見出し画像

年生?、回生?①


前回の雑記では「パンキョウ」について、あれこれしました。

そうすると、スタッフから、エリアによって「〇年生」と「〇回生」と、「言い方が違うのですか?」という話題になりました。

ということで、今回は「年生」と「回生」は何が違うのか、あれこれしたいと思います。

筆者は以前にも小出しをしたことがある通り、関西の大学出身なので、「回生」が普通だと思っていました。しかし、東京の職場に移ってからある仕事をしていた際に、アルバ イト諸君に「あなたは何回生なの?」と聞いたところ、「職員さん(筆者のこと)は、 関西の大学出身ですか?」と言われ、「なんでわかるの?」と聞くと、「こちらでは〇年生というのが普通で、関西では“回 生”というのが普通なんですよね?」と言われ、はじめて「そうなんだ!」と思った記憶があ ります。

そもそも、関東と関西の大学では何が違うんでしょうね?

グーグル先生で調べてみると、いろいろと出てきました。

2011 年7月29日に掲載されたNIKKEI STYLE の記事「大学4 年生、関西ではなぜ「4 回生」と呼ぶのか」によると、関西で「回生」とする背景は京都大学にあるようです。京都大学(当時は京都帝国大学)は、1897 年(明治30 年)に関西で最初に設置された大学で、記事によると、1925 年の学内の新聞ですでに「回生」と使われていたそうです。

 

 

なるほど、関西では、すでに京都大学が設置された段階で「回生」が使われていたのですね。

しかしながら、ルーツはわかったのですが、「なぜ関西の大学では“回生”」なんでしょうか。

先程の NIKKEI STYLE の記事や、他のネット記事、資料等をあたってみると、「年生」にせよ、「回生」にせよ、正式な文書で使用されている表現ではないようです。

例えば、昭 和31 年に文部科学省が定めた「大学設置基準」(学校教育法第三条、第八条、第六十三条等に基づく)では、「教育課程は、各授業科目を必修科目、選択科目及び自由科目に分け、これを各年次に配当して編成するものとする」(第二十条)とか、「大学は、学生が 各年次にわたって適切に授業科目を履修するため、卒業の要件として学生が修得すべき単位数について・・・」(第二十七条の二)といったように、「年次」という言い方がされており、年生、回生という表現は見当たりません。したがって、「年生」や「回生」という言葉は、大学の現場で使われてい た表現ということになりそうです。

となると、やはり、ルーツから探る必要がありそうですね。

再びネット記事をあれこれ見てみると、1897 年に設置された京都帝国大学を基準とするならば、回生と年生の分岐点は、それ以前に唯一存在した東京大学(当時は1879 年当時は東京帝国大学)の教育制度に関連しているようです。

東京大学は、帝国大学令により1886 年(明治19 年)3月2日に設置された大学ですが、当時は「唯一の」大学だったため、単に「帝国大学」という名称で設置されました。その 11 年後にあたる1897 年には京都に帝国大学が設置されたことから、「東京帝国大学」と改称され、そこからは、東京帝国大学、京都帝国大学として呼ばれるようになります。

さて、この東京帝国大学(帝国大学、東京大学)ですが、当時の教育制度を知る資料とし て「帝国大学一覧」というものを発見しました。現在で言う「募集要項」から「履修要項」など当該年度における大学の決まりごとを記した冊子(パンフ?)のようですが、明 治19 年から20 年のものを参考にすると、第四章第三「試業及卒業証書」の第七(項)をみると、毎学年の終わりに規定の成績によって学生の昇降または退学となるとあり、第九(項)では、進級できなかった学生は、次学年(年度)の第1学期より原級(当該学年) の授業を再履修するとあります。

つまり、(東京)帝国大学では、明治19 年の時点で、昇降を伴う「学年」という考え方で運営していたことになります。

明治19 年-20 年(東京)帝国大学一覧(国立国会デジタルコレクションより)

一方の京都帝国大学はどうなのでしょうか。

同じように、「京都帝国大学一覧」というものが存在しており、開学当時の明治30 年のものをみると、やはり、(東京)帝国大学と同じような記載がありました!

この一覧の「京都帝国大学分科大学通則」の第五章「試問」の項目をみると、(東京)帝国大学よりも簡潔に書かれてあり、これに該当する項目である第二十九条には、専攻学科各科目の試問に及第したものは、卒業試問を請求できるとだけ書いてあります。(東京)帝国大学のように、再履修とか、当該年度の級からの昇降などについての記載はありませんでした。

明治30 年-33 年京都帝国大学一覧(国立国会デジタルコレクションより)

なお、明治30 年と言えば、京都帝国大学が設置された年度であるため、初年度ということを考えると、制度等が整っていない可能性もあったので、念の為、明治31 年度、32 年度の一覧も見てみましたが、項目が増えて条数こそ変わっていましたが、第二十九条の内容 については、いずれも30 年度と同じ記載となっていました。ということは、京都帝国大学の場合は、(東京)帝国大学とは専攻科目の単位認定のところから異なっていた、ということになります。

今回も、長くなってしまいましたので、続きは次回にさせてください。

#東京大学 #京都大学 #帝国大学 #関東と関西 #関東 #関西 #単位認定 #学期 #回生 #教育制度 #一般教養 #パンキョウ #代々木ゼミナール #代ゼミ教育総研