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チンパンジーのコアリション・ゲーム───タイマン最強の猿でも群れのトップに立つことができないギャング社会。 #Coal ⑵ |エボサイマガジン

" 礼儀は賢いことであり、非礼は愚かなことだ。非礼を不必要に気ままに行うことによって敵をつくることは、わが家に放火するようなものだ。"
ショーペンハウアー



# チンパンジーのコアリション‪·‬ゲーム


────前回(#Coal⑴ )、俺たちサピエンスは〝コアリション‪·‬ゲーム〟に進化的に適応した動物だ、という話をした。

オレやオマエを含め各サピエンス個体は、意識していようとなかろうと、人間社会のなかで遺伝子生存競争を有利に展開していくために、「連合/コアリション」を作り、あるいは「連合/コアリション」に参加し、「チーム戦」によって自らの適応的勝利を目指している。

────つまりどういうことか。ホモ・サピエンスは、タイマンで闘うことを遺伝子プログラム的に強いられている自然界の大多数の動物種とは違い、ギャングのようにチームを組んで殴り合うことができる動物だということだ。

"「テメェ、タイマンも張れねえのか」「タイマン?誰がそんな約束したよ?コイツらはテメー用に用意した喧嘩のエキスパートだ。」"  

(『東京卍リベンジャーズ』第54話)


それぞれ進化的に異なる経路を辿ってここまで来たために、オレたちヒトにとってはできて当たり前のことが、他の動物種にはできない、ということは山ほどある(むろん、その逆もあるが)。コアリション形成スキルはその代表的な一つとして挙げられる技能だ。

イヌに日本語を喋らせることができないのと同様、いくら高い学習能力をもつ(=後天的な適応のために学習能力が進化している)種の動物であっても、そもそもの遺伝的な基礎を持たなければ習得不可能な生物学的技能はある(イヌの脳には言語野が欠けている)。

しかし、オレたちと同じく〝パーティギャング種(=徒党種)〟であるチンパンジーは、コアリション形成スキルを進化的に獲得している。ヒトとチンパンジーは先祖を共有しているから、共通祖先のいずれかの段階で遺伝子に搭載されたスキルなのだろう。

したがって、チンパンジー社会の日常では、オレたちヒト社会の日常同様に、〝コアリション‪‪·‬ゲーム〟が人知れず展開されている。


人知れず」と言ったがこれを人に知らしめたのが、ご存じオランダ人霊長類学者のフランス‪·‬ドゥ=ヴァールだ。

アーネム動物園の飼育下にあるチンパンジーの群れを日々観察し、その4年間の権力闘争をサピエンスの読者たちにもわかりやすいよう『ハウス・オブ・カード』風の政治ドラマとして擬人化して描いた名著、『政治をするサル / 原題: Chimpanzee Politics』(1982) 。

それまで動物行動学の世界では「擬人化は御法度」とされていたが、ドゥ=ヴァールは見事にこの教義に違反してみせた。世界中の誰よりもチンパンジーの生態について詳しいインタープリター(=解釈者)が側についてくれているのなら、擬人化を恐れる必要などないのだ。

そのスキル(=擬人化)は対人コミュニケーションの理解のためにヒトが進化させた技能だが、チンパンジー相手でもある程度までなら通用する。

────もちろん、「ある程度」のところを踏み越えて過剰な擬人化に走った生態観察は問題だが、ドゥ=ヴァールはヒトが持っていてチンパンジーは持たない心の働きのリストを把握しているから、その心配はない。

対人コミュニケーションの理解のために進化したヒトの脳の領域を〝封印〟してチンパンジー社会で行われているコミュニケーションを理解しようとすると、むしろ動物の正確な生態理解という目的を遠ざけてしまうということをドゥヴァールは分かっていたのだろう。


*   *   *


# 「政治」の問題

ドゥ‪=ヴァールはこの著作のタイトルに『政治 / Politics』とつけた。当時、政治をするのはヒトだけだと思われていたから、これは人文社会学者たちにとっては挑発的なタイトルだった。

おもわずE.O.ウィルソンがもたらしたあの悪夢が思い出されたことだろう────そう、"ヒトの生態を扱う社会科学と人文学はすべて生物学の一領域となるべきだ"という非難轟轟を浴びたあの発言だ

(やめろ、私たちの仕事が奪われる!生物学的原理に基づいて一から理論を組み立て直せだと?やめろ、学問の権威が失われる!だいたいマクロ生物学のことなんて専門外だ!いまから学生たちに混ざって一から勉強し直せだと?学者を辱めるのもいい加減にしろよ、断固として断る!)。

「生物学は社会科学や人文科学に口出しするな。社会ダーウィニズムの〝あやまち〟をオマエらはもう忘れたのか?」。


───20世紀当時、そんな圧力がまだまだ強烈だった中、ドゥ=ヴァールその他ダーウィニズムを人間社会の力学として採り入れるという野望に突き動かされた人々は「身の程を弁える」ことがなかった。

進化生物学者D.S.ウィルソンは、最新著作の『This View Of Life』(2019) の第3章に「生物学の一部門としての社会政策」などと銘打っているが────もう、すっかり、こんな有様なのだ。(連中にとっては悪夢だ)。

以下参考: 



────さて、ドゥ‪·‬ヴァールが著作の中で説明するように、

「政治」の起源とはコアリションの発生にある。

*1

人が三人以上いるところには、かならず政治が存在する」という言葉がある。ドゥ=ヴァールによれば、チンパンジーでは、3個体以上の集まりが生まれた時点で、そこにはほぼ必ず「コアリション/連合」が自然と出現するという。


政治のもっともシンプルな形は「2:1」シチュエーションだ。つまり、二匹がコアリションを組んで一匹に相対するという勢力図である。


────たとえば今ここに、三人のプレイヤー:チンパンA、チンパンB、チンパンCがいると仮定してほしい。

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