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音楽劇 「愛と正義」 観劇レビュー 2025/02/23
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公演タイトル:音楽劇「愛と正義」
劇場:KAAT神奈川芸術劇場 <中スタジオ>
企画・制作:KAAT神奈川芸術劇場
作:山本卓卓
演出:益山貴司
音楽:イガキアキコ
振付:黒田育世
出演:一色洋平、山口乃々華、福原冠、入手杏奈、坂口涼太郎、大江麻美子、岡田玲奈
公演期間:2/21〜3/2(神奈川)
上演時間:約2時間30分(途中休憩10分を含む)
作品キーワード:音楽劇、ダンス、春節、SF、善と悪、舞台美術
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
演劇集団「範宙遊泳」の代表であり、『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞している、劇作家・演出家の山本卓卓さんの新作戯曲を、2006年〜2022年まで「劇団子供鉅人」の代表を務め、今では新ユニット「焚きびび」の代表を務める演出家の益山貴司さんの演出により音楽劇として上演。
私自身、山本さんの作品を拝見するのは『東京輪舞』(2024年3月)、『バナナの花は食べられる』(2023年7月)、『心の声など聞こえるか』(2021年12月)に続き4度目であり、益山さんの演出作品を観るのは初めてである。
物語は、現実世界とは別の西暦2025年の世界が舞台。
春節を祝う中華街では愛を奪う謎の現象「愛食み(あいはみ)」が広まっていた。
ヒノムラコチ(一色洋平)とヒノムラソチ(山口乃々華)は結婚して一緒に暮らしお互いに愛し合っていた。
ソチは夢の中で一つの予言を見る。
それは、コチが鬼のような存在に襲われて殺されてしまうという夢だった。
ソチは目を覚まし、すぐにその予言をコチに伝える。一方でコチは、友人のイセガメかれ(福原冠)と共にヒーローとして街中の悪と戦っていた。
コチもかれも「愛食み」という謎の現象が流行っていることを話題にした上で、かれはホノルルから彼女のサクラザカかの(入手杏奈)がやってくるから楽しみなのだと言う。
かれはかのと久しぶりに再会し愛を確かめ合う。
そこへコチのいとこであるエビナウチ(坂口涼太郎)も顔を見せる。
しかしウチは「愛食み」によってとんでもない悪の存在に変異してしまうが...という話である。
まず驚かされるのは、歌とダンスの比率の多さ。
これはもはや音楽劇ではなくミュージカルなのではないかと思わせるくらい多くの楽曲が劇中では披露される。
オープニングは、ソチの夢の中でコチが鬼のような存在によって殺されてしまうというものなのだが、このシーンが全編ミュージカル仕立てになっていて、その歌とダンスで圧倒される世界観に引き込まれた。
身体能力も歌唱力も高いキャスト陣が揃っていて、ステージに対して三方に客席を仕込む構造により、観客は間近に彼らのダンスと歌を堪能出来る贅沢さに心躍らされた。
そして舞台美術が、中華街を舞台にしているということもあり古代中国といったような世界観で、演劇ではあまり見たことのない舞台空間に新鮮な気持ちになった。
天井からは長方形の提灯のようなものが沢山吊り下がっていて、それが上下したり赤や青や緑に光ることで近未来のような古代中国のような摩訶不思議な世界を表現してくれる。
直方体の格子のような移動式のボックスの舞台セットも度々登場し、そのボックスを上手く活かして非常に躍動的な演出に驚かされっぱなしだった。
このボックスを使ったシーンはどれだけ稽古を積んで完成させたのだろうと思わせるくらい、動線は完璧だった上に難易度も高そうに感じられた。
脚本はというと、まず物語設定が別の世界の2025年というパラレルワールドのようなものを描いていて理解し難い部分も多かった。
そして一度観ただけでは消化しきれない箇所も沢山残ってしまった。
脚本の面白さに惹かれたというよりは舞台演出の世界観と歌とダンスで心が満たされる演劇作品だったので、物語に引き込まれる感じはなかった。
ただ、『愛と正義』というタイトルからして山本さんの戯曲らしく、ヒーローが登場したり、愛を確かめ合うシーンが多かったりと熱量も高くて純粋でダイレクトな感情がグッと伝わってきた。
しかし、今作のテーマは善悪二元論なのかというとそうでもなく、自分が悪だと思って見ていたものが実は違っていたり、自分が正義だと思っていたものがそうでなかったりする描写が登場するのは興味深く、悪とは何なのかについて考えさせられた。
役者陣は演技力、ダンスパフォーマンス、歌唱力全てにおいて素晴らしく、こんな上質な芝居をこんな間近で観てしまって良いのかと思うくらいに贅沢な時間を過ごせた。
特に、主人公のヒノムラコチ役を演じた一色洋平さんのヒーローらしい真っ直ぐ勇敢な姿が本当に似合っていてずっと観ていられた。
序盤の鬼に襲われそうになる演技を一人でされるあの表現力も凄いなと思う。
そして、ヒノムラソチ役を演じた山口乃々華さんの歌声といい演技力といい完成されていて、以前ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』(2024年7月)でも演技を拝見したが、本当に素晴らしい才能を持っているので今後の活躍が楽しみである。
そしてエビナウチ役などを演じた坂口涼太郎さんのあのインパクトある芝居も見逃せなかった。
木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(2024年9月)でも感じたが、あの演技の迫力は坂口さんだからこそなせるものだなと感じる。
今作は、舞台演出と役者のダンスパフォーマンスと歌で見せる演劇作品だと思う。
あの贅沢で唯一無二な空間に多くの観客に浸って欲しいと感じた。
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【鑑賞動機】
山本卓卓さんの新作戯曲はいつも楽しみにしていて、最近だと「範宙遊泳」としての活動よりもプロデュース公演としての活動が増えてきている。山本さんの戯曲を他の方が演出したらどうなるのかなどいつも楽しみにしている。今作もKAATで山本さんの新作戯曲を「劇団子供鉅人」だった益山さんが演出されると聞いて、しかも音楽劇と聞いてどんな作品になるのか非常に楽しみだったので観劇することにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
音楽と共に、ヒノムラコチ(一色洋平)が走ってくる。コチは鬼の仮面を被った何かに掴まれたりして悪戦苦闘していた。そこに様々なグレーのタイツを全身に被った鬼のような存在が複数立ち向かってくる。コチはそんな鬼たちを相手に戦う。その様子をヒノムラソチ(山口乃々華)が格子型のボックスの中で見守っている。しかしコチは鬼に斬りつけられて命を失ってしまう。
ベッドの中でコチとソチは性行為をしていた。しかしソチは夢で予言を見たと告げる。コチが何者かに襲われて命を落とす夢だと。ソチはその夢の中に現れた予言が現実で起こらないことを祈っているが、今まで夢の中で出現した予言の中で、当たらなかったのは巨大地震と街から人がいなくなったことの2つだけだと言う。それ以外の予言は当たっているので、今回の予言も当たる可能性が高いのではないかと言う。コチは水筒に入っている水を度々飲みながら、今日もヒーローとして悪と戦うために外へと飛び出していく。
コチは相棒のイセガメかれ(福原冠)と二人でヒーローとして悪と戦っていた。巨大な布から鬼のような存在が登場しそれらをやっつけていく。
コチとかれはヒーローでの一仕事を終えると、最近話題の「愛食む(あいはむ)」のことについて語る。「愛食む」とは、同一空間に居住する者たちが同時多発的に互いの意思とは無関係に仲違いを始めてしまうという現象だという。しかしかれは、そんなこと構わず、ホノルルから彼女が帰ってくると言って迎えに行く。
かれはキャリーケースを持ってやってくるサクラザカかの(入手杏奈)と再会しハグをする。お互い愛し合っていて久しぶりに会えたことを喜ぶ。そこへコチのいとこであるエビナウチ(坂口涼太郎)も現れる。
一方でコチはヒーローでの仕事を終えて自宅に帰る。するとソチは家でずっとスマホを触っていた。「愛食む」が流行っているので、自分たち二人も「愛食む」によって仲違いさせられたら嫌だから、「愛食む」を決していっているのだと言う。
コチは、相棒のかれと話している。そこへ探偵のクロセクロべえ(坂口涼太郎)がやってくる。彼はずっと「つむじ」と言いながらコチのつむじに指を当ててコチのこれからを推理する。
すると、どうやらソチがこの世界から消えてしまったらしいという情報が入る。コチは慌ててすぐにその場を後にしてソチを探す。
ソチは直方体の格子状のボックスの中に閉じ込められている。その周囲には、犬と思しき動物たちも格子状のボックスに閉じ込められていて吠えている。
そこへ、アク(坂口涼太郎)がやってくる。アクはウチに「愛食む」の怪物が憑依した姿であった。ソチはアクに尋ねる。今は一体いつなのかと。アクは今は春節の2日後だと言う。ソチは驚く、もうそんなに時間が経ってしまったのかと。ソチは、コチが自分が行方不明になってしまったことを心配しているだろうから、早く解放して欲しいと強く懇願する。しかしアクは、ソチの身体はコチのものではないではないし、誰のものでもないではないかと反論する。
アクはインパクトのようなものを持ってソチを脅す。そしてソチを騙して緑色の液体のようなものを無理やり飲ませる。コチからソチに向かって電話がかかってくる。しかし、アクはソチになりすましてもうソチはコチのことを愛していないといった素振りをして返し、コチを勘違いさせてしまう。
ソチを失ったコチは必死で走って探し回り、悲しみに暮れる。
幕間に入る。
コチの家にかれとかのがやってくる。コチはソチがいなくなってしまって気が気でないが、かれとかのはお互いに愛を確かめ合ってコチの家なのにずっとイチャイチャしている。
コチは予言の話をする。そっちの話かとかれはびっくりする。コチはソチが見ていた予言が、今回のことと関連するのではないかと疑う。
そこへ、ウチが現れる。しかしウチの様子がおかしい。それは「愛食む」の怪物が憑依していてアクになっているからである。アクは、マグロの解体で使う刀を持っている。そして一つの銀色のボックスを取り出して、この中にあるものが入っていると言う。かれとかのはその銀色のボックスの中身を覗くと、そこにはクロべえの生首が入っていると大騒ぎする。
コチはウチを許さないと言う、そしてウチがソチを隠しているのだろうと。どうしてどんな極悪なことをするのかとコチは訴える。
コチは銀色のボックスからクロべえの首を取り出そうとするが、まさかのマグロの頭部だった。先ほどまではクロべえの生首だと思っていたのに変わっていると。ウチはそもそもクロべえを殺していないと言う。そう思い込んでいるだけだと。
ソチは囚われていて、直方体の格子状のボックスに閉じ込められている。それをアクは見張っている。そこへコチが助けにやってくる。コチはアクと対峙するが、そこには複数の鬼が現れて、その鬼退治にコチは苦戦する。
何とかコチは鬼たちを打ち払ったものの、今度はアクがソチに鬼のお面を渡す。するとソチは、鬼のお面を被って刀を持ってコチに襲いかかる。コチはそのままソチに斬りつけられてしまい命を落とし、高台から飛び降りる。なんとソチの予言は的中したが、コチを殺したのは悪ではなく最愛のパートナーであるソチだったのである。そのままソチは、コチが飛び降りた方へ飛び降りて続く。アクもそれに続く。
ベッドの上でソチとウチが性行為をしている。ソチは我に返ると、ウチと一緒にベッドインしていることに発狂し逃げる。どうしてこんなことになってしまったのかとソチは混乱する。ウチは、今は西暦2028年でウチとソチは結ばれたじゃないかと説得する。しかしソチは、自分はウチではなくコチと結婚したと主張する。ソチは逃げ出す。
ソチは外でコチと出会う。コチはソチのことをあまりよく覚えていないようで、非常に距離感のある対応をする。そして二人が出会うのは二度目だとも言う。ソチは必死でかつて結婚していて苗字が同じであることなどをコチに訴えかけるが、コチには話が通じていないようだった。
ソチとかれとかのが3人でいる所に巨大な布が現れ、そこから鬼たちが姿を現す。三人は力を合わせて鬼と戦う。コチもやってきて一緒に戦うが、コチは再び鬼たちに斬りつけられて倒れてしまう。
しかし、大きな風が吹き荒れてコチは蘇ると「春一番」と書かれた乗り物によって駆け回る。そして、第一章の「愛と正義」は終わり、第二章へと続くことが映像で表示される。
ここで上演は終了する。
中国の春節をテーマに演劇の戯曲を書いていくという発想は新鮮だったし、設定としては非常に面白いと感じたが、正直全体的に脚本は全体的にとっ散らかっている感じがあって理解はしきれなかった。結局ウチとアクはどうなったのか、最終的にコチとソチはハッピーエンドだったのか、終盤の展開が理解しきれず続編に続くようなので結末を描かなくても良いのかもしれないが、舞台美術の世界観とダンスと歌唱力によってずっと見れてしまう演劇作品で、脚本にそこまで目が向かなくても楽しめちゃうことを良いことになあなあになっているように思えた。
この世界は、今私たちが暮らしている世界線とは違う世界線で、予言されて起きなかった巨大地震と街から人がいなくなるというのは、それぞれ東日本大震災とコロナ禍かなと思った。つまり、的中しなかった予言は現実世界で起きていて、的中した予言は全て向こうの世界線で起きていたということかと解釈した。
そのため、きっと「愛食む」も私たちが暮らす世界線では起きなくて、向こうの世界線で代わりに起きた事象なのかなと解釈している。
劇中で、パートナーは誰のものかという哲学的なテーマがあって、誰のものかなんて定義できないが少なくともパートナーとして結ばれた以上、パートナーの所有物とまではいかないけれど関わってはくるよなと思う。
そして、善悪の二元論ではなく、人は誰しもが悪になり得るし善悪をキッパリと定義できないよなと思った。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
春節をテーマにしているということもあり、古代中国の摩訶不思議な世界観に魅了され、ずっと浸っていたい気持ちでいっぱいだった。正直こんな神秘的な世界観を舞台演劇で観たことがなかったので、それだけでも十分観劇出来て良かったと思える作品だった。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
まずステージの使い方だが、KAAT神奈川芸術劇場中スタジオは、客席が固定ではなく自由に仕込めるスタイルが取れる劇場なのだが、三方に客席のブロックを設けてステージを囲うかのようにして設置されている。ステージ自体は長方形で入り口側から奥に向かって長いステージとなっている。入り口から入って手前側と、上手側、下手側両サイドが客席になっている。
基本的にはステージ上には何も固定で仕込まれている装置はなく、キャスターのついた舞台装置が運び込まれることによって、場面も切り替わったりする。キャスターのついた直方体の格子状のボックスが載せられた舞台装置は複数台用意されており、それらを役者たちが運び込んだり捌けたりすることによって、躍動的なシーンを作り上げている。
このキャスターを使って仕切りに移動させてシーンを作り上げる演出がなんとも素晴らしかった。相当役者さんはこの動線を覚えるのに苦労しただろうと思うし、相当練習を積まないと実現しないよなとも思う。私が観劇した回ではミスなくスムーズにこなされていて非常に綺麗だったし、その躍動感にずっと釘付けだったので本当に素晴らしかった。
ソチは、そのキャスターのついた舞台装置に乗って登場することが多く、ボックスの中に閉じ込められているシーンが多いように感じた。それはまるで、ソチという存在が摩訶不思議な世界に迷い込んでしまったかのようで、夢の中のシーンであることもあるのだが、混沌とした世界に翻弄される様にも思えた。
中盤のシーンで、この舞台セットに犬と思しき動物に扮した役者が乗って、動物の檻を表現しているのも興味深かった。そこにはどことなく気味の悪さも立ち込めていて、キャスターの舞台セットを様々に使っているのが良かった。
また、終盤で登場した「春一番」と書かれた山車のような乗り物もインパクトがあった。飾り付けも豪華で煌々と光り輝いているので、確かにディズニーランドのエレクトリカルパレードにも見えなくもない。きっと今の上演シーズンを見越して「春一番」とかいて季節の訪れを表現したかったのだろうと思ったが、意図はよく分からなかった。
次に映像について。
映像といっても、ラストで第一章が終わり第二章へと続くと表示されるくらいなのだが、そこで今作は続編があるお話なのかと驚かされた。そして私が観劇した回は、映像のオペミスがあったらしく「つづく」しか表示されず、アフタートークで益山さんが解説してくれた。
次に衣装について。
今回の衣装は本当にユニークな衣装ばかりで、カンフー的なものを想起させられた。コチやかれの衣装は、まるでサンシャイン池崎の衣装を青や緑にしたみたいと言うと失礼なのかもしれないが、動きやすそうでムエタイとかやっていそうな格好で、こんな舞台衣装もユニークで面白いなと感じた。
コチの背中には巨大な乾電池のような鞄を背負っていた。これは燃料を補給するための何かであろうか。そして仕切りに水筒で飲み物を補給していた。
ソチは白い衣装で長めのスカートを履いていて清楚な印象を受けた。一方でかのは、髪の毛も金髪に染めていて、ピンクなどのカラフルな衣装を着て奇抜で尖っている感じだった。ウチ、アクの衣装も奇抜だった。
個人的にはクロべえの衣装も好きだった。キョンシーのような、真っ黒い衣装に包まれてお腹に何か入れて凄く太っているように見せるビジュアルがとても好きだったし、それを器用にこなす坂口涼太郎さんも素晴らしかった。
次に舞台照明について。今作の舞台照明は非常に趣向が凝らされていて素敵だった。
まず、天井から数多吊り下げられている直方体の提灯のようなものが、上下に移動するのと赤や青、緑や黄色にネオンのように光って世界観を作り出しているのが神秘的で素敵だった。
あとは全体的に照明はブルーや紫でステージ上を照らすことが多かったように思う。特に音楽と歌が入るパートはそうであった記憶である。
犬が沢山檻に閉じ込めらているシーンで、キャスターのついた舞台装置の格子状に沿って白く蛍光灯のようなものが光る照明演出は、不気味さを引き立てるよなと思って見ていた。
次に舞台音響について。
今作は音楽劇というよりはミュージカルに近い形での上演で、割と歌が入るシーンも多々あった。歌に関してはソチ演じる山口乃々華さんがメインで歌っていたようにも思う。
また歌が入らないシーンでも、BGMが流れているシーンも多く、音楽がないシーンがそこまでなかった印象だった。
音楽は、イガキアキコさんが担当しており、かなりのパートで楽曲が使用されていたので、それらを全て作り上げていたとなるとかなりの大仕事だったのではないかと思う。
最後にその他演出について。
今作はなんといってもダンスパフォーマンスも素晴らしかった。振付にはダンスカンパニー「BATIK」の主宰である黒田育世さんが担当しており、全体的に激しいダンスパフォーマンスが多かったように思う。特に入手杏奈さん、大江麻美子さん、岡田玲奈さんの3人によるアンサンブルとしてのダンスパフォーマンスは、鬼を演じたり犬を演じたりとグレーのタイツのようなものを着ながら披露していて印象に残った。
あとは、序盤でコチとソチが、終盤ではソチとウチがベッドで性行為をしているかのようなシーンが登場するのだが、山本さんの戯曲は割とそういうシーンをストレートに描くものが多いよなと思う。『バナナの花は食べられる』でも『東京輪舞』でもあったと認識している。特にソチ役の山口乃々華さんは、そのシーンをしっかり演じていて凄いなとも思う。
アクがインパクトを取り出してソチを脅すシーンも印象に残った。あれは本物のインパクトだったよなと思う。本当にスイッチを入れて彼女の胸ぐら辺りまで近づけて脅す演出は危なくないのかなとも思いつつ、アクの迫力を感じた。
巨大な銀色の布のようなものを使った演出も印象に残った。そこからダンスパフォーマーたちが登場するのも。
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
演技力、歌唱力、身体表現、全ての能力が突出した役者陣が揃っていて、そんな方々の芝居をこんな近距離で観劇して良いのですか?というくらい豪華な演劇作品だった。
特に印象に残った役者について記載する。
まずは、主人公のヒーローであるヒノムラコチ役を演じた一色洋平さん。一色さんの演技は、サードステージ『朝日のような夕日をつれて2024』(2024年8月)で一度演技を拝見したことがある。
『朝日のような夕日をつれて2024』では、5人の役者のうち一番華奢で小柄であるが故にコメディ役に徹している感じがあって好きだったが、今作ではヒーローということで本当に童心を忘れないわんぱくな感じ、そして正義感の強さみたいなものが滲み出ている演技に、改めて一色さんに合っているなと感じていた。
一色さんは小柄なので、いつもステージ上をちょこちょこ駆け回っている印象がある。そして今作でもずっと動き回っていた印象があった。常にステージを行ったり来たりしていて、物凄く体力があるのだろうなと感じさせる。『朝日のような夕日をつれて2024』も体力がないと出来ないので、体力勝負の役が一色さんには適任なのだと思う。
コチとソチの二人だけのシーンは本当に睦まじくて引き込まれるシーンだなと思う。ソチのことを真っ直ぐ大切にして愛し続ける姿が、山本さんのどストレートな脚本とも重なっていた。
ラストの「春一番」と書かれた山車のような乗り物に乗って暴れる姿も、一色さんのわんぱくさが滲み出ていて良かった。
次に、ヒノムラソチ役を演じた山口乃々華さん。山口さんは、ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』(2024年7月)で演技を一度拝見している。また、ミュージカル『SPY×FAMILY』や舞台『呪術廻戦』など2.5次元俳優としてご活躍されている。
山口さんは本当に歌声が素晴らしくて、それは『ラフへスト〜残されたもの』を拝見した時にも感じたのだけれど、もちろん歌声が素晴らしいということと共に、その歌声に感情移入しやすくて共感して心動かされてしまう魅力を持っているのが凄い所だと思う。今作だと悲劇のヒロイン的な役割だが、彼女が翻弄される様に本当に心から胸を打ち付けられる感じがあって、そのくらい観客の心を揺り動かしてくれるのは山口さんの演技力と歌声あってだと思う。
山口さんの演技は凄くピュアで純粋で透き通るような感じだと思った。相手に対して何かを求めるとき、相手に対して怒る時、それぞれの喜怒哀楽がはっきりしていて、そこに演技力としての魅力を感じる。
特に見応えのあったシーンは、ウチがアクに変化してしまい閉じ込められて緑色の液体を飲ませられてしまうシーン。必死で抵抗するソチは本当に素晴らしかったし、インパクトで脅されたり緑の液体を飲ませられる時に叫ぶ姿にもグッときた。
また、第二幕のソチがしばらくぶりにコチに会った時に、完全に赤の他人のような接し方をされた時のソチの悲しむ姿も印象に残った。山口さんの演技は、本当に人々の心を動かしてくれる。
コチの相棒である同じくヒーローのイセガメかれ役を演じた「範宙遊泳」所属の福原冠さんも素晴らしかった。
福原さんの演技は「範宙遊泳」の作品でもそれ以外でも何度か演技を拝見しているが、今作では『バナナの花は食べられる』で百三と穴ちゃんのコンビのように童心に返って仲良く元気よくやっている演技が印象的だった。
また、サクラザカかのとイチャイチャしている感じも福原さんと入手さんだからこそできる役にも思えて良かった。絶対に一色さんと山口さんではこんなイチャイチャは出来ないよなと思う。
そして、ウチ、アク、クロセクロべえ役を演じた坂口涼太郎さんも素晴らしかった。坂口さんの演技は、木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』(2024年9月)で拝見している。
坂口さんの演技は、本当に歌舞伎俳優なのかというくらい声量もあって存在感が凄く強い印象がある。そして今作でもその堂々とした存在感を存分に発揮して、コチとそちを徹底的に苦しめる役が非常にハマっていた。
坂口さんの悪役は本当に迫力あるし、これなら誰だって怖気付いてしまうと思う。あそこまで悪者に徹して演技が出来る素晴らしさをまずは賞賛したい。
そして三役を見事にこなしているのも素晴らしい。特にクロべえの役はコミカルだったが、坂口さんはこんな役も出来るのかと演技の幅の広さも見た。
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
私は、2/23(日)の14:00の回を観劇して、芸術監督の長塚圭史さん、山本さん、益山さんのアフタートークを聞いたのだが、今作の創作過程などを聞くことが出来て興味深かった。そして、それらを熱心にメモに残す若い観客もちらほらいて、演劇関係者なのだと思うが熱心に演劇に向き合っている姿を見て温かい気持ちになった。
ここでは、今作の戯曲について個人的に思った感想をつらつらと書いてみる。
まず最初に『愛と正義』というタイトルを最初に聞いたとき、なんとも山本さんの戯曲らしいタイトルなのだと思った。特に山本さんの作品だと『バナナの花は食べられる』の印象が強いので、感情をどストレートに嘘偽りなく表現する戯曲というイメージがあって、そこから考えると『愛と正義』というタイトルはドンピシャに感じた。またこの作品で、山本さんが感情をど直球に表した戯曲を仕上げてくるのだろうなと思った。だからこそ、『バナナの花は食べられる』からの派生の作品になるのではないかとも予想していた。
結果、一部は合っていたように思えた。それは、ヒーローものであったということとコチとかれという相棒の関係もあったからだと思う。このあたりは、どこか『バナナの花は食べられる』を想起させる。
一方で、山本さんの戯曲はデジタルという存在についても言及されることがある。『バナナの花は食べられる』でも、上手く映像演出を使いながらテクノロジーやSNSを上手く取り入れていた。今作でも、「愛食む」に絡んでくる部分において一部スマホなどが登場してテクノロジーに絡めるシーンがあった。
山本さんの作品は、割とSFの要素もあるように感じるが特に今作はその要素は大きかった。春節という中国のイベントを引用して現実世界ともう一つの世界を描いている点はSFらしさを感じる。
特に私たちはコロナ禍を経験したので、コロナ禍が起きていなかった世界はどうなっていただろうかと考えることがある。そこから派生してパラレルワールドを描く作品は複数触れたことがあるが、今作も直接的にコロナ禍を描いていないもののそこからインスピレーションされて創作している節もあるんじゃないかと思わせる。
最愛のパートナーが存在しないパラレルワールドの世界、特にソチがコチと久しぶりに会って二度目に会ったことになってしまっているシーンは非常にSF的だった。
『愛と正義』というタイトルから一部は想定と合っていたという話をしたと思うが、完全に予想を外したメッセージ性がある。それは、今作のテーマが善悪二元論ではないということである。
劇中のシーンで一部、映画『セブン』から着想を得て作ったのではないかというシーンがあった。ウチに「愛食む」が憑依したアクがコチの家にやってきて、銀色のボックスの中身を見てみろと指図するシーンである。私は最初、ソチの生首が入っているのかと思った。しかし、中に入っていたのはクロべえだとかれとかのは叫んでいたが、いざコチが中を開けてみると中にはマグロの頭部が入っていた。
この描写から何が言えるのだろうか。私はこう読み取った。悪というのはそのものが存在するのではなく、勝手な自分の思い込みによって生み出されると。コチはアクをずっと悪だと思って接してきたが、それによって見えなくなっているものもあるのかもしれないと。
映画『セブン』でも、善と悪の二元論なのではなく、ブラッド・ピット演じる刑事が妻を殺したという理由でジョン・ドゥを怒り殺してしまうように、悪というのは絶対的に存在するものではなく自分も状況によっては悪になりかねないということを描いている。
コチは正義のヒーローとして戦ってきたが、その正義とは如何なるものなのかという哲学的なテーマを突きつけるような作品だということは、山本さんの戯曲にしては意外に感じた。
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↓山本卓卓さん作品
↓一色洋平さん過去出演作品
↓山口乃々華さん過去出演作品
↓福原冠さん過去出演作品
↓入手杏奈さん過去出演作品
↓坂口涼太郎さん過去出演作品