の悩みと、日本のテレビ局のドラマ製作に対する批判的な姿勢かなと思う。
まず、過去売れたことがある脚本家の苦悩というのは、別に脚本家でなくても良く分かるのではないだろうか。
過去の自分が輝いた時の経験って凄く自分の人生にとって強く記憶に残るものだと思うし、そこに囚われがちになる。例えば、大学時代に演劇をやって凄く楽しかった経験は、社会人になってからも忘れがたく、また演劇を続けたくなる気持ちもあるだろう。それは過去の栄光や楽しかった出来ごとにすがりたくなってしまうから。自分の中では今を生きよう、これからを生きようと思っても、自ずと過去の楽しかった、輝いていた時代の心地の良さを忘れられないからである。
そういった意味で、この脚本家が抱える悩みというのは、凄く一般化出来る悩みやスランプなので、凄く共感しやすい設定になっているように感じる。
今回の脚本家である井上マリカも、彼女のキャラクター設定として、バイオレンス作品で韓国で高い評価をされて良い経験をしてしまったというのがある。だから、過去の評価されて気持ちが良かった栄光を引きずってしまっていて、新しく恋愛ドラマが書けなくなっている節があると思う。
こういったスランプの起きやすさは、憶測になってしまうが脚本家にはよくあることなのかもしれない。若い頃に優れた脚本が書けたのに、ある時全然書けなくなってしまったというのは聞いたことがある。そういったスランプが起きやすい職業なのかもしれないし、玉田さん自身もそういったスランプが過去にあって、その経験をベースに今回の脚本を書いているかもしれない(あくまで推測)。
過去に囚われて病み始めた井上の前には、ヨンという過去にヒットしたバイオレンス作品に登場する娘が度々姿を現す。ヨンというのは、井上が作り出している幻想である。ヨンが井上の仕事の邪魔をしてくるというのは、井上自身が前に進もうとしている姿を、過去の栄光が邪魔をしている構造とも解釈できる。
ここで一つ疑問なのは、なぜヨンは井上だけでなく、照明スタッフの岡本にも見えたのだろうか。井上が作り出している幻想であるのなら、井上以外の人間には見えていないのなら分かるのだが、岡本にも見えているのである。これはなぜか。
この理由は、劇を見終わってすぐには自分の中では答えを出せなかったが、今改めて考えてみると、あくまで私の解釈だが考察出来る部分がある。
まず岡本という人物は、ほぼ照明スタッフという仕事をすることしか楽しみがない、仕事に貪られた社畜のような印象を受けた。ヨンに、好きなことは?と聞かれて答えられていなかった。夢中になれる趣味もなさそうだし、彼女もいなそうで童貞かもしれないと思わせるほど、ヨンとの会話にぎこちなさがある。
きっと岡本は、何か夢中になれるものやりがいを求めていたのだと思う。だからヨンは彼の目の前に現れたのではなかろうか。そして岡本にテレビ業界で社畜のように働いて感情が無になってしまっている彼に、潤いを与えたのではなかろうか。
その結果、岡本はトイレで笹野とキスをする。結果的に、そのキスが新城にバレて大騒ぎするのだが。ヨンは、仕事に消耗されている岡本に潤いを与えたんじゃないかと思う。
これは、韓国映画やドラマに代表されるエンタメが持つ効能をも意味している気がする。本当に心にグッとくるエンタメに出会ったことによって、今まで死んでいた心が色づく時がある。おそらく岡本にとって、ヨンが出演するバイオレンス作品が持つエンターテイメント性によって、心が救われ日常に彩りが戻ったのかもしれない。
この解釈は自身がなく、ストーリーを全部追いきれなかった部分もあるので、他にも違った解釈や考察はあるかもしれない。
玉田さん自身もテレビ局のドラマの脚本も担当されたりしているので、日本のテレビ局の製作が、いかにキャストのギャラを削って、脚本家のこだわりを台無しにしてドラマを製作しているかを目の当たりにしているのだろう。だから、今作のような皮肉めいた作品が生み出されたのかもしれない。
テレビドラマが、脚本家が書いたオリジナルの原作を勝手に改編して製作されることは、昨今の日本テレビドラマではよくあることだと思うし、実際に脚本家が告発したこともあるようだ(「相棒」など)。
またさらに面白いのは、今作では日本と韓国のエンタメ製作の違いについても言及されている点である。キム・リハンの主張にあるように、日本と違って韓国ではしっかり約束どおりの出演料を払うだろうし、俳優のもてなしももっと高いものだろう。
そして、予算的にCGが使えないとか、グロテスクな描写は地上波はNGなど、かなりドラマを製作する上での制約のようなものも感じられる(韓国がどこまであるのかはよく知らないが)。
昨今は日本は韓国にエンタメの質的にも負けていると揶揄されることが多くなってきた。その理由は、そういった日本の作品を製作する上での、クリエイターへの待遇だったり尊重だったりが欠けていることも一つの要因なのではないか、という作者の強いメッセージ性も感じられる。これだから、優秀なクリエイターは海外に流出してしまう訳だし、日本にやってくる海外のクリエイターもいなくなってしまうんだよという、ある種風刺劇としても捉えられるのではないだろうか。
そんな具合で、玉田さんが訴えたいメッセージ性は物凄く分かるし、作品を構成する要素としては十分機能するコンテンツを有していると思う。ただ、全体的な構成で見ると、ラストもしっくりこなかったし、いつもの玉田企画の作品ほど、心が突き動かされる作品にはならなかった。きっとブラッシュアップをすれば、もっと良い作品に仕上がる気がしているので、色々と勿体ない気がした。
玉田企画は今年で10周年、これも玉田企画としての新たな取り組みであろう。より面白い演劇ユニットになっていくことを一観劇者として願っている。
↓玉田企画過去作品
↓李そじんさん過去出演作品
↓前原瑞樹さん過去出演作品
↓田中祐希さん過去出演作品
↓伊藤修子さん過去出演作品