ホゲ・リプレゼンテーション(エゴイスト感想)
少しブームは過ぎたけれど映画「エゴイスト」の話をしたい。
もちろんストーリーも素晴らしいのだが、今回主演の鈴木亮平さんの演技がとても素晴らしく、インタビューにも配慮を持って臨んでいる姿がとても印象的だった。
マイノリティのリプレゼンテーション(表象)の問題は日本では多分殆ど議論されることはない。LGBTQの当事者の役者はほぼ皆無だし、障害を持ってる人や特定の人種などの当事者が必ずしもその役に割り当てられることはない。
絶対にすべての作品でそうでなければならないととまでは自分は思わないがエンパワーの観点からも多少なりとも有ったほうがいいのは確かだと思っている。そんな中でこの作品はそこまでは至っていないものの、今の日本において真摯にリプレゼントの問題に向き合っているように感じた。
ゲイの文化で「ホゲる」という言葉がある。わかりやすく言うとオネエっぽく振る舞うということを指す言葉だ。
このホゲてる描写がこの映画では描かれていた。というか鈴木亮平さんがホゲ散らかしていた。この「ホゲ」というものはゲイの中でも賛否両論あり、自分はわりと苦手で日常的にホゲている人を見ると後退りしたくなるのであるが、原作者の方はボケまくってた方だったらしい。結果としてちょっとステレオタイプなオネエなゲイ像を描くことになったようだ。
ただ、そこで鈴木亮平さんが単なるステレオタイプで終わらせなかったところが素晴らしかった。
自分もそうだが、誰でもその場に応じた振る舞いをする。ノンケであろうがゲイであろうが関係なく。それはドレスコードのようなもので、会社、家族、ノンケ友達、ゲイの友達とそれぞれ雰囲気や口調、仕草を無意識であれ意識的であれその場の規範に沿って変えて振る舞っている。
テレビの取材で鈴木亮平さんが当事者へのインタビューから得た知見で、意識的にホゲの度合いを話している相手に合わせて変えて、一面的なステレオタイプの描写で偏見を助長させないようにしていたという話をしていて非常に重層的な役作りをされたのだとただただ尊敬した。原作者本人に忠実にすればするほど、ある種ステレオタイプを植え付けるような演技になってしまうことになると感じていて、そこの塩梅をどうするかが悩ましかったとのことだった。
自分が初め見たときもいわゆるアイコニックなゲイ/オネエ像を描いているのかなと少し思ったがよくよく見てみると人によって少しずつその度合いが変わっていた。例えば仕事ではわりと80%ゲイな感じであり、ゲイの友達との飲みの場だと完全にオネエになり、家族や恋人の親の前ではしっかりとした男性として振る舞っている。
事前情報無しで一度見終えてホゲてるけどなんか違和感なく見れるなと思った感覚があったが、その後各種メディアのインタビューを一通り見てなるほどと思った。これは自分たちをしっかり映している映画だと。
映画のテーマ自体は普遍的なものであったが、ことゲイの描写の仕方はホゲの描写を含めて良くも悪くもとても自然だった。LGBTQの監修がつき、当事者へのインタビューの機会や実際の演技指導もされていて、多分インタビューにおいてもキャスト・監督の発言まで徹底して配慮があったと思う。
結局一番最初の回に手ブレで画面酔いをしたため2回見ることになったが、色々映画製作側の話をインプットした上で鑑賞した時、この作品で行われたのは今の日本においてできる最大限のリプレゼンテーションだったのかなと思った。
ほかにも映画のストーリーの内容自体も素晴らしく、同性愛に限らずエゴとはなんなのか、主人公たちに同性婚などの社会制度があったなら…など語りたいことは沢山あるが、それはまた別の機会にしたい。
何はともあれ日本クイア映画としておすすめの一作である。
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