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おじいちゃんが買ってくれた腕時計

母方のおじいちゃんは頑固だ。おじいちゃんだから頑固なのか、元々頑固だったのか不明だ。

ある日、久々に京都に来たいと言うので、はるばるやってきたおじいちゃん。滞在期間は1週間くらい。

80歳のおじいちゃんは、すでに衰えていた。日中はベッドでゆっくりしていて、ご飯時だけ、ぬくっと起きてきて、娘(私のおかん)のご飯を食べる。元気なときは、その辺をホリホリと散歩するといった具合。

ある日、仕事で外回り中に電話が鳴った。おかんからだった。電話の向こうのおかんは、騒がしかった。

「ちょっとあんた!今すぐ大丸きて!おじいちゃんがな、いきなりあんたに時計買ったるって言い出してん!何言うても聞かへんから今、大丸にいんねん!とりあえず、はよきて!」

有無を言わされずに、すぐに大丸に向かった。一度スイッチが入った老人は止まらないことを僕は知っていた。

少し嬉しい気持ちとめんどくさい気持ちの両方を抱えながら、時計売り場へ向かった。売り場には、おかんと杖をついたおじいちゃんがいた。そして、すぐにおじいちゃんのペースに飲まれた。

「どれでもええから、時計ええやつこうたる!どれにすんねや!おじいちゃんはなぁ、もう立ってるん疲れたわ!はよ選べ!はよ選べよ!はよ買って帰るぞ!」

ちょっと待て待てと頭で整理する暇さえ与えてくれない。これぞおじいちゃんのペースである。優先すべくは、おじいちゃんが孫の僕にええ時計買ったった感を味わうことだ。かといって、全く自分の趣味と異なる時計を選ぶのは違う。一瞬で色々考えた。そしてちょうどいい塩梅をはじき出した結果、ポールスミスで5~9万あたりの腕時計がいいと判断した。店員さんに価格帯とブランドを告げ、おすすめの腕時計を5本出してもらう。

「これにせい、あれにせい」とおじいちゃんは横から言いたい放題である。急かされながらもお気に入りを一つ選び、店員さんに「これにします」と買いたい時計に指を指す。

その瞬間、おじいちゃんが動いた。店員さんが綺麗に並べてくれていた時計を素手でバシャーとはらいのけて、いかにも自分が選びましたといわんばかりに選んだ時計を鷲掴み。「これ頼むわ!はよして!」と店員さんに手渡す。

僕とおかんは慌てて、「すんません、すんません!すんませんけど、これでお願いします」と平謝りしながら、はちゃめちゃにした時計を丁寧に並べ直した。

無事購入。

おじいちゃんは満足気だった。その顔を見て、買ってもらったばかりの腕時計を見て、私も嬉しい気持ちになった。

おかんの電話から購入までの時間、およそ30分。百貨店、滞在時間10分の出来事であった。


・こぼれ話 〜手紙〜

結婚式にもらった手紙

大丸での出来事があってからもぼちぼち元気に過ごしていたおじいちゃんだったが、6年前に亡くなった。僕らの結婚式の1ヶ月後だった。寝たきりになっていたため、式には出席できなかった。しかし、病床で手紙を書いてくれた。叔母曰く、震える手を押さえながら、ゆっくり丁寧に書いていたそうな。そうは思えないほど、しっかりとした文字である。頑固なおじいちゃんらしい字。結婚式の中盤、嫁さんがお色直しに行っているときに高砂席で叔母からこの手紙を渡されたときは泣いた。

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