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舞台 「あいつをクビにするか」 観劇レビュー 2023/08/24


写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


公演タイトル:「あいつをクビにするか」
劇場:新宿シアタートップス
劇団・企画:ぽこぽこクラブ
脚本:三上陽永
演出:千葉哲也
出演:三上陽永、杉浦一輝、渡辺芳博、舞山裕子、橘花梨、山下直哉、栗原茂、黒沢佳奈、磯部莉菜子、新垣亘平、串田十二夜、木村友美、越後静月
期間:8/17〜8/27(東京)
上演時間:約2時間5分(途中休憩なし)
作品キーワード:サスペンス、ホラー、グロテスク、家族、愛憎劇
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


鴻上尚史さんが主宰していた「虚構の劇団」に所属していた、三上陽永さん、杉浦一輝さん、渡辺芳博さんの3人が2013年に旗揚げし運営している「ぽこぽこクラブ」の公演を初観劇。
「ぽこぽこクラブ」は今年(2023年)に旗揚げ10周年を迎え、今作はその10周年記念公演として俳優であり演出家でもある千葉哲也さんを演出に迎えて上演された。
『あいつをクビにするか』は、2016年に今の王子小劇場で初演され、それを今回は大幅に改訂して新宿シアタートップスで上演されることになった。

物語は、気に入らない先生をクビに追い込む裏サークル「先生をクビにする会」による話。
教員をしていた三田善一(渡辺芳博)は、30代後半にしてやっとの思いで教員になったにも関わらず、たった5年で退職することになった。
その退職はどうやらブラを盗んだことが「先生をクビにする会」によって発覚したからのようであった。
「先生をクビにする会」に所属する女子高校生の阿久沢芽衣(磯部莉菜子)と友人の井尻百子(木村友美)は、次にクビに追い込む教師を誰にするか相談する。
そしてターゲットになったのは、非常におとなしそうな女性教員の香坂夏織(橘花梨)。香坂はターゲットになっていることも知らず、阿久沢芽衣の家族と仲良くなっていく。
なぜ阿久沢芽衣はそのような「先生をクビにする会」などを企画し実行するのか、それは彼女の過去にとんでもなく恐ろしい事実があったからというもの。

今作の作品ジャンルは、サスペンスでもある上にグロいシーンも沢山あって、非常に胸糞悪い展開が繰り広げられる。
それはまるで、映画で例えると園子温監督作品のようなグロテスクさがあって、私が観てきた演劇ではなかなかお目にかかれない異質作品ジャンルだと感じた。
そのため、そういったグロいシチュエーションが苦手な方には辛い演劇になってしまうかもしれない。

しかし、今作はそういったグロテスクさだけではなく、家族の愛憎を描く非常に人間臭いエピソードや、実際に役者同士がキスし合ったりとかなり生々しい形の人間描写が描かれるので、終始胸の中が掻き乱される感覚を味わえた点で非常に面白く感じられた。
親と子供、そして兄弟の関係性、血縁関係は決して切ることの出来ない関係性だからこそ、そこに致命的なトラブルが発生すると家族もろとも巻き込んで地獄に落ちるかのような悲劇が起きてしまう。
個人的には、そういった生々しいオーバーな感情はどこか洋画を観ているかのようで、なかなか他の演劇団体では味わえない演劇体験が出来たように思えた。

新宿シアタートップスという小劇場で、決して演出は洗練されているという感じはないのだけれど、役者同士が生々しく身体的にも感情的にも接触していくような感じにエモさをずっと感じられて、小劇場の魅力がたっぷり詰まった作品に感じられた。

役者陣も演技が皆素晴らしかった。
阿久沢芽衣役を演じた磯部莉菜子さんが演じる女子高校生は、非常に狂気的なのだけれどどこか小悪魔的な魅力があって、そして終盤には感情移入してしまう自分がいて非常に魅力的なキャラクターだったし、それを上手く演じ切っていて素晴らしかった。
また、香坂夏織役を演じた橘花梨さんのあのおとなしい女性と色っぽい女性のギャップも見事で、そういったエモい演技によってどんどん舞台に惹きつけられている感覚があった。

グロい作品やサスペンスが苦手な方、大音量の音響が苦手な方にはお勧めできないが、そうでない方には小劇場の魅力がたっぷり詰まった今作を存分に堪能して欲しいと思った。

写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter





【鑑賞動機】

「ぽこぽこクラブ」は、昨年(2022年)に解散してしまった鴻上尚史さんが主宰する「虚構の劇団」の劇団員によって立ち上がった演劇ユニットであること、また昨年(2022年)には紀伊國屋ホールで『光垂れーる』を上演するなど上演規模も大きくなっているため観劇することにした。今回の上演は、「ぽこぽこクラブ」10周年記念公演であるということ、そして代表作を大幅改訂して上演するという点も観劇しようと思った決めてである。再演というのは、過去人気があった公演を再度上演することが多いので、楽しみにしていた。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、戯曲を買っておらず私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

三田善一(渡辺芳博)は、カラオケボックスで花束を抱えながら歌を歌い始める所だった。三田は、ずっと教員になりたいと思って勉強を続け30代後半になってようやく教員になったものの、たった5年で退職することになって、今日はその教員の退職日だったようである。
三田は歌いながら、スーツの下に身につけていたブラを披露する。そのブラは、職場の高校の女子生徒から奪ったものらしく、それが発覚して教員をクビになったようであった。

女子高生の阿久沢芽衣(磯部莉菜子)と井尻百子(木村友美)、そして男子校生の桐島大輔(串田十二夜)と、担任の香坂夏織(橘花梨)がいた。香坂は非常におとなしい女性教員である。三田も退職になって、この学校は随分とクビになる先生が多いことだと話している。
桐島は香坂に、クビにならないように気をつけた方が良いと忠告する。

芽衣と井尻が二人で歩いていると、クビになった三田が現れる。三田は井尻のブラを盗んだことが発覚して教員をクビになっていた。
芽衣と井尻は、そんな変態な三田を追い払う。
芽衣と井尻と桐島は、気に入らない先生をクビに追い込む裏サークル「先生をクビにする会」をやっていた。三田がクビになったのも彼女らの働きかけがあったからである。この裏サークルの暗躍により三田以前にも3人の教師がクビになっている。
芽衣と桐島は二人で話し合う。次にクビにするターゲットとなる教員を誰にするかと。桐島は、殺したい人ノートというのを持っていて、殺したい人をそのノートに書き込んでいて、そこに名前が書かれている人の誰かにしようと言う。そこには香坂の名前があって、今度クビにするターゲットは香坂にしようと決める。

香坂は缶に入ったアルコール(ビールだか酎ハイだかは分からなかった)を飲みながら泥酔していた。まるで、普段のおとなしい香坂先生とは全く異なる妖艶な印象である。
そこへ桐島がやってくる。桐島は普段の印象とは全く違う香坂に驚く。香坂は、普段はおとなしいがこういった裏の一面もあるのだと桐島に言う。そして桐島はなされるがまま、香坂の色気に惹かれてホテルに行ってしまう。

阿久沢芽衣の家、芽衣の兄である阿久沢誠二(新垣亘平)はヘッドホンで爆音で音楽を聞いていてうるさいと芽衣に叱られて止める。芽衣と誠二は仲が良くて兄妹であるにも関わらずお互いキスしたりしていた。
そこへ、芽衣と誠二の兄である阿久沢和矢(三上陽永)がやってくる。和矢はピアノで演奏を始めて、芽衣は連弾をするが敢えてメロディを外して演奏し始める。
阿久沢家にはさらに人がやってきて、失踪した母の妹にあたる叔母の内海茉希(越後静月)と、突然阿久沢家にお邪魔した香坂がやってくる。また、その場には芽衣の父親である泰吉(山下直哉)もいたが、まるで存在感が0であるかのように暗くおとなしい。
和矢と香坂は話が弾んで、徐々に仲良くなっていく。

一方で近所には焼売屋があった。この焼売屋は、泰吉の兄である阿久沢権蔵(栗原茂)と妻の房子(黒沢佳奈)が営んでいた。また、この焼売屋の阿久沢家の息子の真理雄(杉浦一輝)は知的障害を持っていて、いつも小さなカラフルなボールの付いたリュックを背負っていた。
この焼売屋で芽衣は焼売を買っていく。権蔵たちは、焼売に人の指の肉が入っているよなんて脅したりしていた。権蔵と房子夫婦はいつもガハハと大声で笑って毎日を過ごしていた。天井からはネズミがいる物音がする。それでも大笑いしていた。

ある日、芽衣の実家の玄関に恐ろしいものが置かれていたと大騒ぎする。それは、肉の塊にナイフやフォークなどがブッ刺さった不吉なものだった。

おそらく夜、桐島と芽衣の二人がいる。桐島は「先生をクビにする会」をもうやめないかと言う。先生たちを次々とクビにすることを楽しみにして非常に悪趣味じゃないかと。
そこへ井尻がやってきて、桐島が香坂とホテルへ行ったことを暴露する。桐島はなんで知っているかと言わんばかりの表情で驚く。桐島の行動は、全部井尻と芽衣たちに監視されていた。
しかし、そこへ香坂もやってきて、芽衣たちが「先生をクビにする会」という裏サークルで、自分を今度クビにしようとしていたことを知っていたこともお見通しだったことを告げる。インパクトでコンセントの蓋を取り外すと、そこには盗聴器が仕掛けられていて、そこで知っていたのだと言う。

18年前に遡る。
阿久沢芽衣が生まれる前の阿久沢家は幸せな家族だった。母である阿久沢深雪(舞山裕子)のお腹の中には赤子がいた。父の泰吉もとても明るく社交的だった。兄の和矢と誠二はまだ幼かったけれど元気そうに仲良く遊んでいた。深雪の妹の茉希とも仲良くしていた。
そして、泰吉は兄で焼売屋をやっている権蔵とも仲良くて、よく二人で飲んだりしていた。
芽衣が生まれる。しかし、芽衣はなぜか母の深雪の母乳を飲まなかった。だからミルクを与えて育てる。そして、深雪が芽衣と赤いボールで遊ぼうと思っても、芽衣は全く深雪と遊ぼうとしなかった。深雪は、芽衣に嫌われていることを悩みに思っていた。そんな状況を父の泰吉も権蔵との飲みの場で相談したりしていた。

芽衣は大きくなると、知的障害を持つ焼売屋の息子である真理雄と仲良くなった。そしてよく二人で遊ぶようになった。
芽衣は遊び半分で、「指切り拳万嘘ついたら針千本飲ます、指切った」と言って真理雄の指を刃物で切断してしまう。そしてその指を芽衣はランドセルに入れて持ち帰る。
真理雄の指が切断されたことは大事件になる。そして阿久沢家に帰ってきた芽衣は、ランドセルから人の指を取り出して家族たちを騒然とさせる。母の深雪は発狂する。
権蔵は泰吉や深雪たちと会う。そして権蔵は、彼らをどうしてくれるんだと怒鳴りつける。その状況に深雪は酷く心を痛めてしまう。
深雪は芽衣に対して、なんでそんなことをしたのかと叱りつけるが、芽衣はそれに反発して深雪の首を閉めてしまう。そして深雪の遺体をどこかへと隠す。
家族内では、深雪は行方不明になったと思われる。誠二は、こんなカオスな状況になってしまった阿久沢家を悲観してラップをその場で歌い上げる。
ニュースでは、この一連の事件を報じる。

三田と香坂は林檎を食べながら、芽衣たちを問い詰める。三田は教員をクビにされてから、芽衣と井尻をずっと監視していて、香坂と共に「先生をクビにする会」の存在を暴こうとしていたようであった。
芽衣は行方不明とされている母・深雪の遺体をどこかに隠しているはずだと問い詰められる。芽衣は泣きながら、自分も母から愛されたかった、愛を知りたかったと訴える。
深雪の遺体は、焼売屋の冷凍室に隠していると言う。人々は冷凍室を開けて、そこから複数の黒いビニール袋を取り出す。一同は再び騒然とする。芽衣は母の首を絞めて殺しただけでなく、バラバラに遺体を解体したのかと。誠二もそれを疑う。しかし、芽衣はそこまで卑劣なことはしていないと否定する。

母の遺体をバラバラにした犯人、それは兄の和矢だった。「怪物」であるのは芽衣だけではなく、実は和矢もそうであった。
和矢は、今までの芽衣に対する恨みつらみをぶつけて芽衣の首を絞めようとする。芽衣は苦しみもがく。そこへ真理雄がやってきて、和矢を包丁で刺す。和矢は血だらけになって倒れ、芽衣は救われる。
ここで上演は終了する。

戯曲を買わなかったため、かなりストーリー展開を誤認しているかもしれないが、芽衣が生まれるまでは幸せだった阿久沢家は、芽衣が生まれて母を嫌ったことで愛を知らない女性として育ってしまった。だから平気で人を殺したり、指を切りつけたりできるサイコパスになってしまった。それが原因で真理雄の指を切って、阿久沢家二つは険悪となり、母を芽衣が殺したことによって阿久沢家自身も暗い影を落とすことになってしまった。芽衣は成長して高校生になるも、「先生をクビにする会」を発足して先生を次々とクビに追いやっていく。しかし、それを怪しいと思った三田や香坂らは、そんな芽衣の正体を突き止める。
芽衣自身が、何か外的な環境があって親からの愛を受けられなかったのではなく、先天的に芽衣が悪魔のように母親を嫌い続けるといった内容から、徐々に家庭が崩壊していく様は、どこか洋画にありそうなストーリー展開に感じた。生まれたその子は悪魔だった的なストーリーのように思えた。
ただ、そんな悪魔のような芽衣なのに、どこかで親からの愛を欲していたという点はどう解釈して良いか分からなかった。幼い芽衣は母親のことは嫌いだったけれど、どこかで愛情を受けたかったのかなと思う。もしかしたら、芽衣の育児を深雪にさせすぎていた泰吉がいけなかったのかもしれない。もっと泰吉が深雪の代わりに芽衣の育児に深く関わっていれば、愛をしった女性として成長したのかもしれない。父親からの愛情も大事だとそんなことを思った。

写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

舞台セットはそこまで作り込まれたものではないのだが、言い方が悪くなってしまうが演出の粗さがむしろ小劇場演劇の魅力を上手く引き出してて面白い作品にしていた気がした。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ中央には正方形の台のようなものがあって、その上にダイニングテーブルなどが置かれている。このダイニングテーブルは、阿久沢家のリビングとして使われて、泰吉や茉希などが座っていた記憶がある。また、母の深雪が殺された時もこのテーブルの上に横たわっていた。
ステージ中央奥には、縦に長い長方形のLEDディスプレイが置かれていて、そこにLEDで映像を映し出しす演出がいくつか見られた。例えば、「あいつをクビにするか」のタイトルを表示させたり、ニュース報道だったり、砂嵐の映像を流したり、真っ赤な抽象映像を流したりしていた。また、ステージ上の台も一部LEDディスプレイになっていて、その中央奥の映像と同じように地面からも砂嵐や赤い抽象映像が映されて、なかなか格好良い舞台セットになっていた。
ステージ下手側には、手前側にソファーが、その奥にピアノ(オルガンだったかもしれない)が置かれていた。ソファーは、芽衣と誠二がキスしたりするシーンで使われた。ピアノは、和矢役を演じる三上陽永さんと芽衣役を演じる磯部莉菜子さんの連弾などで使われた。
ステージ上手手前側には、地下へと通じる穴が開けられていて、そこに大きな蓋のようなものが付いていた。これは紛れもなく焼売屋の冷凍庫を表していて、その中に芽衣の母である深雪がいたという設定だった。その空間がしっかり冷凍庫に見えるのが素晴らしくて、中から黄色い光が照らされていたり、扉も勢いよく閉めれば「バシーン」と大きな音が聞こえる仕掛けになっているのも良かった。その冷凍庫の扉の開閉音もなかなか痛々しい音で、観客の心をゾクゾクさせる効果があって良かった。
あとは、上手側の一番手前の端にあるコンセントの蓋も開閉できるようになっていて、香坂がそこから盗聴器を見つけるために使われていて、舞台の隅々まで仕掛けがあるなと思いながら観ていた。

次に舞台照明について。
舞台照明は、物凄く複雑な吊り込みをしていたとかそんな感じではなかったが、ブルーの照明とか白色照明とか、小劇場らしい照明といった感じが印象に残っている。
あとはこのシーンは夜だなとか、これは夕方だなとか昼間だなとかが分かるように最低限なっていたように感じたので、そこの照明演出も分かりやすかった。

次に舞台音響について。
正直全体的に音量はかなり爆音に近いものが多かったので、耳が弱い方にはもう少し配慮した方が良い、もしくは事前に注意喚起があった方が良いかと思った。
ただ演出的には物凄くセンスを感じるし好きだった。あの「ザー」という砂嵐のノイズ、「バシーン」という冷凍庫の閉まる音、天井のネズミが何かをかじる音、どの効果音も観客をゾクゾクと良い意味で嫌な気分にさせてくれるものが多くて、感情を煽ってくれた。
マイクを使って叫ぶのも凄く狂気地味ていて良かった。耳にちょっとキツいくらいの音量なのだけれど、そのキツさがおそらく丁度嫌な感じがする程度なので良い塩梅なのだと思うが、耳にセンシティブな観客がどう思ったかは分からない。
三田を演じた渡辺芳博さんのカラオケも良かったし、誠二役の新垣亘平さんのラップも最高だった。新垣さんのラップは本当に格好良くて、阿久沢家がカオスになったタイミングで鬱憤を晴らすかのように歌い上げるあの爽快感がたまらなかった。
また、和矢と芽衣の連弾も良かった。まず和矢役を演じる三上陽永さんの伴奏がとても素晴らしかったのと、そこを敢えて外しにいく芽衣がとても狂気的だった。あの音を外しにいく心地悪さも演出としてハマっていた。

最後にその他演出について。私自身1回の観劇しかしていないのだが、どうも演出意図を掴みきれていないものもあるので、そこを中心に書いていく。
まずは冷凍庫から出てくる赤いボール。映画『IT/イット "それ"が見えたら終わり』の赤い風船を思い浮かべてしまって、何か悪いことが起きる前兆なのかと思ってしまうが、これは一体何を表しているのか正直分からなかった。深雪は、この赤いボールを使って赤子の芽衣と遊ぼうとしたので、おそらく深雪と芽衣に関連する道具なのだと思う。冷凍庫から赤いボールが出てくる時、きっと母の深雪が芽衣のことを思っている瞬間なのかなと感じた。冷凍庫から深雪を発見する時も、この赤いボールが飛び出してきていたから。
あとは、頭上に赤いボールを被った男性もなんだか分からなかった。先ほどの赤いボールとも関連しているのだろうか。どのシーンで登場したかうろ覚えなので、ちょっと考察出来なかった。
焼売屋の天井にネズミがずっとカリカリかじる音が聞こえてきていたが、あの演出にはどういった意味があったのだろうか。焼売屋の阿久沢権蔵の一家は、どこか人肉を焼売に入れてそうなくらいグロテスクな焼売屋に感じた。そんな焼売屋なので、その邪悪さみたいなものを表現したかったのだろうか、絶対違うと思うが。
あとは、焼売屋の阿久沢家がラジオ体操をやっていたシーンの意味もよく分からなかった。権蔵の一家は「ガハハ」といつも笑っている家族だったので、元気であることを強調させる演出だったのだろうか。
芽衣の自宅にナイフやフォークの刺さった肉が置かれていたのは、これは芽衣の仕業と捉えて良かったのだろうか。「先生をクビにする会」で次のターゲットは香坂先生だったので、その香坂先生が出入りしていた和矢の自宅ということで、玄関にそのような気味の悪い前兆を演出したのだろうか。
また、三田が現在のシーンにも過去のシーンにも登場するが、過去のシーンで教員を絶賛目指している最中ということが頭の鉢巻から分かることで時系列がしっかり整理できる構成も良かった。

写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

小劇場ならではの迫力を感じさせてくれるキャストさんが勢揃いしていて、とても素晴らしい演技を堪能できた。
特に印象に残った役者について記載していく。

まずは、阿久沢芽衣役を演じた磯部莉菜子さん。磯部さんの演技を観るのは初めて。
ちょっと毒のある小悪魔的なものを内部で抱えてそうな感じの女子高生を演じるのがとても素晴らしかった。あのオーラからして、何か悪者というか悪魔というか絶対に正義という感じはしないあのダークな感じのオーラが良かった。
特に印象に残ったのは終盤のシーン。それまではずっと、彼女の芝居を悪魔として観ていたのだけれど、終盤になると徐々に感情移入できる女子高生になっていく。それは、単純に芽衣の生い立ちを知れたからかもしれないが、一番大きかったのは愛とはなんなのかについてひたすら叫んでいたからだと思う。親に愛されず、愛することを知らない女子高生、そこに哀れみを感じられたからどんどんこの芽衣という女性をキャラクターとして好きになっていったのかもしれない。
あとは連弾しているシーンも印象的だったのと、井尻と二人で仲良く女子高生をやっている姿も微笑ましかった。

次に、阿久沢誠二役を務めた新垣亘平さん。新垣さんも初めて演技を拝見する。
頭にヘッドホンをつけて、ラップをやっている姿が非常に似合いすぎていて良かった。芽衣がとんでもない事件を引き起こして、阿久沢家がバラバラになってしまった時、その心境をラップで表現して歌い上げるシーンがとても好きだった。ラップのセンスというのもあるし、単純に歌唱力も素晴らしかった。

今作で一番素晴らしいと思った役者は、香坂夏織役を演じた橘花梨さん。橘さんはCoRich!舞台芸術のYouTubeチャンネルによく出演されているので名前はよく知っており、演技拝見は果報プロデュースの舞台『あゆみ』(2022年10月)以来2度目。
香坂のあのおしとやかなキャラクターと、妖艶なキャラクターのあのギャップが素晴らしすぎた。特に妖艶なキャラクターの演技は、アルコールを口にしながら甘ったるい声で話しかける感じが非常に色気に満ちていて怪演だったと思う。あれは、桐島が誘惑されてホテルへ行ってしまう気持ちも分かる。そのくらい演技に説得力があった。
欲を言えば、もっと香坂の出演シーンを増やして欲しかったかなと思う。序盤に登場して後半のシーンではあまり登場しなかったのでもっと観たかった。

三田善一役を演じた「ぽこぽこクラブ」の渡辺芳博さんも素晴らしかった。渡辺さんの演技は、直近だと「虚構の劇団」の『日本人のへそ』(2022年10月)で拝見している。
渡辺さんは、ちょっとずれたオヤジを演技するのが素晴らしかった。あの演技は渡辺さんでしか出来ないなというコミカルさや仕草が沢山あった。
個人的に好きだったのは、私が観劇した回のみ特別出演してくださった宮崎秋人さんとのシーン。宮崎さんにイライラされながら喫茶店の店員をやる姿が面白かった。

それ以外の役者だと、井尻百子役を演じた木村友美さんの声量が素晴らしかったのと、桐島大輔役の串田十二夜さんのあのナチュラルな演技がハマっていたこと、また阿久沢和矢役の三上陽永さんのラストの演技が狂気地味ていて印象的だった。

写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

初めて「ぽこぽこクラブ」の演劇作品を観劇したが、今作に限ってはなかなかグロテスクだったというか、かなり精神的に削られるものがあるなと感じた。私は昔からグロ系の作品は、興味本位で観てしまうのだが精神的なダメージは大きくて、途中でメンタルやられることが多かったので、今作も普通に精神的ダメージを喰らった。
園子温監督作品などと比べればマイルドだったので、途中退出するようなことはなかったが、そういった普段の観劇体験では感じさせられない胸糞悪さを良い意味で堪能出来たのは良い観劇体験だったなと思っている。
ここでは、阿久沢芽衣を中心に阿久沢家について考察していこうと思う。

戯曲を買わなかったので、人物像についてしっかりと捉えきれていない部分があるかもしれないが、阿久沢家についてもう一度自分の言葉で整理する。
阿久沢芽衣が生まれるまでは、阿久沢泰吉夫婦と子供も、親戚にあたる阿久沢権蔵一家とも仲が良くごくごく普通の家庭だった。しかし、阿久沢芽衣が生まれ、芽衣が母の深雪を全くもって受け付けず、母乳も飲まないし一緒に遊ぼうともしないことなどから、徐々にこの家族に不幸が訪れる。
芽衣は、知的障害を持つ真理雄とは仲が良かった。しかし、突然包丁で真理雄の指を切ってしまう所から悲劇は始まる。それによって、阿久沢泰吉の家族と阿久沢権蔵の家族とでは縁が切れてしまうし、その責任から母の深雪は芽衣を追い詰め、芽衣に殺されてしまう。そして行方不明にさせられてしまう。

芽衣は、深雪とは相性は合わなかったが、他の家族が誰も彼女の面倒をしっかり見なかったことも悲劇を生んだ要因な気がしている。愛情を持って子供が育てば、包丁で人を切るような狂気じみたことはしないだろう。やはりその時点で、阿久沢泰吉の家の家庭環境にも問題があったのではと思ってしまう。
そして母の深雪がいなくなると、父の泰吉は呆然と項垂れるだけになってしまい、深雪の妹の茉希が一緒に住んでいたので、茉希との関係が疑われ始める。また、兄の和矢は香坂と仲良くなってこの家から逃げようと考え始める。
こんな家庭環境が崩壊した状況だったら、芽衣はたしかにまともには育たないだろう。こんなに家庭内でドロドロとした状態があれば、たしかに芽衣と誠二が兄妹なのにキスをするのも納得がいってしまう。

私はこの物語で最後に希望を感じた。それは、真理雄が芽衣を守って和矢を殺したことである。真理雄は知的障害者だが、芽衣とずっと親しくしていて愛情があったことを示唆している。真理雄は、ずっと親しくしてきた芽衣を守りたいという衝動にかられて和矢を殺したのだと思う。この時、芽衣は初めて誰かに守られた、つまり愛情を感じた瞬間だったのではないかと思った。
愛とは何かずっと探してきたけれど、誰にも愛されたことがなかった芽衣は愛というものを知らなかったし愛すことが出来なかった。だからいつも仲良くしていた真理雄に対しても指を切断するようなことをした。しかし、和矢に襲われたとき初めて芽衣が守られるという形で愛を知った。真理雄も知的障害を持っていて、両親からは期待されていなかったが、だからといって酷い扱いをされている訳ではなかった。だからこそいざとなった時に芽衣を助けてくれたのかもしれない。

家族というのは愛情を知る場所なのかもしれない。もしそこで愛を知ることがなかったら、芽衣のように非行に走ってしまうのかもしれない。
親が子供を愛すことの重要性を目の当たりにした演劇のように私は感じた。

写真引用元:ぽこぽこクラブ 公式Twitter


↓渡辺芳博さん、三上陽永さん、木村友美さん出演作品

↓橘花梨さん過去出演作品


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